2018年06月03日

五月ばかりなどに

5月だから五月ネタでちょうどいいな!と思いながら描いているうちに6月になってしまいました。リクエストにお応えします。
〈本文〉
 五月ばかりなどに山里にありく、いとをかし。草葉も水もいとあをく見えわたりたるに、上(うへ)は釣れなくて草生ひ茂りたるを、ながながとただざまに行けば、下はえならざりける水の、ふかくはあらねど、人などのあゆむにはしりあがりたる、いとをかし。
 左右にある垣にある、ものの枝などの、車の屋形などに、さし入るを、いそぎてとらへて折らんとするほどに、ふと過ぎてはづれたるこそ、いとくちをしけれ。
 蓬(よもぎ)の車に押しひしがれたりけるが、輪の廻りたるに、近ううちかかりたるもをかし。
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〈juppo〉でも、ここでの五月(さつき)は旧暦ですから、今の暦ではこれからの季節なんですよね。春を過ぎて暖かくなり、野山も明るさを増してくる季節です。お出かけには最適です。梅雨にも入っているころですから、晴れ間を見て出かけたのでしょうね。

 景色が主な話題なので、久しぶりに塗り絵でお送りしています。

 「山里をありく」と始まっていますが、「ありく」は「歩く」ではないんですね。牛車に乗ってるんです。気ままにうろついている様を表す語のようです。「あゆむ」だったら「歩く」の意味なんですって。「散策」では結局歩くという意味になっちゃうんですけど、他に言葉が思いつかず、こうしました。

 「上はつれなくて」下に水がある状態てのがどういうのかよくわからなかったんですけど、自然の地形にある水場で池や川とはまた違うのかな、「えならざりける水」ということはそれでも相当情緒がある景色なのかな、うーん、やっぱりよくわからない・・な結論で描いたのがコレです。

 それとおそらく、清少納言さんは他の女官の方々とも連れ立ってお出かけしているような気もするんですけど、台詞的に他に女性の登場人物がいないのを良いことに、ひとり(プラス従者の方たち)でお出かけしたように描いちゃいました。ここには描いてないけど、前後に他の牛車もいるのかも〜、なんて想像で読んでいただいても良いかと思います。

 「蓬の車に押しひしがれたりけるが」てのはアレですね、おなじみの「同格の『の』」ですね。
漫画ではそういうふうに訳していませんが、「蓬で、車に押しつぶされたのが」というように訳します。でもそう訳すとちょっとしつこい感じですよね。
 道々車輪に踏まれて潰れたよもぎが、そのまま車輪にくっついて、車輪が回って上の方にくるたびに香りがしてくるということなんですね。のどかですね〜。

 今日、6月3日は日曜日で、すごくいいお天気ですが、暑くてとても野山に出かけようなどとは思えない日和です。平安時代にはそんなに暑くなかったんでしょうね。暑い時もあったんでしょうけど。牛車の中なら熱中症にはならないのかもしれませんが、現代人の感覚では水をこまめに飲んで!とアドバイスしたくなるお話です。
 千年前の気候に思いを馳せた誕生日でした。
posted by juppo at 15:48| Comment(2) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月08日

宮にはじめてまゐりたるころH

最終回です!!ああ〜、長かったですねぇ〜。
〈本文〉
とあるに、めでたくもくちをしうも思ひみだるるにも、なほ昨夜(よべ)の人ぞねたくにくままほしき。「『うすさ濃さそれにもよらぬはなゆゑに憂き身のほどを見るぞわびしき』なほこればかり啓し直させ給へ。式の神もおのづから。いとかしこし」とて、まゐらせてのちにも。うたてをりしも、などてさはたありけんと、いとなげかし。
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〈juppo〉最後の2回分は、8コマで1回分にまとめられるかな、と思ったら長いので2回に分けたのですが、残った分がまた微妙な長さで、4コマにしても良かったのですけど何とか薄めて伸ばして6コマにしました。最初のコマなんて大分薄まってますよね。結構その回ごとに、行き当たりばったりで描いています。
 6コマにした結果、6通りの清少納言さんのリアクションをお楽しみいただくだけの回になった感じです。

 前回に引き続き、くしゃみ犯を恨み続ける清少納言さんです。くしゃみなんて生理現象ですから、タイミングが悪かったとしても当人のせいではないのに、自分の立場でしか物を考えられないレベルに恨んでますよね。こんな失態は「サザエさん」だったら山ほど出てくると思いますが、この時の清少納言さんにとっては生涯の汚点だくらいの嘆きなんですね。若さなんですかねー。

 今年の花粉症はいつもより重めで、私もまだくしゃみに苦しめられています。それに今年はいつもより目が痒いです。ということは、杉よりヒノキに反応しているのでしょうか。花粉症との付き合いが長いわりにちゃんとした診断を受けたことがないので、毎年正確に何の花粉症なのか自分ではわかってないんですよね。ただ鼻をかんでいます。

 そして先日、ついに「ペリーヌ物語」を全話見終えました。感動しました。感動で余計鼻をかむ羽目になった今年の春でした。
 ひとりでくじけず生きてきたペリーヌも偉いのですけど、何と言ってもビルフラン様お抱えのフィリップ弁護士が有能すぎです。弁護士なのに後半は探偵と化しています。見たところそうお若くもないのに、単身インドに行かされたりヨーロッパ中を調べ歩かされたりしていたかと思うと、感動を超えて心配になってくる終盤でした。無事にペリーヌの身の上が明かされて、フィリップ弁護士も重責を解かれて本当に良かったです。おそらく本放送の時はこんな心配はせずに見てたんですよね。失礼いたしました、フィリップ弁護士。

 鶴ひろみさん追悼の気持ちで見始めた「ペリーヌ物語」でしたが、ちょうど見終わったところで高畑勲氏の訃報のニュースに触れました。高畑さんはペリーヌには携わっていらっしゃらないようですが、その後番組だった「赤毛のアン」で脚本・演出担当だったんですね。せっかくなので続けて「アン」を見ようかなぁ、と考えています。
posted by juppo at 22:32| Comment(2) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月29日

宮にはじめてまゐりたるころG

ぼちぼちやってたらやっぱりこんなペースに。続きです。
〈本文〉
ものなど仰せられて、「我をば思ふや」と問はせ給ふ、御いらへに、「いかがは」と啓するにあはせて。台盤(だいばん)所のかたに、はなをいと高うひたれば、「あな、心憂。そら言(ごと)をいふなりけり。よし、よし」とて、奥へ入らせ給ひぬ。いかでかそら言にはあらん。よろしうだに思ひきこえさすべきことかは。あさましう、はなこそそら言はしけれ、と思ふ。さても誰か、かくにくきわざはしつらむ、おほかた心づきなしとおぼゆれば、さるをりもおしひつぎつつあるものを、まいていみじ、にくしと思へど、まだうひうひしければ、ともかくもえ啓しかへさで、明けぬればおりたる、すなはち、浅緑なる薄様(うすやう)にえんなる文を、「これ」とて来たる、あけて見れば、
 「『いかにしていかに知らましいつはりを空にただすの神なかりせば』となん御けしきは」
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〈juppo〉あと少しで終わるのですが、8コマにはちょっと長いので2回に分けます。そういうわけで、次回がいよいよ最終回です。
 今回、漫画はだいぶ前に描いてたんですが、生活に追われてPCを3週間も開かない日々でした。3月が31日まであってよかったです。

 前回までは伊周さんらにからかわれていた清少納言さん、今回は中宮様と夫婦のような会話をしていますね。「我をば思ふや」は「私のこと愛してる?」と訳しても良いみたいですよ。唐突な告白ですよね。
 ここで大きなくしゃみをしたのは、台盤所という女房たちの控え室にいるらしい誰かです。当時、くしゃみは不吉なものだとされてた話は「にくきもの」でも出てきましたが、ここでは会話の途中で第三者が咳払いをして嘘を指摘するような役割を果たしてしまった、ということのようです。
 現代では不吉というより、くしゃみをすると誰かが噂をしていると解釈したりしますよね。私が子どもの頃は「一褒められて、二憎まれて、三惚れられて、四(よ)風邪ひく」なんて言われてましたよ。今でも言いますか?
 くしゃみの回数で噂の種類が決まるということなんですが、花粉症が猛威を奮っている今、回数を数えるどころではないですね。まだ花粉症になっていない方は、早くなってください。毎年そう呪いながら鼻をかんでいます。

 タイミングよく(悪く?)くしゃみをした当人を清少納言さんも呪いつつ、退室したところに中宮様からのお手紙が来たと。
 「ただすの神」は京都の下賀茂にあるとかの糺ノ森(ただすのもり)とかにいる神様だそうです。地元では有名な森と神様ですか?
 中宮様の詠んだ歌を聞き書きした女房からの手紙なので、伝聞の形で書かれています。

 最終回は近いうちに!
 今月中に!とは断言しません。

 
 あ、ペリーヌはトロッコ押しから猛スピードで出世して今お屋敷住まいの秘書です。そこからがまだまだあるんですね。工場の後継を狙うビルフランの甥と工場長の会話が、ほとんどお代官様と越後屋です。

 
posted by juppo at 01:07| Comment(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月06日

宮にはじめてまゐりたるころF

2月はいったい何をしていたのか!?続きです。
〈本文〉
人の草仮名(さうがな)書きたる草子(さうし)など、とりいでて御覧ず。「誰(たれ)がにかあらん。かれに見せさせ給へ。それぞ世にある人の手はみな見知りて侍らん」など、ただいらへさせんと、あやしきことどもをのたまふ。
 ひと所だにあるに、また前駆(さき)うち追はせて、おなじ直衣(なほし)の人まゐり給ひて、これはいますこしはなやぎ、さるがう言(ごと)などし給ふを、わらひ興(きよう)じ、我も「なにがしが、とあること」など、殿上人のうへなど申し給ふを聞くは、なほ変化(へんげ)の者、天人などの下りきたるにやとおぼえしを、さぶらひ馴れ、日ごろ過ぐれば、いとさしもあらぬわざにこそはありけれ。かく見る人々もみな家のうち出でそめけむほどは、さこそはおぼえけめなど、観じもてゆくに、おのづから面馴れぬべし。
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〈juppo〉2月は忙しかったです。2月は短いからとか、平昌ずっと観てました、てこともあるんですけど、いつになくイラストの仕事が繁盛して、ずっと絵を描いていました。月末の1週間に締め切りが3つあるという、自分史上最高なくらいの売れっ子月間でした。

 そういうわけで1月に3回も更新できたのにその後ぷっつりでしたが、続きです。
中宮さまや伊周に恐縮し続けていた清少納言さんの前に、もう一人やんごとないご身分の方が現れました。このエピソードは余分な気もしないでもないですが、こうしておどおどしながら始めた宮仕えも慣れてしまえばどーということはない、という独白に繋がっているシーンなんですね。
 おどおどしている自分の前で涼しげに笑っている女房の皆さんも、新人の頃はきっと自分と同じようにおどおどしていたんだろう、と観察する余裕まで出てきたようです。
 この、直衣の人というのは伊周の父の道隆か、弟の隆家らしいです。よくわからないまま描いてしまってます。

 仕事って、こうして慣れていくんですよねー。最初は向いてないのでは?なんでこの仕事始めちゃったのかな?なんて悩む日があっても、続けていればいつの間にか先輩になっちゃうんですよね。そうなるとむしろ慣れなかった日々が懐かしかったり、ね。

 ずいぶん長くなりましたが、まだ続くんです、この段。続きは今月中には!


 ところで「ペリーヌ物語」はこの1ヶ月の間にだいぶ消化しました。もうおじいさんのいるマロクールで働いているペリーヌことオーレリィです。おかあさんが亡くなるのがこんなに前半だったんだなあ、というのが改めて見て意外でした。パリで寝ついてから亡くなるまで4話かそこらあるので、本放送を見ていた時は1ヶ月くらいかかっているわけですが、DVDだと1日で見てしまう話数ですから、あれよあれよという間でした。

 3月はイラストの仕事も一段落してちょっとヒマになるかと思ったら、今度は日本語の先生の仕事が繁盛してきました。今年は仕事運が上々のようです。
 なるべくブログの更新には時間を作りたいと思っておりますが、ぼちぼちやります。
 
posted by juppo at 00:28| Comment(2) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月31日

宮にはじめてまゐりたるころE

続きです。まだまだ続きます。
〈本文〉
なほいとわが心ながらもおほけなく、いかで立ちいでしにかと汗あえていみじきには、なにごとをかはいらへもきこえむ。
 かしこき影とささげたる扇をさへとり給へるに、ふりかくべき髪のおぼえさへあやしからんと思ふに、すべて、さるけしきもこそは見ゆらめ。とく立ち給はなんと思へど、扇を手まさぐりにして、絵(ゑ)のこと、「誰(た)がかかせたるぞ」などのたまひて、とみにも賜(たま)はねば、袖をおしあててうつぶしゐたり。裳(も)・唐衣(からぎぬ)にしろいものうつりて、まだらならんかし。
 ひさしくゐ給へるを、心なう、苦しと思ひたらんと心得させ給へるにや、「これ見給へ。これは誰が手ぞ」と聞こえさせ給ふを、「賜はりて見侍らむ」と申し給歩を、なほ、「ここへ」とのたまはす。「人をとらへて立て侍らぬなり」とのたまふも、いといまめかしく、身のほどにはあはず、かたはらいたし。
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〈juppo〉
今月だけで3回もブログを更新できたことに密かな喜びを感じています。これが普通どころか、それでも超低頻度だとは分かってるんですが。

 この章は長いです。まだ先があります。いい加減、宮中の人たちに慣れたらどうよ清少納言さん、て感じですが「宮にはじめてまゐりたるころ」なので、初めての頃はこんなにオロオロしてたわ〜という状況をことさら強調してるんでしょうね。

 真正面にい続ける伊周から顔を隠したくて、扇や髪で隠そうとするけど上手くいかず、挙句にうつ伏せてしまうのですが、そんな事態になってさえお化粧が崩れるのを心配しているのは女心ですね〜。見習いたいとすら思う、普段全く化粧をしなくなった私です。

 裳、唐衣は清少納言さんが着ている衣装のことで、裳は袴の上に後方だけつけるものですが、絵にしてません。唐衣は上着です。

 さすがの中宮様は空気を読んで伊周を呼び戻そうとしますが、伊周は戻ってきませんね。「いまめかしく」は「古めかし」の対義語なんですね。今っぽいとか、若い感じという意味なので、「イケてる」とでも訳そうかと思ったんですけど、清少納言さんは自分のことをそんなに若い感覚には不釣り合いだと感じているようなので、やめました。伊周が事実に反して「人をとらへて」なんて冗談を言ったことに対して才能を感じているんですね。

 果たして清少納言さんはこの状況から解放されるのか?以下次号、です。


 ところで「ペリーヌ物語」はその後見始めて9話まできました。ボスニアあたりから出発して、今イタリアです。そんな旅だったんだなぁ、とかみしめつつ見ています。
 40年ぶりに改めて見ると「バロンの扱いが酷いな」と思わずにいられません。「気まぐれな犬」だと歌われているほどですから、そう忠実な犬ではないはずとは言え、アメデオやヨーゼフのように、いつも寄り添う親友的な存在としては全然描かれていなかったことに多少驚いています。ペリーヌとの対比で笑いを取るキャラになってるんですね。
posted by juppo at 23:56| Comment(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

宮にはじめてまゐりたるころD

結局、続きを描くことにしました。
〈本文〉
女房と物いひ、たはぶれごとなどし給ふ。御いらへをいささかはづかしとも思ひたらず聞え返し、そら言などのたまふは、あらがひ論じなどきこゆるは、目もあやに、あさましきまであいなう、おもてぞあかむや。御くだ物まゐりなどとりはやして、御前にもまゐらせ給ふ。
 「御(み)帳のうしろなるは誰(たれ)ぞ」と問ひ給ふなるべし。さかすにこそはあらめ、立ちておはするを、なほほかへにやと思ふに、いと近うゐ給ひて、ものなどのたまふ。まだまゐらざりしより聞きおき給ひけることなど、「まことにや、さありし」などのたまふに、御几(みき)帳へだてて、よそに見やりたてまつりつるだにはづかしかりつるに、いとあさましうさしむかひきこえたる心地、うつつともおぼえず。行幸など見るをり、車のかたにいささかも見おこせ給へば、下簾(したすだれ)ひきふたぎて、透影(すきかげ)もやと扇(あふぎ)をさしかくすに、
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〈juppo〉この先もまだまだ長いので、一旦置いて他の作品を描こうかなーとも思いましたが、やっぱり中途半端なのがスッキリしないので、終わりまで描くことにします。しばらく続きます。
 
 清少納言さんは中宮様や大納言殿(伊周)を見てもドキドキするのですが、その周りに仕えている女房たちの貫禄にも恐れ入っているんですよね。偉い人と普通に話しているとその人も偉く見えてしまう効果ですね。
 「くだ物」は果物を指すこともあるようですが、果実や木の実で作った食品やお菓子のことも言うようで、「ここではお菓子」と参考書にあったのでそうしました。どんなお菓子なのかはよく分からないまま描いています。

 行幸は天皇のお出かけのことですね。それを見ている車の中でさえ、自分の姿が見られるのが恥ずかしいと。すだれを下げても影が見えてしまうのを心配するほどの奥ゆかしさとは、当時の人には普通の感覚なのか、清少納言さんがひときわ奥ゆかしいのか、見極め難いですね。テレビにうっかり映ってしまった一般女性が「すっぴんだから!」と頑なに顔を隠したりする感覚なのでしょうか。


 ところで、声優の鶴ひろみさんの訃報を聞いて以来、「ドキンちゃんありがとう」「ブルマさよなら」などなどの言葉を目にしつつ、「いやいや、鶴ひろみといえばペリーヌでしょ?」な思いが高まって『ペリーヌ物語』が見たくてたまらなくなりTSUTAYAでレンタルしてきました。借りてきたのにまだ見てません。早く見たい。

ご冥福をお祈りします。
posted by juppo at 06:04| Comment(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月08日

宮にはじめてまゐりたるころC

皆さん、あけましておめでとうございます。続きです!
〈本文〉
「いつの世にか、さやうに交(ま)じらひならむ」と思ふさへぞつつましき。奥寄(あうよ)りて三、四人さしつどひて、絵など見るもあめり。
 しばしありて、さき高う追ふ声すれば、「殿まゐらせたまふなり」とて、散りたる物取りやりなどするに、以下で下りなむと思へど、さだにえふとも身じろかねば、いま少し奥に引き入りて、さすがにゆかしきなめり、御几帳のほころびよりはつかに見入れたり。
 大納言殿のまゐりたまへるなりけり。御直衣(なほし)、指貫(さしぬき)の紫の色、雪に映えていみじうをかし。柱元にゐたまひて、「昨日今日、物忌(ものいみ)にはべりつれど、雪のいたく降りはべりつれば、おぼつかなさになむ」と申したまふ。「『道もなし』と思ひつるにいかで」とぞ御いらへある。うち笑ひたまひて、「『あはれと』もや御覧ずるとて」などのたまふ御有様ども、これより何事かはまさらむ。物語にいみじう口にまかせて言ひたるに、違はざめりとおぼゆ。
 宮は、白き御衣(ぞ)どもに、紅(くれなゐ)の唐綾(からあや)をぞ上に奉(たてまつ)りたる。御髪(みぐし)のかからせたまへるなど、絵にかきたるをこそ、かかる事は見しに、現(うつつ)にはまだ知らぬを、夢の心地ぞする。
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〈juppo〉描き下ろし作品として、ここまでが「高校古文もっとこういう話」に掲載されています。でも、この段はここで終わりではないんです。中途半端なままで書籍に入れる意味があったのかなぁと、今ちょっと不安になっています。せっかくなので、このままここで続きを描こうか、いつものように「続きはまたいずれ!」にしてしまうか、迷っています。

 さて、ここで突然登場した「大納言殿」は伊周(これちか)のことで、伊周は「大鏡」に登場した帥殿(そちどの)のことでした。描きながら途中で気づきました。途中まで中宮様とラブラブなのかと思ってたら、兄妹でした。
 清少納言さんからしたら雲の上の存在の兄と妹の会話が、夢でも見ている心地な場面なんですね。
 伊周の直衣とか指貫とか、中宮様の着物とか、いちいち色まで説明されててカラーでお見せできないのが残念なんですけど、そもそもカラーで描いていないので、皆さんの豊かな想像力で総天然色化してお楽しみください。

 そんなわけで、次回はこの続きになるか他の作品にするか、未定です。何にしろ、なるべく近日中に、と思っています。
 こんな調子でのスタートですが、今年もよろしくお願いします。
posted by juppo at 01:39| Comment(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月31日

宮にはじめてまゐりたるころB

年の瀬です。言うまでもなく、今年最後の更新です。
〈本文〉
昼つ方、「今日はなほまゐれ。雪に曇りて顕(あら)はにもあるまじ。」など、たびたび召せば、この局(つぼね)の主(あるじ)も、「見苦し。さのみやは籠(こも)りたらむとする。あへなきまで御前許されたるは、さおぼしめすやうこそあらめ。思ふに違(たが)ふはにくきものぞ。」と、ただいそがしに出だし立つれば、我(あれ)にもあらぬ心地すれど、まゐるぞいと苦しき。火焼屋(ひたきや)の上に降り積みたるも、めづらしうをかし。御前近くは、例の炭櫃(すびつ)に火こちたくおこして、それにはわざと人もゐず。上臈(じやうらふ)御まかなひに候ひたまひけるままに、近うゐたまへり。沈(ぢん)の御火桶(ひおけ)の梨絵したるにおはします。次の間に、長炭櫃(ながすびつ)に、隙(ひま)なくゐたる人々、唐衣(からぎぬ)こき垂れたるほどなど、馴(な)れ安らかなるを見るもいとうらやまし。御文(ふみ)取り次ぎ、立ちゐ、行き違ふさまなどの、つつましげならず、物言ひゑ笑ふ。
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〈juppo〉2017年も終わりですね。皆さんも一年の終わりにはその年を振り返ってみたりすることと思いますが、どんな一年でしたか。
私の一年は、夏バテしていたにしては全体的に健康で過ごせた一年でした。おかげさまで、当ブログが2冊目の書籍になった年でもありました。

 この「宮にはじめてまゐりたるころ」のBとCは、実はその書籍用に描き下ろしたものです。描いたのは夏バテしてたころですが、出版を待ってブログの方でも発表することにしました。

 @Aを描いたのがずいぶん前なので、どんな話だったかなぁ、という感じですよね。
宮仕えに慣れてない清少納言さんが、中宮さまのいとやんごとないきらびやかさにビビりまくり、な話でした。続きもそんな話です。
 自分の姿を見られるのが恥ずかしいほどなので、夜だけお勤めに上がりたいのに、中宮さま直々に昼から来いとのリクエストを寄せて来られて、シブシブ昼から出勤する今回の清少納言さんです。
 苦しいほど気後れして出かけているのに、火焼屋に積もった雪を「めづらしうをかし」としみじみ見る余裕があるんですね。さすがですね。

 前述の通りCまで描きおろしたので、続きも間をおかずお届けできると思います。来年までお待ちいただきますが。


 昨年出版した1冊目の方も、先ごろ重版になったそうです。「‥そうです」とヒトゴトなコメントでスミマセン。売れてるのかどうか、実際私には手応えとか実感とかないんです。でもお金を出して買ってくださった皆さんのおかげで重版に至ったのですから、手応えはなくても感謝しておりますよ。本当にありがとうございます。なんだか申し訳ないくらいに思っています。
 こんな私ですが、来年もブログ第一で頑張ります。

 皆さんにとって来る年が、嬉しい一年になりますように。
posted by juppo at 22:07| Comment(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月20日

五月ばかり、月もなうC

お待たせしました。続きです。『高校古文もっとこういう話』は本日発売です!
〈本文〉
帰るとても、なほ同じことをもろ声に誦(ず)して、左衛門(さえもん)の陣入るまで聞こゆ。
 つとめて、いととく、少納言の命婦(みようぶ)といふが、御文(おんふみ)参らせたるに、この事を啓したりければ、下(しも)なるを召して、「さることやありし。」と問はせたまへば、「知らず。何とも知らではべりしを、行成の朝臣(あそん)の取りなしたるにやはべらむ。」と申せば、「取りなすとも。」とて、うちゑませたまへり。
 たがことをも、「殿上人ほめけり。」など聞こしめすを、さ言はるる人をも、喜ばせたまふもをかし。
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〈juppo〉言い忘れていましたが、今日発売の『高校古文もっとこういう話』には、ブログに今まで掲載していない、描きおろしの作品が収録されています!言い忘れたというか、前回お知らせの記事を書いた時、描きおろしたこと自体忘れていました。いずれブログにもそのまま掲載すると思いますが、待ちきれない方は是非書籍をお求めください。以上宣伝でした。

 『五月ばかり、月もなう』は今回で終了です。結局やっぱり清少納言さんのさりげない自慢話、て感じですが、清少納言さんとしては「私のことじゃなくて中宮さまのお人柄が素晴らしいって話なのよ!」な話なんでしょうね。

 この4回目を描く段になって、昨夜のことを中宮さまは知らないの?え?中宮さま同席してなかったっけ?と、これまでの3回分を描き直さないといけないかとヒヤリとしたのですが、1回目に中宮さまのセリフがあるし、やはり中宮さまはそこにいたんですよ。でも殿上の間で清少納言さんの株が急上昇していたことは外で話していたので、中宮さまのお耳には入っていなかったのだな、と解釈しました。皆さんもそのつもりでお読みください。

 左衛門の陣はそういう名前の武官の詰所だそうです。
 中宮さまは「取りなすとも」と、その後まで言っていないんですけど、「行成どのがとりなしてくれたのだとしても、あなたの才能あってのことでしょ」というようなことを言っているわけで、その裏には竹の名前なんて知らなかったと言い張る清少納言さんの謙遜もお見通し、て意味もあるようですね。

 
 この回を描き始めた後で、突然我が家の冷蔵庫が壊れました。すぐに新しいのを買ったんですけど、入れ替えのために古い冷蔵庫の奥に眠っていた正体不明の瓶詰めやら何やらを捨てたり、冷蔵庫の通り道を確保するために掃除したり、で描きあがるのが一週間ほど伸びました。たくさん捨てたので新しい冷蔵庫の中はスッカスカです。冷凍庫なんて保冷剤しか入っていません。
posted by juppo at 05:25| Comment(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月31日

五月ばかり、月もなうB

10月も今日で終わりですね。続きです。
〈本文〉
 まめごとなども言ひ合はせてゐたまへるに、「種(う)ゑてこの君と称す。」と誦(ず)して、また集まり来たれば、「殿上にて言ひ期(ご)しつる本意(ほい)もなくては、など帰りたまひぬるぞとあやしうこそありつれ。」とのたまへば、「さることには、何のいらへをかせむ。なかなかならむ。殿上にて言ひののしりつるは。上(うえ)も聞こしめして、興ぜさせおはしましつ。」と語る。頭の弁、もろともに、同じことをかへすがへす誦したまひて、いとをかしければ、人々皆とりどりにものなど言ひ明かして、
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〈juppo〉前々回からお知らせしているブログ本第二弾ですが、今月は出ません。来月出るそうです。毎月そう言い続けるつもりかと思われそうですが、来月こそ、と思います。発売前に詳しくまたお知らせします!

 さて、その前々回に退場してしまった中将たちが戻って来たところです。女房たちと一緒に歌を詠もう、というのが当初の目的だったのですが、結局歌は詠まずに話をして夜を明かしていますね。
 みんなで集まってただ話をするだけで朝になってしまう。そういうの、楽しいですよね〜。何をそんなに話すことがあったのかなぁ、てことは後になると思い出せなかったりするんですけど、そして大人になると本当にもうそんなに話すことはなくなってしまうんですけど、その時はただ、楽しいんですよ。
 この時、清少納言さんたちが何の話をしていたのかは知る由もないですが、それほど重要な話ではないでしょうね、おそらく。
 夜明けまで話をして、それでこのお話も終わりそうですが、もう1回分、描きます。

 「種ゑてこの君を・・」の歌が、例の中国の王様のことを詠んだとかいう歌のようです。『和漢朗詠集』とかいうのに出てくるみたいです。
 最終回は近日中に。


 10月後半は季節外れの台風に翻弄された日本列島でしたが、その合間を縫って、箱根に行って来ました。温泉で一泊して、芦ノ湖で海賊船に乗って来ましたよ。
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posted by juppo at 01:09| Comment(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

五月ばかり、月もなうA

涼しくなってきました。途端に肌がカサついています。要保湿。続きです。
〈本文〉
 頭の弁はとまりたまへり。「あやしくても往ぬる者どもかな。御前(ごぜん)の竹を折りて、歌よまむとてしつるを、『同じくは、職(しき)に参りて、女房など呼びいできこえて。』と、持て来つるに、呉竹の名をいととく言はれて往ぬるこそいとほしけれ。たが教へを聞きて、人のなべて知るべうもあらぬことをば言ふぞ。」などのたまへば、「竹の名とも知らぬものを。なめしとやおぼしつらむ。」と言へば、「まことに、そは知らじを。」などのたまふ。
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〈juppo〉いや〜、まさか「シンツヨ Be on Right!」がTVで披露される日が来るとは思いませんでしたねー。夢のようです。
 それはさておき、「五月ばかり、月もなう」は全部で4回描く予定です。涼しくなってきたので、作業が早まるといいですね(他人事)。

 清少納言さんの優秀すぎる一言に意表を突かれて退散した殿上人の中に、一人残った人がいました。頭の弁と言うのは藤原行成という人のようです。知識人で有名な人だったんですって。
 「職」は中宮さまに関する事務をつかさどる役所のことだそうです。

 後半、行成殿と清少納言さんがお互いに「よく知ってましたね」「知りませんでした」「知らないでしょうね」とかなんとかやりとりしてますが、 清少納言さんが、そんなこと知らなかったと言うのは謙遜で、行成殿はその謙遜を分かっていて敢えて「そうでしょうとも」みたいに言ってるようです。
 残る2回も、このような清少納言さん上げが続くのでしょうか。乞うご期待です。


 ところで、今年の夏バテについて前回書きましたが、相変わらず気温の変化に翻弄される日々で、どうやらこれは更年期も影響している模様です。そんな加減でぐだぐだしているのだ、と言っていたら友人から「なんでも更年期のせいにするようになって」と言われてしまいました。言われてしまいながら「その手があったか」な方向に考え、今後は何が出来なくても、とりあえず更年期のせいにしていこうかなぁ!という魂胆です。

 それで、前回「来月出ます」と言っていたブログ本第二弾はどうなっているのかというと、もう今月になりましたね。それ以上のことはよく分からない著者です。多分、出ます。
posted by juppo at 04:44| Comment(2) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月22日

五月ばかり、月もなう@

ご無沙汰しました!元気です!!
リクエストにお応えします。枕草子、第137段です。
〈本文
五月(さつき)ばかり、月もなういと暗きに、「女房やさぶらひたまふ。」と、声々して言へば、「いでて見よ。例ならず言ふはたれぞとよ。と仰せらるれば、「こは、たそ。いとおどろおどろしう、きはやかなるは。」と言ふ。ものは言はで、御簾(みす)をもたげてそよろとさし入るる、呉竹(くれたけ)なりけり。「おい、この君にこそ。」と言ひわたるを聞きて、「いざいざ、これまづ殿上(てんじよう)に行きて語らむ。」とて、式部卿(しきぶきよう)の宮の源(げん)中将、六位どもなど、ありけるは往ぬ。
satsuki1.jpeg
〈juppo〉まず、おそらく皆さんの心に浮かんだことを書きます。「月もなう」の「なう」はnowではありません。漫画を見ていただければわかるように、「なく」という意味なんですね。清少納言さんのつぶやきみたいですけど、違います。

 呉竹は竹の一種だそうで、「この君」は竹を指す呼び名なのだそうです。中国の王様が竹を好きすぎてそう呼んだとかなんとか、由来があるようです。
 中国の文学ではそういう呼び名があるけれど、それを日本人の誰でも知っているわけではない、でも自分たちは知っているので、ひけらかしてやろうとでも思ったのか、殿上人たちが女房のいるところまでやってきたということらしいです。
 女房は女官のことで、奥さんのことではありません。
 ところが、毎度おなじみ清少納言さんが驚くべき博識を発揮してしまい、意表をつかれた殿上人の皆さんは、この話を他の人にも教えてあげなくちゃ!と、登場した途端に退場する場面です。
 相変わらず凄いわー清少納言さん!というお話で、今回の6コマで完結しちゃってるような感じではありますが、続きがあります。しばらく続きます。

 ところで呉竹といえば筆ペンが思い浮かびますが、私が墨ぬりに愛用しているのはPILOTの筆ペンです。

最近これが入手しにくくて他の製品を使っていますが、やっぱりこれが一番いいです。

 さて、今年の夏ももれなく夏バテしていた私です。今年は5月くらいから早々に暑くなって、もうその辺からやる気が失せていましたが、梅雨時には気圧の変化で自律神経がやられまくり、そのままひたすら弱ってました。そんな中ふと、暑くなるとチョコレートを食べなくなることに気づいたんです。冬の間は毎日のように食べてるんですけど、暑くなると買う気すら起きなくなるものですね。夜中にチョコを食べないだけでも栄養の摂取量が減っているのでは?と考え、それから意識して食べてます、チョコ。

 最後にお知らせ!!
 「高校古文こういう話」の2冊目の本が、来月出ます!!
夏バテしつつ、いろいろ準備に携わっていました。詳しくは順次お伝えしてまいります!
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2016年07月23日

中納言参りたまひて(改)

10年越しの宿題を、やっと片付けます。
〈本文〉中納言参りたまひて、御扇奉らせたまふに、「隆家(たかいえ)こそいみじき骨は得てはべれ。それを張らせて参らせむとするに、おぼろげの紙はえ張るまじければ、求めはべるなり。」と申したまふ。
「いかやうにかある。」と問ひきこえさせたまへば、「すべていみじうはべり。『さらにまだ見ぬ骨のさまなり。』となむ人々申す。まことにかばかりのは見えざりつ。」と言(こと)高くのたまへば、「さては扇のにはあらで、くらげのななり。」と聞こゆれば、「これ隆家が言にしてむ。」とて、笑ひたまふ。
 かやうのことこそは、かたはらいたきことのうちに入れつべけれど、「一つな落としそ。」と言へば、いかがはせむ。
chunagon.jpeg
〈juppo〉この「中納言参りたまひて」は、10年も前の大昔に、ブログを開設したばかりのころに記事にしています。ところが訳に不備があったり言葉足らずだったり、不出来な内容に数々のご指摘をいただいていたのですが、そのまま描き直すこともせず、記事中に説明らしい説明をすることもなく、何とな〜く、あっという間に10年経ってしまいました。本当に10年なんてあっという間ですよ、皆さんご注意くださいね。
 ともかく、今回やっと長年の懸念であったこの作品を描き直しました。今まで不完全な内容の作品をお見せし続け、もしかしたら間違った解釈で勉強してしまった方もいらっしゃるかと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいです。すみませんでした。

 中納言は中宮定子の弟で、藤原隆家というそうです。「隆家こそ」とか「隆家が」とか、自分のことを名前で言うのが面白くて、こうした場面では必ずセリフに(自分のこと)と入れている私ですが、この時代は本名を名乗るのが目上の人物に対する礼儀だったそうですね。LEDもなかった当時は家屋の中が薄暗くて、相手の顔がよく見えなかったからでしょうか。
 今ここに持ってきてはいないんだけど、誰も見たことがないくらい素晴らしい扇の骨を手に入れた、と豪語する隆家に、見たことがない=見えない骨ってのはまるでクラゲの骨ですね、と例えてみせたんです、清少納言さんが。
 「かたはらいたし」はもともと「傍ら痛し」で、「傍らで見聞きするのに耐えられない、心苦しい」という意味なんだそうです。ですからここでも、清少納言さんは片腹が痛くなった訳ではなく、中納言に1本取った自分の話を書き記すのはいたたまれなくて書きたくないんだけど、というちょっとした言い訳になっているんですね。

 ところで今回これを描き直したのには、先日よりお知らせしているブログの書籍化に関係があります。少しずつではありますが、プロジェクトは進行中であります。


 先日、PILOTの友人に頼まれて、大人のぬりえの絵を描きました。友人は飛行機の操縦士ではありません。ハッパフミフミの方です。

http://www.pilot.co.jp/products/pen/nurie/nurie/index.html

↑この中の「妖精」の絵を描きました。色は塗っていただきました。
posted by juppo at 18:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月01日

うれしきものC

うっかりしていたら、もう4月ですね。
<本文>
きよらにて得たる。刺櫛(さしぐし)すらせたるに、をかしげなるもまたうれし。またも多かるものを。
 日ごろ、月ごろ、しるき事ありて、なやみわたるが、おこたりぬるもうれし。思ふ人のうへは、わが身よりもまさりてうれし。
 御前に人々所もなくゐたるに、今のぼりたるは、すこし遠き柱もとなどにゐたるを、とく御覧じつけて、「こち」と仰せらるれば、道あけて、いと近う召し入れられたるこそうれしけれ。
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三回目と四回目は同時進行で漫画を描いてファイルも保存しておいたので、今回の記事はいつでも更新できる〜、と気楽に構えていたら、ホントにうっかり更新するのを忘れ去りそうになりました。危ない危ない。

「うれしきもの」は今回で終了です。最後は比較的真面目に嬉しいことが並んでいます。
病気が治ったり、好きな人が同様に病気から回復したり、仕事で認められたり・・・。なるほど嬉しい。
『枕草子』によくある「〜もの」シリーズには、面白くないことを羅列した段もありますが、嬉しいことを数えあげるというのは、精神的にも良いし楽しそうですね。ツライ毎日にも、何かしら嬉しいことはあるはずで、改めて確認してみると「人生、まだまだ捨てたもんじゃないな」なんて思えるかも知れません。
ポリアンナがやってた「よかったさがし」ですね。

本文一行目の終わりにある「またも多かるものを」という文ですが、訳本には「意味不明の句」として訳されていませんでした。ネットで探しても、この部分は訳が省かれていたりして、繋がりのない謎の一文なのかな、と思いました、が、そのままサクッと飛ばしてしまうのも気になったので、こっそり(?)訳して書き込んであります。


ところで、母と私は先日東京タワーに行ってきました。東京タワーに昇ってはいません。
1階展示場で開催中の、山本作兵衛展を見に行ったんです。
詳しくはこちら↓

http://www.tokyotower.co.jp/55/index_05.html

長年炭坑夫として働いた作兵衛さんは、離職した後で炭坑での生活を絵に描き始めたそうですが、その年齢から始めてこれだけの作品を残したというのが信じられないほどです。描かれている絵の詳細なことにも、記憶力と観察眼、その表現力にも感心します。まさに世界遺産。

posted by juppo at 01:11| Comment(1) | TrackBack(1) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月26日

うれしきものB

急に花粉症がひどくなったと思ったら、もう桜が咲いています。春休みは始まったと思うと終わるので、皆さん気をつけてください。
<本文>
とみにてもとむる物見出(い)でたる。
 物合(ものあはせ)なにくれと挑むことに勝ちたる、いかでかうれしからざらん。また、我はなど思ひてしたり顔なる人謀(はか)り得たる。女どちよりも、男はまさりてうれし。これが答(たふ)はかならずせんと思ふらんと、つねに心づかひせらるるもをかしきに、いとつれなく、なにとも思ひたらぬさまにてたゆめ過ぐすも、またをかし。にくき者のあしき目見るも、罪や得(う)らんと思ひながら、またうれし。
 ものの折に衣(きぬ)打たせにやりて、いかならんと思ふに、
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花粉症がヒドい年、3月はいつも何もしないうちに過ぎていきます。後から振り返って何してたんだろう?と考えても、鼻をかんでいたことしか思い出せないのです。
 今年もそういう年に当たっており、更に今年は大陸からいろいろなものが飛んできているらしいので、そのせいかどうか分かりませんが、今まで体験したことのない頭痛にまで苦しんだりしました。しかし、この冬肩こりの治療で通い始めた鍼の先生に、こめかみやら後頭部にまでぐさぐさ鍼を刺してもらったおかげで頭痛はスッキリなくなりました!

 「うれしきもの」第三回に登場する「うれしいこと」は、他人の不幸の上に成り立つ喜びです。「ヒトの不幸は蜜の味」と言いますが、どうして人間はこう、他人の困っていたり弱っていたりする姿を見て喜べるのでしょう。ここで清少納言さんがしているイタズラなどは可愛いものだと思いますが、ヒトをだましたりからかったりして笑いものにするのはやめましょう、皆さん。
 最後のコマに出てくる「衣打ち」というのは、布地を打ってつやを出したりやわらかくすることだそうです。

 この段はもう一回あります。そんなにお待たせしないつもりです。短い春休みの間には必ず。

posted by juppo at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月26日

うれしきものA

2週間のご無沙汰になってしまいました。続きです。
<本文>
おぼつかなきことをなげくに、おこたりたる由、消息(せうそこ)聞くも、いとうれし。
 思ふ人のほめられ、やむごとなき人などの、くちをしからぬ者におぼしのたまふ。もののをり、もしは、人といひかはしたる歌の聞えて、打聞(うちぎき)などに書き入れらるる。みづからのうへにはまだ知らぬことなれど、なほ思ひやるよ。
 いたううちとけぬ人のいひたるふるき言(こと)の、知らぬを聞き出でたるもうれし。のちに物の中などにて見出でたるは、ただをかしう、これにこそありけれと、かのいひたりし人ぞをかしき。
 みちのくに紙、ただのも、よき得たる。はづかしき人の、歌の本末(もとすゑ)問ひたるに、ふとおぼえたる、我ながらうれし。つねにおぼえたる事も、また人の問ふに、きよう忘れてやみぬるをりぞ多かる。
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皆さん、こんばんは。2月が終わってしまいそうなので慌てて更新です。2月は短いので本当にすぐ終わりますね。そして寒いです。

今回も嬉しいことが軒並み続いています。今回は特に、何か「聞いたこと」が嬉しい話が多いですね。自分でも「聞」という漢字をたくさん書いたので一層そう思います。

病気の人が元気になったと聞く、自分が思いを寄せている人がほめられているらしい話を聞く、自分の歌が評判いいと聞く、聞くのみならず『打聞』なんかに載ってしまう・・・というのはまだ想像してるだけのようですが。
その、『打聞』というのは、「聞いたことをそのまま書いておく」という意味ですが、そういう、聞いた話でこれはちょっと忘れがたいエピソードだなというのを書いてまとめたもののようです。個人的に書き留めたものを指すようで、同人誌みたいなものでしょうか。そこに載るということは、書いた人の心に残る歌を詠んだことの証になる訳ですね。

後半の、聞かれたことを咄嗟に答えられたのが嬉しい、っていうのは分かる気がしますね。普段はよく知ってることでも急に聞かれると答えられないこともある、というのも「あるある」なエピソードだと思います。

清少納言さんの「嬉しい」ネタはまだまだあるようで、続きます。


ところで、iPhoneを利用し始めて早や4ヶ月。ダウンロードしたアプリはほぼゲームですが、実用的なものでは温泉・銭湯検索アプリを愛用しています。
我が家の周辺5km圏内に、日帰り温泉施設が5店舗くらいあるんですよ〜。そのうち行ったことがあるのは今のところ3店です。今後はアプリを駆使してより広い範囲にも足を伸ばそうかと思っています。最近は温泉に比べると普通の銭湯にはあまり行く機会がないんですけど、これもアプリで細かくチェックしてそのうち行きたいと思います。家に風呂があるんですけどね。広いお風呂や温泉てのはやっぱりイイですよね。

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2013年02月12日

うれしきもの@

すみません・・・。結局やっぱり久しぶりの更新になっています・・・。
リクエストにお応えします。これまた久しぶりの、『枕草子』です。
<本文>
 うれしきもの まだ見ぬ物語の一(いち)を見て、いみじうゆかしとのみ思ふが、残り見出(い)でたる。さて、心おとりするやうもありかし。
 人の破(や)り捨てたる文を継(つ)ぎて見るに、おなじ続きをあまたくだり見続けたる。いかならんと思ふ夢を見て、おそろしと胸つぶるるに、ことにもあらず合(あは)せなしたる、いとうれし。
 よき人の御前(おまへ)に、人々あまたさぶらふをり、昔ありける事にもあれ、今きこしめし、世にいひける事にもあれ、語らせ給ふを、我に御覧じあはせてのたまはせたる、いとうれし。
 遠き所はさらなり、おなじ都のうちながらも隔(へだた)りて、身にやむごとなく思ふ人のなやむを聞きて、いかにいかにと、
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日常が戻ってきただけでブログに費やす時間がなかなか取れないのはどうしたことでしょうね。塾を畳んで以来、家で過ごす時間が増えたというのに。とは言え、家にいるとすることはいくらでもあるものなんですねー。と言うほどは、何もしてないんですけどねー。

そうこうしている間にまたいくつかリクエストをいただいています。いただいた順に着手したいところですが、年末にどこかに行ってしまっていた『枕草子』の訳が出てきましたので今回はそれです。

「うれしいこと」を数えるのは楽しいものですが、ここにあげられているうれしいことは、意外に些細なことばかりですよね。人から見たら大したことじゃなくても、日々のささやかな、ちょっとした楽しみが人生には必要なんですよね。
しかし、3コマ目では平安時代の女官の皆さん、結構えげつなくもステキな行いをなさっていますね。他人に見られないようにわざわざ破り捨てた手紙を、またわざわざ継ぎ合わせて読んでいるという・・・。もちろん、そうまでして読みたいのが人の手紙であり、続きが偶然見つかった時の喜びなどというのは現代でも容易に想像出来るというものですね。
後半で「私を見て話してる」と思うのは実は、勝手な思い込みなんじゃないの?なんて思いながら描きました。事実はどうでも、そう思えるのが嬉しかったりするんですけどね。

終わりが中途半端になってしまいました。なるべくお待たせせずに続きを描きたいです。


ところで、先週平日に休みが取れたので、母と『東京家族』を観て来ました。『東京家族』というタイトル、覚えにくいですね。どうしても「あの、『東京物語』のリメイクの・・『東京なんとか』・・」としか思い出せなかったりします。
『東京物語』とは時代も違うので、全くのリメイクでもありませんでした。まず、ツマブキ君がのび太にしか見えません。おっと、これは『東京物語』とは関係ないですね。つい「おっ、のび太免許取ったのか!」なんてことを思いながら映画を見てしまったので・・。
蒼井優が原節子で老夫婦を案内する役なんだと思ったら、まぁそうなんですけど、そんな苦労はさせられていませんでした。

また見たくなりました。

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2011年05月16日

宮にはじめてまゐりたるころA

続きです。
〈本文〉
見知らぬ里人(さとびと)心地には、かかる人こそは世におはしましけれと、おどろかるるまでぞまもりまゐらする。
 暁にはとく下(お)りなんといそがるる。「葛城(かつらぎ)の神もしばし」など仰せらるるを、いかでかはすぢかひ御覧ぜられんとてなほ伏したれば、御格子(みかうし)もまゐらず。女官どもまゐりて、「これはなたせ給へ」などいふを聞きて、女房のはなつを、「まな」と仰せらるれば、わらひて帰りぬ。
 ものなど問はせ給日、のたまはするに、ひさしうなりぬれば、「下(お)りまほしうなりにたらむ。さらば、はや。夜さりはとく」と仰せらる。
 ゐざりかへるやおそきとあげちらしたるに、雪降りにけり。登花殿(とうくわでん)の御前(おまへ)は立蔀(たてじとみ)ちかくてせばし。雪いとをかし。
hajimete2.jpg〈juppo〉間に合ったでしょうか。リクエストくださる方々にとっての期日にはなかなか間に合わせることができません。たまたま探していて見つけられたという人の方がラッキーなのかもしれません。でも、せっかくの期待には常に応えたいと思っております。

 さて、恥ずかしいのでさっさと帰りたい清少納言さんですが、中宮さまはそう簡単に帰してくれないのですね。両思いじゃないですか。
 葛城の神とは、奈良と大阪の間にある葛城山とかに住んでいる神様のことだそうで、醜いので夜しか姿を表わさないんだそうです。呪いで夜しか真の姿に戻れない、てなお話はいろいろありますよね。私は映画の「レディホーク」を思い出しました。
 
 女官と女房という人たちが出てきますが、おしなべてみんな女房です。女官たちはちょっと位が上くらいに思えばいいみたいです。


 ところでこの段はまだ続きがあります。教科書にどこまで載っているのか、果たして教科書に載っているからのリクエストなのかもそもそもわかりませんが、この続きはいずれまた描きます。場合によっては近日中に。


posted by juppo at 00:33| Comment(14) | TrackBack(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月14日

宮にはじめてまゐりたるころ@

リクエストにお応えします。『枕草子』第百八十四段です。
〈本文〉
 宮にはじめてまゐりたるころ、もののはずかしきことの数知らず、涙も落ちぬべければ、夜々まゐりて、三尺の御几帳のうしろにさぶらふに、絵などとり出でて見せさせ給ふを、手にてもえさし出づまじうわりなし。「これは、とあり、かかり。それが、かれが」などのたまはす。高杯(たかつき)にまゐらせたる御殿油(となぶら)なれば、髪の筋なども、なかなか昼よりも顕証(けそう)にみえてまばゆけれど、念じて見などす。いとつめたきころなれば、さし出でさせ給へる御手のはつかに見ゆるが、いみじうにほひたる薄紅梅なるは、かぎりなくめでたしと、
hajimete1.jpg
〈juppo〉お久しぶりです。すっかり月イチ更新になってしまった当ブログです。最近、リクエストをいただくことが多いので、逆にリクエストがないと描かなくなる・・なんて体質になりつつあります。私は塾の先生でありながら、学校が休みのときまで勉強することないんじゃ?と思っているので春休みなんて特に、勉強してる人がいるとは思えないしそういう時はブログも更新してなくてもいいかな・・・なんてことを・・・。

 そして花粉症。今年の花粉症は大変でした。毎年3月4月は何〜もする気になれないんですけど、今年はする気になれないどころか何もしていなかったに等しいです。ちょっとした暇つぶしをしてはいたんですけど。その話はまた。

 ともかく、久しぶりにリクエストをいただきましたので更新します。できるだけ早く、とのご要望でしたが、間に合っているでしょうか。私としては精一杯の早さです。
途中で話を切りました。後編もできるだけ早くお届けしたいと思っています。

 清少納言さんが、中宮定子のおそばにお仕えし始めた時の話です。この時、中宮18歳、清少納言は27,8歳だったそうです。
 10歳も年下の同性に対して、清少納言さんドキドキしまくりです。やんごとなきご身分の方に仕えるというのはこういうことなのでしょうね。中宮様の前に出ると自分の姿が見られていること自体が恥ずかしいので、なるべく見られないように、夜お勤めにあがっているんだそうですよ。

 被災地をお見舞いされる天皇皇后両陛下のお姿をテレビで見て、「天皇陛下が頭を下げるなんて昔じゃ考えられない」と母が言っていました。
平成の皇室はそれほど国民に近づいたとはいえ、訪問される側のお年寄りの皆さんはやはり感動したり恐縮したりするでしょうね。清少納言さんほどかしこまってしまうことはないかもしれませんが。

 ところで、しばらく更新しない間にLOVELOGの方が進化してしまい、ついに私のiMacではログインすらすることが出来なくなってしまいました。
 こんなこともあろうかと、て訳でもないのですが、去年の秋、中古でノートPCを買ったので、今回からそれを使って更新します。中古でも私のiMacよりよっぽど最先端なので。
 初めてのWindowsでまだ慣れないところも多々ですが、ご覧のように「ゐ」とか「ゑ」のかなが表示できるようになりました!!
 今までの4年間、「い」とか「え」でごまかしていた部分も、追々直していけたら、と思っています。
 ところが、漢字の旧字体が変換できないのですね。「高杯」の「杯」は本当は土へんに不、「顕証」の「証」は本当はごんべんに登なんです。ご了承ください。

 そういう訳で、続きは近日中に。

posted by juppo at 04:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月01日

ふと心劣りとかするものはA

続きです。
〈本文〉
まさなき言もあやしき言も、大人(おとな)なるはまのもなく言ひたるを、若き人はいみじうかたはらいたきことに聞き入りたるこそ、さるべきことなれ。
 何ごとを言ひても、「そのこと、させむとす。」「言はむとす。」「何とせむとす。」といふ「と」文字を失ひて、ただ「言はむずる。」「里へいでむずる。」など言へば、やがていとわろし。まいて文(ふみ)に書いてはいふべきにもあらず。物語などこそ悪(あ)しう書きなしつればいふかひなく、作り人さへいとほしけれ。
「ひてつ車に」と言ひし人もありき。「もとむ」といふことを「みとむ」なんどは、みな言ふめり。

futokoko2.jpg
〈juppo〉3月は1回しか更新出来ませんでした。申し訳ありません。

 前回の続きです。今回も、人の言葉使いが気に入らなくて堪らない話です。

 「と」の文字についてのエピソードは、原文のままだとあまりにもそのまま、になってしまうので「たとえば現代ならこういうこと」というエピソードに変えましたが、本当はこういうことです:
「〜むとす。」と言うのが正しいのに最近「〜むず。」と言う人が多い。気に入らない。

「〜てしまう」を「〜しちゃう」と言うような、語尾の語感が柔らかく変化していっているところのようです。

 そのまま描いても良かったのですが、よく指摘される「とか」の多用に変えました。「とか」は「〜とか、〜とか」と、並列に用いるのが正しいのだ!とするアレです。

 でも、この作品のタイトルにも「とか」が使われているのを見ると、「とか」は「など」という意味で、もともと単独で用いられるのも可だったのかな、と思えますね。
 衣服の流行のように、言葉も流行りが一周して元に戻ることがあるのでしょうか。 

 でも、最近の「とか」は、マンガに描いたように「そこには入れなくてもいいんじゃないの?」と言いたくなるような、とりあえず入る用法が蔓延していて、私も気になってはいます。

 とりあえず入ると言えば「○○感」という言い方。
 NHKのニュースで「期待感が高まっています。」と言ったのを聞いて、「期待が高まっています。」ではいけないのか?と思ったのに始まり、やたら何にでもつくのが気になっています。「安心感」とか「空気感」とか。感をつける必要ないじゃん、と私が清少納言だったら書き残すところです。

 そういう話を始めたらキリがないので、いいんです。言葉は変わるものなので、皆さん自由に発言してください、と言うことにします。それでも密かに気になっていますけど。

 あ、でも話し言葉はいいですが、小論文など書く時には注意が必要かも知れませんね。
 書く時はとりあえず、「なので」と「あと」を接続詞として使わないでください、とだけ申し上げておきます。

posted by juppo at 22:21| Comment(5) | TrackBack(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする