2023年11月27日

道真左遷D

急にもの凄く寒いです。かつくしゃみが止まらないのはすでにスギ花粉の気配です。続きです。
〈本文〉
鐘の音を聞き召して、作らせたまへる詩ぞかし。

 都府楼纔看瓦色
 観音寺只聴鐘声

 都府楼(とふろう)ハ纔(わづか)二瓦ノ色ヲ看ル
 観音寺ハ只(ただ)鐘ノ声ヲ聴ク

これは、文集(もんじふ)の、白居易の「遺愛寺(ゐあいじ)ノ鐘ハ枕ヲ欹(そばだ)テテ聴キ、香炉峯(こうろほう)ノ雪ハ簾(すだれ)ヲ撥(かかげ)テ看ル」といふ詩に、まさざまに作らしめたまへりとこそ、昔の博士ども申しけれ。また、かの筑紫にて、九月九日菊の花を御覧じけるついでに、いまだ京におはしましし時、九月の今宵(こよひ)、内裏にて菊の宴ありしに、この大臣(おとど)の作らせたまひける詩を、帝かしこく感じたまひて、御衣(おんぞ)たまはりたまへりしを、筑紫に持て下らしめたまへりければ、御覧ずるに、いとどその折思(おぼ)し召し出でて、作らしめたまひける、

 去年今夜侍清涼
 秋思詩篇独断腸
 恩賜御衣今在此
 捧持毎日拝余香                                              

 去年ノ今夜(こよひ)ハ清涼(せいりやう)二侍リキ
 秋思(しうし)ノ詩篇独(ひと)リ腸(はらわた)ヲ断(た)ツ
 恩賜(おんし)ノ御衣(ぎよい)今此(ここ)二在(あ)リ
 捧(ささ)ゲ持チテ毎日余香(よかう)ヲ拝シタテマツル
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〈juppo〉さてさて、涙無くしては読めない展開になってきた道真さんの筑紫生活です。何を見てもため息な日々です。それでも有り余る才能が詩を作らせてしまい、その詩がいちいち素晴らしいと。

 「白氏文集」は白居易の詩を集めたもので、白居易は中国の詩人です。またの名を白楽天。「香炉峰の雪」といえば「枕草子」でもネタにされていましたね。ここではその詩を意識していながら、オリジナルを超えてんじゃん!てな評価のようです。

 九月九日は重陽の節句で、宮中では菊を見る宴を催していたんですね。ご褒美に着物をいただくというのも、他の作品で見ました。清涼殿は帝のお住まいです。いただいた着物の残り香は、何の香りでしょう。帝が炊いていた香の香りなんでしょうね。おそらく。
 別れたり、亡くしたりしてもう会えない人の、衣服や何かの香りから思い出が止まらなくなっちゃうことって、ありますよね。良いことも悪いことも、嗅覚と記憶はかなり強く結びついているんですよね。

 この境遇にあってこの詩作の才。伝説になるには充分ですが、さらに神になってしまうまで、もう少しです。以下次号。
posted by juppo at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 大鏡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年11月21日

道真左遷C

朝晩すっかり寒くなりました。まだ日中は汗ばんだりもするんですけどね。寒暖差に負けないよう、踏みとどまっています。続きです。
〈本文〉
月のあかき夜(よ)、

 海ならずたたへる水のそこまでにきよき心は月ぞ照らさむ

これいとかしこくあそばしたりかし。げに月日(つきひ)こそは照らしたまはめとこそはあめれ」
 まことに、おどろおどろしきことはさるものにて、かくやうの歌や詩などをいとなだらかに、ゆゑゆゑしういひつづけまねぶに、見聞く人々、目もあやにあさましく、あはれにもまもりゐたり。もののゆゑ知りたる人なども、むげに近く居(ゐ)寄りて外目(ほかめ)せず、見聞くけしきどもを見て、いよいよはえてものを繰り出(いだ)すやうにいひつづくるほどぞ、まことに希有(けう)なるや。繁樹、涙をのごひつつ興(きよう)じゐたり。
 「筑紫におはします所の御門(かど)かためておはします。大弐(だいに)の居所(ゐどころ)は遥かなれども、楼(ろう)の上の瓦(かはら)などの心にもあらず御覧じやられけるに、またいと近く観音寺(くわんおんじ)といふ寺のありければ、
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〈juppo〉筑紫での道真さんの様子が語られ始めますが、ほぼ詠んだ歌や詩で構成されています。そして今回から、やにわに世継が脚光を浴びてワンマンショー状態になっています。
 道長が書いたものが残っているのでそれらを組み立てて書かれた物語なんですよね。そこここに脚色も入っています。前回、駅長に詠んだ詩がありましたが、あれも後付けらしいです。明石の駅長と親しかったところまでは事実ですが、あの詩のような境地にその時道長が達していたかどうかは疑わしいと。駅長を励ますどころではなかったのでしょうか。

 失意のどん底にいるばかりでなく、左遷されてからはあまり良い生活を送れなかったようなので、今回から着衣が少しくたびれた感じになってもらいました。

 世継の爺さんは相当年をとっているだけあって博識で、昔のことを逐一正確に覚えていて語る人なんですね。話も上手くて、聴衆を惹きつける人気者のようです。「おどろおどろしき」とは恐ろしいということではなく、おおげさなという意味です。

 聞き手の中に突如登場した繁樹、この爺さんも「雲林院の菩提講」に出ていた人です。夏山といえば繁樹、と名付けられた人でした。

 安楽寺は筑紫での道長の住まいで、大弐とは大宰府の役人の偉い人らしいです。「大弐の居所」イコール「大宰府」なんですね。この時の大弐が藤原興範という人だったというだけで、その人は出てきません。

 次回以降も、聞けば聞くほどお気の毒な道真さんの身の上を、世継が面白おかしく語ります。お楽しみに。
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2023年11月13日

道真左遷B

順調に第三回ですが、先は長いです。続きです。
〈本文〉
都遠くなるままに、あはれに心ぼそく思されて、

 君が住む宿のこずゑをゆくゆくとかくるるまでもかへり見しはや

また、播磨国(はりまのくに)におはしましつきて、明石の駅(むまや)といふ所に御宿りせしめたまひて、駅の長(をさ)のいみじく思へるけしきを御覧じて、作らしめたまふ詩、いとかなし。

 駅長莫驚時変改
 一栄一落是春秋
 
 駅長(えきちやう)驚クコトナカレ、時ノ変改(へんがい)
 一栄一落(いつえいいつらく)是(こ)レ春秋(しゆんじう)

かくて筑紫におはしつきて、ものをあはれに心ぼそく思さるる夕(ゆふべ)、をちかたに所々(ところどころ)煙(けぶり)立つを御覧じて、

 夕されば野にも山にも立つ煙なげきよりこそ燃えまさりけれ

また、雲の浮きてただよふを御覧じて、

 山わかれ飛びゆく雲のかへり来るかげ見る時はなほ頼まれぬ

さりともと、世を思し召されけるなるべし。
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〈juppo〉前回、山崎てところで出家した道真さんを描きましたが、その時にも書いたように出家したかどうかは不明なようなので、元の姿に戻ってもらいました。
 ここからいよいよ都を追われる悲しさ寂しさ全開の道真さんになっていくのですが、筑紫まで一人旅をしているわけではないんですよ。朝廷の命令による移動ですからついて来る役人もいるし、前にも言いましたが小さい子どもたちは連れてってるんです。ただ少なくとも楽しい旅路ではなかったでしょうから、敢えてそうしたわけでもないですが、道真さんがトボトボ行くような絵になりました。

 そんなことより駅長ですよね。駅と言ってももちろん鉄道の駅ではありません。「むまや」と読みますし。
 昔は遠出には馬に乗りましたので、程よい距離ごとに馬を繋いで泊まる「駅」があったのですね。そこを管理している人です。その人がどんな風体だったかわからなかったので、面白いから駅長さんになってもらいました。フィクションですよ。念のため。

 道真さんは何か思うたびに歌を詠んでいますが、漢詩も作っています。「詩」と言っているのは全て漢詩です。
 折々詠んだ歌や詩は、のちにまとめられて現在まで残っているのですが、大臣をしていた頃に書いた文書なども残っているんですね。とにかくたくさん書く方だったようです。さすが学問の神。

 1コマ目で詠んでいる歌の「君が住む」の「君」とは、道真と信頼で結ばれていた宇多法王のこと、という説と奥さんだとする説があるそうですが、ふり返りふり返り見ちゃうんだからやっぱり奥さんかな、と思いました。
 どちらにせよ、そんな気持ちで旅立つなんて、寂しい道のりですね。駅長さんには励ますように事の道理を説いていた道真さんも、夕方になったり、ふと空を見たりすると、いろいろ思い出して切なくなってしまうのですね。単に寂しいだけでなく、納得できない我が身の上の不遇への嘆きも、そこにはあるわけですからねー。
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2023年11月06日

道真左遷A

11月になったのに暖かいです。暖房費が浮くのは何よりです。続きです。
〈本文〉
 この大臣(おとど)、子どもあまたおはせしに、女君(をんなぎみ)たちは婿とり、男君(をとこぎみ)たちは皆、ほどほどにつけて位どもおはせしを、それも皆方々(かたがた)に流されたまひてかなしきに、幼くおはしける男君・女君たち慕ひ泣きておはしければ、「小さきはあへなむ」と、おほやけもゆるさせたまひしぞかし。帝の御おきて、きはめてあやにくにおはしませば、この御子(みこ)どもを、同じ方につかはさざりけり。かたがたにいとかなしく思し召して、御前(おまへ)の梅の花を御覧じて、

 こち吹かばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春をわするな

また、亭子(ていじ)の帝に聞えさせたまふ、

 流れゆくわれはみくづとなりはてぬ君しがらみとなりてとどめよ

なきことにより、かく罪せられたまふを、かしこく思し嘆きて、やがて山崎にて出家(すけ)せしめたまひて、
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〈juppo〉有名な歌が出てきました。京都から福岡まで梅の香りを送ってね、と木にお願いする道真さん、流れをせき止めて流される私を止めて、と法王に頼む道真さんです。「しがらみ」とは川の中に杭と竹を縦横に結んだものを刺して、水をせき止める仕掛けのことだそうです。

 今回漫画にするのに悩んだのは、朝廷が「小さきはあへなむ」と温情を寄せたのに、そのあとに「この御子たちを同じ方につかはさざりけり」とあるので、結局子どもたちは連れて行けたの?行けなかったの?ということなのです。小さい子を連れて行ったのが史実のようなので、「この御子たち」というのは大きい人たちの方を指すのだな、と解釈しました。
 もう一つ、筑紫への道中でいきなり道真さん出家してますけど、実際出家したかどうかは不明らしいんです。文中にそうあるので出家したような絵にしましたが、事実と違う!とクレームが来ても私のせいではないんです。
 この後に出てくるシーンでも、ちょっとドラマチックに盛っているらしい場面があるようですが、そこまでしなくても十分に同情せずにいられない道真さんの境遇ですよね。

 ここまででかなり気の毒な展開ですが、まだまだ続きます。


 
posted by juppo at 01:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 大鏡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする