2014年07月06日

村上天皇と中宮安子A

 続きです。期末テスト中の皆さん、ご苦労様です。
〈本文〉
「渡らせ給(たま)へ」と申(まう)させ給へば、思ふにこのことならむ、とおぼしめして、渡らせ給はぬを、たびたび、なほも御消息(ごせうそこ)ありければ、渡らずばいとどこそはむづからめと、恐ろしう、いとほしくおぼしめして、おはしましたるに、「いかで、かかることはせさせ給ひたるぞ。いみじからむさかさまの罪ありとも、この人々をばおぼしめし免(ゆる)すべきなり。いはむや、まろが意(こころ)ざまにて、かくせさせ給ふは、いとあるまじく心憂(こころう)きことなり。ただ今召(め)し返(かへ)せ」と申させ給ひければ、「いかでか、ただ今は免さむ。音聞(おとぎ)き見苦しきことなり」と聞こえさせ給ひけるを、「さらにあるべきことならず」と、責め給ひければ、「さらば」とて、帰り渡らせ給ふを、「おはしましなば、ただ今しも免させ給はじ。ただこなたにてを召せ」とて、御衣(おんぞ)をとらへ奉(たてまつ)りて、立て奉らせ給はざりければ、いかがはせむとおぼしめして、この御方(おほんかた)に職事(しきじ)召してぞ、参(まゐ)るべきよしの宣旨(せんじ)を下させ給ひける。これのみにもあらず、かやうなる事(こと)ども、いかに多く聞こえ侍(はべ)りしかは。
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〈juppo〉後半はほとんど夫婦ゲンカの8コマでした。完全に尻に敷かれる村上天皇です。中宮安子は、調べたら13歳くらいで村上さんに嫁いでいます。嫁いだ時はまだ天皇ではありませんでした。村上天皇を継ぐ冷泉天皇、その次の円融天皇を産んだ人なのだそうです。そしてこの『大鏡』ではおなじみの、藤原道長は甥にあたるそうですよ。
 帝にとっては本妻ですし、子供を何人も産んでいるらしいので、もっとどーんと構えていても良さそうな気もしますが、この気性の荒さがあってこそ本妻の座を死守し得たのかもしれません。38歳くらいで亡くなってしまうようですけど。

 一方の帝はどう見ても后を愛してますよね。なんだかんだ言っても妻の要求を最後には飲んでますからねー。「さかさまの罪」というのはその名の通り、従うべき主君や親を裏切る罪のことだそうですが、そんな罪を犯しても自分に免じて許すべきだ、という主張です。その自信は一体どこから・・・と呆れるほどの強さに押されるしかなかったとしても、恐らくこういう事が日頃から繰り返されていて、そのつど帝が引いてるんだろうな、と思わせる結末であります。

 このお話は今回で終了です。前回書いた通り、ここに至る前半部分はいつか機会かリクエストがあったら、描こうと思います。


 さて、期末テストが終わればもうすぐ夏休みですね!皆さん、夏休みの予定はもうお決まりですか?

 我が家では最近、奥多摩方面の温泉巡りがブームです。
IMG_0485.JPGこれでも東京都。
IMG_0526.JPG秋川渓谷では忍者を募集しております。
IMG_0565.JPG先週は山梨まで。
posted by juppo at 02:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 大鏡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月29日

村上天皇と中宮安子@

リクエストにお応えします!大変長らくお待たせいたしています。『大鏡』です。
〈本文〉
 藤壷(ふぢつぼ)、弘徽殿(こきでん)、上(うへ)の御局(みづぼね)は、ほどもなく近きに、藤壷の方(かた)には小一条女御(こいちでうのにようご)芳子(ほうし)、弘徽殿にはこの后(きさき)安子(あんし)上(のぼ)りておはしましあへるを、いとやすからずおぼしめして、えやしづめがたくおはしましけむ、中隔(なかへだ)ての壁に穴をあけて、のぞかせ給(たま)ひけるに、女御の御容貌(おほんかたち)の、いと美しうめでたうおはしましければ、むべ時めくにこそありけれと御覧(ごらん)ずるに、いとど心やましくならせ給ひて、穴よりとほるばかりの土器(かはらけ)の割れして、打たせ給へりければ、帝(みかど)のおはしますほどにて、こればかりには、え堪(た)へさせ給はず、むづかりおはしまして、「かやうのことは、女房(にようばう)はえせじ。伊尹(これまさ)・兼通(かねみち)・兼家(かねいへ)などが、言ひもよほしてせさするならむ」と仰(おほ)せられて、皆殿上(てんじやう)にさぶらはせ給ふほどなりければ、三所(みところ)ながら、かしこまらせ給へりしかば、その折(をり)に、后いとど大(おほ)きに腹立たせ給ひて、
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〈juppo〉ご無沙汰してしまいました。ブログを更新しない間に日本代表はもうブラジルから帰国してしまったではありませんか。大会前にはW杯って1ヶ月もやってるんだぁ〜と感想を抱いたものでしたが。

 こちらのリクエストは中間試験前にいただいたのですが、気づくともう期末試験前か後ですね。本当にいつもスミマセン。

 先週、近くの中学校の期末テスト対策学習会のお手伝いに呼ばれて行った際に、図書室で訳を作って来ました。
 図書室にあった『大鏡』は厚くて固い本でしたので内容が詳しく載っており、ここの部分は「右大臣師輔」の章にあり、中宮安子についてはここの少し前の部分から話が始まっていて、その部分もついでに図書室で訳したのですが、多分教科書に載っているのはここからかなー、と思ったのでここから描きます。

 描かなかった前の方の部分というのは、主にその右大臣師輔についての説明です。右大臣には息子が11人、娘が5、6人いて、第一の姫が安子です。安子は多くの女御の中でも輝く存在だったそうですが、ちょっとイジワルで嫉妬深い性格だった、というようなことが前の部分に書かれているのです。

 その内容を知っていてもいなくても、この部分の解釈に影響はないと思うので、特にリクエスト等いただかない限りはその部分は漫画にしないことにします。とりあえず。

 ちょっとイジワルで嫉妬深いので、隣の部屋に他の女がいるだけで落ち着かない安子です。藤壷、小徽殿の上の部屋というのは帝の住まいである清涼殿の、女御が控える部屋です。「壁に穴をあけ」とありますが、実際にはこの2人がいる部屋は壁1枚で隔たっている訳ではないので、穴から覗いたり、焼き物のかけらを投げ入れたりすることは不可能なんだそうです。一説にはこのエピソードが起こった当時は壁だけだった、とするものもあるようですが。

 伊尹・兼通・兼家の3人は安子の兄弟です。安子のせいにはせず、兄弟たちにそそのかされたんだろうと思う帝には優しさを感じますが、安子は感じなかったようで、兄弟たちがそのせいで謹慎させられたことにまたご立腹・・・というところで続きます。

 ところで全くの余談ですけど、芳子、安子という名前はどうしても「よしこ」「やすこ」と読んでしまいますよねー。別にそれでいいと思いますけど。読み方がテストに出ない限りは。この記事を書く時もずっと「やすこ」で入力・変換しましたよ。『枕草子』の中宮定子も「さだこ」です。「ていし」で変換すると「停止」になってめんどくさいので。

 
posted by juppo at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 大鏡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月11日

家居(いへゐ)のつきづきしく@

ご無沙汰してしまいました。だいぶお待たせしているリクエストのうちの一つです。『徒然草』10段です。
〈本文〉
家居(いへゐ)のつきづきしく、あらまほしきこそ、仮の宿りとは思へど、興あるものなれ。よき人の、のどやかに住みなしたる所は、さし入りたる月の色も、ひときはしみじみと見ゆるぞかし。今めかしくきららかならねど、木だちものふりて、わざとならぬ庭の草も心あるさまに、簀子(すのこ)、透垣(すいがい)のたよりをかしく、うちある調度も昔覚えてやすらかなるこそ、心にくしと見ゆれ。
 おほくの工(たくみ)の心をつくしてみがきたて、唐(から)の、大和(やまと)の、めづらしく、えならぬ調度どもならべおき、前栽(せんざい)の草木まで心のままならず作りなせるは、見る目もくるしく、いとわびし。さてもやは、ながらへ住むべき。また、時の間(ま)の煙(けぶり)ともなりなんとぞ、うち見るより思はるる。大方は、家居にこそ、ことざまはおしはからるれ。
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〈juppo〉梅雨入りしたとたんに雨がずーっと降っていますね。そして気がつくともうすぐ期末テストですね。

 徒然草です。相変わらず兼好さんがぼやいています。今回は人の住まいというものについてぼやいているようです。どんな家が良くてどんなのが良くないか、と言っているのですが、この章の、前半は良いもの、後半は悪いもの、という構成になっています。
 ぼーっと読んでいると、「おほくの工の・・・」からいろいろ書き連ねているものが、「良い」と思って書いているように錯覚するんですけど、兼好さん的にはそれらは「ダメ」なものたちなんですね。
 かいつまんで言えば、古いもの、自然なままであるものが「良い」。新しくていじってあるのは「悪い」ということのようです。

 兼好さんのように年をとってみると、家など生きている間だけの仮の住まいなのだから、凝ってみてもしょうがないよ、と思えるのには同感なのですけど、それでも住んでいる人柄がわかるような「こだわり」を兼好さんは欲しているようで、そのへんはやはり趣味の人だなー、と思いました。

 この段は続きがあるので、とりあえず@にしてありますが、Aはすぐに描きません。
 他のリクエストに先にお応えしてから、いずれ続きを描きたいと思っています。中途半端で失礼いたします。
posted by juppo at 04:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然草 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月12日

児(ちご)の飴食ひたることA

続きです。
〈本文〉
坊主帰りたりければ、この児さめほろと泣く。
「何事に泣くぞ。」
と問へば、
「大事の御水瓶を、誤(あやま)ちに打ち割りて候ふ時に、いかなるご勘当かあらんずらんと、口惜しくおぼえて、命生きてもよしなしと思ひて、人の食へば死ぬと仰せられ候ふ物を、一杯食へども死なず。二、三坏まで食べて候へども大方死なず。はては小袖に付け、髪に付けてはべれどもいまだ死に候はず。」
とぞ言いける。
飴は食はれて、水瓶は割られぬ。慳貪の坊主得るところなし。
児の知恵ゆゆしくこそ。学問の器量も、むげにはあらじかし。
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〈juppo〉まったく児の知恵恐るべし、ですね。完璧な言い逃れではないですか。坊さんはぐうの音も出ませんね。最初に「食べたら死ぬ」なんてウソをついた自分が悪いのだし、死ぬほど後悔しているという子どもを責める訳にいきません。一分の隙もない弁解と言えるでしょう。

ちょっと思ったんですけど、現代の日本の子供たちに、国が求めている学力って、こういうのですか?
たまに学力テストの問題を見ると、算数の問題でも文章で答えるような、答えが一つではないような問いがありますよね。
方程式にあてはめるだけでなく、自分で解決法を導きだす力というものが、今の子供たちには欠けている、という声を良く聞きます。

そんな子供たちに読んで欲しいのがこの作品だ!・・・てことはないですか?

日本の子供たちが、皆この児のように計略を巡らすようになってしまっても困りますけども。

最後に「学問の器量もむげにはあらじ」と言っているので、賢さの証しであることは間違いないようですけどね。

posted by juppo at 23:57| Comment(5) | TrackBack(0) | 沙石集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月08日

児(ちご)の飴食ひたること@

引き続き、リクエストにお応えします。『沙石集』巻八です。
〈本文〉
ある山寺の坊主、慳貪(けんどん)なりけるが、飴(あめ)を治(ぢ)してただ一人食ひけり。
よくしたためて、棚に置き置きしけるを、一人ありける小児に食はせずして、
「これは人の食ひつれば死ぬる物ぞ。」
と言ひけるを、この児、
「あはれ食はばや。食はばや。」と思ひけるに、坊主他行の隙に、棚より取り下ろしけるほどに、打ちこぼして、小袖にも髪にも付けたりけり。
日ごろ欲しと思ひければ、二、三坏よくよく食ひて、坊主が秘蔵の水瓶を、雨垂りの石に打ち当てて、打ち割りておきつ。
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〈juppo〉リクエストは「児の知恵」というタイトルでいただきましたが、調べているうちに『沙石集』の「児の飴食ひたること」という作品名が一般的なようなので、そちらで行くことにしました。

この話知ってるぞ、と思われた方もいらっしゃるかと思います。狂言の『附子(ぶす)』という演目で、小学校の国語の教科書にも載っていました。中学校の英語の教科書にも、これは別に狂言ではないですが、昔話として載っているのを見たことがあります。
『附子』では附子は砂糖のことで、それを太郎冠者と次郎冠者のふたりが食べてしまうという話でした。
英語の教科書に載っていたお話でも、小坊主が3人くらい出てきたと思います。

ここでは子供はひとりです。今まで、『宇治拾遺物語』で「児の・・・」というタイトルのお話では、児を小坊主として描いていました。その時に児はお稚児さんで小坊主ではないのでは?というご指摘があったり、私も悩みつつ、結局小坊主を描いていたんですが、今回は普通の子供にしました。もうお気づきのように、途中で飴が髪についたり小袖についたり、という記述があるからです。

飴とはどんな飴なのか、詳しい説明を見つけられませんでしたが、内容から水飴みたいなものかな、と思って描きました。
小袖は袖が筒状の着物のことです。小袖はともかく、髪がある以上小坊主姿に描くのも変かなぁ、と思い、絵のような子供になりました。

坏は「つき」と読むんですね。足付きのものなどもあるようですが、お皿より深い器、ということです。

ちょっと長いので、2回に分けます。飴を食べてしまった後、水瓶をたたき割るという児の意表をつく行動の裏に隠された秘策とは!?近日公開。
posted by juppo at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 沙石集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする