〈本文〉
その春、世の中いみじう騒がしうて、まつさとの渡りの月影あはれに見し乳母(めのと)も、三月一日(やよいついたち)に亡くなりぬ。せむ方(かた)なく思ひ嘆くに、物語のゆかしさもおぼえずなりぬ。いみじく泣き暮らして見出(い)だしたれば、夕日のいとはなやかにさしたるに、桜の花残りなく散り乱る。
散る花もまた来(こ)む春は見もやせむ
やがて別れし人ぞ恋しき

〈juppo〉新しい年がスタートしました。皆さん、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
今回の作品は、前々々回くらいに描いていた「梅の立ち枝」と一緒にいただいたリクエストからのものです。その時は「二つの死別」というタイトルでリクエストいただいたのですが、手元にある『更級日記』の訳本にそのタイトルがなく、この「乳母の死」と次の作品でもう一つ死を扱った章があるので、その二つかな、という憶測のもとに描きました。
今回亡くなったのは筆者の乳母だった方です。乳母は「うば」でなく「めのと」と読みます。
東国に同行していた乳母は、彼の地で出産したので、別々に上京することになり、「まつさと」というところで一旦別れたんですね。
「まつさと」は現在の千葉県松戸市あたりか?というくらいの情報しかないようです。そこの渡し場で月光に照らされた乳母の姿が印象的だったとかなんとか、この日記の別のページにも書いているらしいのです。
近しい人が亡くなると、ふとしたことでその人の面影を思い出したりするものですよね。
新年早々、悲しいエピソードになってしまいましたが、昔の話に出て来る人はだいたい亡くなっているので、ご了承ください。
次回はこの後の章を描きます。