2017年10月11日

五月ばかり、月もなうA

涼しくなってきました。途端に肌がカサついています。要保湿。続きです。
〈本文〉
 頭の弁はとまりたまへり。「あやしくても往ぬる者どもかな。御前(ごぜん)の竹を折りて、歌よまむとてしつるを、『同じくは、職(しき)に参りて、女房など呼びいできこえて。』と、持て来つるに、呉竹の名をいととく言はれて往ぬるこそいとほしけれ。たが教へを聞きて、人のなべて知るべうもあらぬことをば言ふぞ。」などのたまへば、「竹の名とも知らぬものを。なめしとやおぼしつらむ。」と言へば、「まことに、そは知らじを。」などのたまふ。
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〈juppo〉いや〜、まさか「シンツヨ Be on Right!」がTVで披露される日が来るとは思いませんでしたねー。夢のようです。
 それはさておき、「五月ばかり、月もなう」は全部で4回描く予定です。涼しくなってきたので、作業が早まるといいですね(他人事)。

 清少納言さんの優秀すぎる一言に意表を突かれて退散した殿上人の中に、一人残った人がいました。頭の弁と言うのは藤原行成という人のようです。知識人で有名な人だったんですって。
 「職」は中宮さまに関する事務をつかさどる役所のことだそうです。

 後半、行成殿と清少納言さんがお互いに「よく知ってましたね」「知りませんでした」「知らないでしょうね」とかなんとかやりとりしてますが、 清少納言さんが、そんなこと知らなかったと言うのは謙遜で、行成殿はその謙遜を分かっていて敢えて「そうでしょうとも」みたいに言ってるようです。
 残る2回も、このような清少納言さん上げが続くのでしょうか。乞うご期待です。


 ところで、今年の夏バテについて前回書きましたが、相変わらず気温の変化に翻弄される日々で、どうやらこれは更年期も影響している模様です。そんな加減でぐだぐだしているのだ、と言っていたら友人から「なんでも更年期のせいにするようになって」と言われてしまいました。言われてしまいながら「その手があったか」な方向に考え、今後は何が出来なくても、とりあえず更年期のせいにしていこうかなぁ!という魂胆です。

 それで、前回「来月出ます」と言っていたブログ本第二弾はどうなっているのかというと、もう今月になりましたね。それ以上のことはよく分からない著者です。多分、出ます。
posted by juppo at 04:44| Comment(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月22日

五月ばかり、月もなう@

ご無沙汰しました!元気です!!
リクエストにお応えします。枕草子、第137段です。
〈本文
五月(さつき)ばかり、月もなういと暗きに、「女房やさぶらひたまふ。」と、声々して言へば、「いでて見よ。例ならず言ふはたれぞとよ。と仰せらるれば、「こは、たそ。いとおどろおどろしう、きはやかなるは。」と言ふ。ものは言はで、御簾(みす)をもたげてそよろとさし入るる、呉竹(くれたけ)なりけり。「おい、この君にこそ。」と言ひわたるを聞きて、「いざいざ、これまづ殿上(てんじよう)に行きて語らむ。」とて、式部卿(しきぶきよう)の宮の源(げん)中将、六位どもなど、ありけるは往ぬ。
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〈juppo〉まず、おそらく皆さんの心に浮かんだことを書きます。「月もなう」の「なう」はnowではありません。漫画を見ていただければわかるように、「なく」という意味なんですね。清少納言さんのつぶやきみたいですけど、違います。

 呉竹は竹の一種だそうで、「この君」は竹を指す呼び名なのだそうです。中国の王様が竹を好きすぎてそう呼んだとかなんとか、由来があるようです。
 中国の文学ではそういう呼び名があるけれど、それを日本人の誰でも知っているわけではない、でも自分たちは知っているので、ひけらかしてやろうとでも思ったのか、殿上人たちが女房のいるところまでやってきたということらしいです。
 女房は女官のことで、奥さんのことではありません。
 ところが、毎度おなじみ清少納言さんが驚くべき博識を発揮してしまい、意表をつかれた殿上人の皆さんは、この話を他の人にも教えてあげなくちゃ!と、登場した途端に退場する場面です。
 相変わらず凄いわー清少納言さん!というお話で、今回の6コマで完結しちゃってるような感じではありますが、続きがあります。しばらく続きます。

 ところで呉竹といえば筆ペンが思い浮かびますが、私が墨ぬりに愛用しているのはPILOTの筆ペンです。

最近これが入手しにくくて他の製品を使っていますが、やっぱりこれが一番いいです。

 さて、今年の夏ももれなく夏バテしていた私です。今年は5月くらいから早々に暑くなって、もうその辺からやる気が失せていましたが、梅雨時には気圧の変化で自律神経がやられまくり、そのままひたすら弱ってました。そんな中ふと、暑くなるとチョコレートを食べなくなることに気づいたんです。冬の間は毎日のように食べてるんですけど、暑くなると買う気すら起きなくなるものですね。夜中にチョコを食べないだけでも栄養の摂取量が減っているのでは?と考え、それから意識して食べてます、チョコ。

 最後にお知らせ!!
 「高校古文こういう話」の2冊目の本が、来月出ます!!
夏バテしつつ、いろいろ準備に携わっていました。詳しくは順次お伝えしてまいります!
posted by juppo at 02:05| Comment(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月09日

亀山殿の御池に

ああっ、1ヶ月以上もご無沙汰してしまいました。リクエストにお応えします。「徒然草」五十一段です!
〈本文〉
 亀山殿の御池に、大井川の水をまかせられんとて、大井の土民に仰せて、水車(みづくるま)を造らせられけり。多くの銭(あし)を給ひて、数日(すじつ)に営み出出して、掛けたりけるに、おほかためぐらざりければ、とかく直しけれども、つひにまはらで、いたづらに立てりけり。さて、宇治の里人を召して、こしらへさせられければ、やすらかに結ひて参らせたりけるが、思ふやうにめぐりて、水をくみ入るること、めでたかりけり。よろづにその道を知れる者は、やんごとなきものなり。
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〈juppo〉前回、与一くんの最終回を描いてからすぐのころ、もうすぐゴールデンウィークだなという時期に、私は突如として深刻なSMAP不足に陥りました。それからずっと、SMAPを見続ける日々です。ブログの更新はこの間したばかりだと思っていたら、そんなわけでSMAPを見てる間に5月がする〜っと終わってしまっていました。すみません。いつまで連休気分なのかと。
録画してあった番組とか、DVDとか、見てます。ずーっと。

 久しぶりの「徒然草」です。この「亀山殿の御池に」は、ブログを始めるよりも前に、塾で授業のために落書き程度に描いた作品の中のひとつでした。ブログを始めた当初は、それら落書き作品を順に描き直してupしてたので、これも早いうちに記事になるはずだったと思うのですが、10年も放置してしまいました。
 今回ちゃんと描いてみて、なぜそんなに手をつけないでいたかの理由がわかりました。主役が水車だから。それだけです。

 亀山殿とは、後嵯峨上皇と亀山上皇の別荘のことだそうです。
 
 えーと、後は特に説明することはないですね。そのままのお話ですよね。宇治の里人>大井の土民という内容になっているのは、読む人によっては引っかかるところでしょうか。宇治の里が水車造りで有名だったとか、そんな地域性があったのでしょうか。そんなことでもなければ、出身がどうより、その道に明るいかどうか、ということが重要なんですよね。最初から腕のある人を呼んでおけば良かった、て話ですね。

 大金を投じて動かないものを造ってどうするんだ!という点に注目するなら、豊洲とか五輪会場とか、タイムリーな話題に繋げられないこともないですね。
posted by juppo at 03:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 徒然草 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

扇の的D

ついに最終回です!与一くんありがとう!
〈本文〉
与一、鏑(かぶら)をとつてつがひ、よつぴいてひやうどはなつ。小兵といふぢやう、十二束(そく)三伏(みつぶせ)、弓はつよし、浦ひびく程ながなりして、あやまたず扇のかなめぎは一寸ばかりをいて、ひいふつとぞ射切つたる。鏑は海へ入(い)りければ、扇は空へぞあがりける。しばしは虚空(こくう)にひらめきけるが、春風に、一もみ二もみもまれて、海へさつとぞ散つたりける。夕日のかがやいたるに、みな紅(ぐれなゐ)の扇の日出(いだ)したるが、しら浪のうへにただよひ、うきぬ沈(しづ)みぬゆられければ、奥(おき)には平家、ふなばたをたたいて感じたり。陸(くが)には源氏、ゑびらをたたいてどよめきけり。
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〈juppo〉前回と今回の、その、教科書に載っている部分というのは結構短くて、6コマずつで描くつもりでした。@を描く前にもうここだけコマ割りしてラフもうっすら入れてたんですが、ここまで描いてきていざ最終回のペン入れをしようと思ったら、最終回なのに与一くんの出番が少ないな!ということにハタと気づき、急遽全部描き直して与一くんのシーンを増やしました!

