〈本文〉
木曾左馬頭(さまのかみ)、その日の装束には、赤地の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、唐綾縅(からあやおどし)の鎧着て、鍬形(くわがた)打つたる甲(かぶと)の緒締め、いか物づくりの大太刀はき、石打(いしうち)の矢の、その日のいくさに射て少々残つたるを、頭高(かしらだか)に負ひなし、滋籐(しげどう)の弓持つて、聞こゆる木曾の鬼葦毛(おにあしげ)といふ馬の、きはめて太うたくましいに、黄覆輪(きんぷくりん)の鞍(くら)置いてぞ乗つたりける。鐙(あぶみ)ふんばり立ちあがり、大音声(だいおんじよう)をあげて名のりけるは、「昔は聞きけんものを、木曾の冠者(かんじや)、今は見るらん、左馬頭兼伊予守(いよのかみ)、朝日の将軍源義仲ぞや。甲斐の一条次郎とこそ聞け。互ひによいかたきぞ。義仲討つて兵衛佐(ひようえのすけ)に見せよや。」とて、をめいて駆(か)く。一条次郎、「ただ今名のるは大将軍ぞ。あますな者ども、もらすな若党、討てや。」とて、大勢の中に取りこめて、われ討つ取らんとぞ進みける。

〈juppo〉暖かくなってきましたね。皆さんもう学年末テストも終了している頃でしょうか。ここが試験範囲だったのに、という方、お話を全部紹介出来なくて本当にごめんなさい。
『木曾の最期』はもう少しあるんです。
冒頭、「木曾左馬頭」って一体誰よ?また新しい登場人物なの?と思いますが、左馬頭というのが木曾殿のことなんですね。馬の世話をする仕事に関係した役職名みたいです。その後名のっている「朝日の将軍」というのは、後白河法皇からもらった称号とも、勝手に名のっているのだとも、諸説あるようです。
そういう訳で、ここで初めて木曾殿がどんな格好をしているのか、が明らかになる訳です。
物語の後半から描いていた私にとっても実は新事実だらけで、今まで木曾殿が武器を持っていなかったのは、どこかに持っていたのが見えてなかっただけだと思っていただけるとありがたいです。
唯一、「鍬形打つたる甲」らしき物を何気なく描いていたのは不幸中の幸いと言わざるを得ません。全く知らないで描いていたのです・・・。
花粉症で何もかもけだるい雰囲気になってしまっているのがブログを続けて更新出来ない大きな理由なんですが、物語の内容がどんどん合戦シーン中心になってきているのもやる気に結びつかない要因です。
「戦国武将にはもう馬に乗らないでもらいたい」と思ってしまうほど闘うシーンを描くのがかったるいです。
だからといってここで放り出したりはしませんので〜。
巴さん大活躍のシーンも残っていますし、頑張って続けます。鼻をかみながら。
今回のは説明が多くて大変ですね(¨;)
花粉症大変ですょね…私の家も花粉症の人が多く 私も花粉症チックなのでわかります…
でも
巴さん 待ってまーすヽ(´▽`*)/♪
コメントありがとうございます!
お祖父様のことで、気落ちされている時だと思うのに、本当にありがとうございます。
『平家物語』は比較的読みやすい古文ですけど、戦国モノは私たちの想像を絶する世界なので、絵にするのが難儀です(@_@;)
でも頑張りますー!待っててくださいー!
ところで、北海道にも花粉症はあるんですか!?
ずっとそちらにはないと思っていて、春だけ移住したいとさえ思っていたのに…勝手な思い込みでした(・・;)
懐かしい古文を発見!
イラスト入りで 漫画にするとはイイです
これ読んでたら私も古文で赤点とってなかっただろうな
今の子はうらやましい!
これからも若人のために奮闘期待しておりますよ
激励コメントをありがとうございます!
マイペースでぽつぽつやっているブログですが、見てくださる方がいる限り描き続けますので、良かったらまた見に来てください!
こっちゎー…多分普通の木でなるより
買ってきた花でなることの方が(¨;)多いような多くないような←
でも木で花粉症になることもあります!学校で授業しているとき窓側の席の人を凄く恨みましたもん!!笑* 窓開けないで〜…(・_・、←*
詳細な情報をありがとうございます!
こちらの花粉症は何と言っても「スギ」です!
この季節になると、日本中のスギを切って割りばしにしてしまえばいいのに…なんて妄想するほどです。
季節が終わればスッキリなので、あまりじたばたしないで耐えていますけどね( ̄〜 ̄;)