2017年01月31日

扇の的@

あーもう1月も終わりなんですね〜。皆さん、明けましておめでとうございます。リクエストにお応えします。
〈本文〉
 さる程に、阿波(あは)・讃岐(さぬき)に平家をそむいて源氏をまちける物ども、あそこの峰、ここの洞(ほら)より十四五騎、二十騎うちつれうちつれ参りければ、判官ほどなく三百余騎にぞなりにける。「けふは日暮れぬ。勝負を決すべからず」とて、引退(ひきの)く処(ところ)に、おきの方より尋常(じんじやう)にかざったる小舟一艘(さう)、みぎはへむいてこぎよせけり。磯へ七、八段(たん)ばかりになりしかば、舟をよこさまになす。「あれはいかに」と見る程に、舟のうちより、よはひ十八、九ばかりなる女房の、まことにゆうにうつくしきが、柳のいつつぎぬにくれなゐのはかま着て、みな紅(くれなゐ)の扇の日出(いだ)したるを、舟のせがいにはさみ立てて、陸(くが)へむひてぞまねひたる。判官、後藤兵衛実基(ごとうびやうゑさねもと)を召(め)して、「あれはいかに」との給へば、「射(ゐ)よとにこそ候めれ。ただし大将軍矢おもてにすすむで、傾城(けいせい)を御らんぜば、手たれにねら打て射落(ゐおと)せとのはかり事とおぼえ候。
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〈juppo〉今年のブログ始めは「平家物語」です。

 この「扇の的」にリクエストをいただいたのは、もうずいぶん前のことです。何度も描こうと思いながら、その都度いろいろあって先送りになってしまっていました。思い出すのは父が亡くなる少し前、平家物語を図書館で借りてきたのにその後バタバタしたまま他のリクエスト作品に紛れてしまったあの夏です。父が亡くなったのは7年も前ですから、放置の歴史にしみじみとしてしまいます。毎度のことながら、本当にスミマセン。

 お話はタイトル通り、扇の的を弓で射る話です。那須与一(なすのよいち)という人が射る人ですが、今回はまだ登場していません。
 この作品は中学2年の国語の教科書に載っていると思いますが、古文として勉強するのはその与一が弓を構えてから見事に射るところまでで、その前の場面は口語での説明になってたと思います。
 漫画にするにあたって、その与一のシーンだけ描くつもりで訳し始めましたが、どういう経緯でそのシーンに至ったか、やはり説明が必要になることがわかり、説明するくらいならそこから漫画にしてしまおう、ということでここから描き始めました。結局、どういう理由で平家の小舟が扇を立てて源氏を挑発することになったのかは、漫画にしてもわからないままなんですけど。
 
 以前描いた「能登殿の最期」は、このもう少し後の場面です。ここは源平合戦の終わりの始まりのシーンなんですね。
 「判官」は源義経のことで、義経率いる源氏軍が壇ノ浦に到着したところです。
 小舟が止まった磯へ七、八段の「段」は「たん」と読み、一段は約11メートルというのと約2.7メートルという二つの解釈があり、時代によって違うらしいのです。訳によっても違っていたりするのですが、扇までの距離が遠くて射るのが難しいという今後の展開から、一段≒11メートルを採用することにしました。

 「女房」とは奥さんではなく、宮中に仕える女性のことですね。その女房が着ている「柳がさねのいつつぎぬ」ですが、「柳がさね」は表が白、裏が青のかさねの色目とかで、冬から春にかけての装束だそうです。「いつつぎぬ」は着物を5枚重ねて着るスタイルのようです。

 「傾城」は「その色香で城を傾け滅ぼすほどの美女」だそうです。相当美人です。

 次回、満を持して与一が登場します!なるべくお待たせしないうちに描きたいです。今年もどうぞよろしくお願いします。
posted by juppo at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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