2013年05月13日

猫B

 休みが終わるのもあっという間ですが、中間テストもあっという間に来るんですね。この間入学したと思ったらもうテストなのか!と、ショックを受けている新入生の皆さん、頑張ってください。
<本文>
 そののちは、この猫を北面にもいださず、思ひかしづく。ただ一人ゐたる所に、この猫が向かひゐたれば、かいなでつつ、「侍従の大納言の姫君のおはするな。大納言殿に知らせたてまつらばや。」と言ひかくれば、顔をうちまもりつつ、なごう鳴くも、心のなし、目のうちつけに、例の猫にはあらず、聞き知り顔にあはれなり。
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最後はほんのちょっとでした。結局この猫が、本当に姫君の生まれ変わりとか乗り移っているとかの猫なのかどうか、の真相はわからないままです。
 日記なのでそんなもんですよね。『ほんとにあった怖い話』か何かだったら、もう一エピソードありそうですけど。

 ところで、前回お話ししたミシン油はまだ差していません。仮縫いをしたまま放置です。縫おうと思っているのはただの手提げバッグです。

 それから朝ドラの話でもうひとつ。
 我が家ではNHK-BSで再放送中の『おしん』を毎週かかさず見ています。あまりにも有名な朝ドラですから見たことはなくても大体の内容は知っていましたが、お正月に4夜連続で総集編を放送していたのを母と見てからどっぷり『おしん』漬けになってしまいました。
 源じいがもう出ないのかと思うと日曜日の楽しみも半減ですが、もちろん来週も見ます。


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2013年04月30日

猫A

 ゴールデンウィークも始まったと思ったら、もう前半が終わったんですって。休みなんてあっという間ですねぇ。続きです。
<本文>
 姉、おととの中につとまとはれて、をかしがりらうたがるほどに姉のなやむことあるに、もの騒がしくて、この猫を北面にのみあらせて呼ばねば、かしがましく鳴きののしれども、なほさるにてこそはと思ひてあるに、わづらふ姉、驚きて、「いづら、猫は。こち率(ゐ)て来(こ)。」とあるを、「など。」と問へば、「夢にこの猫の傍らに来て、『おのれは、侍従の大納言の御女のかくなりたるなり。さるべき縁のいささかありて、この中の君のすずろにあはれと思ひ出でたまへば、ただしばしここにあるを、このごろ下衆の中にありて、いみじうわびしきこと。』と言ひて、いみじう泣くさまは、あてにをかしげなる人と見えて、うち驚きたれば、この猫の声にてありつるがいみじくあはれなるなり。」と語りたまふを聞くに、いみじくあはれなり。
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前回は、猫が汚いものは食べようとしないというところで終わりましたが、猫ってそういう、何か誇り高い性質を持ってる動物ですよね。新聞紙一枚でも置いてあれば、決して地べたに寝ようとせずその上に寝そべるとか、そもそも人に従わず気ままに生きているところが、どこか高貴に感じられます。
 それがこの猫は実際、高貴な人の姿を変えたモノだという訳です。誇り高い雰囲気の動物だから、昔の人はそこに高貴な人の魂を感じたのか、本当に高貴な人が生まれ変わると猫になるのか、神のみぞ知るところですが、この時代にはお馴染みの「前世の因縁」で全て解決です。

 猫の言う「中の君」というのは筆者を指しています。筆者には姉と妹がいるんですね。「おとと」とは弟だけではなく、年下の弟妹をあらわす言葉なんだそうです。
 筆者ではなく、姉の夢に猫が出てきて真相を明かしたというのが、物語に信憑性を持たせていますよねー。筆者が見た夢であったなら、ただ「大丈夫か?この娘」で終わってしまっていたところです。
 不思議なこともあるものですよねー。

追記です。「筆者には姉と妹がいるんですね」と上に書きましたが、筆者には妹はいなかったことがその後わかりました。衝撃の事実、と言うほどでもないですけど、妹のつもりで漫画に描いた小さい女の子は、実はいないんです。
 書籍化された「高校古文もっとこういう話」にこの作品が収録されていますが、そこでは小さい女の子はCGで見事に消去されています。いえ、CGは嘘です。でも最新の印刷技術によって、見事に消えています。
本来なら原稿に手を入れて妹を削除すべきなんですけど、ちょっと可愛いので残しておきます。妹じゃありません。妹じゃない、誰かです。

 もう少しだけ、続きます。


 ところで前回、朝ドラの話をちょこっとしましたが、朝ドラといえば『カーネーション』を見ていた頃、私はミシンを踏みたくてたまらない気持ちになっていました。
 ミシンを引っ張り出すのがめんどくさかったので当時は踏まず終いでしたが、最近ちょっと暇が出来てその気になったので、部屋の片隅の先カンブリア期くらいの地層からミシンを掘り出して、踏み始めました。

 久しぶりに出したミシンの扱い方は覚えていましたが、久しぶりすぎて糸が上手く運びません。切れてしまうのです。
 糸の強さを調節したり、針を換えたりしたものの改善せず、これは油を差した方がいいなと思って、これまた久しぶりに手芸用品店に向かいました。

 しかし油を差すにしても、『カーネーション』に出てくるような足踏みミシンであったなら我が家にも昔あって、ペコペコ油を差した記憶があるんですけど、今の電動ミシンの場合、どこに差すんだろう?という疑問が生じ、ミシン売場の店員さんに聞いてみました。すると!
 最近のミシンは油を差すようには出来ていないと言うのです!
 うちにあるミシンは最近のミシンではないので差せるのですが、現在、店頭に並んでいるミシンは「電子ミシン」なんてものになっており、油なんて必要ないのだと。

 シリコンべら、ブルーレイレコーダーに次ぐ衝撃を受け、ということは、油を買うんじゃなくてその、電子ミシンとかいうのを買って帰ればいいってことか?・・・・いやいやいやいや・・・と、自問自答の後、ミシン油294円也を買って帰りました。まだ売ってます。ミシン油。

 それで、まだ油は差していません。油を差す前に私のミシン熱が冷めてしまわなければいいのですが。

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2013年04月17日

猫@

 新学期がスタートしましたね。春休みは終わってしまいましたが、もう少しでゴールデンウィークですよ、頑張りましょう。『更級日記』です。
<本文>
 花の咲き散る折ごとに、乳母(めのと)亡くなりし折ぞかしとのみ、あはれなるに、同じ折亡くなりたまひし侍従の大納言の御女(みむすめ)の手を見つつ、すずろにあはれなるに、五月ばかりに、夜(よ)ふくるまで、物語を読みて起きゐたれば、来つらむ方(かた)も見えぬに、猫のいとながう鳴いたるを、驚きて見れば、いみじうをかしげなる猫あり。いづくより来つる猫ぞと見るに、姉なる人、「あなかま。人に聞かすな。いとをかしげなる猫なり。飼はむ。」とあるに、いみじう人馴れつつ、かたはらにうち臥したり。訪ぬる人やあると、これを隠して飼ふに、すべて下衆のあたりにも寄らず。つと前にのみありて、ものもきたなげなるは、ほかざまに顔を向けて食はず。
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今回はリクエストをいただいた作品ではありません。こういうの久しぶりかも。前年度お手伝いに行っていた高校で、教科書に載っているとかでちょっと勉強したので、ついでに漫画描くことにしたんです。

 リクエストをいただいていながら描かずに放置している数多の作品を押しのけてこれを描いたのは、ただ猫が描きたかったからです。猫が可愛いからです。

 『更級日記』も久しぶりですね。あづまの国から京に戻ってきた筆者が、継母と別れたり乳母が死んでしまったり、あこがれの大納言の姫君が若くして亡くなったり、などなど、十代のハートにはかなりハードな日々を送った後、の出来事です。

 日本は四季がはっきりしているせいか、巡る季節は時に思い出とともに巡って来ます。
特に桜の散る様子というのは、華やかでありながら同時に儚さを感じて切なくもなるものです。

 そんな時に目の前にかわいらしい猫がどこからともなく現れたら・・・飼いますよね。とりあえず。
 それだけの話のようですが実は不思議な話です。続きがあります。

「ながう鳴いたる」の「ながう」は「長く」ではなく「和く」で優しくおだやかに、という意味だそうです。


 ところで、我が家のDVDレコーダーが壊れました。録画は出来るのに、ディスクにコピーすることが出来ません。たまに気まぐれにほんのちょっとコピーしてくれるので騙し騙し使っていましたが、「いよいよこれは新しいのを買わなければ」と決心して家電屋に行ったところ、

 DVDレコーダーなんてもうほとんど売っていない、ということが分かりました。ほぼブルーレイレコーダーなんですね。
 一年くらい前に、ホームベーカリーでケーキを作るために「ゴムべらを買いに行こう」と思い立ち100円ショップに行って、ゴムべらなんて今では売っていないことに衝撃を受けて「シリコンべら」を買って帰ったのを思い出しました。

 日進月歩の技術革新は素晴らしいことですが、本当に皆ついて来ているのか?これから買う新製品はいつまでの命なのか?なんて考えてしまいました。

 考えてしまいつつ、ブルーレイレコーダーの安いのを買って帰りました。「あまちゃん」を毎日録画して見ています。
 面白いですよねー、あまちゃん。半年ガマンした甲斐がありましたねー、皆さん。

posted by juppo at 23:55| Comment(4) | TrackBack(0) | 更級日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月07日

大納言の姫君

タイトルは違いますが、前回の続きのお話です。
〈本文〉
 また聞けば、侍従(じじゅう)の大納言(だいなごん)の御(み)むすめ亡くなりたまひぬなり。殿(との)の中将(ちゅうじょう)のおぼしく嘆くなるさま、わがものの悲しき折なれば、いみじくあはれなりと聞く。のぼり着きたりしとき、「これ手本にせよ。」とて、この姫君の御手(みて)をとらせたりしを、「さ夜ふけて寝ざめざりせば」など書きて、「鳥辺(とりべ)山谷に煙(けぶり)の燃え立たばはかなく見えしわれと知らなむ」と、いひ知らずをかしげに、めでたく書きたまへるを見て、いとど涙を添へまさる。

himegimi2.jpg〈juppo〉前回の「乳母の死」と、今回の作品で、続けて「二つの死別」としている教科書があるのでしょうか。そう思って描きました。「違うよ−」と思われた方はご一報ください。

 姫君が何で亡くなったのか詳述されていませんが、前回の続きなのでやはり疫病で亡くなったのでしょうか。もともと身体の弱い方だったようでもありますけど。

 「侍従の大納言」とは、「侍従」で、「大納言」でもある人ということなんですね。「侍従」は天皇のそばに仕えている人、「大納言」は役人としての位のことです。

 また「殿の中将」は「殿」の家系にいる「中将」なのだそうです。「殿」というのが、あの藤原道長のことで、長家はその息子です。この時、17歳だったそうです。若いです。

 姫君はもっと若くて、12歳くらいで結婚していて、亡くなった時は15歳なんですって。なんと生き急ぐ平安人。
 しかも、15歳になるまでに人の手本になるくらいの書を残しているのですからね〜。短い人生と思えば、何でも出来るものなのですね。
 父である侍従の大納言が、書家としても有名だったそうなので、素質もあったのでしょうが、それだけではなかなか人の心を動かす作品を生み出せるものではありませんよね。

 
 そんな訳で、筆者にとって辛い日々だったようです。この後、以前描いた「源氏の五十余巻」に続くんですね。悲しいことが続いてふさぎ込んでいたところへ、慰めるために母親が物語を見せてくれた、というお話でした。

 落ち込んでいても立ち直れる、フィクションの力は偉大です。
 皆さんも何かに行き詰まったら、本や映画やマンガなど、現実を忘れさせてくれる何かに頼ってみてください。それでも現実は現実なのですが、気の持ちようというのが人生を大きく動かしたりもするものです。 
posted by juppo at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 更級日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月05日

乳母の死

リクエストにお応えします。『更級日記』です。
〈本文〉
 その春、世の中いみじう騒がしうて、まつさとの渡りの月影あはれに見し乳母(めのと)も、三月一日(やよいついたち)に亡くなりぬ。せむ方(かた)なく思ひ嘆くに、物語のゆかしさもおぼえずなりぬ。いみじく泣き暮らして見出(い)だしたれば、夕日のいとはなやかにさしたるに、桜の花残りなく散り乱る。

 散る花もまた来(こ)む春は見もやせむ
   やがて別れし人ぞ恋しき


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〈juppo〉新しい年がスタートしました。皆さん、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 今回の作品は、前々々回くらいに描いていた「梅の立ち枝」と一緒にいただいたリクエストからのものです。その時は「二つの死別」というタイトルでリクエストいただいたのですが、手元にある『更級日記』の訳本にそのタイトルがなく、この「乳母の死」と次の作品でもう一つ死を扱った章があるので、その二つかな、という憶測のもとに描きました。

 今回亡くなったのは筆者の乳母だった方です。乳母は「うば」でなく「めのと」と読みます。

 東国に同行していた乳母は、彼の地で出産したので、別々に上京することになり、「まつさと」というところで一旦別れたんですね。
 「まつさと」は現在の千葉県松戸市あたりか?というくらいの情報しかないようです。そこの渡し場で月光に照らされた乳母の姿が印象的だったとかなんとか、この日記の別のページにも書いているらしいのです。

 近しい人が亡くなると、ふとしたことでその人の面影を思い出したりするものですよね。
 新年早々、悲しいエピソードになってしまいましたが、昔の話に出て来る人はだいたい亡くなっているので、ご了承ください。


 次回はこの後の章を描きます。
posted by juppo at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 更級日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月17日

梅の立ち枝B

この章、最終回です。
〈本文〉
いつしか梅咲かなむ。来(こ)むとありしを、さやあると、目をかけて待ちわたるに、花もみな咲きぬれど、音(おと)もせず。思ひわびて花を折りてやる。

 頼めしをなほや待つべき霜枯(しもが)れし
  梅をも春は忘れざりけり

と言ひやりたれば、あはれなることども書きて、

 なほ頼め梅の立ち枝(え)は契(ちぎ)りおかぬ
  思ひのほかの人も訪(と)ふなり


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〈juppo〉また一段と寒くなりましたが皆さんいかがお過ごしでしょうか。
 すっかり期末テストも終わってしまったかと思います。この章がテスト範囲だったのに、という方がいたら誠に申し訳ありません。なんだかこういうのがこのブログの常になってきた感じです。

 『梅の立ち枝』というタイトルを、ずっと『うめのたちえだ』と読んでいたんですけど「立ち枝」は「たちえ」だったことが今回分かりました。その程度の理解で描いてるのもどうかと思いますが、努めて皆さんにご迷惑が及ばないよう、細心の注意を払って描いていますよ。ホントですよ。

 まま母が戻って来るのか来ないのか、良く分からないまま章が終了しています。

 日記ですからねー。

 日記ってこういう、悶々とした日々をつらつらと書くわりにその後どうした、結局どうなった、という結果を書き損ねたりしますよね。
 後で読むと自分でも「そうだ。この時こんな問題が生じてたなー。で、どうなったんだっけ?」なんて思います。先を読み進めても分からなかったりもします。

 そういうものなので、ここでも大事なのは会いたいのに会えない、筆者の心情を読みとるのがテーマなのだと考えて差し支えないと思います。



 ところで、『ハリ−・ポッタ−と死の秘宝』を見て来ました!
もうファンタジーというよりホラー映画ですよね。でも面白かったです。

 原作を読んでいると、展開が速くて映画の長さが気になりません。「ハ−マイオニのバッグにはアレが入ってるんじゃなかったのか」なんてことが気になっているうちに終了します。

 ハ−マイオニが両親に魔法をかけるのは原作では台詞で説明されていただけでしたが、ちゃんとそのシーンがあって良かったです。しかも冒頭から。泣けます。

 青春ロードムービーみたいにもなっています。その行く先々で、ハ−マイオニが「両親と来た場所なの」なんて言うのがまたぐっと来ます。エマファンには堪りません。


 パート2は戦争映画みたいになるんだろうし、哀しいシーンが続出するのも知っていますが、もちろん見ます。
 楽しみです。
posted by juppo at 16:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 更級日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月07日

梅の立ち枝A

続きです。
〈本文〉
うれしくいみじくて、夜昼これを見るよりうち始め、またまたも見まほしきに、ありもつかぬ都のほとりに、誰(たれ)かは物語求め見する人のあらむ。
 継母(ままはは)なりし人は、宮仕(みやづか)へせしが下(くだ)りしなれば、思ひしにあらぬことどもなどありて、世の中うらめしげにて、外(ほか)にわたるとて、五つばかりなる乳児(ちご)どもなどして、「あはれなりつる心のほどなむ、忘れむ世あるまじき。」など言ひて、梅(むめ)の木の、つま近くていと大きなるを、「これが花の咲かむ折(おり)は来(こ)むよ。」と言ひおきてわたりぬるを、心のうちに恋しくあはれなりと思ひつつ、忍び音(ね)をのみ泣きて、その年もかへりぬ。

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〈juppo〉先週の雨は凄かったです。通勤路が川になっていたり海になっていたり大渋滞になっていて、マトモに出勤することが出来ませんでした。そういう方が全国に大勢いらっしゃると思います。皆さん、お疲れ様でした。

 さて続きです。物語については、「また始まったな」という感じですね。とにかくこの娘には物語さえ与えておけば、夜も昼も読む以外の事は何もしない状態になるのが常みたいです。


 前回「母」が出て来て、今回は「まま母」が登場しています。このふたりは別人です。

 作者のお父さんは作者の実の母を都に残して、別の奥さんと東の国に赴任してたらしいです。今回一緒に帰京したので、この家には奥さんが今のところふたりいます。全部で何人いるのかは分かりません。

 同じ家にふたりも妻がいるなんて!今なら女は我慢出来ない
ところですが、当時でもこのまま母はいろいろ我慢出来ないことがあったのか、あっさり出ていってしまうんですね。
 「世の中」というのが世間という意味ではなく、夫婦の間柄を指しているのだそうです。


 夫婦の間でのことは当事者にしか分からないものとはいえ、残される娘にとってはショックですよね。
「また来ます。」と言っていますが。

 ・・・続きます。
 
posted by juppo at 15:53| Comment(6) | TrackBack(0) | 更級日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月24日

梅の立ち枝@

またご無沙汰してしまいました。リクエストにお応えします。『更級日記』です。
〈本文〉
 いと暗くなりて、三条の宮の西なる所に着きぬ。広々と荒れたる所の、過ぎ来(き)つる山々にも劣らず、大きに恐ろしげなる深山木(みやまぎ)どものやうにて、都の打とも見えぬ所のさまなり。ありもつかず、いみじうものさはがしけれども、いつしかと思ひしことなれば、「物語求めて見せよ、物語求めて見せよ。」と母をせむれば、三条の宮に、親族(しぞく)なる人の衛門(えもん)の命婦(みょうぶ)とてさぶらひける、たづねて文(ふみ)やりたれば、めづらしがりて、喜びて、「御前(おまえ)のをおろしたる。」とて、わざとめでたき草子(そうし)ども、硯(すずり)の箱の蓋(ふた)に入れておこせたり。

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〈juppo〉久しぶりの更新で久しぶりの『更級日記』です。『徒然草』でまだ何作か、リクエストをいただいているのがあるのですが、ちょっと先にこちらを描きます。

 久しぶりの『更級日記』ですが、前に描いたのは作者の「菅原孝標(すがわらたかすえ)の娘」とその一家が、東の方から京に向かって旅立って後、武蔵の国まで来た所まででした。
 まだ全然関東地方だった訳ですが、その後の道中はすっ飛ばして今回はいきなり京に着いた所です。

 都と言っても片隅らしく、全然都会っぽさがないようです。
思い出しましたが作者は文学オタクの少女だったので、相変わらず本を読ませろと騒いでいますが、都と言っても片隅なので、思うように本を入手出来ないところから、また始まっているんですね。



 続きがあります。なるべく早く描きたいと思います。
そんな合間を縫って、先週公開になった『ハリポタ7』をいつ見に行こうかな、と考えているところでもあります。

 私の周りは風邪をひいている人だらけで、私もいつひいてもおかしくない状況ですが、なんとか持ち堪えています。期末テストが終わるまで頑張りたいです。
 皆さんも気をつけてください!

posted by juppo at 22:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 更級日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月30日

竹芝寺D

いよいよ完結、今夜感動の最終回です。
〈本文〉 
これも前(さき)の世にこの国に跡を垂(た)るべき宿世(すくせ)こそありけめ。はや帰りて公にこのよしを奏せよ。』と仰せられければ、言はむかたなくて、のぼりて、帝に『かくなむありつる。』と奏しければ、『言ふかひなし。その男を罪しても、いまはこの宮をとりかへし、都にかへしたてまつるべきにもあらず。竹芝の男に、生けらむ世のかぎり、武蔵の国を預け取らせて、公事(おおやけごと)もなさせじ。ただ宮にその国を預けたてまつらせたまふ』よしの宣旨(せんじ)下りにければ、この家を内裏(だいり)のごとく作りて、住ませたてまつりける家を、宮など失せたまひにければ、寺になしたるを、竹芝寺といふなり。その宮の産みたまへる子どもは、やがて武蔵といふ姓(しょう)を得てなむありける。それより後(のち)、火焼屋(ひたきや)に女はいるなり。」と語る。

takeshiba5.jpg〈juppo〉3月中、めいっぱいおつき合いいただきました『竹芝寺』も今回でお終いです。いや〜、ハッピーエンドで良かったですね黒ハート何しろ、帝が物わかりのイイ父親で良かったです。やはり「これも運命」と納得したのでしょう。

 最後に、その後は火焼屋には男でなく女を置くようにした、というオチがついているのもいいですね。この姫はしょうがないとして、今後さらに使用人に姫をさらっていかれてはたまらない、ということなのだと思いますが、女の使用人と王子様が恋に落ちるのはいいんでしょうか。

 長々と続いたので、そういえばこの話は筆者(菅原孝標の娘)が武蔵の国の地元の人に、竹芝寺の由来を聞いている場面から始まったんだったな、とやっと思い出した感じがしますよね。

 日記なのに、旅の途中で聞いた物語を丸まる書き残しているところが面白いと思います。物語好きの筆者ならでは、ですね。
posted by juppo at 23:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 更級日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月24日

竹芝寺C

おおお待たせいたしました。続きです。
〈本文〉
 帝(みかど)・后(きさき)、御子(みこ)失せたまひぬとおぼしまどひ、求めたまふに、『武蔵の国の衛士(えじ)の男(おのこ)なむ、いと香ばしきものを首にひきかけて、飛ぶやうに逃げける。』と申し出でて、この男をたづぬるに、なかりけり。論なくもとの国にこそ行くらめと公(おおやけ)より使下りて追ふに、勢多の橋こぼれてえ行きやらず。三月(みつき)といふに武蔵の国に行き着きて、この男をたづぬるに、この御子、公使(おおやけづかい)を召して、『われ、さるべきにやありけむ、この男の家ゆかしくて、率(い)て行けと言ひしかば、率て来たり。いみじくここありよくおぼゆ。この男、罪しれうぜられば、われはいかであれと。

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〈juppo〉すすすすみません。お話の途中なのに、2週間もほったらかしてしまいましたあせあせ(飛び散る汗)

 七日七晩かかって武蔵の国に帰った男も難儀なことでしたが、宮中からのお使いは3ヵ月もさまよわされてしまいました。男が壊して来た、勢多の橋が功を奏した訳ですが、待てよ、男は橋を飛び越えたんじゃなかったっけ?という疑問が湧きますよね〜。男に出来たことがどうしてお使いの人には出来なかったのか?お姫さま風に言うならば、「そうなる運命だったから」としか説明出来ませんね。

 お姫さまのことを「いと香ばしきもの」と表現してるのが、面白いですね。西洋では香水が発達した貴族社会ですが、日本では平安の貴族たちは着物にお香を炊いた匂いをつけていたのだそうです。

 それから姫の「いとここありよくおぼゆ」という台詞が、ピノコみたいでなんか好きです。


 さらに、まだまだ続きます。
posted by juppo at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 更級日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月09日

竹芝寺B

〈本文〉
かしこまりて、高欄(こうらん)のつらに参りたりければ、『言ひつること、いま一かへりわれに言ひて聞かせよ。』と仰せられければ、酒壺のことをいま一かへり申しければ、『われ率(い)て行きて見せよ。さ言ふやうあり。』と仰せられければ、かしこくおそろしと思ひけれど、さるべきにやありけむ、負ひたてまつりて下るに、論なく人追ひて来(く)らむと思ひて、その夜、勢多(せた)の橋の下(もと)に、この宮を据えたてまつりて、勢多の橋を一間(ひとま)ばかりこぼちて、それを飛び越えて、この宮をかき負ひたてまつりて、七日(なぬか)七夜(ななよ)といふに、武蔵の国に行き着きにけり。

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〈juppo〉ただのヒョウタンの話が、愛の逃避行に発展してしまった第3話です。たかがヒョウタン、されどヒョウタンですね。

 お姫さまは「わけがある」のだ、と言っていますが、実は具体的に何か理由がある訳ではありません。男も「運命」かと思っているように、昔の人たちは前世の因縁などに敏感だったので、ここでもタダのヒョウタンの話に惹かれたのには、きっとそれなりに縁のある人との出会いであるとの確信があってそう言ったようです。
 
 現代の私たちにとっても、人との出会いに運命とか縁を感じることってありますよね。だからといってその場で「連れていって」というのはいかにもドラマチックな展開です。


 賢明な読者の皆さんはいろいろ他にも気になる所があると思うのですが、まず、私は前回「廊下の手すり」を描くのを忘れました。男が近づいて来た所に手すりがないので、今回は廊下を巧みに描きませんでした。そういうのは巧みとは言いませんね。すみませんたらーっ(汗)

 「勢多の橋」とは、今の滋賀県大津市の琵琶湖畔にある橋で、当時は京と関東を行き来する際には避けて通れない交通の要所であったそうです。

 その橋を壊してしまえば誰も追って来られないだろう、と読んでの所業ですが、飛び越えるくらいなら誰でも超えられるし、飛び越えるくらいならなぜ渡ってから壊さないのだ?と思いますよね。私も疑問に思いつつ描きました。また、お姫さまを一旦座らせてから飛び越えていますが、背負い直してから飛び越えたのか、飛び越えてから背負ったのか、本文を読む限りでは良く分からないので背負って飛んだ絵にしました。
 この辺の事情(?)にお詳しい方がいらしたら、是非ご教授願いたいと思います。ご存じの方はご一報ください。


 さて、七日七晩かかって武蔵の国に辿り着いた二人の運命は?以下次号、です。

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2008年03月05日

竹芝寺A

〈本文〉
御前(おまえ)の庭を掃くとて、『などや苦しきめを見るらむ。わが国に七つ三つ作り据えたる酒壺(さかつぼ)に、さし渡したる直柄(ひたえ)の瓢(ひさご)の、南風吹けば北になびき、北風吹けば南になびき、西吹けば東になびき、東吹けば西になびくを見で、かくてあるよ』と、ひとりごちつぶやきけるを、その時、帝の御女(みむすめ)、いみじうかしづかれたまふ、ただひとり御簾(みす)の際(きわ)に立ち出でたまひて、柱に寄りかかりて御覧ずるに、この男のかくひとりごつを、いとあはれに、いかなる瓢の、いかになびくならむと、いみじうゆかしくおぼされければ、御簾をおしあげて、『あの男、こち寄れ。』と召しければ、

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〈juppo〉昨日、一度この記事を投稿したのですが、画像のUPがうまくいかずに、消去してしまいました。そんなドタバタの最中に訪問してくださった方がもしいたら、申し訳ありません。

 この男は竹芝の地にいた時に、酒を作って暮らしていたのですね。その生活が、ただのんびりひしゃくを眺めているだけで、平和だったなぁ〜と、思い出している訳です。
 
 「直柄の瓢」は二つに割ったヒョウタンに柄をつけて、ひしゃくの代わりにしたものだそうです。

 平穏な生活を思い出していただけのひとりごとに、やんごとない身分のお姫さまが興味を示したことから、物語は急展開します。まだまだ、続きます。
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2008年03月02日

竹芝寺@

久しぶりに更級日記です。
〈本文〉
 今は武蔵(むさし)の国になりぬ。ことにをかしき所も見えず。浜も、砂子(すなご)白くなどもなく、こひぢのやうにて、紫(むらさき)生(お)ふと聞く野も、蘆(あし)・荻(おぎ)のみ高く生ひて、馬に乗りて弓持たる末(すえ)見えぬまで高く生ひ茂りて、中を分け行くに、竹芝(たけしば)といふ寺あり。はるかに、ははさうなどいふ所の廊(ろう)の跡の礎(いしずえ)などあり。「いかなる所ぞ。」と問へば、「これは古(いにし)へ竹芝といふさかなり。国の人のありけるを、火焼屋(ひたきや)の火たく衛士(えじ)にさし奉りたりけるに、

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〈juppo〉更級日記も久しぶりですが、ブログ自体大分ごぶさたしてしまいました。朝の7時からインド人に日本語を教えていたり、学年末テスト対策で中学生とbe動詞プラス過去分詞をやっていたり、実のところ、ゆっくり寝る間もない程忙しかった上に、花粉症が風邪のようになってしまって未だ回復していません。

 そんなことはさておき、「紫草」は図鑑などには「ムラサキ」と載っています。根が紫色の山地に生える多年草だそうです。この際ですから申し上げておきますが、紫と、柴田の柴は違う字です。ルー大柴がネタで「学生時代の親友が未だに『大紫』と年賀状に書いてくる」という話をしますが、ホントにネタにでもしたくなる程「柴」という字の世間での認知度は低いのです。トホホです。

 「竹芝という坂」については、「坂」は「さう」の間違いで、「荘園」のことではないか、なんて説もあるそうです。いずれにせよ、そこに住んでいたある男の数奇な運命の物語がしばらく続きます。

 「火焼屋」は宮殿の庭にあった、夜警がかがり火をたく小屋のことだそうです。男はいきなり、その火をたく係に任命された訳で、次回は宮中でのお話になります。
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2007年02月13日

『源氏』の五十余巻A

続きです。
〈本文〉
源氏の五十餘巻、櫃(ひつ)に入りながら、ざい中將、とほぎみ、せり河、しらら、あさうづなどいふ物語ども、一袋とり入れて、得て帰る心地の嬉しさぞいみじきや。はしるはしる、わづかに見つつ、心も得ず心もとなく思ふ源氏を、一の巻よりして、人もまじらず、几帳の内にうち臥してひき出でつつ見る心地、后の位も何にかはせむ。昼は日ぐらし、夜は目のさめたるかぎり、火を近くともして、これを見るよりほかの事なければ、おのづからなどは、空におぼえ浮かぶを、いみじきことに思ふに、夢にい清げなる僧の、黄なる地の袈裟着たるが来て、「法華経五巻をとくならへ」といふと見れど、人にも語らず、習はむとも思ひかけず、物語の事をのみ心にしめて、われはこの頃わろきぞかし、盛りにならば、容貌(かたち)もかぎりなくよく、髪もいみじく長くなりなむ。光るの源氏の夕顔、宇治の大將の浮舟の女君のやうにこそあらめと思ひける心、まづいとはかなくあさまし。

monogatari2.jpg

〈juppo〉「とほぎみ」〜「あさうづ」はその頃あった物語のタイトルのようです。夕顔、浮舟というのは『源氏』に登場する女性たちのこと。
オタクです。物語オタク。現代だったら間違いなくコスプレまで突っ走ってるな、てなお嬢さんですね。
posted by juppo at 22:56| Comment(6) | TrackBack(0) | 更級日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月11日

『源氏』の五十余巻@

更級日記、『物語』です。
長いので、二回に分けて描きます。
〈本文〉
 かくのみ思ひくんじたるを、心も慰めむと、心ぐるしがりて、母、物語などもとめて見せ給ふに、げに、おのづから慰みゆく。紫のゆかりを見て、つづきの見まほしくおぼゆれど、人かたらひなどもえせず。誰もいまだ都なれぬほどにて、え見つけず。いみじく心もとなく、ゆかしくおぼゆるままに、「この源氏の物語、一の巻よりしてみな見せ給へ」と心の内に祈る。親の太秦に籠り給へるにも、異(こと)事なく、この事を申して、いでむままにこの物語見はてむと思へど、見えず。いと口惜しく思ひ嘆かるるに、をばなる人のいなかよりのぼりたる所にわたいたれば、「いとうつくしう、生ひなりにけり」など、あはれがり、めづらしがりて、帰るに、「何をか奉らむ、まめまめしき物は、まさなかりけむ、ゆかしく給ふなる物を奉らむ」とて、

monogatari1.jpg
〈juppo〉冒頭いきなり「ふさぎこんで」ばかりいるのは何故か?と不思議ですが、この日記の前に親しい人が相次いで亡くなったりと、いろいろあったようです。終わりも唐突ですみません。おばさんがおみやげにくれたものとは!?以下次号、ということで。
posted by juppo at 23:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 更級日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月07日

あづま路の奥

更級日記の冒頭、『門出』の最初の部分です。
〈本文〉
 あづま路の道の果てよりも、なほ奥つ方に生ひ出でたる人、いかばかりかはあやしかりけむを、いかに思ひ始めけることにか、「世の中に物語といふもののあんなるを、いかで見ばや。」と思ひつつ、つれづれなる昼間、宵居などに、姉・継母などやうの人々の、その物語、かの物語、光源氏のあるやうなど、ところどころ語るを聞くに、いとどゆかしさまされど、わが思ふままに、そらにいかでかおぼえ語らむ。いみじく心もとなきままに、等身に薬師仏を造りて、手洗ひなどして、人間にみそかに入りつつ、「京にとく上げたまひて、物語の多く候(さぶら)ふなる、ある限り見せたまへ。」と、身を捨てて額(ぬか)をつき、祈り申すほどに、十三になる年、上らむとて、九月(ながつき)三日、門出して、いまたちといふ所に移る。
 年ごろ遊び慣れつる所を、あらはにこほち散らして、立ち騒ぎて、日の入りぎはの、いとすごく霧りわたりたるに、車に乗るとて、うち見やりたれば、人間には参りつつ額をつきし薬師仏の立ちたまへるを見捨てたてまつる、悲しくて、人知れずうち泣かれぬ。
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〈juppo〉「あづま路の道の果てよりもなほ奥つ方」というのは、上総国(千葉県南部)のこと。当時、門出するとは「旅立ちに先立って吉日を選び、いったん仮の所に移る」ということだったそうです。
それにしても、等身大の薬師仏を造って・・・って、なんていうか、ちょっとスゴイ。
posted by juppo at 00:21| Comment(4) | TrackBack(0) | 更級日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする