2011年01月07日

大納言の姫君

タイトルは違いますが、前回の続きのお話です。
〈本文〉
 また聞けば、侍従(じじゅう)の大納言(だいなごん)の御(み)むすめ亡くなりたまひぬなり。殿(との)の中将(ちゅうじょう)のおぼしく嘆くなるさま、わがものの悲しき折なれば、いみじくあはれなりと聞く。のぼり着きたりしとき、「これ手本にせよ。」とて、この姫君の御手(みて)をとらせたりしを、「さ夜ふけて寝ざめざりせば」など書きて、「鳥辺(とりべ)山谷に煙(けぶり)の燃え立たばはかなく見えしわれと知らなむ」と、いひ知らずをかしげに、めでたく書きたまへるを見て、いとど涙を添へまさる。

himegimi2.jpg〈juppo〉前回の「乳母の死」と、今回の作品で、続けて「二つの死別」としている教科書があるのでしょうか。そう思って描きました。「違うよ−」と思われた方はご一報ください。

 姫君が何で亡くなったのか詳述されていませんが、前回の続きなのでやはり疫病で亡くなったのでしょうか。もともと身体の弱い方だったようでもありますけど。

 「侍従の大納言」とは、「侍従」で、「大納言」でもある人ということなんですね。「侍従」は天皇のそばに仕えている人、「大納言」は役人としての位のことです。

 また「殿の中将」は「殿」の家系にいる「中将」なのだそうです。「殿」というのが、あの藤原道長のことで、長家はその息子です。この時、17歳だったそうです。若いです。

 姫君はもっと若くて、12歳くらいで結婚していて、亡くなった時は15歳なんですって。なんと生き急ぐ平安人。
 しかも、15歳になるまでに人の手本になるくらいの書を残しているのですからね〜。短い人生と思えば、何でも出来るものなのですね。
 父である侍従の大納言が、書家としても有名だったそうなので、素質もあったのでしょうが、それだけではなかなか人の心を動かす作品を生み出せるものではありませんよね。

 
 そんな訳で、筆者にとって辛い日々だったようです。この後、以前描いた「源氏の五十余巻」に続くんですね。悲しいことが続いてふさぎ込んでいたところへ、慰めるために母親が物語を見せてくれた、というお話でした。

 落ち込んでいても立ち直れる、フィクションの力は偉大です。
 皆さんも何かに行き詰まったら、本や映画やマンガなど、現実を忘れさせてくれる何かに頼ってみてください。それでも現実は現実なのですが、気の持ちようというのが人生を大きく動かしたりもするものです。 
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posted by juppo at 22:17| Comment(1) | TrackBack(0) | 更級日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最近はChatGPTや生成AI等で人工知能の普及がアルゴリズム革命の衝撃といってブームとなっていますよね。ニュートンやアインシュタインの理論駆動型を打ち壊して、データ駆動型の世界を切り開いているという。当然ながらこのアルゴリズムにんげんの考えることを模擬するのだがら、当然哲学にも影響を与えるし、中国の文化大革命のようなイデオロギーにも影響を及ぼす。さらにはこの人工知能にはブラックボックス問題という数学的に分解してもなぜそうなったのか分からないという問題が存在している。そんな中、単純な問題であれば分解できるとした「材料物理数学再武装」というものが以前より脚光を浴びてきた。これは非線形関数の造形方法とはどういうことかという問題を大局的にとらえ、たとえば経済学で主張されている国富論の神の見えざる手というものが2つの関数の結合を行う行為で、関数接合論と呼ばれ、それの高次的状態がニューラルネットワークをはじめとするAI研究の最前線につながっているとするものだ。この関数接合論は経営学ではKPI競合モデルとも呼ばれ、様々な分野へその思想が波及してきている。この新たな哲学の胎動は「哲学」だけあってあらゆるものの根本を揺さぶり始めている。
Posted by 花神錦の御旗じゃ知らないか at 2024年02月19日 03:17
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