 ラフを描いてからかなりの時間がかかってしまったために、描きながら「えびらって何だっけ!?」てなことになったりもしました。「えびら」は矢を入れる筒のことだそうです。
 かぶら矢は絵に描いた通り、先がちょっと丸みを帯びた矢の名前です。丸い部分が鏑というもので、矢に取り付けて使うとか。射るとこの部分がびゅるる〜と鳴って、合戦を始める合図に用いたりしたんだそうです。
 矢が音を立てて飛んだり、与一の成功に源平両軍が船べりやえびらを叩いて騒いでいる様子を想像すると、当時の合戦というのはなかなか賑やかですね。いわゆる鳴り物を使ってスポーツの応援をしているような雰囲気なんでしょうか。

 一寸はだいたい3pでそう訳しましたが、弓の長さはそのままにしました。十二束三伏というのは握りこぶし12個と指3本の長さなのだそうです。人によって違うと思うのですが、普通の弓が十二束で、それが約92pだそうなので、それより少し長い・・ということは、1m弱くらいでしょうか。要するに、普通のより少し長い弓を使っている、ということみたいです。

 
 長らくのおつきあいをいただき、ようやく「扇の的」が完結します。参加してくれた与一くんとお別れするのが淋しくて、長々描いてしまったということも、ちょっとだけあります。
この何ヶ月かの間、「新日本古典文学大系」の「平家物語 下」を図書館で借りては延長し、返してはまた借りる、というのを繰り返しました。やっと返せます、町田さるびあ図書館さま。

 最後にもう一度、与一くん並びに大田原市観光協会様にお礼を申し上げて終わりたいと思います。
 ありがとうございました!
 与一くんの左袖の形状とか、完全には似せられなかった点はどうかご容赦を。
posted by juppo at 01:59| Comment(9) | TrackBack(0) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月04日

扇の的C

いよいよ佳境です!
〈本文〉
ころは二月十八日の酉刻(とりのこく)ばかりのことなるに、をりふし北風激しくて、磯打つ波も高かりけり。舟は、揺り上げ揺りすゑ漂へば、扇もくしに定まらずひらめいたり。沖には平家、舟を一面に並べて見物す。陸(くが)には源氏、くつばみを並べてこれを見る。いづれもいづれも晴れならずといふことぞなき。与一目をふさいで、「南無(なむ)八幡大菩薩、我が国の神明(しんめい)、日光権現(につくわうのごんげん)・宇都宮・那須の湯泉大明神、願はくは、あの扇の真ん中射させてたばせたまへ。これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に二度面(おもて)を向かふべからず。いま一度本国へ迎編とおぼしめさば、この矢はづさせたまふな。」と心のうちに祈念して、目を見開いたれば、風も少し吹き弱り、扇も射よげにぞなつたりける。
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〈juppo〉普通「扇の的」と言えば、ここからですよね。今回と次回の2回で、その部分をお届けします。
 ここに来て唐突に、1コマ目のように海が荒れていることが発覚しました。今までそんな風に海を描いておりませんでしたが、現場にいたらこんな感じだったかもと想像していただければ幸いです。
 要するに、波が高くて扇の的は揺れて定まらないし、北風はここでは与一にとって向かい風だとかで、だいぶ不利な条件が整っちゃったな、ということなんですね。

 しかしながら、6コマ目では風も少し収まったようです。神様への祈りが通じたのでしょうか。

 与一が祈る神々がずらずら並ぶので、途中で「以下略」にでもしてしまおうかなんて暴挙に走りそうになりましたが、日光、宇都宮、那須、と与一にとって地元の親しみあるはずの神様を省略できないので原文通り祈ってもらいました。最初の「南無八幡大菩薩」の南無は信仰します、という意味で、八幡大菩薩は軍神として武士の皆さんの崇敬があった神様だそうです。

 今回はほぼ与一くんの一人舞台になりました。描けば描くほど、可愛いですね〜与一くん。
 次回はついに最終回です!


 ところで先月、母と、幼なじみの母娘と、奄美大島へ行って来ました。
 偶然にも3回に亘って放送された「ブラタモリ」とのコラボ旅行になりましたが、全くの偶然で、旅したばかりのあそこやあそこがまたテレビで見られたのは嬉しかったです。
 現地の方は口をそろえて「海と山しかない」と言うのですが、本当にそうでした。それがイイんですよ。イイとこでしたよ〜。
IMG_1964.JPGタモさんも登った高知山展望所。

IMG_1991.JPGホノホシ海岸。海。そして山。
posted by juppo at 05:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする