もう9月も終わりですね。続きです。
〈本文〉
いとけなき君にむかひたてまつり、涙をおさへて申されけるは、「君はいまだしろしめされさぶらはずや。先世(ぜんぜ)の十善戒行(じふぜんかいぎやう)の御ちからによつて、いま万乗(ばんじよう)のあるじとむまれさせ給へども、悪縁にひかれて、御運すでに尽きさせ給ひぬ。まづ東(ひんがし)にむかはせ給ひて伊勢大神宮に御いとま申させ給ひ、其(その)後西方浄土の来迎(らいかう)にあづからむとおぼしめし、西にむかはせ給ひて、御念仏さぶらふべし。この国は粟散辺地(そくさむへんぢ)とて、心うきさかゐにてさぶらへば、極楽浄土とて、めでたき処へ具(ぐ)しまゐらせさぶらふぞ」となくなく申させ給ひければ、山鳩(やまばと)色の御衣(ぎよい)に、びんづらゆはせ給ひて、御涙におぼれ、ちいさくうつくしき御手をあはせ、まづ東をふしをがみ、伊勢大神宮に御いとま申させ給ひ、其後西にむかはせ給ひて、御念仏ありしかば、
〈juppo〉だんだんお別れが近づいてきた感じの第3回です。
まず皆さん、注目すべきは「先世の十善戒行の御ちから」ですよ。前世で十の良いことをしたので、現世で帝に生まれて来たのです。安徳天皇。天皇ほどの身分に生まれるには、前世での行いも重要なんですね。言い換えれば、十の良い行いをしておけば、来世で相当な身分に生まれ変われる!ということです。来世に望みをかける前に今の人生で上を目指したいところですが、良い行いは転生後の境遇も左右するかも、という点も忘れないでいたいものです。
ところがこの安徳天皇の場合、「悪縁にひかれて」その運も尽きてしまったというのですから残念無念です。この「悪縁」は、平清盛の悪行による因縁の影響のことなんだそうです。前世で自分が頑張っても、身内に足を引っ張られるとは。一筋縄ではいかない人生ですね。
「粟散辺地」とは、粟の粒が散らばっているように見える、遠くにある小さな国のことで、当時は中国やインドから見た日本を指す言葉だったそうです。
安徳天皇の着物の山鳩色はそのまま山鳩の羽の色ですが、それは具体的に何色かというと、青みを帯びた黄色とありました。
平家物語でも有名なこのシーン、私は山岸涼子さんの漫画「海底(おぞこ)より」で読んだことがあり、今回漫画を描くにあたって、なるべくそのイメージをなぞらないようにと注意はしました。ホラーな漫画ですけど安徳天皇が可愛らしくて、印象深い作品です。
↑こちらに収録
2022年09月28日
2022年09月21日
先帝身投A
暑さ寒さも彼岸までと言いますが、彼岸の中日を前にぐっと涼しくなりました。続きです。
〈本文〉
二位殿は、このありさまを御らんじて、日ごろおぼしめしまうけたる事なれば、にぶ色のふたつぎぬうちかづき、ねりばかまのそばたかくはさみ、神璽(しんし)をわきにはさみ、宝剣を腰にさし、主上(しゆしやう)をいだきたてまって、「わが身は女なりとも、かたきの手にはかかるまじ。君の御共に参る也。御心ざし思ひまゐらせ給はん人々は、急ぎつづき給へ」とて、ふなばたへあゆみ出でられけり。主上、ことしは八歳にならせ給へども、御としの程よりはるかにねびさせ給ひて、御かたちうつくしく、あたりも照りかがやくばかり也。御ぐしくろうゆらゆらとして、御せなか過ぎさせ給へり。あきれたる御さまにて、「尼ぜ、われをばいづちへ具してゆかむとするぞ」と仰(おほせ)ければ、
〈juppo〉前回は戦も大詰めを迎えてバタバタした雰囲気でしたが、ここからは静かに終わりを迎えようとする皆さまのお話です。
二位殿とは平清盛の妻、時子のことです。「にぶ色」は濃い灰色で、喪に服する人の着る色だったとか。そういう着物を二枚重ねに頭から被っています。「ねりばかま」の「ねり」は叩いたり灰汁で練って柔らかくした絹で仕立てた袴だそうです。わきにはさんだり腰にさしたりしてるのは、いわゆる「三種の神器」の勾玉と草薙の剣ですね。三種というからにはもう一つあるはずです。もう一つは八咫(やた)の鏡で、三つ揃って天皇家に代々伝わる宝物だそうです。
清盛と時子の娘・徳子が高倉天皇に嫁いだので天皇家の宝がここにあるんですね。敵の手に渡ってはいろいろと大変、ということで身体にしっかり携えています。
徳子はその後生き延びるようですが、時子は孫の安徳天皇を道連れにここで果てる覚悟です。
安徳天皇は今年8歳になるとありますが、これは数え年で実年齢は6歳だったようです。それでも大人びた容姿とは。やんごとなき身分のお方は6歳にしてしっかりしていたんでしょうね。
しかしながら、漫画ではより幼く見えるように描いています。もちろんその方が哀れを催すからです。
安徳天皇の髪型は、この後「びんづら」に結っていることが語られているので、結っておきましたが、背中を過ぎた長さらしいので、多分こんな感じ?でこうなりましたよ。
船べりまで歩み出たからには、もう飛び込むばかりになっている場面で「続く」です。でも後2回ありますから。先帝の身投を皆でじっくりゆっくり、見守りましょう。
〈本文〉
二位殿は、このありさまを御らんじて、日ごろおぼしめしまうけたる事なれば、にぶ色のふたつぎぬうちかづき、ねりばかまのそばたかくはさみ、神璽(しんし)をわきにはさみ、宝剣を腰にさし、主上(しゆしやう)をいだきたてまって、「わが身は女なりとも、かたきの手にはかかるまじ。君の御共に参る也。御心ざし思ひまゐらせ給はん人々は、急ぎつづき給へ」とて、ふなばたへあゆみ出でられけり。主上、ことしは八歳にならせ給へども、御としの程よりはるかにねびさせ給ひて、御かたちうつくしく、あたりも照りかがやくばかり也。御ぐしくろうゆらゆらとして、御せなか過ぎさせ給へり。あきれたる御さまにて、「尼ぜ、われをばいづちへ具してゆかむとするぞ」と仰(おほせ)ければ、
〈juppo〉前回は戦も大詰めを迎えてバタバタした雰囲気でしたが、ここからは静かに終わりを迎えようとする皆さまのお話です。
二位殿とは平清盛の妻、時子のことです。「にぶ色」は濃い灰色で、喪に服する人の着る色だったとか。そういう着物を二枚重ねに頭から被っています。「ねりばかま」の「ねり」は叩いたり灰汁で練って柔らかくした絹で仕立てた袴だそうです。わきにはさんだり腰にさしたりしてるのは、いわゆる「三種の神器」の勾玉と草薙の剣ですね。三種というからにはもう一つあるはずです。もう一つは八咫(やた)の鏡で、三つ揃って天皇家に代々伝わる宝物だそうです。
清盛と時子の娘・徳子が高倉天皇に嫁いだので天皇家の宝がここにあるんですね。敵の手に渡ってはいろいろと大変、ということで身体にしっかり携えています。
徳子はその後生き延びるようですが、時子は孫の安徳天皇を道連れにここで果てる覚悟です。
安徳天皇は今年8歳になるとありますが、これは数え年で実年齢は6歳だったようです。それでも大人びた容姿とは。やんごとなき身分のお方は6歳にしてしっかりしていたんでしょうね。
しかしながら、漫画ではより幼く見えるように描いています。もちろんその方が哀れを催すからです。
安徳天皇の髪型は、この後「びんづら」に結っていることが語られているので、結っておきましたが、背中を過ぎた長さらしいので、多分こんな感じ?でこうなりましたよ。
船べりまで歩み出たからには、もう飛び込むばかりになっている場面で「続く」です。でも後2回ありますから。先帝の身投を皆でじっくりゆっくり、見守りましょう。
2022年09月15日
先帝身投@
ご無沙汰です。元気です。リクエストにお応えします。「平家物語」です。
〈本文〉
源氏のつは物共、すでに平家の舟に乗り移りければ、水手(すいしゆ)・梶取(かんどり)ども射殺(ゐころ)され、きり殺されて、舟をなをすに及ばず、舟そこにたはれ臥(ふ)しにけり。新中納言知盛卿、小舟に乗って、御所の御舟に参(まい)り、「世のなかは、今はかうと見えて候。見ぐるしからん物共、みな海へ入れさせ給へ」とて、ともへにはしりまはり、はいたり、のごうたり、塵ひろい(ひ)、手づから掃除せられけり。女房達、「中納言殿、いくさはいかにや、いかに」と口々にとひ給へば、「めづらしきあづま男をこそ御らんぜられ候はんずらめ」とて、からからとわらひ給へば、「なんでうのただいまのたはぶれぞや」とて、声々におめきさけび給ひけり。
〈juppo〉この夏はいつになく忙しかったのです。明日くらいからまた忙しくなるんですけど、今日までぱったり暇になっていたので、ずいぶん前にいただいたリクエストに取り掛かっておりました。
「平家物語」なんで、もうだいたいお分かりのことでしょうが悲しい話です。タイトルが既に「身投」ですから。その、身投げする人は今回出てきていませんが、新中納言知盛卿という人は以前「能登殿の最期」に登場してラストシーンを迎えていた人です。
冒頭からバタバタ殺されている平家側の水手、舵取の方々は船を動かす人たちで、非戦闘員でありながら真っ先に殺されたのは源氏側のそういう戦略です。こうして船を動かせなくして、一網打尽にするんですね。知盛さんもその様子を見て覚悟を決めたようです。そんな刹那にも身の回りを清め、女子たちに軽口を叩くなど、さすが天下の平家武士、な貫禄です。
戦慣れしていない女子らはまだ事態を呑み込めていませんね。戦場にあっても不慣れな立場なら、そんなものかもしれません。
周囲の状況はともかく、船の上では何やら楽しげな雰囲気で今回は終わりますが、全部で4回あるのでだんだん悲しくなると予想しつつ、次回をお待ちください。なるべく、近日中にお届けします。
〈本文〉
源氏のつは物共、すでに平家の舟に乗り移りければ、水手(すいしゆ)・梶取(かんどり)ども射殺(ゐころ)され、きり殺されて、舟をなをすに及ばず、舟そこにたはれ臥(ふ)しにけり。新中納言知盛卿、小舟に乗って、御所の御舟に参(まい)り、「世のなかは、今はかうと見えて候。見ぐるしからん物共、みな海へ入れさせ給へ」とて、ともへにはしりまはり、はいたり、のごうたり、塵ひろい(ひ)、手づから掃除せられけり。女房達、「中納言殿、いくさはいかにや、いかに」と口々にとひ給へば、「めづらしきあづま男をこそ御らんぜられ候はんずらめ」とて、からからとわらひ給へば、「なんでうのただいまのたはぶれぞや」とて、声々におめきさけび給ひけり。
〈juppo〉この夏はいつになく忙しかったのです。明日くらいからまた忙しくなるんですけど、今日までぱったり暇になっていたので、ずいぶん前にいただいたリクエストに取り掛かっておりました。
「平家物語」なんで、もうだいたいお分かりのことでしょうが悲しい話です。タイトルが既に「身投」ですから。その、身投げする人は今回出てきていませんが、新中納言知盛卿という人は以前「能登殿の最期」に登場してラストシーンを迎えていた人です。
冒頭からバタバタ殺されている平家側の水手、舵取の方々は船を動かす人たちで、非戦闘員でありながら真っ先に殺されたのは源氏側のそういう戦略です。こうして船を動かせなくして、一網打尽にするんですね。知盛さんもその様子を見て覚悟を決めたようです。そんな刹那にも身の回りを清め、女子たちに軽口を叩くなど、さすが天下の平家武士、な貫禄です。
戦慣れしていない女子らはまだ事態を呑み込めていませんね。戦場にあっても不慣れな立場なら、そんなものかもしれません。
周囲の状況はともかく、船の上では何やら楽しげな雰囲気で今回は終わりますが、全部で4回あるのでだんだん悲しくなると予想しつつ、次回をお待ちください。なるべく、近日中にお届けします。