2010年02月25日

10年の後

 今からちょうど10年前、2000年の今ごろ、私は窮地に立たされていた。
 窮地なんて言うと今では自分でも大げさに聞こえるけれど、その時の気持ちは本当にそのくらいギリギリだった。

 それまでの10年ほど、私はずっととある学習塾の講師で、教室長としての雑務をこなしたりもしていた。
 各地にいくつも教室がある塾だったのだが、その塾の経営状況がよろしくないらしい、という話が前年から聞こえてきた。その年に入ると給与が振り込まれなくなった。そして、

 2月のある日、突然、社長から教室閉鎖の連絡が来た。ハガキで。ぺらっ、と。

 失業かー。仕事探さないとなぁー、と最初は当たり前に考えた。給与も振り込まれない職場なんだから、失業する前に見切りをつけてもいいくらいだった。

 でも、そんなごたごたな最中でも生徒が来れば、私だけでなく他の講師も当たり前に授業をしていた。
 (給与はその後、本部と何度も書類の行き来などを経て、無事全員分払ってもらったと思う。私の分以外は。
 私が結局もらえなかった2ヵ月分の給与については、さらにその後労働基準監督署に手続きをしてお役所からいただいた。8割ほど。)

 経営のごたごたには関係ない生徒の皆さんに、私は「終わりです。さようなら。」と告げることはできなかった。


 それで、

 何とかして授業の継続だけでも出来ないかと考えているうち、ふと、私が教室を丸ごと引き継ごうかな、と考え始めた。

 そう考えるに至ったきっかけのひとつに、塾で借りていた部屋の問題があった。社長は私の給与のみならず、その部屋の家賃も2ヵ月払っていなかったので、不動産屋からの催促等の連絡は自然私に入るようになり、私が払わされた、ということは全くないが、不動産屋としては借り手のいない部屋に荷物だけ依然と残っているのも不都合なので、私に居抜きで借りないか、と提案してきたのである。

 既に被害者同士となってしまった不動産屋と私との相談はかなり友好的に進んだ。
 だからといって私は、すんなり事を運んだ訳ではない。
 
 第一に、始める資金がなかった。第二に、「やっていけるのか?」という不安を抱かずにいられなかった。

 第一の弊害は、母が「あんたやりたいんでしょ。」と言って取り払ってくれた。資金提供をしてくれたのである。この時点で、私の塾の影の社長は母になっている。

 第二の問題は、胃が痛くなるほど悩んだ末、「もうお金の事考えるのやめよう。白髪になっちゃう。」と、考えるのをやめた。
 ひとりでも生徒が来てくれる間は、私がアルバイトをしてでも続けよう、という結論に達したのだ。

 そしてもう一つ、私の塾を始めるに当たって決めたことは、

 「塾で儲けようなんて思わない」
ということ。

 これだけは実際、その後10年堅く守り続けることになった。一切儲からない。私には、多少「教える」才能が仮にあったとしても、商売の才能は全然ない、ということが10年かけて分かった。


 まぁそういった次第で、10年前に私は塾を始めた。野心に燃えて起業した訳でもなんでもなく、流れで自営業になってしまった。

 多大なトラブルを残して消えた社長の周りにいた人たちから、最初少しばかりのちょっかいが入った。詳細は書かないが、後で何かあっても困るので、市役所の無料法律相談に私は出向き、私が生徒丸ごと、備品もそのまま教室を引き継いで運営して行くことに何か問題があるかどうか、相談した。

 その結果、弁護士の先生から「全く問題ない」と保証のお言葉をいただき、私は胸を張って(とは言いがたい。その時は頼りない気持ちで)看板を書き換えた。
 看板を新しく注文するお金もなかったので、もとの塾名の看板に、アクリル絵の具でロゴを描いた粘着シートを張り付けた。もちろん私が描いた。イラストレーターなので。東急ハンズのスタッフのお兄さんと、どうしたら手描きでも雨で消えないように出来るか相談したことも忘れられない。それは粘着シートの上に、さらに透明なシートを張ることで解決した。

 経営に余裕が出来たらちゃんとした看板に変えよう、と思ったまま10年、結局今もその看板がかかっている。汚くなって、恥ずかしいんだけど。

 社長がいくつ教室を経営して手広くやっていたか知らないが、事件は会議室で起きるのではなく、塾の仕事は教室でするものなので、それまで教室で一緒に働いていた講師や、生徒の皆さんは私の味方になってくれた。それが一番嬉しかった。
 
 私が引き継いだ時点で辞めた生徒はひとりもなく、その後他の講師はいなくなって私だけが教えるようになっても、高校卒業などキリのいい時まで通ってくれたり、「友達が」「後輩が」「いとこが」と新入生を紹介してくれたり、の連続で10年持ちこたえてきた。
 看板も出しているけど、実際そういう紹介で入って来る生徒の方が多い。会員制の秘密クラブみたいだなと思いつつ、そんな感じで細々と10年。



 2年毎にやってくる教室の更新時期が今年また来て、そうか、10年経ったのかと気づいた今月、折からの不況に今後の事を改めて考えざるを得ないところに、私はいた。

 そろそろ、終わりにしようかなぁ。やめたら楽になるだろうなぁ、親孝行もしたいしなぁ、と。
 10年やっと持ちこたえて来たものの、各支払日が近づく度に「もーう、結婚しちゃおうかなぁ〜。」なんて相手もいないのに夢見てしまうこともしょっちゅうだし。


 でもまだ生徒が来てくれているので、10年目の更新はした。10年の間に教室は、授業がない時は私のアトリエと化し、今この部屋がなくなったらそれはそれで何かと不自由なので。
 とりあえず、あと2年は頑張ってみようと思う。その後のことは、2年かけて考えようかな、と思っている。



 2年のうちに、そんなこと忘れてしまうかも知れないし。
 さらに10年経ったらどうなっているかなんて、だから全く考えられない。

今回の記事内容とは何の関係もありませんが、小説『十年の後』はこちらに収録されています。

posted by juppo at 19:14| Comment(6) | TrackBack(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うゎぁ…

私はまだ子供なので全然そうぃうことゎわからないのですが
見てるだけで大変そうですね…

頑張ってください!!!
Posted by ぴか at 2010年02月25日 23:22
ぴか様

ありがとうございます〜(><)
ぴかちゃんに応援してもらったからには、どんなことでも頑張れる気がしますよp(^^)q!

普段は当時のことなどすっかり忘れて、ぐだぐだな運営になってますが、あの頃は本当に大変だったな、と書きながらいろいろ思い出していました。

続けこられたのは、楽しんでやっているからだと思います。仕事をするのに、これは大事なことですよ!
Posted by 柴田 at 2010年02月25日 23:55
こんちはー。

そんないきさつなんですかー。

私は会計事務所の人間なので、いろんな社長さんといろんなお話をしますが、そうガンガン儲かってるところはなくって、「どうしよう」的な話が多いのも最近の傾向ですねー。
「いつやめようか」っていう話の相談がなきにしもあらずですが、
やっぱり「もう少しやりたい」というところに話がいくのは、どんな経営者も「根っ子は好きな仕事をしてる」からなんだろうと思います。

しばたさんのその「手書きの看板」見てみたいなー。
Posted by 金さん at 2010年02月28日 22:32
金さん、こんにちは。

機会があれば看板、お見せしたいですよ。自分で見ると恥ずかしいんですけどね。ホントに。

やっぱり好きでなければ続かないですよねぇ。自営業は何だかんだ言って、自分の好きなように出来る自分の城だったりしますしね。

だったらもっと頑張れよ、と自分でも思うんですけど、「子ども手当てもいいけど、個人事業主手当てもください〜」なんて他力本願なことを、つい考えてしまう月末の日々です。
Posted by 柴田 at 2010年02月28日 23:17
NHKの土曜ドラマ「君たちに明日はない」の中で、社長役の堺正章さんが、
『仕事には「手段としての仕事」と「目的としての仕事」の二つがある』
とかなんとか言ってました。
このドラマは原作も読んだんですが、確かこんな風な台詞だったと思います。
あくまで、生活や自分の趣味のために面白くなくても、嫌なことがあっても、仕方なく生活の手段として仕事をするパターン。そうではなくて、給料が安かったり、収入が少なくても、仕事にやり甲斐や誇りみたいなものを持って仕事をするパターン。

私は後者だなあ〜と思って観ていました。
毎日毎日、家でも仕事、休みでも仕事…
でも、卒業式で気持ちよく泣くためにはがんばらないと!
Posted by kamada at 2010年03月01日 13:02
kamada先生、

そうですよねぇ。「目的」という程はっきりしたものは日ごろ考えていませんが、「ああ、このために頑張って来たんだな。」と思える瞬間が訪れることって、ありますよね。

たまに、卒業した生徒が遊びに来てくれたりするだけでも「やってて良かった?」とイイ気分になれます。そういうことが楽しくて、続けている仕事だな、と。
Posted by 柴田 at 2010年03月01日 17:08
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