2007年06月10日

競(くら)べ弓A

お待たせしましたっ。続きです。
〈本文〉
 中の関白殿、また御前(おまへ)に候(さぶら)ふ人々も、
「いま二度(ふたたび)延べさせ給へ」
と申して、延べさせ給ひけるを、安からずおぼしなりて、
「さらば、延べさせ給へ」
と仰せられて、また射させ給ふとて、仰せらるるやう、
「道長が家より、帝・后立ち給ふべきものならば、この矢当たれ」
と仰せらるるに、同じものを中心(なから)には当たるものかは。次にぞ帥殿射給ふに、いみじう臆し給ひて、御手もわななくけにや、的のあたりにだに近く寄らず、無辺世界を射給へるに、関白殿、色青くなりぬ。また、入道殿射給ふとて、
「摂政(せっしゃう)・関白すべきものならば、この矢当たれ」と仰せらるるに、初めの同じやうに、的の破るばかり、同じ所に射させ給ひつ。饗応し、もてはやしきこえさせ給ひつる興もさめて、こと苦うなりぬ。父大臣、帥殿に、
「何か射る。な射そ。な射そ。」
と制し給ひて、ことさめにけり。入道殿、矢もどして、やがて出でさせ給ひぬ。
kurabeyumi.sochi2.jpg
〈juppo〉4コマ描いただけで、一週間もお待たせしてしまってスミマセン。道長公はホントに凄いお人じゃ、という話です。後に成功したからこそ凄い話ですが、成功してなかったらただの自信過剰です。一方、伊周や『枕草子』の隆家兄弟は私の描き方もあってほとんどバカ兄弟ですけど、これも後に没落してしまったからこうなってしまうのであって、一方を立てれば他方は立たず、というのは物語のセオリーだし、本人に会っていればまた違う印象なのでしょうが、物語はこうして不公平に伝わっていくものなんですね。
 本文を読んで特に分かりにくいのは「延べさせ」とか「射させ」とか「出でさせ」の「させ」の意味だと思います。これを使役の助動詞(〜させる)と思って読んでしまうと意味不明です。これは、尊敬の助動詞なので、「お延ばしに」とか「射られた」とか「出ていかれた」と言っているのです。そこを押さえて読むだけでも、意外とスッキリしますよ。漫画では敬語表現は全く使ってないんですけど。すみません。
 個人的には本文の「無辺世界を」という表現が好きです。あり得ない所に飛んでいった雰囲気が良く出てますよねぇ。
posted by juppo at 20:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 大鏡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
良いですね〜藤原道長。
私、最近、訳もなく、自信過剰の前向きな人物に、心惹かれてしまうのです。昨日テレビで観た、ルー大柴も、ツボにはまって、大笑いしちゃいました。とにかく明るく思い切って表現することで、理想の自分に近づいていくことに、憧れています。なかなかできることじゃないですけどね〜。 
Posted by きょん at 2007年06月13日 16:45
きょん様
自信過剰はある意味やる気の現れですからね〜。底抜けに前向きってことでもありますし。ルー大柴、めちゃくちゃ前向きですよね。見習わなければいけませんね。余談ですが、日本語クラスで「『○○です』はフォーマルです。カンバセーションでは『○○』でOK。」なんて説明してると「ルー大柴か!」と脳内ひとりツッコミを入れたくなります。
Posted by 柴田 at 2007年06月13日 19:22
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