2014年04月06日

臥薪嘗胆@

 4月になりました。新学期ですね。私はちょっぴりタモロスです。ずいぶん前にいただいたリクエストにお応えします。漢文『十八史略』から、「臥薪嘗胆」です。
〈本文〉
呉王闔廬、挙伍員謀国事。員、字子胥、楚人伍奢之子。奢誅而奔呉、以呉兵入郢。
呉、伐越。闔廬傷而死。子不差立。子胥復事之。夫差志復讎。朝夕臥薪中、出入使人呼曰、
「夫差而忘越人之殺而父邪。」
周敬王二十六年、夫差敗越于夫椒。越王勾践以余兵棲会稽山、請為臣妻為妾。
子胥言、
「不可。」
〈書き下し文〉
呉王闔廬(ごおうこうりょ)、伍員(ごうん)を挙げて国事を謀(はか)らしむ。員、字(あざな)は子胥(ししょ)、楚人(そひと)伍奢(ごしゃ)の子なり。奢誅(ちゅう)せられて呉に奔(はし)り、呉の兵を以(もち)ゐて郢(えい)に入る。
呉 越(えつ)を伐(う)つ。闔廬傷つきて死す。子の夫差(ふさ)立つ。子胥復(ま)た之に事(つか)ふ。夫差讎(あだ)を復(ふく)せんと志す。朝夕(ちょうせき)薪中(しんちゅう)に臥(が)し、出入(しゅつにゅう)するに人をして呼ばしめて曰はく、
「夫差、而(なんぢ)越人(えつひと)の而の父を殺ししを忘れたるか。」と
周の敬王(けいおう)の二十六年、夫差越を夫椒(ふせう)に敗る。
越王勾践(こうせん)、 余兵を以(ひき)ゐて会稽山(かいけいざん)に棲(す)み、臣と為り妻は妾(せふ)と為らんと請(こ)ふ。子胥言ふ、
「不可なり。」と
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〈juppo〉臥薪嘗胆という四字熟語は耳にするものの、使ったこともどんな意味か深く考えたこともなく、何となく苦労するって意味だろうな〜、なんて思っていた皆さん、私もその程度でした。
 「薪に臥し、胆を嘗める」とは、薪の上に寝たり苦い胆をなめるということですから、わざわざ自分で自分を追い込んで、心に秘めた決意を忘れないようにする、ストイックな面々のお話です。

 出てくる人の名前がまず難しいですね。漢字が難しいです。
伍員さんは「伍子胥」という名前の方が有名なようなので、最初のコマ以外は「子胥」で統一しました。
 字(あざな)というのは中国で、成人男子が実名以外につけた名だそうですが、実名じゃない方が通り名になっているのは何故なんだ、と思いながら描きました。
 子胥さん以外の登場人物も、よくわからないまま描いていますが、どうやらどの人も有名人らしく、検索すると軒並み肖像が出て来ます。
 それら肖像を一応参考に描きましたが、似ているかどうかは自信がありません。多分本人に会ったことがある人はいないでしょうから、いつものようにイメージで読んでくださいね。

 「周の敬王の二十六年」というのは、日本でいえば元号みたいなものらしく、当時は周に力があったので、その国の王の在位何年度、てな数え方で時代を表したようです。

 夫差と夫椒が似ていて紛らわしいですが、前者は人の名で後者は地名です。
 ひとまず、薪の上に寝たのが夫差だったことがわかったところまでで、続きます。胆を嘗めるのは誰なんでしょう。


 ところで、「笑っていいとも!」が終わってしまいましたね。
 長年のいいともウォッチャーとして私は、ここ数年は番組内容とタモリさんに老いを感じていたこともあり「そろそろ終わっていいとも」と思っていた一人でしたが、本当に終わってしまった今、じわじわと喪失感に苛まれています。
 いつでもそこに当たり前にある日常のありがたみは、失って初めてわかるものですね。
posted by juppo at 05:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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