2008年04月07日

なぎさの院@

伊勢物語、八十二段です。
〈本文〉
 昔、惟喬(これたか)の親王(みこ)と申す親王おはしましけり。山崎のあなたに、水無瀬(みなせ)といふ所に宮ありけり。年ごとの桜の花盛りには、その宮へなむおはしましける。その時、右の馬の頭(かみ)なりける人を、常にいておはしましけり。時世(ときよ)経て久しくなりにければ、その人の名忘れにけり。狩りはねむごろにもせで、酒をのみ飲みつつ、やまと歌にかかれりけり。いま狩りする交野(かたの)の渚(なぎさ)の家、その院の桜ことにおもしろし。その木のもとにおりいて、枝を折りてかざしにさして、上中下(かみなかしも)みな歌よみけり。馬の頭なりける人のよめる、

 世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし

となむよみたりける。また人の歌、

 散ればこそいとど桜はめでたけれうき世になにか久しかるべき

とて、その木のもとは立ちて帰るに、日暮れになりぬ。

nagisa1.jpg
〈juppo〉東京の桜はもうほとんど散りつつありますが、せっかくのお花見シーズンですので、こんな話にしました。
 
 染井吉野は江戸時代以降に広まったそうで、この頃の桜は山桜などであったかと思われますが、絵は完全に染井吉野がモデルです。

 桜の木の下で、男どもが頭に枝をさして酒を飲んでいる図はアホそのものですが、現代でも桜の枝を折る蛮行が大っぴらに許されているならば、あちこちでこんな図は見かけることでしょうね。


 親王とは帝の息子のことで、惟喬の親王は文徳天皇の第一皇子です。そのまま帝位を継ぐはずでしたが、いろいろあって不遇の人生を送っています。その話はまた。

 『伊勢物語』といえば「男ありけり」で、その男は在原業平をモデルにしたと言われています。今回は、「馬の頭」として登場するのが業平で、馬の頭というのは宮中の馬の管理をする役職の長官のことだそうです。
 業平が馬の頭であったのはホントらしいので、ここではモデルになっているどころではないのですが、敢えて「その人の名忘れにけり」などとして、フィクション仕立てにしているようです。

 
 日本人は本当に桜が好きですよね。咲けばウキウキ、散れば寂しい、見ているだけでこんなに心が動かされてしまう桜は偉大です。
 それで、そんな桜がなかったならば、春の私たちの心は何にも乱されることなく、平穏であったことだろうな、という「世の中にたえて桜のなかりせば・・・」の歌が読まれています。桜がなければ、散ったからといって落胆することもないのだ、という訳です。

 私はこの歌が以前から好きでした。今回これを描くので、今さら業平の作であったことを知った次第です。遅まき過ぎです。


 この歌は、「桜」と「春」の部分を入れ替えると、様々な季節感ある歌が出来ます。

 「世の中に忘年会のなかりせば冬の心はのどけからまし」とか。


 皆さんも是非一首。
posted by juppo at 19:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 伊勢物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック