2020年12月31日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝I

今度こそ、閑話休題の続きです。「大鏡」は閑話じゃないですけどね。
〈本文〉
 皇子の君、千日、いやしき工匠らと、もろともに、同じ所に隠れゐたまひて、かしこき玉の枝を作らせたまひて、官(つかさ)も賜はむと仰(おほ)せたまひき。これをこのごろ案(あん)ずるに、御使(つかひ)とおはしますべきかぐや姫の要(えう)じたまふべきなりけりとうけたまはりて。この宮(みや)より賜はらむ。
と申して、「賜はるべきなり」といふを、聞きて、かぐや姫、暮るるままに思ひわびつる心地、笑ひさかえて、翁を呼びとりていふやう、「まこと蓬萊の木かとこそ思ひつれ。かくあさましきそらごとにてありければ、はや返(かへ)したまへ」といへば、翁答(こた)ふ、「さだかに作らせたる物と聞きつれば、返さむこと、いとやすし」と、うなづきをり。
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〈juppo〉年内を目指すと言った手前、花山天皇の行く末を見届ける寄り道をしましたが、こちらの続きも今年中に描いておかなければと、カウントダウンにさしかかかる時間になっての更新です。

 前半は工匠らが持ち込んだ訴状を読んでいます。この工匠らは「身分が低い」ので、皇子からの「官」をという申し出は魅力だったことでしょう。身分も収入も保証されるんですからね。
かぐや姫が「御使」だと言われているのは、皇子とかぐや姫はまだ結ばれていないんですけど、結ばれたとしても位としてはお妃ではなく、それより下のお仕えする女性、てことなんですね。
 それでいよいよ結ばれそうなふたりです。いきなり「暮るるままに思ひわびつる心地」になってますが、このままだと夜になったら皇子と結ばれるしかないことに、かぐや姫は相当ブルーになってたんです。そこへ持ってきて工匠らの大暴露です。これまた急に「笑ひさかえて」しまうのも無理はありません。起死回生です。
 翁はちょっと残念。かもしれません。

 まだ少し続きます。年またぎの連作になります。
 皆様、よいお年を。
posted by juppo at 23:53| Comment(3) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月24日

花山院の出家B

続きです。メリクリです。
〈本文〉
花山寺におはしまし着きて、御髪(みぐし)おろさせたまひて後(のち)にぞ、粟田殿は、「まかり出出て、おとどにも、かはらぬ姿、いま一度見え、かくと案内(あない)申して、かならずまゐりはべらむ」と申したまひければ、「朕(われ)をば謀(はか)るなりけり」とてこそ泣かせたまひけれ。あはれにかなしきことなりな。日頃、よく、「御弟子にてさぶらはむ」と契りて、すかし申したまひけむがおそろしさよ。東三条殿(とうさんでうどの)は、「もしさることやしたまふ」とあやふさに、さるべくおとなしき人々、なにがしかがしといふいみじき源氏の武者(むさ)たちをこそ、御送りに添へられたりけれ。京のほどはかくれて、堤(つつみ)の辺(わたり)よりぞうち出でまゐりける。寺などにては、「もし、おして人などやなしたてまつる」とて、一尺(ひとさく)ばかりの刀どもを抜きかけてぞまもり申しける。
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〈juppo〉聖なる夜に、悲しいお話をお届けしなければなりません。ここまで描いてこそ「花山院の出家」をcompleteなのは、信じた者に裏切られて不本意なまま出家するに至った帝の悲運を見届けるためだったのですね。

 名前を整理します。「粟田殿」はここにいる道兼のことです。道兼の父「おとど」は藤原兼家です。5コマ目に登場していますが、自分が過去にこのブログですでにそのキャラを描いてなかったかどうか、しばし調べました。多分初登場です。
 この父と、息子道兼の間では帝だけに出家させてそれに付き合うつもりはないことは、打ち合わせ済みだったようですね。そうとは知らず、剃髪してしまってから陰謀に気づいた帝のショックやいかばかり・・です。
 道兼は父親に様子を見せたら戻ってくると言ってるのですけど、戻ってくる気がないことにはすぐに気づく帝です。もっと細々したやりとりや素振りがあったのかもしれませんが、ここでは大筋しか語られていません。何しろ、頼りになる護衛をつけましたよ、ってとこで唐突に終わりです。この続きはないんです。


 ですから次回は「くらもちの皇子」に戻ります。
posted by juppo at 21:14| Comment(0) | 大鏡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月22日

花山院の出家A

急に「大鏡」です。とあるリクエストで。
くらもちの皇子の続きは「近日中に」と言っておいて続かない、そんなブログです。
〈本文〉
さて、土御門(つちみかど)より東(ひんがし)ざまに率(ゐ)て出(い)だしまゐらせたまふに、晴明(せいめい)が家の前をわたらせたまへば、みづからの声にて、手をおびたたしく、はたはたと打ちて、「帝王(みかど)おりさせたまふと見ゆる天変ありつるが、すでになりにけりと見ゆるかな。まゐりて奏(そう)せむ。車に装束(そうぞく)とうせよ」といふ声聞かせたまひけむ、さりともあはれには思し召しけむかし。「且(かつがつ)、色神一人内裏(だいり)にまゐれ」と申しければ、目には見えぬものの、戸をおしあけて、御後(うしろ)をや見まゐらせけむ、「ただ今、これより過ぎさせおはしますめり」といらへけりとかや。その家、土御門町口(まちぐち)なれば、御道なりけり。
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〈juppo〉何の前触れもなく「大鏡」で、しかもAです。@はこちらにあります。なんと2011年1月の投稿です。10年前ですね。
 実は@だけ描いた、もとは「天皇御出家」というタイトルだったその記事と、その前の「花山天皇」とを、書籍「高校古文まだまだこういう話」に掲載するつもりでした。ところが、編集段階で「ちょっと待った」が入りました。この続きが重要なのでそれを描くべきだということでした。その時に描かなかったのは、時間がなかったからです。その翌年に出た「高校古文じっくりこういう話」の時にはその話題が出なかったので、スルーされることになり、@を描いてから10年、続きを描く案が出てから2年も経ってようやく、作品化にこぎつけました!
 今やっと描いたのは今年出版されるはずだった5冊目の書籍に入れる予定があったからです。今年はもう出ません。来年のお楽しみです。ご期待ください。

 今回は花山帝が粟田殿こと藤原道兼に連れられて、出家への途についたところです。その通り道に住んでるのがあの、安倍晴明ですよ皆さん、陰陽師ですよ。
 晴明は帝が退位するのを前もって知っています。式神は「しきがみ」ですが「しきしん」とも「しきのかみ」とも言ったりするようで、陰陽師の手となり足となる鬼神だとか。人じゃないんですね。
そういうキャラですし「目には見えぬ」ということなので、ぼんやり描いておきました。

 続きがあります。もう1回。くらもちの皇子については、その後で。年内を目指します。

posted by juppo at 00:19| Comment(0) | 大鏡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月15日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝H

スマホを新しくしました。続きです。
〈本文〉
かかるほどに、男(をのこ)ども六人、つらねて、庭にいで来たり。
 一人の男、文挟(ふんばさ)みに文をはさみて、申す、「内匠寮(たくみづかさ)の工匠(たくみ)、あやべの内麻呂(うちまろ)申(まう)さく、玉の木を作り仕(つか)うまつりしこと、五穀(ごこく)を断ちて、千余日に力をつくしたること、すくなからず。しかるに、禄(ろく)いまだ賜(たま)はらず。これを賜ひて、わろき家子(けこ)に賜はせむ」といひて、ささげたり。たけとりの翁、この工匠らが申すことは何事ぞとかたぶきをり。皇子は、我にもあらぬ気色(けしき)にて、肝(きも)消えゐたまへり。
 これを、かぐや姫聞きて、「この奉(たてまつ)る文を取れ」といひて、見れば、文に申しけるやう、
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〈juppo〉iPhone5を使い続けて8年、今後も使うつもりでいたのですが、OSが10.3.4からアップデート出来なくなり、アプリがいろいろ使えなくなりました。Appleに見捨てられた機種なのですね。何という仕打ちでしょうか。仕方がないのでiPhone SEに乗り換えました。小さいのが欲しかったんです。手が小さいので。OSはいきなり14.3です。指紋認証です。そういうわけで、あれこれデータを引き継いだりパスワードを設定したりしているところです。その余波でPCのメールアカウントも設定し直す必要が生じたりして、雑事が増えるばかりです。

 さて、今回は前回までと展開がガラッと変わりましたね。翁と歌のやり取りをして、感動的に締めたと思った矢先、あっさり悪事が露見しています。
 六人の男どもというのはもちろん、皇子が偽物の玉の枝を作るために召集した鍛治工のメンバーです。また登場すると思ってなかったので適当に描いたことを今、告白します。
 「五穀を断ちて」の五穀は米、麦、粟、黍(きび)、豆の、要するに「五穀米」の五穀です。それを経つというのが、食事にそれらを摂らずに我慢することで願をかけたという意味なのか、ただ食事の間も惜しんでという意味なのか、諸説あるようですが、ここでは後者を採用しました。

 3年もかけて緻密なストーリーを捏造した人のしでかすミスとは思えないほど杜撰です。秘密保持に必要なのは何よりも口止め料なのに!
 ケチなんでしょうね。
 …秘密を知る者には消えてもらう、という手もあると思いますけどね。昔はお城の堀に渡す橋を作った人は出来た途端に命を狙われた…なんて話もありますよね。「肥後の石工」で読みました。
 そんなことにならなくて良かったです。こんな企みのために命をかけさせられたらたまりません。

 持参した文の内容が明かされないまま以下次号、ですが、内容はもうほとんど話されてしまっているので、続きが気になって夜も眠れないほどではないと思います。その後このエピソードがどう決着するのかという方が気になりますね。
 その辺は、近日中に。

 
posted by juppo at 21:02| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月06日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝G

12月になりました。続きです。
〈本文〉
 山はかぎりなくおもしろし。世にたとふべきにあらざりしかど、この枝を折りてしかば、さらに心もとなくて、船に乗りて、追風(おひかぜ)吹きて、四百余日になむ、まうで来にし。大願力(だいぐわんりき)にや。難波(なには)より、昨日(きのふ)なむ都(みやこ)にまうで来つる。さらに、潮(しほ)に濡れたる衣(きぬ)だに脱ぎかへなでなむ、こちまうで来つる」とのたまへば、翁、聞きて、うち嘆(なげ)きてよめる。

  くれたけのよよのたけとり野山にもさやはわびしきふしをのみ見し

 これを、皇子聞きて、「ここらの日ごろ思ひわびはべりつる心は、今日(けふ)なむ落ちゐぬる」とのたまひて、返し、

  我が袂(たもと)今日かわければわびしさの千種(ちぐさ)の数も忘られぬべし

 とのたまふ。
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〈juppo〉すっかり寒くなりましたね。と思ったら12月なんですね。不思議と年末感がないのもコロナのせいなんでしょうか。そうなんでしょう。

 さて長らくお届けし続けたくらもちの皇子の冒険譚は今回で終了です。皇子の語る話が終わっただけで、このエピソードはまだ続くんですけど。
 蓬萊の山で枝を折ってしまったら、もうとっとと帰るだけですが、「心もとなく」感じてさっさと帰って来たというのがまた信憑性を持たせてますよね。なにやら不思議な山に登って不思議な枝を折った体験にありそうな感覚です。

 体験談の後は翁と皇子の歌のやり取りです。「よよ」は竹の節と節の間を表す「よ」を重ねて言ったもので、そういう竹を取っていたということと、「代々」にかけてるんですって。
返す皇子の歌の「ここら」は「この辺」という意味ではなく、長いとか多いという意味だそうです。

 「大願力」は仏教用語です。阿弥陀さまが衆生の成仏を願ってくれてる力だとか、神仏に祈る力のことだとか、解釈はいろいろあるようです。

 ここまで練りに練った作り話を聞かされ、金にモノを言わせた偽物の玉の枝を渡されて、さすがのかぐや姫も陥落しそうです。しないですけどね。その辺は次回以降で明らかに。 
 もう少し、続けます。
posted by juppo at 20:57| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする