2020年08月01日

石作の皇子と、仏の御石の鉢@

8月になりました。関東地方も梅雨が明けました。今日から毎日、洗濯します。久しぶりに、『竹取物語』です。
〈本文〉
 なほ、この女見では世にあるまじき心地のしければ、「天竺(てんじく)に在る物も持て来(こ)ぬものかは」と思ひめぐらして、石作りの皇子は、心のしたくある人にて、天竺に二つとなき鉢を、百千万里のほど行きたりとも、いかでか取るべきと思ひて、かぐや姫のもとには、「今日(けふ)なむ、天竺に石の鉢取りにまかる」と聞かせて、三年ばかり、大和(やまと)の国十市(といち)の郡(こほり)にある山寺に賓頭盧(びんづる)の前なる鉢の、ひた黒(ぐろ)に墨(すみ)つきたるを取りて、錦(にしき)の袋に入れて、作り花の枝につけて、かぐや姫の家に持て来て、見せければ、かぐや姫、あやしがりて見れば、鉢の中に文(ふみ)あり。ひろげて見れば、

 海山(うみやま)の道に心をつくしてはてないしのはちの涙ながれき
ishidukuri1.jpeg
〈juppo〉『竹取物語』は長いので、時々思い出した時に続きを描いています。前回は言いよる五人の男どもに、かぐや姫が難題を突きつけ、男たちは「出来るか!」とばかり諦めて解散したところまででした。
 ところが、本当に諦めた人はひとりもいないことは皆さんご存知の通りで、ここからは男たちの難題への挑戦の数々が描かれます。
 今回は石作りの皇子の大冒険です。いや、大冒険かどうかはすでに手短に語られてしまっていますが。

 ここまでに情報がありませんでしたが、「仏の御石の鉢」というのは天竺にあるんですね。天竺は『西遊記』で三蔵法師が目指していたあの、今のインドです。「仏の」というだけあって、仏教発祥の地にあるんですね。
 それで結局、石作りの皇子は天竺に行ってないワケですけど、それでも手に入れるまで三年もかかったようです。実際は手に入れてないですけどね、「仏の御石の鉢」は。
 大和の国十市の郡は、奈良県にあるようです。日帰りできそうな気もしますが、三年かかったと。
 「賓頭盧」は釈迦の弟子のひとりだそうで、日本のお寺でも「お賓頭盧様」などと呼んで、その像の前に食べ物を置いたりするんですね。それで鉢が置いてあったので、「取って」というのは要するに、失敬して来たということですよね。お寺にいる像の前にあるので、煤で黒くなってるんですね。「賓頭盧の前なる鉢の」の後ろの「の」はおなじみ「同格の『の』」ですね。

 鉢を届けた皇子とかぐや姫が同席しているように描いてしまいましたが、ここから先、ふたりの会話が手紙のやり取りで行われていることから、おそらく皇子はまだかぐや姫に会っていないのではないかと思われたので、ふたりの間に御簾を置いておきました。

 石作りの皇子のお話はもう1回続きます。
posted by juppo at 22:07| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月21日

五十歩百歩A

続きです。
〈本文〉
塡然鼓之、兵刄既接。
棄甲曳兵而走。
或百歩而後止、或五十歩而後止。
以五十歩笑百歩、
則何如。曰、不可。直不百歩耳、是亦走也。
曰、王如知此、則無望民此多於鄰國也。
〈書き下し文〉
塡然(てんぜん)として之(これ)に鼓(こ)し、兵刄(へいじん)既(すで)に接(せつ)す。
甲(かふ)を棄(す)て兵を曳(ひ)いて走る。
或(あるひ)は百歩にして後(のち)止(とど)まり、或は五十歩にして後止まる。
五十歩を以て百歩を笑はば、
則(すなは)ち何如(いかん)、と。曰(いは)く、不可(ふか)なり。直(ただ)に百歩ならざるのみ、是(こ)れ亦(また)走るなり、と。
曰く、王(わう)如(も)し此(これ)を知らば、則ち民の鄰國(りんごく)より多(おほ)きを望むことなかれ。
gojippohyappo2.jpeg
〈juppo〉前回でも触れたように、よく知られているお話なんですけど、絵にするのに大分悩んだところがいくつか。兵隊は大勢いるのだと思うんですけど、とっさに逃げたのはその一部またはほんの一人二人なんじゃないかということと、五十歩百歩逃げた各々は敵同士なのか、味方同士なのか、ということです。あ、戦場で叩かれる太鼓の形もです。こんな盆踊りの太鼓みたいに叩いてるとは思えないんですけど、この方がわかりやすいかなと思って、これは敢えて。

 細かいところはいろいろ気になるのですけど、たとえ話ですからね。要するに「おまいう」、「お前が言うな」的な言動に対して使う言葉ですよね。「自分のことは棚に上げて」とか、「人のふり見て我がふり直せ」とか、「目〇〇鼻〇〇を笑う」とか、言い換えようはいくらでもありそうです。
 他人の行動を批判する時は、大小の違いはあっても似たようなことを自分もしていないかどうか、
考えてからした方がいいですね。批判だけするのは簡単なことですからね。

 ところで、ずいぶん前にテレビが壊れて新しいのを買った話をしましたが、壊れた方の古いテレビを、今日やっと処分しました。テレビを捨てるのもラクじゃない時代になっていたんですよ。購入した店に引き取ってもらうのでない限り、お金がかかるんですね。どこのお店で買ったのか保証書を探してどうしても見つからなかったので、郵便局で家電リサイクル券というものを入手して、今日取り扱い運送店に搬入してきました!今日までずっと、車の後部に同乗していたんです。車体が軽くなりました。

fullsizeoutput_bda.jpeg
こういうものが、郵便局にあります。
posted by juppo at 23:18| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月14日

五十歩百歩@

ご無沙汰してしまいました。リクエストにお応えします。引き続き、漢文です。
〈本文〉
梁惠王曰、寡人之於國也、盡心焉耳矣。
河内凶、則移其民於河東、移其粟於河内。
河東凶、亦然。
察鄰國之政、無如寡人之用心者。
鄰國之民不加少、寡人之民不加多、何也。
孟子對曰、王好戰。謂以戰喩。
〈書き下し文〉
梁(りやう)の惠王(けいわう)曰(いは)く、寡人(くわじん)の國に於(お)けるや、心を盡(つく)すのみ。河内(かだい)凶なれば、則(すなは)ちその民を河東(かとう)に移し、その粟(ぞく)を河内に移す。河東凶なるも、また然(しか)り。鄰國(りんごく)の政(まつりごと)を察するに、寡人の心を用(もち)ふるがごとき者なし。鄰國の民少きを加(くは)へず、寡人の民多きを加へざるは、何ぞや、と。
孟子對(こた)へて曰く、王(わう)戰(たたかひ)を好む。謂(こ)ふ戰(たたかひ)を以(もつ)て喩(たと)へん。
gojippohyappo1.jpeg
〈juppo〉前回の『株を守る』と一緒にリクエストいただいたのが本作です。「五十歩百歩」は比較的現代でもよく使う故事成語のひとつだと思います。元になったこのお話もよく知られているので、漫画にするのもそんなに大変じゃないと思っていましたが、大変でした。よく考えたら戦の場面がたとえに使われるんですよね。その辺は次回に出てきますが、戦いのシーンを描かなければならない、実在の人物を歴史上の時代背景で描かなければならない、というのがもうプレッシャーです。絵だけ見ていただくと、そんなに真剣に描いているとは思われないかもしれませんが、私なりにいろいろと調べたり考えたりして描いてるんですよ。まあそんなワケで思いの外、描くのに時間がかかりました、と、ここまで言い訳です。

 出典は『孟子』です。孟子とは漫画にも出てきている人の名前ですが、その人の言行をまとめた書物が「孟子」というタイトルなんですって。なるほどです。わかりやすいです。

 惠王の「惠」の字は漫画では「恵」にしています。「恵王」で検索してあらかたのことが分かったからです。恵王は魏(ぎ)という国の王様だった人です。えー、じゃあ梁って何よ。と、こんな風に作業がストップするのですが、Wikipediaのおかげで、ある時から魏の首都が大梁というところになり、それから国の名前も梁と呼ばれるようになった、ということがわかりました。ある時というのが紀元前340年のことです。そんな昔のことですし、中国史を制するものが世界史を制すると言われるように広くて長い歴史の中のことですので、ここではそんなに詳しく触れないことにしますよ。触れないというのは調べないということですが。

 短い話ですけど2回に分けます。肝心の「五十歩百歩」の逸話は次回のお楽しみになってしまいました。

 ところで、このブログの漫画の下の解説文(これ)の最初にいつも〈juppo〉と入れていますが、これは私のニックネームです。小・中・高校時代からの友人は今でも私のことを「ジュッポ」と呼びます。年賀状の宛名に「柴田十歩様」と書いてくる中学校の同級生もいますが、漢字では書かないです。
 そもそも「十歩」は「じゅっぽ」と読みません。漢字の「十」は訓読みで「と」「とお」、音読みで「ジュウ」「ジッ」と読みますが、「ジュッ」とは読まないんです。
 ですから「五十歩百歩」も「ごじっぽひゃっぽ」と読むのが正しいです。ニュースでも、よく聞くとまともなアナウンサーなら「二十世帯」は「にじっせたい」というように読んでいます。
 だからというワケでは全くないですが、私のことを「じっちゃん」と呼んでいた友人もいました。
 
posted by juppo at 22:23| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月07日

株を守る

世の中が徐々に動き出しましたね。こちらは動くのをやめてしまう人の話です。漢文です。リクエストにお応えします。
〈原文〉
宋人有耕田者。田中有株。
兔走触株、折頸而死。
因釈其耒而守株、冀復得兔。
兔不可復得、而身為宋国笑。
〈書き下し文〉
宋人に田を耕す者有り。田中に株(くひぜ)有り。
兔走りて株に触れ、頸を折りて死す。
因(よ)りて其の耒(すき)を釈(す)てて株を守り、復(ま)た兔を得んことを冀(こひねが)ふ。
兔復た得(う)べからずして、身は宋国の笑ひと為る。
kabumamo.jpeg
〈juppo〉「株を守る」というタイトルを初めて目にしました。てっきりトレーダーの話かと思ったら、というのはウソですが、読み始めてみたらなんと、唱歌「待ちぼうけ」ではないですか。
 ♪待ちぼうけ〜♪待ちぼうけ〜♪ある日せっせと・・・のお話に元ネタがあったとは。

 出典は、韓非子の「五蠹(ごと)」の中にある説話で、古い習慣にこだわって融通がきかないとか、幸運が舞い込むことに期待しすぎることなどを戒める意味を含んだお話なのですね。
「守株待兔(しゅしゅたいと)」という四字熟語もございます。

 えーと、もう他に言うことはないですね。見た通りのお話ですからね。あ、一つだけ。冒頭は「田を耕す者有り」ですが「畑」にしちゃいました。スキを使ってるし。切り株のある畑が田んぼの隣にあるとかそういうシチュエーションにしても良かったのですけど、それほど大きな問題ではないかなと。どっちにしろ何も耕してないし、結局。
posted by juppo at 18:07| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月31日

御前にて人々とも、また物仰せらるるついでなどにC

5月の終わりとともに、最終回です。
〈本文〉
 二日ばかり音(おと)もせねば、うたがひなくて、右京(うきやう)の君のもとに、「かかる事なむある。さる事やけしき見たまひし。しのびてありさまのたまへ。さる事見えずは、かう申したりと、な散らしたまひそ」と言ひやりたるに、「いみじう隠させたまひし事なり。ゆめゆめまろが聞えたると、な口にも」とあれば、さればよと思うもしるく、をかしうて、文(ふみ)を書きて、また密かに御前(おまへ)の高欄(かうらん)に置かせしものは、まどひけるほどに、やがてかけ落して、御階(みはし)の下(しも)に落ちにけり。
onmae4.jpeg
〈juppo〉えーと、テレビの次はブルーレイレコーダーが壊れ始めました。家電の故障連鎖です。続けて来ますよね、こういうの。

 さて、他に何もしないうちに5月も終わるし、この章も最終回です。最終回は短めです。3話目からは二日おきのインターバルでお話が進んでいます。前回、届いた畳が届け間違いであったなら誰か何か言ってくるんじゃ、と思いながら二日過ごし、何もないのでやっぱり中宮様からの贈り物だったのか、と確信に至ったようですね。
 そこまでに至っても、中宮様に直接お礼を言う前にさらに裏を取ろうとして女官仲間に問い合わせています。「右京の君」てのがその人です。
 当時はいちいち文を書き、手元まで届けてやりとりしていますけど、LINEなどで質問したり相談したりする私たちの生活と変わらないですよねー。

 最後に中宮様に宛てて書いたお手紙の内容がわからないままですが、右京さんがバラしたことがバレないように気を使っているでしょうから、はっきりお礼ではなく、いわゆる「匂わせ」な内容だったのでしょうか。
 その手紙の行方が不明なままで終わっています。「御前の高欄」に置いたのがどのように置いたのか判然としないのでただ乗せただけの絵にしちゃってます。「まどひけるほどに」という経過は、中宮様の手に届くまでにその手紙を手に取った誰かが失くしたり間違えたり忘れたり・・な、無限の可能性を秘めた「まどひ」ですね。結局、届いたのかどうかもわからないようなので。
 
 次回は多分、漢文です。近いうちに。

 
 1年前の今日、5月31日は京都にいました。母と清水寺に行きました。清水の舞台まで一緒に登った母は今、要介護5です。1年でこんな風になるとは。高齢とはいえ、予想外でした。介護生活は相変わらずですが、とにかく食が進まないので、「少なくても、食べやすくてカロリーの高いものは何か」ということを常に考えて模索する日々です。よくある栄養補助食品もいろいろ試して、ネスレの「アイソカル」がその分野では今我が家の人気No. 1です。その後、ハーゲンダッツのアイスクリームのカロリーがハンパないことを突き止めたので、これからの季節、冷蔵庫に切らさないようにしたいと思います。世のダイエッターの方々とは逆のベクトルで情報を探っているのであります。
posted by juppo at 18:24| Comment(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする