この段、最終回です。
〈本文〉
帰りて宮に入らせたまひぬ。夜ふくるまで酒飲み物語して、あるじの親王、酔(え)ひて入りたまひなむとす。十一日の月も隠れなむとすれば、かの馬の頭のよめる、
あかなくにまだきも月の隠るるか山の端(は)逃げて入れずもあらなむ
親王にかはりたてまつりて、紀有常
おしなべて峰も平らになりななむ山の端なくは月も入らじを
〈juppo〉惟喬親王の花見の話はこれにて終了、です。花見じゃなくて実は鷹狩りに行った話のようですが、ついに狩りの様子は出てきませんでしたね。
とにかく、よく飲む人たちですよね。人類の歴史には常に酒があるとはいえ。外であれだけ飲んでおきながら、帰って来ても改めて酒宴です。そうそう、そういうことって、あるよね!・・と思い当たる節は誰にでもあると思いますが。あー、もちろん高校生の皆さんはないですよね?
親王がまっ先に眠くなって寝てしまおうとするのを、ちょうど沈もうとする月にかけて馬の頭と紀有常が「まだ隠れないで〜(寝ないで〜)」という歌を詠んでいます。二人とも相当酔っているはずなのに、こんなにマトモな歌を詠めるのはなぜでしょう。歌は脳の特別な部分が担当していたのでしょうか。
「山の端」は『枕草子』の「春はあけぼの」にも出て来ますね。山際(やまぎわ)が山に接する空の部分、山の端は空に接する山の稜線、なんて習うと思います。
その山の端が逃げてくれれば、月は隠れられなくてまだまだ沈めないぞ、と詠んでいるのが微笑ましくもファンタジーですね。
どうして酒飲みってこう、諦めが悪いのでしょう。
2008年04月30日
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今回のは、春らしい話題でとても面白かったです。とは言っても私の住んでいるところでは、まだ桜は咲いていないのですが・・・(北海道ですので)。もう少しの辛抱です。
連載?を読んでいると、日本人ってこんなに昔から○○だったんだぁって思って不思議な気持ちになりますが、今回も「桜」「七夕伝説」でそんな気持ちになりました。
さてお題!。
「世の中に入学試験のなかりせば子供の心はのどけからまし」
あ、季節感を完全に無くしてしまってアウトかな?。
これからも楽しみにしています!がんばって下さいね。
いつも暖かく見守ってくださってありがとうございます!
これから桜の季節を迎えるなんて、羨ましいです〜。
本当に、日本人のDNAはどこまでさかのぼっても日本人なんだなぁ〜、と思いますよねぇ。
私はマンガを描きながら「こいつら何かというと飲んでるな」とも思っています(^o^;どの作品にも酒盛りのシーンがあるので。
「入学試験」の歌、素晴らしい作品をありがとうございます。入試ですから季節感はクリアしてますよ!「定期試験」に変えれば逆に一年中使えるかも知れませんo(^-^)o
古典を楽しく鑑賞させていただけるブログ、いつも感心して拝見しております。
北海道もようやく桜の季節になり、先日桜並木を散歩してまいりました。
柴田さんの『なぎさの院』のお花見の場面を思い出して
「この満開の桜の枝を頭に挿してお花見が出来たらちょっと世界が変わって見えるかも」
とアブナイ誘惑をぐっとこらえながら眺めてきました。
さて、お題。
「世の中に絶えてケーキのなかりせば乙女心はのどけからまし」
「世の中に絶えて巨人のなかりせばファンの心はのどけからまし」
実家の父が巨人ファンなので作ってみました。
柴田さんの映画のお話も面白かったです。ミッキー・ルーニーって『ザッツエンターテイメント』かなんかに出ていた方ですよね
またああいう記事も書いてくださいね。
コメントありがとうございました。
お花見の折に場面を思い出していただけたとは、恐縮です。親王たちのお花見の様子や「春の心はのどけからまし」の歌の心は、実際に桜の下に立つと一層共感出来ますよね。
「ケーキ」と「巨人」を題材にした二首、お見事です。ケーキやアイスやチョコレート、私も乙女のひとりです。巨人ファンの心は端から見ると正にそう言ってあげたくなりますね。
ミッキー・ルーニー、そうそう、その人です。ミュージカル映画はすっかり古典だけのものになりつつありましたが、最近はまた、復活して来ていますね!フレッド・アステアのような神はなかなか出てこないと思いますが。それはまた、別の話で。