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さばかりをかしくも、あはれにも、いみじくも、めでたくもあることども、残らず書き記したる中に、宮の、めでたく、盛りに、時めかせたまひしことばかりを、身の毛も立つばかり書き出でて、関白殿失せさせたまひ、内大臣(うちのおとど)流されたまひなどせしほどの衰(おとろ)へをば、かけても言ひ出でぬほどのいみじき心ばせなりけむ人の、はかばかしきよすがなどもなかりけるにや、乳母(めのと)の子なりける者に具(ぐ)して、遥かなる田舎にまかりて住みけるに、襖(あを)などいふもの干しに、外(と)に出づとて、『昔の直衣姿(なほしすがた)こそ忘られね』と独りごちけるを、見はべりければ、あやしの衣(きぬ)着て、つづりといふもの帽子にしてはべりけるこそ、いとあはれなれ。まことに、いかに昔恋しかりけむ」
など言へば、
襖は庶民の着る着物で、直衣は貴族の着る衣服のことです。宮廷暮らしを経験した人が後に田舎に引っ込んだりするのは、やっぱり同情の対象になってしまうんでしょうか。派手でごてごてした生活が若い頃は楽しくても、年をとったら田舎でのんびりしたいなぁ、と思う人もいるのではないかと思うんですけど。私は宮廷暮らしなんかしたことないから分からないですけど。
『清少納言』の章は今回で終わりです。次回はもう一つ『無名草子』からのリクエストにお応えします。
次回予告なんてしてしまうのもこのブログでは画期的なことですね。
今回はそこまでの3枚を同時進行で描きましたので、余裕で連続更新します。それが終わったら、確定申告に行かなければ。
無名草紙では、清少納言に本当に辛いんですね。歌はそれほどじゃなかったと言ってますけど、私が高校生の頃(すごい昔^^;)、紫式部と比較したとき、やっぱり清少納言は歌がいい、みたいに習ったような気がしてたのですが…
栄華あった有名人の、その後の落ちぶれへの好奇心、というのは、心根の小さな女の性全開というか、だから書き手は「無名」なのかなー、などと勝手に思ったりしました。
でも、清少納言って幼少時代を防府の田舎で過ごしたことがあったんですよね。「マイマイ新子と千年の魔法」のアニメ映画をご存知ですか。清少納言が主人公なわけじゃないのですが…。このエンディング主題歌がとても好きなので、見てみました。とにかく映像がすごくきれいでした。友人たちがこの映画を絶賛したわけも、全国的にはいまひとつのヒットだったのも、両方うなずけました。
あれを見て、このマンガを読むと、田舎にひっこんだ彼女って、そんなに不幸だという自覚、なかったのでは。と思います。
早速のコメントありがとうございます。
確かにこの作品は、女たちの語りを聞き書きしたスタイルを取っているのもあって、井戸端会議というか、女性週刊誌というか、そういうレベルの辛口評ですよねー。
他者を評する女の感性には容赦がないですからねー。
ところでその映画、知りませんでした!
ちょっと見てみたくなりました。検索してみます。
ご紹介ありがとうございました!