〈本文〉
この皇子、「今さへ、なにかといふべからず」といふままに、縁(えん)に這(は)ひのぼりたまひぬ。翁理(ことわり)に思ふ。
「この国に見えぬ玉の枝なり。このたびは、いかでか辞(いな)びまうさむ。人ざまもよき人におはす」などいひゐたり。
かぐや姫のいふやう、「親ののたまふことをひたぶるに辞びまうさむことのいとほしさに」と、取りがたき物を、かくあさましく持て来ることを、ねたく思ふ。翁は、閨(ねや)のうち、しつらひなどす。
翁、皇子に申すやう、「いかなる所にかこの木はさぶらひけむ。あやしくうるはしくめでたき物にも」と申す。
皇子、答へてのたまはく、「一昨々年(さをととし)の二月(きさらぎ)の十日ごろに、難波より船に乗りて、海の中にいでて、行かむ方(かた)も知らずおぼえしかど、思ふこと成(な)らで世の中に生きて何かせむと思ひしかば、ただ、むなしき風にまかせて歩(あり)く。命死なばいかがはせむ、生きてあらむかぎりかく歩きて、蓬萊(ほうらい)といふらむ山にあふやと、
〈juppo〉何やかやと忙しく過ごしております。家にいるとぼんやりしてしまうんですけどね。ですからこうして、するべきことを見つけて作業しています。
さて、くらもちの皇子の冒険譚が今回から始まります。ウソなんですけどね。「一昨々年」は「さをととし」と読むようですが、一昨年の前年ということで、3年前になります。この前の石作皇子も3年ほど冒険してきた作り話をしてましたよね。要するにかぐや姫がギフトのリクエストをしてからそれが集まるまでに、3年かかっているということですね。どこにも出かけてないけど屋敷やら工房やら偽の玉の枝を作っていましたから、それに3年くらいはかかるでしょうね。
かぐや姫にしてみれば、無理やりリクエストを並べたのも翁の願いをずっと断ってきたのが申し訳なくて仕方なく出した注文なのだと。これ以上断り続けるより向こうから断ってくるのに賭けた作戦ですね。双方あれこれ心を尽くしている親子関係が優しいです。
後半の皇子のセリフに何度か「歩く」と出てきますが、ここでは足でテクテク歩くという意味ではなく、訳のように「進む」とか、行動全てに当てはまる語だそうです。フレキシブルですね。
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