2008年01月08日

旅立ち@

奥の細道、冒頭です。
〈本文〉
 月日は百代(はくたい)の過客(くわかく)にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅をすみかとす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲(へんうん)の風に誘はれて、漂泊の思ひやまず、海浜(かいひん)にさすらへ、去年(こぞ)の秋、江上(かうしゃう)の破屋(はをく)にくもの古巣を払ひて、やや年も暮れ、春立てる霞(かすみ)のそらに、白河(しらかは)の関超えんと、そぞろ神の物につきて心を狂はせ、

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〈juppo〉あけましておめでとうございます。新年一本目は、新しいカテゴリでお送りします。『奥の細道』です。
 
 『奥の細道』を書いた松尾芭蕉は、伊賀の生まれであったことと、旅ばっかりしてたことから、忍者だったのではないか、という説があるそうです。本職は俳諧といって俳句を読む人で、今回中途半端に終わらせてしまったので漫画の中に俳句は入っていませんが、『奥の細道』も旅をしながら読んだ俳句が随所にちりばめられた作品です。

 俳句を読むために旅をしていたのかと思ったら、こうして読んでみると旅をしたくてたまらない人だったんですね。
 こういう人って、よくいるようでいて身近にはいませんね。少なくとも、私の知り合いにはいません。
 よくよく思い描いてみたところで、スナフキンとフーテンの寅さんしか思いつきませんでした。

 寅さんは確か行商をしながら旅をしていたので仕事も兼ねていた訳ですが、スナフキンのような旅人は、一体どうやって生計を立てているのでしょう。そんなこと言ったら、ムーミンパパやスノークは一体何をやっているのだ、という話になってしまうのですが。
 
 では芭蕉はどうやって旅費を捻出していたのでしょうか。俳句を読むのが仕事ですから、それで収入を得ていたのでしょうが、スポンサーもいたようです。そんなことは余談ですけどね。

 馬子は「まご」と読み、馬を引く仕事をする人の事です。「馬子にも衣装」の「馬子」です。「孫にも衣装」ではなかったんですよ〜。馬を引くだけの身分のやつでも良い服を着ればそれなりに見えるものだ、という意味なんです。これって差別用語ですかね?

 白河の関は、今の福島県白河のことです。またずいぶん遠いところへ思いを馳せていますね。これも忍者と呼ばれる所以でしょうか。

 続きは出来るだけ早く描きます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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posted by juppo at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 奥の細道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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