2016年06月20日

能登殿の最期C

皆さま、お待たせいたしました。ついに本当に今度こそ能登殿の最期をお届けしますよ。
〈本文〉「いざうれ、さらばおれら死出の山の供せよ。」とて、生年二十六にて海へつつとぞ入りたまふ。
新中納言、「見るべきほどのことは見つ、今は自害せん。」とて、乳母子(めのとご)の伊賀の平内左衛門(へいないざえもん)家長(いえなが)を召して、「いかに、約束はたがふまじきか。」とのたまへば、「子細にや及び候。」と、中納言に鎧二領着せたてまつり、わが身も鎧二領着て、手を取り組んで海へぞ入りにける。
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〈juppo〉もったいつけて1話伸ばしたわりに、能登殿は1コマで退場してしまいました。残念です。
変わって今回唐突に主役に躍り出たのが、新中納言知盛です。誰だっけ?という感じです。もちろんここでは初登場です。
そもそも能登殿は平教経(たいらののりつね)という名前で、平家物語の中心人物・平清盛の、弟の息子、つまり甥です。
一方知盛は清盛の息子だそうですから、えーとつまりいとこ同士、てことですね?
能登殿は26歳で、とありますが、この時知盛は34歳だそうです。2人とも若いです。

何しろ平家物語って長いし、みんな盛がつく名前だし、ややこしいんですけど、とにかくこうして平家は皆死んでいくんだな〜、と思って読めばほぼ間違いないでしょう。
この時点で清盛はとっくに病死してますし、言及してませんでしたがここはもう壇ノ浦での合戦シーンですので、数ある平家物語の「〜の最期」の中でも、最期中の最期、てところなんですね。
ここにいたるまでに平家の他のメンバーも、どぼどぼ海に落ちてるんですよね。

そんな訳で能登殿もここで終わりを観念してのことなのか、それならばついでに敵を多いだけ道連れにしようという死に方を選んでるんですね。

知盛はその死に際を見届けて、これまたあっさり自害です。乳母子は同じ乳母に育てられた子で、この家長とおそらく「死ぬ時は一緒」的な約束をしていたんでしょうね。鎧二領とは鎧を二枚ということで、せっかく沈んでも浮かんで来ないように、重い鎧をご丁寧に二枚重ねて着るんですね〜。
沈んだものの苦しくて、鎧を脱ぎ捨てて助かってしまった平家の武者はいなかったのかなぁ、なんて思いながら描きました。いたとしても、捕まって結局滅んでしまうんですかねぇ。

これでこのお話は終わりです。次回は何を描くか選び中ですが、なるべく間を開けずに更新したいです。いつもそう思ってるんですけどね。


前回お知らせしたブログ書籍化については、その後大して進展していません。ところでその件で舞い上がってお知らせするのを忘れていましたが、この4月から高校で使われている筈の教材の一つに、イラストを描いたんですよー。

Amazonでは売り切れ中でした。中のイラストを、去年ずーっと描いてました。
posted by juppo at 00:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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