〈本文〉
走りかかりたる時に、そのたび笛を吹きやみて、立帰りて、「こは、なにものぞ。」ととふに、心もうせて、我にもあらで、ついゐられぬ。また「いかなる者ぞ。」ととへば、今は、にぐとも、よもにがさじと覚えければ、「ひはぎにさぶらふ。」といへば、「何ものぞ。」ととへば、「あざな袴垂(はかまだれ)となんいはれさぶらふ。」と答ふれば、「さいふ者ありときくぞ。あやふげに、稀有(けう)のやつかな。」といひて、「ともにまうでこ。」とばかりいひかけて、またおなじやうに笛吹きてゆく。この人のけしき、今はにぐともよもにがさじと覚えければ、鬼に神とられたるやうにて、ともに行程(いくほど)に、家に行きつきぬ。いづこぞと思へば、攝津前司保昌(せっつぜんじやすまさ)といふ人なりけり。家のうちによび入れて、綿あつき衣一(ひとつ)を給はりて、「きぬの用あらん時は、まゐりて申せ。心もしらざらん人にとりかかりて、汝あやまちすな。」とありしこそ、あさましくむくつけくおそろしかりしか。いみじかりし人のありさまなりと、とらへられてのち、かたりける。

〈juppo〉前回の記事を投稿した際、大事なことを書こうと思っていて忘れていました。町田市とその近隣にお住いの皆さんにお知らせです。
小田急線町田駅前にある、久美堂本店さんに私の本「高校古文こういう話」と「高校古文もっとこういう話」を置いていただけることになりました。
http://www.hisamido.co.jp/index.html
「どこで売ってるの?」と今までさんざん聞かれましたが、やっと適切な返答ができるようになりました。久美堂さん、ありがとうございます!
さて、満を持して強奪行為の実践に繰り出した袴垂ですが、結果的に襲えなかったと思ったら結果的に目的のものは手に入れ、結果的に結局その後は捕まってるんですね。
保昌に説得されて、その後無用な犯罪はしなくなったとかいうオチではないところが妙に現実的ですよね。その後も懲りずに罪を犯し続けたのか、それまでにしていた罪を問われたのか、はこのお話からはわからないですけど。
そもそもが盗賊というキャラですから、そういう人がのうのうと世間を大手を振って生き延びることは出来ないのだ、という戒めも含んだ話なんでしょうか。
「鬼に神とられたる」の「鬼に神」は「鬼神」としている文もあるそうで、それだと鬼神に捕われたようになったということなので、鬼神とかいうクリーチャーを想像しなければならないところでした。助かりました。どっちにしても、鬼も神も今回絵にしていませんが。