2018年03月29日

宮にはじめてまゐりたるころG

ぼちぼちやってたらやっぱりこんなペースに。続きです。
〈本文〉
ものなど仰せられて、「我をば思ふや」と問はせ給ふ、御いらへに、「いかがは」と啓するにあはせて。台盤(だいばん)所のかたに、はなをいと高うひたれば、「あな、心憂。そら言(ごと)をいふなりけり。よし、よし」とて、奥へ入らせ給ひぬ。いかでかそら言にはあらん。よろしうだに思ひきこえさすべきことかは。あさましう、はなこそそら言はしけれ、と思ふ。さても誰か、かくにくきわざはしつらむ、おほかた心づきなしとおぼゆれば、さるをりもおしひつぎつつあるものを、まいていみじ、にくしと思へど、まだうひうひしければ、ともかくもえ啓しかへさで、明けぬればおりたる、すなはち、浅緑なる薄様(うすやう)にえんなる文を、「これ」とて来たる、あけて見れば、
 「『いかにしていかに知らましいつはりを空にただすの神なかりせば』となん御けしきは」
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〈juppo〉あと少しで終わるのですが、8コマにはちょっと長いので2回に分けます。そういうわけで、次回がいよいよ最終回です。
 今回、漫画はだいぶ前に描いてたんですが、生活に追われてPCを3週間も開かない日々でした。3月が31日まであってよかったです。

 前回までは伊周さんらにからかわれていた清少納言さん、今回は中宮様と夫婦のような会話をしていますね。「我をば思ふや」は「私のこと愛してる?」と訳しても良いみたいですよ。唐突な告白ですよね。
 ここで大きなくしゃみをしたのは、台盤所という女房たちの控え室にいるらしい誰かです。当時、くしゃみは不吉なものだとされてた話は「にくきもの」でも出てきましたが、ここでは会話の途中で第三者が咳払いをして嘘を指摘するような役割を果たしてしまった、ということのようです。
 現代では不吉というより、くしゃみをすると誰かが噂をしていると解釈したりしますよね。私が子どもの頃は「一褒められて、二憎まれて、三惚れられて、四(よ)風邪ひく」なんて言われてましたよ。今でも言いますか?
 くしゃみの回数で噂の種類が決まるということなんですが、花粉症が猛威を奮っている今、回数を数えるどころではないですね。まだ花粉症になっていない方は、早くなってください。毎年そう呪いながら鼻をかんでいます。

 タイミングよく(悪く?)くしゃみをした当人を清少納言さんも呪いつつ、退室したところに中宮様からのお手紙が来たと。
 「ただすの神」は京都の下賀茂にあるとかの糺ノ森(ただすのもり)とかにいる神様だそうです。地元では有名な森と神様ですか?
 中宮様の詠んだ歌を聞き書きした女房からの手紙なので、伝聞の形で書かれています。

 最終回は近いうちに!
 今月中に!とは断言しません。

 
 あ、ペリーヌはトロッコ押しから猛スピードで出世して今お屋敷住まいの秘書です。そこからがまだまだあるんですね。工場の後継を狙うビルフランの甥と工場長の会話が、ほとんどお代官様と越後屋です。

 
posted by juppo at 01:07| Comment(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月06日

宮にはじめてまゐりたるころF

2月はいったい何をしていたのか!?続きです。
〈本文〉
人の草仮名(さうがな)書きたる草子(さうし)など、とりいでて御覧ず。「誰(たれ)がにかあらん。かれに見せさせ給へ。それぞ世にある人の手はみな見知りて侍らん」など、ただいらへさせんと、あやしきことどもをのたまふ。
 ひと所だにあるに、また前駆(さき)うち追はせて、おなじ直衣(なほし)の人まゐり給ひて、これはいますこしはなやぎ、さるがう言(ごと)などし給ふを、わらひ興(きよう)じ、我も「なにがしが、とあること」など、殿上人のうへなど申し給ふを聞くは、なほ変化(へんげ)の者、天人などの下りきたるにやとおぼえしを、さぶらひ馴れ、日ごろ過ぐれば、いとさしもあらぬわざにこそはありけれ。かく見る人々もみな家のうち出でそめけむほどは、さこそはおぼえけめなど、観じもてゆくに、おのづから面馴れぬべし。
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〈juppo〉2月は忙しかったです。2月は短いからとか、平昌ずっと観てました、てこともあるんですけど、いつになくイラストの仕事が繁盛して、ずっと絵を描いていました。月末の1週間に締め切りが3つあるという、自分史上最高なくらいの売れっ子月間でした。

 そういうわけで1月に3回も更新できたのにその後ぷっつりでしたが、続きです。
中宮さまや伊周に恐縮し続けていた清少納言さんの前に、もう一人やんごとないご身分の方が現れました。このエピソードは余分な気もしないでもないですが、こうしておどおどしながら始めた宮仕えも慣れてしまえばどーということはない、という独白に繋がっているシーンなんですね。
 おどおどしている自分の前で涼しげに笑っている女房の皆さんも、新人の頃はきっと自分と同じようにおどおどしていたんだろう、と観察する余裕まで出てきたようです。
 この、直衣の人というのは伊周の父の道隆か、弟の隆家らしいです。よくわからないまま描いてしまってます。

 仕事って、こうして慣れていくんですよねー。最初は向いてないのでは?なんでこの仕事始めちゃったのかな?なんて悩む日があっても、続けていればいつの間にか先輩になっちゃうんですよね。そうなるとむしろ慣れなかった日々が懐かしかったり、ね。

 ずいぶん長くなりましたが、まだ続くんです、この段。続きは今月中には!


 ところで「ペリーヌ物語」はこの1ヶ月の間にだいぶ消化しました。もうおじいさんのいるマロクールで働いているペリーヌことオーレリィです。おかあさんが亡くなるのがこんなに前半だったんだなあ、というのが改めて見て意外でした。パリで寝ついてから亡くなるまで4話かそこらあるので、本放送を見ていた時は1ヶ月くらいかかっているわけですが、DVDだと1日で見てしまう話数ですから、あれよあれよという間でした。

 3月はイラストの仕事も一段落してちょっとヒマになるかと思ったら、今度は日本語の先生の仕事が繁盛してきました。今年は仕事運が上々のようです。
 なるべくブログの更新には時間を作りたいと思っておりますが、ぼちぼちやります。
 
posted by juppo at 00:28| Comment(2) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする