2020年10月18日

松本城

 2020年10月17日土曜日、午後7時過ぎに母が亡くなりました。

 歩けなくなってちょうど1年、最後は自宅で看取りました。老衰です。大きな病気もせず、23日に88歳になる直前で、老衰になるのにはもっと時間があると思っていただけに、悔いが残ります。

 このブログで「〇〇に行ってきました!」と報告した旅行は、全て母と一緒に行っています。SNSに投稿する写真も母のものばかりです。この先Facebookを開いて「○年前の思い出」と母の写真を見せられるかと思うと、今から切ない気持ちです。

 10年前に父が亡くなってから母と二人暮らしになったので、私の生活もそれまでの気ままなものから一変しましたが、母と二人でできることを楽しもうと思い、一緒にスポーツクラブに通ったり、私が行きたい場所には母の好むと好まざるとに関わらず連れて行ったりしました。温泉にも、海外にも、SMAPのコンサートにも。いつでも母は嫌がらず付き合ってくれたのです。私の友人とも顔なじみになってくれましたし、共通の知人がとても増えました。

 母と最後に行った旅行について、今までどこにも投稿していませんでした。今年の3月の終わりに、松本に行ったんです。
 緊急事態宣言のギリギリ前だったとはいえ、その頃すでにコロナ禍だったので大きな声で「旅行してきた!」と言いにくかったんですね。

 イラストの仕事で毎日絵を描いていると、どこかへ行きたい衝動に駆られて旅行サイトを検索する癖が私にはあるのです。
 母がもう車椅子移動だったので、車椅子でも入れる貸切温泉がある宿を探して、松本市浅間温泉にあるホテルに一泊しました。到着した夜は疲れた母を入浴させられませんでしたが、翌日チェックアウト前にリフト付きの湯船に母を浸からせることができました。
 その後、松本城を見て帰ろうと思ったんです。行ったことがなかったので。
 松本城もコロナ対策で城内には入れませんでしたが、車椅子を押して登城する気は毛頭なく、お城をバックに係員のお兄さんに写真を撮ってもらいました。

IMG_4055.JPG母が笑顔なのは、若いお兄さんが撮ってくれてるからです。
IMG_4058.JPG大きな声では言えなかったけど、行って良かったです。

 コロナ騒ぎが収まったらまたどこかへ行こうと検索は時々続けていて、ここ!という候補もあったのに。もっともっと、一緒に行きたかったのに。でも思い出はたくさんできました。ありがとう、お母さん。
posted by juppo at 02:14| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月30日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝B

9月が終わってしまう前に、ギリギリで、続きです。
〈本文〉
 かかるほどに、門(かど)を叩(たた)きて、「くらもちの皇子おはしたり」と告(つ)ぐ。「旅の御姿ながらおはしたり」といへば、あひたてまつる。
 皇子ののたまはく、「命を捨ててかの玉の枝持ちて来たるとて、かぐや姫に見せたてまつりたまへ」といへば、翁(おきな)持ちて入(い)りたり。この玉の枝に、文(ふみ)ぞつけたりける。
 
 いたづらに身はなしつとも玉の枝(え)を手折(たを)らでさらに帰らざらまし

これをもあはれとも見でをるに、たけとりの翁、走り入りて、いはく、「この皇子に申したまひし蓬萊の玉の枝を、一つの所あやまたず持ておはしませり。何をもちて、とかく申すべき。旅の御姿ながら、わが御家(おほんいへ)へも寄りたまはずしておはしましたり。はや、この皇子にあひ仕(つか)うまつりたまへ」といふに、物もいはず、頬杖(つらづゑ)をつきて、いみじく嘆(なげ)かしげに思ひたり。
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〈juppo〉策士くらもちの皇子は「取る物も取りあえずきました!」というアピールのために旅装束を解かずにかぐや姫を訪ねています。その旅姿がどんな衣装かよくわからなくて結局いつもと同じ姿です。
 善人の翁はそんなアピールにまんまと乗せられて、そこまでしてくれる人なら早く結婚しなさいと勧めているんですね。いよいよ進退窮まった(?)格好のかぐや姫です。ここまで来ても気の進まなさ全開のご様子ですが。
 この相手をどう断るのか、断ることはみなさんもうご存知だと思いますが、気になりますね。でも断るまでにまだ少しお話があるんです。この続きはまだ描いていません。訳してあるのであとは描くだけなんですけど。お待ちください。

 9月半ばに母が発熱しまして、まさかコロナ?とかまさか私が無症状感染してたり?とか、実はそんなことは一瞬頭をよぎっただけでそう心配はしませんでした。それより老体の母が38度を超える熱を出しただけで消耗してしまい、1週間近く点滴を打ったりしました。
 我が家には8月から訪問医療、訪問看護が入るようになったので、すぐ対応していただき点滴も自宅で打っていました。毎日看護師さんがセットした点滴を、外すのは私がしました。
 いろいろと大変だったワケです。ただ大変なのはすることが増えて忙しいからではなく、これは終末医療なんだなと覚悟せざるを得ない現実に対してです。日々弱っていく母と寝起きを共にしながら、少しでも元気になれば嬉しいものの、また弱るとこちらの心もだいぶ折れます。
 そんな日々でもできるだけ、ブログは更新したいと思っています。思っているのに1ヶ月ぶりなんですけど。次回はできれば近いうちに!
 
posted by juppo at 23:55| Comment(0) | 大和物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月31日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝A

いろいろな面でいつもと違う8月も、今日で終わりです。続きです。
〈本文〉
竃(かまど)を三重(みへ)にしこめて、工匠らを入れたまひつつ、皇子も同じ所に籠(こも)りたまひて、領(し)らせたまひたるかぎり十六所(そ)をかみに、蔵をあげて、玉の枝を作りたまふ。
 かぐや姫ののたまふやうに違(たが)はず作りいでつ。いとかしこくたばかりて、難波にみそかに持(も)ていでぬ。「船に乗りて帰り来(き)にけり」と殿に告げやりて、いといたく苦しがりたるさましてゐたまへり。迎へに人多く参りたり。玉の枝をば長櫃(ながひつ)に入れて、物おほひて持ちて参る。いつか聞きけむ、「くらもちの皇子は優曇華(うどんぐゑ)の花持ちて上(のぼ)りたまへり」とののしりけり。
 これを、かぐや姫聞きて、我はこの皇子に負けぬべしと、胸つぶれて思ひけり。
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〈juppo〉昔は8月31日と言えば夏休み最終日というのが常識でしたが、今は、特に今年は夏休みの日程が相当イレギュラーになってるようですから、特段いつもの月末とそう変わるところはないかもしれませんね。としまえんの閉園の方が大問題ですよね。1回くらいしか行ったことのない都民の私が言うのも何ですが。

 前回は、くらもちの皇子が人の立ち寄らないような家を作ったところまででした。その家に、カマドを作って厳重に隠しているのはその中で玉の枝を「作って」いるからです。そうです。玉の枝を探しに行く気が全くないことはわかっていましたが、最初から作るつもりだったんですね。その手があったか、という感じですけど、作れるものなんでしょうか。話に聞いただけなのに。「かぐや姫だって話に聞いてるだけで見たことはないはず」との確信があったのでしょうね、多分。
 その偽物をあたかも遠いところまで取りに行ったテイで、行ったり来たり、疲れたフリをしてみたり、策士は策士なりに努力を惜しまないようです。

 見ていた人たちが「優曇華の花」だと騒いでいますが、どこから「うどんげ」?な唐突な噂です。
「優曇華の花」とは仏教で、三千年に一度花が咲く時に仏が現れるとかいう教えがある想像上の樹木なんだそうです。やたら皇子が仰々しく働いているので、見ている人たちにはそれくらい珍しく大事な物を持って来たのだ、と思えたのですね。
 かぐや姫もそんな噂に煽られて敗北宣言が出かかってますが、自分でリクエストしておいてそれに応えられたら負けなんですか。リクエストというより挑戦だったんですね。それで負けたら大人しく結婚するつもりがあったんですかねぇ。

 とりあえず、この2回分だけ描いたんですけど、まだこの対決に決着がついてないので続きを描きます。少々お待ちください。
posted by juppo at 23:15| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月28日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝@

大変です。8月がもう終わりそうです。「竹取物語」で続けることにしました!
〈本文〉
くらもちの皇子(みこ)は、心たばかりある人にて、朝廷(おほやけ)には、「筑紫の国に湯あみにまからむ」とて暇(いとま)申して、かぐや姫の家には、「玉の枝取りになむまかる」といはせて、下(くだ)りたまふに、仕(つか)うまつるべき人々、みな難波(なには)まで御送りしける。皇子、「いと忍びて」とのたまはせて、人もあまた率(ゐ)ておはしまさず。近う仕うまつるかぎりしていでたまひぬ。御送りの人々、見たてまつり送りて帰りぬ。
「おはしましぬ」と人には見えたまひて、三日ばかりありて、漕ぎ帰りたまひぬ。
 かねて、事(こと)みな仰(おほ)せたりければ、その時、一(いち)の宝なりける鍛治工匠(かぢたくみ)六人を召しとりて、たはやすく人寄り来(く)まじき家を作りて、
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〈juppo〉8月はただでさえ、暑いのをガマンしているうちに終わってしまうのですが、今年はその上にいろいろなことをガマンしなければならなかったので、余計に何もしないうちに終わった気がしませんか。まだ終わってないですけど。

 石作の皇子の冒険譚というか失敗談を前回お届けしました。一区切りして他の作品を描こうかなとも思ったのですが、続けて他の皇子たちの話を描きます。二人目はくらもちの皇子です。

 石作の皇子は一応お宝を探しに出た後で諦めていましたが、くらもちの皇子という人は最初から本物の宝を手に入れる気はサラサラないようです。かぐや姫からのリクエストを聞いた時点で、皆さん無理無理、な反応でしたからね。きっとその時から知略の限りを尽くして準備怠りなく、探しに出たと見せかけて実はどこにも出発せず、手配したらしく鍛治名人を集めたりしています。この人たちと何をしようとしてるのか、だいたいの察しはつくかと思いますが、次回のお楽しみです。

 最後のコマの「たはやすく人寄り来まじき家」の様子は、こんな立地だったかどうかは全くわからないまま、人が来ないようなロケーションを描きました。


 ところで少し前にテレビが壊れて買い換えた後、ブルーレイレコーダーの具合も悪い話をちょこっとしましたが、いよいよ新製品を購入しました。まだ古いレコーダーを使いつつ、新旧レコーダー同士でダビングが出来ないか試行錯誤ののち、ネットワークを使ってダビングできるようになりました!
LANです。今や世の中はこんなことになっているんですね。無線LANやらLANケーブルやらを使って、どこを飛んでいるのか不思議でたまりませんが、2台のレコーダー間を録画番組が移動してるんですよー。この夏の、良い思い出になりました。
posted by juppo at 01:08| Comment(2) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月16日

YouTubeで詩吟

この暑さはいつまで続くのでしょうか。今回はお知らせです。

詩吟の先生から動画に私のイラストを使いたいとのお申し出があり、YouTubeでの公開講座動画に『漁父之辞』の絵を使っていただきました。

詩吟の知識は全くない私でも、動画を見ていろいろ勉強させていただきました。わかりやすい動画です。興味のある方もそうでもない方も、見てみてください是非。


posted by juppo at 15:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする