2008年03月09日

竹芝寺B

〈本文〉
かしこまりて、高欄(こうらん)のつらに参りたりければ、『言ひつること、いま一かへりわれに言ひて聞かせよ。』と仰せられければ、酒壺のことをいま一かへり申しければ、『われ率(い)て行きて見せよ。さ言ふやうあり。』と仰せられければ、かしこくおそろしと思ひけれど、さるべきにやありけむ、負ひたてまつりて下るに、論なく人追ひて来(く)らむと思ひて、その夜、勢多(せた)の橋の下(もと)に、この宮を据えたてまつりて、勢多の橋を一間(ひとま)ばかりこぼちて、それを飛び越えて、この宮をかき負ひたてまつりて、七日(なぬか)七夜(ななよ)といふに、武蔵の国に行き着きにけり。

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〈juppo〉ただのヒョウタンの話が、愛の逃避行に発展してしまった第3話です。たかがヒョウタン、されどヒョウタンですね。

 お姫さまは「わけがある」のだ、と言っていますが、実は具体的に何か理由がある訳ではありません。男も「運命」かと思っているように、昔の人たちは前世の因縁などに敏感だったので、ここでもタダのヒョウタンの話に惹かれたのには、きっとそれなりに縁のある人との出会いであるとの確信があってそう言ったようです。
 
 現代の私たちにとっても、人との出会いに運命とか縁を感じることってありますよね。だからといってその場で「連れていって」というのはいかにもドラマチックな展開です。


 賢明な読者の皆さんはいろいろ他にも気になる所があると思うのですが、まず、私は前回「廊下の手すり」を描くのを忘れました。男が近づいて来た所に手すりがないので、今回は廊下を巧みに描きませんでした。そういうのは巧みとは言いませんね。すみませんたらーっ(汗)

 「勢多の橋」とは、今の滋賀県大津市の琵琶湖畔にある橋で、当時は京と関東を行き来する際には避けて通れない交通の要所であったそうです。

 その橋を壊してしまえば誰も追って来られないだろう、と読んでの所業ですが、飛び越えるくらいなら誰でも超えられるし、飛び越えるくらいならなぜ渡ってから壊さないのだ?と思いますよね。私も疑問に思いつつ描きました。また、お姫さまを一旦座らせてから飛び越えていますが、背負い直してから飛び越えたのか、飛び越えてから背負ったのか、本文を読む限りでは良く分からないので背負って飛んだ絵にしました。
 この辺の事情(?)にお詳しい方がいらしたら、是非ご教授願いたいと思います。ご存じの方はご一報ください。


 さて、七日七晩かかって武蔵の国に辿り着いた二人の運命は?以下次号、です。

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posted by juppo at 22:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 更級日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
通りすがりの検索野郎です。絵が可愛いし、きちんとした訳がなされていて、秀逸です! 本当にすばらしい。教材に使わせていただきたいぐらいです!
Posted by Guy(40) at 2008年09月17日 10:08
Guy(40)様
お褒めにあずかり、光栄です(●^ー^●)これからも「親しみやすい古文」をお届けできたらと思っておりますので、また是非通りすがってください!!
Posted by 柴田 at 2008年09月17日 14:48
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