2021年06月30日

桃花源記C

はい、最終回です。
〈本文〉
此中人語云、不足爲外人道也。既出得其船、便扶向路、處處誌之。及郡下、詣太守説如此。太守即遣人随其往、尋向所誌、遂迷不復得路。南陽劉子驥、高尚士也。聞之、欣然規往、未果尋病終。後遂無問津者。
〈書き下し文〉
この中の人、語(つ)げて云ふ、外人(ぐわいじん)の爲(ため)に道(い)ふに足らざるなりと。既(すで)に出(い)でその船を得て、便(すなは)ち向(さき)の路(みち)に扶(そ)ひ、處處(しよしよ)にこれを誌(しる)す。郡下(ぐんか)に及び、太守(たいしゆ)に詣(いた)りて説(と)くこと此(か)くの如(ごと)し。太守即(すなは)ち人を遣(や)りてその往(ゆ)くに随(したが)ひ、向(さき)に誌(しる)せし所を尋(たづ)ねしむるも、遂(つひ)に迷(まよ)ひて復(ま)た路(みち)を得ず。南陽(なんやう)の劉子驥(りうしき)は、高尚(かうしやう)の士(し)なり。之(これ)を聞き、欣然(きんぜん)として往(ゆ)かんと規(はか)るも、未(いま)だ果(は)たさざるに尋(つ)いで病みて終(を)はる。後(のち)遂(つひ)に津(しん)を問ふう者なし。
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〈juppo〉行く先々で歓待を受けたわりに、帰る際に引き止められることもなく、その代わりここのことを誰にも話すなとも言われずに、「話す必要はない」という言い方です。無理して話さなくても、という感じですが、その裏にはやっぱり「話さないでね」と暗に禁止を込めているのでしょうか。
「外人の爲に」の「爲」は、「〜に向かって」という意味だそうです。外の人に対して、ということですね。
「既に出でて」の「既に」は「〜したのち」だそうです。今も使う言葉が入っていると、却ってややこしいですよねー。

 そういうわけで、玉手箱をもらったりはしなかったようですが、二度とその村に行くことはできなかったと。
 最後に南陽の劉子驥という人が唐突に出てきますね。劉麟之(りゅうりんし)という実在の人がいたらしく、薬草を求めて歩くうちに神仙の境に迷い込んだとかいう話があるそうで、その人が訪ねたのもここじゃない?と、物語にちょっと信憑性を持たせる効果ではと言われているようです。もはや、何が現実で何が創作なのかわからなくなるオチです。
 何しろ昔のことなので、そんなことも本当にあったのかもしれません。・・・と、いうような最後のコマにしてみました。

 次回は徒然草の予定です。近いうちに。
posted by juppo at 23:37| Comment(2) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月26日

桃花源記B

続きです。今月中に、完結しますよ。
〈本文〉
具答之、便要還家、爲設酒殺雞作食。村中聞有此人、咸來問訊。自云、先世避秦時亂、率妻子邑人來此絶境、不復出焉、遂與外人間隔。問今是何世、乃不知有漢、無論魏晉。此人一一爲具言所聞、皆歎惋。餘人各復延至其家、皆出酒食。停數日、辭去。
〈書き下し文〉
具(つぶ)さにこれに答れば、便(すなは)ち要(むか)へて家(いへ)に還(かへ)り、爲(ため)に酒を設(まう)け雞(とり)を殺して食を作る。村中(そんちゅう)この人あるを聞き、咸(み)な來たりて問訊(もんじん)す。自(みづか)ら云(い)ふ、先世(せんせい)秦時(しんじ)の亂(らん)を避(さ)け、妻子邑人(いふじん)を率ゐてこの絶境(ぜつきやう)に來たり、復(ま)た焉(ここ)より出(い)でず、遂(つひ)に外人(ぐわいじん)と間隔(かんかく)すと。今は是(こ)れ何(いづ)れの世なるかと問ひ、乃(すなは)ち漢(かん)あるを知らず、魏晉(ぎしん)は論ずるなし。この人一一(いちいち)爲(ため)に具(つぶ)さに聞く所を言へば、皆歎惋’(たんわん)す。餘人(よじん)各(おの)おの復(ま)た延(まね)きてその家に至(いた)らしめ、皆(み)な酒食(しゆしよく)を出だす。停(とど)まること數日(すうじつ)にして、辭(じ)し去る。
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〈juppo〉↑の本文、書き下し文はタイプしていますが、読めないやら探せない字やらがあって難儀しています。旧字体なんだけどフォントになくて新字体になっているものもあります。「間隔」の「間」は門構えの中がホントは「月」なんですけど、そんな字はついに見つかりませんでした。探し方が甘いのかもしれませんけれども。

 前回、どうやら好意的だとわかったこの村の人たちに、漁師の人は歓待を受けています。おとぎ話にはありがちな展開です。
「先世」は「前世」みたいですけど、先祖のことなんですね。秦の国は紀元前221〜206年に成立していて、この漁師の人の晋の国は265〜420年にあったそうなので、だいたい500年前にここの人たちの先祖はここにやってきた、ということなんです。その間にあった漢の時代も知らないし、その後のことは言うまでもない、なんですね。「魏晋」は「魏」と「晋」の時代、てことです。
 例えば戦国時代の村の人たちが、戦の世に飽き飽きしてどこか穴の中の世界に隠れて住み続けていたとしたら、今もその頃の営みのまま暮らしている・・・というようなことでしょうか。500年もあったらそれなりに進化してるんじゃないかな〜とも思いますが、何かと進化には争いが不可欠だったりしますから、平和なまま生き続けたら案外それほど環境に変化はもたらされないのかもしれません。

こんな映画を思い出しました。


おとぎ話にありがちなように、訪問者はそのままそこに居つくことはせず、住み慣れた現世に帰ることにします。それから?な最終回は、今月中に。
posted by juppo at 00:18| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月20日

桃花源記A

2021年上半期も、残すところあと10日になりました。だから何だということでもありません。続きです。
〈本文〉
初極狭、纔通人。復行數十歩、豁然開朗。土地平曠、屋舎儼然、有良田美池、桑竹之屬。阡陌交通、雞犬相聞。其中往來種作、男女衣著、悉如外人。黄髪垂髫、竝怡然自樂。見漁人乃大驚、問所從來。
〈書き下し文〉
初めは極(気は)めて狭(せま)く、纔(わづ)かに人を通ずるのみ。復(ま)た行くこと數(すう)十歩、豁然(くわつぜん)として開朗(かいらう)なり。土地は平曠(へいくわう)、屋舎(をくしや)は儼然(げんぜん)として、良田美池(りやうでんびち)、桑竹(さうちく)の屬(ぞく)あり。阡陌(せんばく)交(まじ)はり通じ、雞犬(けいけん)相(あ)ひ聞こゆ。其(そ)の中(うち)に往來(わうらい)して種作(しゆさく)するに、男女(だんぢよ)の衣著(いちやく)は、悉(ことごと)く外人(ぐわいじん)の如(ごと)し。黄髪垂髫(くわうはつすいてう)、竝(なら)びに怡然(いぜん)として自(みづか)ら樂(たの)しむ。漁人(ぎよじん)を見て乃(すなは)ち大(おほ)いに驚(おどろ)き、從(よ)りて來(き)たる所を問ふ。
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〈juppo〉穴があったら入りたくなるのが人情かもしれませんが、私はこういうのは苦手です。車に乗っていて長いトンネルをくぐるのも、出口があると常識で分かっているから耐えられますが、一抹の不安を抱きながら走ります。アクアラインの10キロトンネルなんて最悪です。海の水が落ちてこないとどうして断言できるのか。映画の見過ぎなんですけど、実際某映画ではそんなシーンがあるらしいですね。

 さて自然の理に従って穴に入った漁師の人、ぽっかりと別世界?に出ました。ここでは桃の花があるという記述がないので、もうカラーじゃありません。
 そこがどういう土地だったか、書いてある通りに絵にしたつもりですが、実際どういうところかは誰にもわからないので、皆さん自由に想像してくださいね。幸い、桑とか竹とかニワトリとか犬とか、現実にあるものが揃っているので「竹取物語」の蓬莱山よりは想像しやすいかと。

 男女の着物が外人のようだと言っていますが、この人のもともといた晋の国の外というくらいの意味です。多分西洋人なんて知らないでしょうから。

 「黄髪垂髫」はそのまま四字熟語になっていて、「老人と子ども」という意味なんですって。老人ならただの白髪で良いかと思いますが、黄ばんだ白髪を言うようで、念の入った表現ですね。

 そこにいた人たちは好意的なようです。危ない目には逢いそうにないので、安心して次回をお待ちください。
posted by juppo at 21:07| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月15日

桃花源記@

関東地方も梅雨入りしました。蒸し暑いです。リクエストにお応えします。久しぶりの、漢文です。
〈本文〉
晉太元中、武陵人捕魚爲業。縁溪行、忘路之遠近。忽逢桃花林、夾岸數百歩、中無雜樹、芳華鮮美、落英繽紛。漁人甚異之、復前行欲窮其林。林盡水源、便得一山。山有小口、髣髴若有光、便捨船從口入。
〈書き下し文〉
晉(しん)の太元(たいげん)中(ちゅう)、武陵(ぶりょう)の人魚(うお)を捕(と)らふるを業(げふ)と爲(な)す。溪(たに)に縁(そ)ひて行(ゆ)き、路(みち)の遠近を忘る。忽(たちま)ち桃花(たうくわ)の林に逢ひ、岸を夾(はさ)婿と數(すう)百歩、中(うち)に雜樹(ざつじゆ)無く、芳華(はうくわ)鮮美(せんび)、落英(らくえい)繽紛(ひんぷん)たり。漁人(ぎよじん)、甚(はなは)だ之(これ)を異(い)とし、復(ま)た前(すす)み行(ゆ)きて其(そ)の林を窮(きは)めんと欲(ほつ)す。林水源に盡(つ)きて、便(すなは)ち一山(いちざん)を得たり。山に小口(せうこう)有り、髣髴(はうふつ)として光有るが若(ごと)く、便ち船を捨てて口從(よ)り入(い)る。
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〈juppo〉桃源郷という言葉がありますね。理想郷とかユートピアとか、そういうのと同義ですが、もともとはこのお話からのようですよ。
 陶淵明(とうえんめい)という中国の詩人が編纂した書物に、詩とともに収められたお話です。詩の方も、同じような内容です。

 「太元」は晉の時代の元号で、晉は4世紀ごろの中国の王朝です。漫画では「晋」にしています。漢文だから仕方ないんですけど、相変わらず難しい漢字ばっかりで、そこからすでにハードルが上がってますよね。訳を作るのには本やネットにあるものを参考にするんですけど、今回は漢和辞典も活用しました。漢字そのものの意味がわかれば訳しやすいと思ったからなのですが、なんと字によってはこの作品の一文が引用されているではないですか。それも参考にさせていただきました。漢文の学習に漢和辞典が有効、てなことにこの歳になって気づいた次第です。長生きはするものです。

 「武陵」は地名です。數百歩の「歩」は長さの単位で、一歩は約1.5メートルだそうなので、数百mにしときました。歩幅にしては長い単位です。髣髴は彷彿のことではなく、「ほのかに」とか「わずかに」という意味だそうです。

 桃の花の林が突然現れたことも不思議なことですが、それを調べるよりも目の前に穴があったら入ってしまうのが人の性なのですね。とりあえず入ってみる、中に何があるかは次回のお楽しみです。全部で4回続きます。あと3回です。
posted by juppo at 23:46| Comment(2) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月07日

つれづれなるままに

プリンタが壊れたので新しいのを買いました。5年ももったのはいい方らしいです。リクエストにお応えします。「徒然草」の、序段です。
〈本文〉
 つれづれなるままに、日くらし硯(すずり)にむかひて、心にうつりゆくよしなし事(ごと)を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
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〈juppo〉今までなぜこれを描いていなかったのか不思議なほど有名な、「徒然草」の最初の段です。短いからかなー。
 あまりにも有名なので、1コマ目の吉田兼好さんも、有名なあのお姿に寄せずにいられませんでした。

 「つれづれなるままに」は、「することがなくて退屈なので」などと訳されていることも多いと思いますが、寂しい気持ちも入っているようです。「ぼんやりと」にしたのは私の心境がここ数ヶ月「ぼんやり」だったからなんですけどね。

 最後の「あやしうこそものぐるほしけれ」は、まず係り結びですね。そして訳としてはそのまま「もの狂おしい」でもいいですし、何しろ「正気を失った」状態のようですね。単にざわざわするとか、ワクワクした気持ちなのではとも思いましたがこうなってしまいました。そんなにおかしくなっちゃうの?と訝しい気もいたしますが、そういう意味のようなので。

 「徒然草」はおひとり様生活の指針となる書であるとか、最近注目されている噂を聞いて、そういうネタの段を探して描こうと思っていた矢先にこのリクエストをいただきました。描いてみるとこの序段から、ひとり寂しくあれこれ思い出しているところなんですね。歳をとって、ひとり思い巡らす思索の数々・・がここから綴られていくのですね。
posted by juppo at 00:05| Comment(2) | 徒然草 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする