2019年07月15日

虫愛づる姫君K

長らくお付き合いをいただきました「虫愛づる姫君」もついに最終回です。名残惜しい気持ちです。
〈本文〉
取りて、「あないみじ、むまのすけのしわざにこそあめれ。心憂げなるむしをしも興じ給へる御顔(おんかほ)を見給ひつらむよ」とて、さまざま聞こゆれば、いらへ給ふ事は、「思ひとけば、ものなむはづかしからぬ。人は夢幻(まぼろし)のやうなる世に、誰かとまりて、悪しき事をも見、よきをも見思ふべき」とのたまへば、いふかひなくて、若き人々、おのがじし心憂がりあへり。この人々、「返事(かへりごと)やはある」とて、しばし立ち給へれど、わらはべをもみな呼び入れて、「心憂し」といひあへり。ある人々は心づきたるもあるべし。さすがにいとほしとて、
 人に似ぬ心のうちは かはむしの
  名を問ひてこそ いはまほしけれ
むまのすけ、
 かはむしに まぎるるまゆの毛の末に
  あたるばかりの人はなきかな
といひて、笑ひて返りぬめり。二の巻にあるべし。
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〈juppo〉終わってみると結局何の話だったのかなぁ、と思うこともままある古文の世界です。
結局右馬の助は姫に会わずに帰るし、姫の虫好きはそれからどうなったのかもわかりません。最後に「二の巻にあるべし」とあるのは、この後の物語は次の巻にあるんでしょうね!お楽しみに!!なノリで終わっているわけですが、ノリだけで本当に次の巻があるのではないんだそうです。「ぜってぇ見てくれよな!」で関心を集めて終わる、現代の連続ものの手法がこの時代から確立されていたんですねー。連続じゃないのに!

 そして結局最後まで名前のなかったこの姫、「モデルがいたんですね」とツイ友さんが教えてくれて「えっ、そうなんですか?」と言ったらwikiにそうあると。私も描き始める前に見ていたはずなのに、忘れていました。平安時代に、趣味に秀でた藤原宗補という太政大臣がいて、蜂を可愛がって飼っていたと。その大臣と、娘がモデル、と言われているようです。「虫愛づる姫君」じゃなく「蜂愛づる大臣」ですね。着想を得たとしても、面白く脚色してあるなぁ、と思います。

 「風の谷のナウシカ」も、このお話にヒントを得たとwikiにはありますが、この姫の方が断然強烈なキャラで、私は好きです。世界を救うことなど考えてもいないところも含めて。
 強烈すぎて、時々何を言っているのかわからないのですが、今回の「人は夢幻・・・」のセリフも、一度読んだだけでは理解できない哲学的なセリフですよね。要するに「短い人生の間に、何がいいとか悪いとか、判断できる人なんていないでしょうよ!」てことだと思います。だから人に「恥ずかしいからやめなさい」と言われても全然聞く気はない、ということなんですね。2コマ目で大夫がいろいろ話しているのは、そういうことだったようです。達観してますよねー、姫。

 我が道をゆく姫はその主義を改めることもなく、右馬の助は第三者が書いてくれたとは知らずに返事をもらってウキウキで帰る、ある意味ハッピーエンドですね。八方丸く収まってますからねー。姫の父や侍女たちは「心憂」な日々がまた続いていくとしても、現状維持であって悪化ではないのですから、多くを望んではいけませんね。

 ではまた、できれば近いうちに。他のお話で。
posted by juppo at 20:47| Comment(0) | 堤中納言物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月08日

虫愛づる姫君J

今月から忙しくなりました。姫君のお話はあと2回です。
〈本文〉
たけだちよきほどに。髪も袿ばかりにて、いと多(おほ)かり。裾(すそ)もそがねば、ふさやかならねど、ととのほりて、なかなかうつくしげなり。「かくまであらぬも、世の常、ひとざまけはひもてつけぬるは、口惜(くちを)しうやはある。まことにうとましかるべきさまなれど、いと清げに気高う、わづらはしきけぞ異なるべき。あな口惜し。などかいとむくつけき心なるらむ。かばかりなるさまを」と思す。
 むまのすけ、「ただ帰らむはいとさうざうし。見けりとだに知らせむ」とて、畳紙(たたうがみ)い草の汁して、
 かはむしの けぶかきさまを見つるより
  とりもちてのみ まもるべきかな
とて、扇(あふぎ)してうちたたき給へば、わらはべ出で来たり。「これ奉れ」とて取らすれば、たいふの君といふ人、「この、かしこに立ち給へる人の、御前に奉れとて」といへば、
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〈juppo〉このお話が始まったころは、ほとんど失業状態でヒマを持て余していた私ですが、今月から久しぶりに日本語を教えに出かけたりイラストを描いたりしています。朝の8時ごろにたまプラーザにいたりします。にわかに忙しくなりましたが、「虫愛づる姫君」はもう最後まで描いてあるので、順調に来週には完結します。

 今回は右馬の助のほぼ一人芝居です。姫をつくづく観察して、キレイだけど変わってるとか、変わってるけど美しいし他とは違うのだとか、結局そんな虫好きな趣味であるのが残念なようですよね。そのままの姫を受け入れたいけどやはり常識にとらわれる自分との葛藤、ですね。
 ともかく、手紙くらいは残して帰ろうというところで最終回に続く、です。確かにこのままただ帰るのは読者にとっても物足りませんね。

 畳紙は畳んで懐に入れておく紙で、鼻をかんだりメモったりに使うようです。平安人は唐突に歌を詠む人たちなので、こんな風に思わず一首詠んでしまった時に、懐から出して書いたんですね。墨は持っていなかったようで、草の汁で書きました。風流ですねぇ。

 そんなわけで、いよいよ来週は最終回をお届けしますよ〜。もう描いてあるけど一週間後までお見せしませんよ〜。
 
posted by juppo at 22:55| Comment(0) | 大和物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月02日

虫愛づる姫君I

テレビのリモコンが壊れました。そうこうするうちに第10回です。
〈本文〉
 わらはの立てる、あやしと見て、「かの立蔀(たてじとみ)のもとにそひて、きよげなる男の、さすがに姿つきあやしげなるこそのぞき立てれ」といへば、このたいふの君といふ、「あないみじ。御前(おまへ)には、例の、虫興じ給ふとて、あらはにやおはすらむ。告げたてまつらむ」とて、参れば、例の簾(すだれ)の外(と)におはして、かはむしののしりてはらひ落とさせ給ふ。いと恐ろしければ、近くはよらで、「入らせ給へ。あらはなり」と聞こえさすれば、これを制せむと思ひて言ふとおぼえて、「それさはれ、ものはづかしからず」とのたまへば、「あな心憂(こころう)。そらごととおぼしめすか。その立蔀のつらに、いとはづかしげなる人侍るなるを。奥にて御覧ぜよ」といへば、「けらを、かしこにいて見て来(こ)」とのたまへば、立ち走りていきて、「まことに侍るなりけり」と申せば、立ち走り、かはむしは袖にひろひ入れて走り入り給ひぬ。
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〈juppo〉物語はとっちらかり放題な感じですが、終わりが見えて来ました。今回を入れてあと3回です。夏休みが始まるころまでには完結しそうです。あ、テレビのリモコンはネットで中古品を買って快適な生活を取り戻しました。チャンネルや音量を変えるためだけにテレビ本体まで往復する生活を数日送りました。
 
 巧みな変装でまんまと姫を覗き見していた右馬の助、あっさり子供に「男」と見破られています。王様が裸なことを見破ったのも子供でしたからね。子供の目に勝るものなし、なのですね。

 大夫の君は初登場ですよね。侍女の一人です。姫に知らせに行って、結局直接言えず伝言係を置いていますが、訳によっては大夫の君自ら姫に伝えています。私としてはどっちでもいいんですけど、いずれ描きなおす必要が生じた時に、一人描き足すより消す方が楽なので多めに描いておく方を選びました。

 ホントに人が見ていることがわかった姫の行動が迅速極まりないです。やっぱり人に見られるのには恥じらいがあるんでしょうか。毛虫を袖に入れるのを想像すると、ウッとなりそうですが。まさか見ている人に毛虫を横取りされるのを心配でもしたのでしょうか。

 残り2回です。また来週、お届けします。
posted by juppo at 23:57| Comment(0) | 堤中納言物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月26日

虫愛づる姫君H

いつもより更新が遅れ気味です。この間、遊んだり働いたりしておりました。続きです。
〈本文〉
化粧(けさう)したらばきよげにはありぬべし心うくもあるかなとおぼゆ。かくまでやつしたれど、みにくくなどはあらで、いと様異(さまこと)に、あざやかに気高く、はれやかなるさまぞあたらしき。練色(ねりいろ)の綾(あや)の袿(うちぎ)ひとかさね、はたおりめの小袿(こうちぎ)ひとかさね、白きはかまを好みて著(き)給へり。この虫をいとよく見むと思ひて、さし出(い)でて、「あなめでたや。日にあぶらるるが苦しければ、こなたざまに来るなりけり。これを一も落とさで追ひおこせよ。わらはべ」とのたまへば、突き落とせば、はらはらと落つ。白き扇(あふぎ)の、墨ぐろに真名(まんな)の手習(てならひ)したるをさし出でて、「これに拾ひ入れよ」とのたまへば、わらはべ取りいづる。みな君たちも、あさましう、「さいなんあるわたりに、こよなくもあるかな」と思ひてこの人を思ひて、いみじと君は見給ふ。
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〈juppo〉前回からずっと、多分次回も、引き続き姫を覗き続ける右馬の助と中将です。とにかくずっと観察してますよね。姫に対する感想が上がったり下がったりしていますが、素材はいいのにそれなりに装ってないのが惜しい、という結論のようですね。
 今回は姫の装束が詳しく説明されています。「練色」は薄い黄色味を帯びた白だそうです。「はたおりめ」はキリギリスのことだそうなんですけど、この時代のキリギリスは今のコオロギだそうです。・・・て、コオロギ模様の着物!?小袿は袿の上に著る着物だそうなので、この姫のアウターがコオロギ模様だということですよ。改めて、攻めた装いの姫ですね。白いハカマも、普通女子は着ないそうです。現代人から見ても、だんだん姫が本当に普通じゃないことがわかってきましたね〜。

 毛虫が木の幹を這っているのが、日に当たらない方向に移動しているのか!ということにいたく感心してその毛虫を拾い集めさせる姫の様子を見て、やはり右馬の助もびっくりです。一筋縄では行かなさそうな雰囲気を感じ取ったのでしょうか。
「さいなんあるわたり」は「才学ある家庭に」とする訳もあるようです。「こよなく」が「この上なく」という意味なので、「才学ある家庭にとんでもない娘がいたもんだ」なんて訳しても良かったのですが、驚きつつも姫の容姿から目を離さない右馬の助、てことにしときました。

 次回はもう10回ですね〜。できたらまた来週!


 ところで週末、群馬サファリーパークに行ってきました。
 ドアミラーにツノを擦り付けに来るエランド?
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 草食動物の匂いが残っているのかライオンも来ました。
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 羊は自分の毛にすりすり。
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posted by juppo at 05:50| Comment(2) | 堤中納言物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月18日

虫愛づる姫君G

前々回のミスは修正しました。続きです。
〈本文〉
あやしき女どものすがたをつくりて、按察使(あぜち)の大納言の出(い)で給へるほどにおはして、姫君の住み給ふ方の北面(きたおもて)の立蔀(たてじとみ)のもとにて見給へば、男(を)のわらはの異なる事なき、草木どもにたたずみありきて、さて言ふやうは、「この木にすべていくらもありくは。いとをかしきものかな」と、「これ御覧ぜよ」とて、簾(すだれ)をひきあげて、「いとおもしろきかはむしこそ候へ」といへば、さかしき声にて、「いと興ある事かな。こち持てこ」とのたまへば、「取りわかつべくも侍らず。ただここもとにて御覧ぜよ」といへば、あららかに踏みて出づ。簾を押し張りて、枝を見はり給ふを見れば、頭へきぬ着あげて、髪もさがりばきよげにはあれど、けづりつくろはねばにや、しぶげに見ゆるを、眉いと黒く、はなばなとあざやかに、涼しげに見えたり。口つきも愛敬(あいぎやう)づきてきよげなれど、歯ぐろめつけねば、いと世(よ)づかず。
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〈juppo〉今年に入ってLINEスタンプを作成していた間に、Macのお絵かきソフトを少し使いこなせるようになりました。おかげで前々回の原稿の修正もPC上で片付けられたんですけど、何度もやり直す必要が生じたりして、丸々描き直した方が早かったくらいでした。まだまだです。

 さて前回、中将と何やら相談することにした右馬の助でしたが、まさか女装する結論に達したとは。この人の行動にはいちいち意表を突かれますね。そしてこの時代、こうして隠れて女を覗き見するのがデフォだったんでしょうか。いつも誰か覗いてますよねぇ。
 女装という手段に走ったのには、前回作り物の蛇が相当巧みに作られていたのが一応伏線になっていて、女装もかなり巧みに装っているんだろう、ということらしいですよ。そんなことに才能を発揮しなくても・・という気もしないでもないです。
 
 姫の見た目については前にも説明があったので同じことのくり返しのようですが、右馬の助にとっては初めて見る姫の容姿なので改めて詳しく語られているんですね。男性の審美眼で見ているので、個人の感想的な説明になっています。
 「頭へきぬ着あげて」とあるので、着物を被ったような着方なんだと思いますけど、毛先が見えるほど髪が外に出ている状態でその着方に描くことができませんでした。ずっと着物を被っている姫を描き続けるのもどうかとも思ったり。
 「いと世づかず」には「色気がない」とする訳もありましたが、「世」と言っているので「世間並みでない」という意味の方を採用しました。

 次回も覗き続ける男たちにご期待ください。
posted by juppo at 03:56| Comment(0) | 堤中納言物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする