2020年07月21日

五十歩百歩A

続きです。
〈本文〉
塡然鼓之、兵刄既接。
棄甲曳兵而走。
或百歩而後止、或五十歩而後止。
以五十歩笑百歩、
則何如。曰、不可。直不百歩耳、是亦走也。
曰、王如知此、則無望民此多於鄰國也。
〈書き下し文〉
塡然(てんぜん)として之(これ)に鼓(こ)し、兵刄(へいじん)既(すで)に接(せつ)す。
甲(かふ)を棄(す)て兵を曳(ひ)いて走る。
或(あるひ)は百歩にして後(のち)止(とど)まり、或は五十歩にして後止まる。
五十歩を以て百歩を笑はば、
則(すなは)ち何如(いかん)、と。曰(いは)く、不可(ふか)なり。直(ただ)に百歩ならざるのみ、是(こ)れ亦(また)走るなり、と。
曰く、王(わう)如(も)し此(これ)を知らば、則ち民の鄰國(りんごく)より多(おほ)きを望むことなかれ。
gojippohyappo2.jpeg
〈juppo〉前回でも触れたように、よく知られているお話なんですけど、絵にするのに大分悩んだところがいくつか。兵隊は大勢いるのだと思うんですけど、とっさに逃げたのはその一部またはほんの一人二人なんじゃないかということと、五十歩百歩逃げた各々は敵同士なのか、味方同士なのか、ということです。あ、戦場で叩かれる太鼓の形もです。こんな盆踊りの太鼓みたいに叩いてるとは思えないんですけど、この方がわかりやすいかなと思って、これは敢えて。

 細かいところはいろいろ気になるのですけど、たとえ話ですからね。要するに「おまいう」、「お前が言うな」的な言動に対して使う言葉ですよね。「自分のことは棚に上げて」とか、「人のふり見て我がふり直せ」とか、「目〇〇鼻〇〇を笑う」とか、言い換えようはいくらでもありそうです。
 他人の行動を批判する時は、大小の違いはあっても似たようなことを自分もしていないかどうか、
考えてからした方がいいですね。批判だけするのは簡単なことですからね。

 ところで、ずいぶん前にテレビが壊れて新しいのを買った話をしましたが、壊れた方の古いテレビを、今日やっと処分しました。テレビを捨てるのもラクじゃない時代になっていたんですよ。購入した店に引き取ってもらうのでない限り、お金がかかるんですね。どこのお店で買ったのか保証書を探してどうしても見つからなかったので、郵便局で家電リサイクル券というものを入手して、今日取り扱い運送店に搬入してきました!今日までずっと、車の後部に同乗していたんです。車体が軽くなりました。

fullsizeoutput_bda.jpeg
こういうものが、郵便局にあります。
posted by juppo at 23:18| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月14日

五十歩百歩@

ご無沙汰してしまいました。リクエストにお応えします。引き続き、漢文です。
〈本文〉
梁惠王曰、寡人之於國也、盡心焉耳矣。
河内凶、則移其民於河東、移其粟於河内。
河東凶、亦然。
察鄰國之政、無如寡人之用心者。
鄰國之民不加少、寡人之民不加多、何也。
孟子對曰、王好戰。謂以戰喩。
〈書き下し文〉
梁(りやう)の惠王(けいわう)曰(いは)く、寡人(くわじん)の國に於(お)けるや、心を盡(つく)すのみ。河内(かだい)凶なれば、則(すなは)ちその民を河東(かとう)に移し、その粟(ぞく)を河内に移す。河東凶なるも、また然(しか)り。鄰國(りんごく)の政(まつりごと)を察するに、寡人の心を用(もち)ふるがごとき者なし。鄰國の民少きを加(くは)へず、寡人の民多きを加へざるは、何ぞや、と。
孟子對(こた)へて曰く、王(わう)戰(たたかひ)を好む。謂(こ)ふ戰(たたかひ)を以(もつ)て喩(たと)へん。
gojippohyappo1.jpeg
〈juppo〉前回の『株を守る』と一緒にリクエストいただいたのが本作です。「五十歩百歩」は比較的現代でもよく使う故事成語のひとつだと思います。元になったこのお話もよく知られているので、漫画にするのもそんなに大変じゃないと思っていましたが、大変でした。よく考えたら戦の場面がたとえに使われるんですよね。その辺は次回に出てきますが、戦いのシーンを描かなければならない、実在の人物を歴史上の時代背景で描かなければならない、というのがもうプレッシャーです。絵だけ見ていただくと、そんなに真剣に描いているとは思われないかもしれませんが、私なりにいろいろと調べたり考えたりして描いてるんですよ。まあそんなワケで思いの外、描くのに時間がかかりました、と、ここまで言い訳です。

 出典は『孟子』です。孟子とは漫画にも出てきている人の名前ですが、その人の言行をまとめた書物が「孟子」というタイトルなんですって。なるほどです。わかりやすいです。

 惠王の「惠」の字は漫画では「恵」にしています。「恵王」で検索してあらかたのことが分かったからです。恵王は魏(ぎ)という国の王様だった人です。えー、じゃあ梁って何よ。と、こんな風に作業がストップするのですが、Wikipediaのおかげで、ある時から魏の首都が大梁というところになり、それから国の名前も梁と呼ばれるようになった、ということがわかりました。ある時というのが紀元前340年のことです。そんな昔のことですし、中国史を制するものが世界史を制すると言われるように広くて長い歴史の中のことですので、ここではそんなに詳しく触れないことにしますよ。触れないというのは調べないということですが。

 短い話ですけど2回に分けます。肝心の「五十歩百歩」の逸話は次回のお楽しみになってしまいました。

 ところで、このブログの漫画の下の解説文(これ)の最初にいつも〈juppo〉と入れていますが、これは私のニックネームです。小・中・高校時代からの友人は今でも私のことを「ジュッポ」と呼びます。年賀状の宛名に「柴田十歩様」と書いてくる中学校の同級生もいますが、漢字では書かないです。
 そもそも「十歩」は「じゅっぽ」と読みません。漢字の「十」は訓読みで「と」「とお」、音読みで「ジュウ」「ジッ」と読みますが、「ジュッ」とは読まないんです。
 ですから「五十歩百歩」も「ごじっぽひゃっぽ」と読むのが正しいです。ニュースでも、よく聞くとまともなアナウンサーなら「二十世帯」は「にじっせたい」というように読んでいます。
 だからというワケでは全くないですが、私のことを「じっちゃん」と呼んでいた友人もいました。
 
posted by juppo at 22:23| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする