2010年03月07日

木曾の最期(前のほう)A

順調に、続けます。
〈本文〉
 木曾は、長坂を経て丹波路(たんばじ)へおもむくとも聞こえけり。また竜花越(りゆうげごえ)にかかつて北国へとも聞こえけり。
かかりしかども、今井が行くへを聞かばやとて、勢田(せた)のかたへ落ち行くほどに、今井四郎兼平(かねひら)も、八百余騎で勢田を固めたりけるが、わづかに五十騎ばかりに討ちなされ、旗をば巻かせて、主のおぼつかなきに、都へとつて返すほどに、大津の打出(うちで)の浜にて、木曾殿に行き会ひたてまつる。互ひになか一町ばかりよりそれと見知つて、主従駒(こま)を早めて寄り合うたり。
 木曾殿、今井が手を取つてのたまひけるは、「義仲、六条河原(かわら)でいかにもなるべかりつれども、なんぢが行くへの恋しさに、多くのかたきの中を駆け割つて、これまではのがれたるなり。」今井四郎、「御諚(ごじよう)まことにかたじけなう候。兼平も勢田で討死(うちじに)つかまつるべう候ひつれども、御行くへのおぼつかなさに、これまで参つて候。」とぞ申しける。
kisolast2 1.jpeg
〈juppo〉前回あんなに活躍した巴さんはいきなり姿を消して、今回は木曾殿と今井四郎の主従愛の物語です。

 別れたりまた合流したりしている間にも、軍勢は確実に縮小して、このふたりの運命がひたひたと近づいている感じがしますね。私たちはもうこのふたりの運命を知っているからですが。

 「旗をば巻かせて」というのは、ここではこの軍隊は逃げているので、敵に見つからないように自軍の旗を巻いてはためかないようにしているのだそうです。


 ふたりが再開した大津の打出の浜は、琵琶湖の浜ですよね。漫画では海岸みたいになってしまいましたが湖です。でも琵琶湖ってこれくらい広いですよね?(実際に見たことがないんです・・・。)
 一町は約109メートルだそうです。見分けがつかないほど遠くはないですね。でも甲冑姿では誰でも似たような外見ですから、「それと見知っ」たふたりには、やはり何か感じあうものがあったのでしょうね。


 最後の方はセリフだらけで読みにくくなってしまいました。すみません。
 セリフだらけなのに、「義仲(自分のこと)は」と、いちいち(自分のこと)と書き入れているのは、古文では割といつもそうですが、大の男が自分のことをファーストネームで呼ぶのが面白いからです。
 私が面白がっているだけなんですけど、これからもこういうのはいちいち入れたいと思っています。

  
 そういう訳で、まだまだ続きます。
posted by juppo at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック