〈本文〉
かのよみたまひける歌の返し、箱に入れて、返す。
名残りなく燃ゆと知りせば皮衣(かはごろも)思ひのほかにおきて見ましを
とぞありける。されば、帰りいましにけり。
世の人々、「阿倍の大臣、火鼠の皮衣(かはぎぬ)持ていまして、かぐや姫にすみたまふとな。ここにやいます」など問ふ。ある人のいはく、「皮は、火にくべて焼きたりしかば、めらめらと焼けにしかば、かぐや姫あひたまはず」といひければ、これを聞きてぞ、とげなきものをば、「あへなし:といひける。

〈juppo〉一応東京都なので、町田市も緊急事態宣言発令中です。ひと駅隣の相模大野に降り立つと、人出はそう変わらないのに事態が違っていて、ベルリンの壁を越えたかのようです。ベルリンの壁を越えたことはないですけど。
火鼠の皮衣がめらめらと焼けてしまったので、阿倍御主人からの求婚は自動的にご破算になったのですが、かぐや姫はご丁寧に返歌をしています。偽物と知っていたら焼かずに見ていたのにという歌の内容には、焼いてしまって勿体なかったなーという気持ちも少しはあったのでしょうか。そんなことを思うのは凡人の考えでしょうか。
その歌を、皮衣を入れてきた箱に入れて返す、これまたご丁寧な対応ですが、もう皮衣は入っていないので手紙だけが中でカサカサ言ってるかと思うと残念さもひとしおです。Amazonからの荷物みたいです。いえ、Amazonは残念ではないですよ。
ワイドショーで特集を組んでいるわけでもないのに、一般の方々もこの恋の行方に興味津々ですね。物見高く駆けつけて「かぐや姫にすみたまふとな」などと聞いていますが、この「すみたまふ」は「住む」というより「通う」という意味だそうです。ただし当時は通い婚なので、「通う」イコール「結婚」なのですね。
そして最後には阿倍御主人もある語源になったということです。「あへなし」は今だと「敢え無い」です。「一回戦であえなく敗退しました」などと言いますよね。頑張って〜〜したのにその甲斐もなく、なんて意味ですね。
かくして阿倍御主人の挑戦も、敢え無く砕け散ったのでありました。
次回はこれの前に描いていた「枕草子」の続きを多分描きます。多分。