2020年08月09日

石作の皇子と、仏の御石の鉢A

続きです。暑いです。
〈本文〉
かぐや姫、光やあると見るに、蛍(ほたる)ばかりの光だになし。

 置く露の光をだにもやどさまし小倉(をぐら)の山にて何もとめけむ

とて、返(かへ)しいだす。
 鉢を門(かど)に捨てて、この歌の返しをす。

 白山(しらやま)にあへば光の失(う)するかとはちを捨てても頼まるるかな

とよみて、入れたり。
 かぐや姫、返しもせずなりぬ。耳にも聞き入れざりければ、いひかかづらひて帰りぬ。
 かの鉢を捨てて、またいひけるよりぞ、面(おも)なきことをば、「はぢをすつ」とはいひける。
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〈juppo〉前回お話ししたように、石作の皇子とかぐや姫はソーシャル・ディスタンスを保ちつつ、手紙のやり取りで会話しています。
 かぐや姫からの歌で、小倉の山と言っています。石作の皇子がその山に行ったということはここまでに出てこないんですけど、何でもお見通しなかぐや姫なのか、書かれていないだけで行動は筒抜けだったのか、どちらにせよ天竺にまでは行ってないことは公然の情報になってるみたいですね。

 日本人には「恥の文化」があるとか言われますが、恥ずかしいことを平気でしてしまうことを表す「恥を捨てる」という表現はこの皇子の行いから来ているのだ、というオチです。信じて良い豆知識なのでしょうか。

 石作の皇子の冒険譚かつ求婚エピソードはこれで終了です。あと4人にもそれぞれ活躍の場面がありますので、追々ご紹介します。続けて描くかどうかは、未定です。


 今日 8月9日は父の命日でした。亡くなってちょうど10年になりました。10年は長いようであっという間でした。あの日から母とふたりの生活が始まり、その母が今では要介護者になっていることをしみじみ考えると、あっという間とはいえやっぱりいろいろあった10年でした。そんなことを考えながら、汗をかきながら、母を車椅子に乗せてお墓参りをしました。何をしても、しなくても、時間は平等に流れていくのですね。
posted by juppo at 21:17| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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