2019年03月03日

かぐや姫の難題A

続きです。
〈本文〉
かぐや姫「石つくりの皇子には、仏の御石の鉢といふ物あり。それをとりて給へ」と言ふ。「くらもちの皇子には、東の海に蓬莱(ほうらい)といふ山あるなり。それに銀(しろがね)を根とし、金(こがね)を茎とし、白き玉を実として立てる木あり。それを一枝をりて給はらん」と言ふ。「今ひとりには、唐土(もろこし)にある火鼠(ひねずみ)のかはぎぬを給へ。大伴の大納言には、龍(たつ)の頸(くび)に五色に光る玉あり。それをとりて給へ。いそのかみの中納言には、燕(つばくらめ)のもたる子安のかひひとつとりて給へ」と言ふ。翁、「かたき事どもにこそあなれ。この国にある物にもあらず。かくかたき事をば、いかに申さむ」と言ふ。かぐや姫、「何かかたからん」と言へば、翁、「とまれかくまれ申さむ」とて、出でて、「かくなむ聞こゆるやうに見せ給へ」と言へば、御こたち、上達部(かんだちべ)聞きて、「おいらかに、あたりよりだにな歩きそとやはのたまはぬ」と言ひて、うんじて皆帰りぬ。
nandai2.jpeg
〈juppo〉「かぐや姫の難題は何だい」とお待ちかねの皆様、お待たせいたしました。と言っても、この辺の展開を含めて『竹取物語』はとても有名なお話ですから、何か燃えてるものとか光ってるものとか、とにかく手に入れられっこないものをかぐや姫がリクエストするんだったかなぁ、なんて予想された方も多いことかと思います。
 
 そのリクエストが、今回の主題です。誰に何を頼むか、かぐや姫が厳選したとは思えないです。一人だけ名指しもされない人がいるからです。こういう時に、「もう一人いたよねー、誰だっけ、まぁその人にー」程度に指名されるのは哀しいものがあります。と、個人的に同情したので安倍御主人さんの名前も入れておきました。

 火鼠はネズミの一種だと思いますが、どんな姿か私も想像できないので、こんな絵になっています。ピ○チュウは火鼠ではないと思いますけどね。

 所望品の数々を聞いただけで皇子たちはうんざりして立ち去ってしまいます。それほど、手に入れられるとは思えないものなんですね。
 それでも何とか手に入れようとするヤツラなんですが、この先を描くのはまた少しお待ちいいただきます。今回の『竹取物語』はとりあえずここまでです。次に何を描くかはまだ決めていません。
posted by juppo at 23:55| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月20日

かぐや姫の難題@

 とっても久しぶりに『竹取物語』です。久しぶりなのでタイトルを変えました。リクエストはいただいていません。
〈本文〉
 日暮るるほど、例の集まりぬ。あるいは笛を吹き、あるいは歌をうたひ、あるいは唱歌(しやうが)をし、あるいはうそぶき、扇を鳴らしなどするに、翁出でていはく、「かたじけなく、きたなげなる所に、年月をへて物し給ふ事、極まりたるかしこまり」と申す。「『翁の命、今日明日とも知らぬを、かくのたまふ君達にも、よく思ひ定めて仕(つか)うまつれ』と申すもことわりなり。『いづれも劣り優りおはしまさねば、御心ざしの程は見ゆべし。仕うまつらん事は、それになむ定むべき』と言へば、これよき事なり。人の御恨みもあるまじ」と言ふ。五人の人々も「よき事なり」と言へば、翁入りて言ふ。
nandai1.jpeg
〈juppo〉飛蚊症を発症して早2週間。しばらくは眼の中にミジンコを飼っているような視界でしたが、だんだんそれも薄らいで、ミジンコの亡霊を見ているようになってきています。この亡霊ともお別れする日が早く来るといいな、と思いながらこれを書いています。

 さて、相当な年月を放置していた『竹取物語』の続きです。放置している間に、このお話の直前の部分まで昨年出版された『高校古文まだまだこういう話』に収録されてしまいました。そうなるとその続きもいつまでも放置しているわけにいかないな〜と昨年から考えていて、いくつかリクエスト作品に着手してから、やっと2回分だけご用意いたしましたのでお届けします。

 タイトルからも分かる通り、ここからはあの、かぐや姫からの無理難題ミッションのお話です。
前回、翁に説得されて五人の候補の中から結婚相手を選ぶ条件を出していたかぐや姫でしたが、その内容がこれから明かされるんですね。
 続きを放置していた私に都合の良いことに、今回は回想シーンが入っています。私の都合で入れたのではないんですよ。貴公子たちにかぐや姫からの伝言を伝える翁が、その伝言を承ったシーンをそのまま語っているわけです。本文の中のカギカッコが二重になってるのはそのためです。

 「唱歌」は今でいう子供のための歌のことではなく、笛や琴などの譜を吟ずることなんですね。「うそぶく」は「口笛」と訳してありますが、低い声で歌や詩を吟ずるという意味もあるようです。

 久しぶりに描く求婚ジャー5の面々など、思い出せずに自分の本をめくりながら描きました。出版されて本当にありがたいです。ところが、見直していたら間違いも見つけてしまい、とりあえずブログ上ではこっそり直しました。何が間違いだったかは、秘密です。

 次回はいよいよかぐや姫からのお題の数々です。
posted by juppo at 03:08| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月18日

かぐや姫の昇天C

さて、いよいよかぐや姫とのお別れの時間がやってまいりました。
<本文>
あわてぬさまなり。
「かくあまたの人を賜ひて止めさせ給へど、許さぬ迎へまうで来て、とりゐてまかりぬれば、くちをしく悲しき事。宮仕へ仕(つか)うまつらずなりぬるも、かくわづらはしき身にて侍れば、心得ず思(おぼ)しめされつらめども、心強くうけたまはらずなりにし事、なめげなる物に思しめし止(とど)められぬるなん、心にとどまり侍りぬる」
とて、
 今はとて天の羽衣きるをりぞ君をあはれと思ひいでける
とて、壺の薬そへて、頭中将(とうのちゅうじゃう)呼びよせてたてまつらす。中将に天人とりて伝ふ。中将とりつれば、ふと天の羽衣うち着せたてまつりつれば、翁をいとほしく、かなしと思しつる事も失せぬ。この衣(きぬ)着つる人は、物思ひなく成りにければ、車に乗りて、百人ばかり天人具して昇りぬ。
shouten4.jpg

BとCは6コマずつに描くつもりでネームを作っていましたが、このCが描いてみるとセリフが多くて6コマに収まりきれず、8コマに広げました。

かぐや姫が最後に書いた手紙は、帝宛てのものでした。以前言い寄ってきた求婚ジャー5の他に、かぐや姫は帝に求婚されていたんですね。そして宮中に上っておいで、と誘いを受けたにもかかわらず、頑としてなびかなかった過去があるようです。でもそれは月に帰る運命だったからで、そうでなかったら誘いを受けたのかな、結局かぐや姫も権力に弱い女だったのかな、とも受け取れる言い訳の手紙です。偶然、帝との間に真実の愛が芽生えたのだろうなと、ここは好意的に解釈しておきましょうか。

天人をあのようなデザインにしてしまった結果、かぐや姫も帰る時は変身させることにしましたが、本文にそういう描写は一切ありませんので念のため。

『かぐや姫の昇天』は今回で終了ですが、『竹取物語』にはもう少し続きがあります。いずれ機会があったらそのへんも描きます。



さてさて、大相撲九州場所が始まりました。
ご存知の方も多いでしょうが、NHKの大相撲中継は副音声で英語の解説が聞けます。
これが面白いのでオススメです。何でそんなに相撲に詳しい?と思える外人が Well done! などと言ってますが、決まり手と四股名は日本語のままなので時々「シタテナーゲ」とか「ガガマルー」なんて単語も聞こえます。デジタル放送のおかげで日本語字幕もつけられるようになったので、全部聞き取れなくても大丈夫です。字幕なしでも内容が分からない、って事はないですしね。

posted by juppo at 02:44| Comment(4) | TrackBack(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月11日

かぐや姫の昇天B

続きです。1並びの今日中にUPできるかな?
<本文>
天人(あまびと)の中に持たせたる箱あり。天(あま)の羽衣入れり。またあるは不死の薬入れり。ひとりの天人言ふ、「壺(つぼ)なる御薬たてまつれ。穢(きたな)き所の物きこしめしたれば、御心地悪しからむものぞ」とてもて寄りたれば、わづか嘗(な)め給ひて、すこし形見とて、脱ぎおく衣(きぬ)に包まんとすれば、ある天人包ませず。御衣(みぞ)をとり出でて着せんとす。その時に、かぐや姫「しばし待て」と言ふ。「衣着せつる人は、心異(こと)になるなりといふ。物一こと言ひおくべき事ありけり」と言ひて、文書く。天人、おそしと心もとながり給ひ、かぐや姫「もの知らぬことなのたまひそ」とて、いみじく静かに、公(おほやけ)に御文たてまつり給ふ。
shouten3.jpg
2011年11月11日です。ポッキーの日とかチーズの日とかピーナッツの日とか、だそうです。そんな大それた日に滅多に更新しないこのブログを更新することが出来るとは。余談ですが、今回の記事で投稿201回目です。更に余計な話ですが、車を運転していて前の車のナンバーが「1111」の時、横線をひいてアミダくじにしたい衝動に駆られるのは私だけですか。

「かぐや姫の昇天」はあと一回分あります。天人のキャラをこんなデザインにしておいて良かったなぁあ〜、と心から思った3回目でした。描くのが楽で楽でたまりません。
そのおかげで、名古典文学であるこの作品をとんだギャグ漫画に引きずり下ろしてしまった現実にようよう気づいてきました。後世に残るようなことはないと思いますが、何か取り返しのつかない事をしていないかどうか、一抹の不安を感じています。

しかし読めば読むほど「こいつらは宇宙人に違いない」という思いが強くなりますよね。昔の人が想像で創造したというよりも、実は古代日本にも宇宙人が到来していたのでは?なんて妄想してしまいますね。


いよいよかぐや姫とのお別れまであと1回です。出来れば近日中に。

posted by juppo at 23:11| Comment(9) | TrackBack(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月07日

かぐや姫の昇天A

続きです。
<本文>
屋(や)の上に飛車(とぶくるま)を寄せて、「いざ、かぐや姫。穢(きたな)き所にいかでか久しくおはせん」と言ふ。立て籠(こ)めたるところの戸、すなはち、ただ開(あ)きに開きぬ。格子どもも、人はなくして開きぬ。女抱(いだ)きてゐたるかぐや姫、外(と)に出でぬ。え止(とど)むまじければ、たださし仰ぎて泣きをり。竹取心惑ひて泣き伏せる所に寄りて、かぐや姫言ふ、「ここにも心にもあらでかく罷(まか)るに、昇らんをだに見おくり給へ」と言へども、「なにしに、悲しきに見おくりたてまつらん。我をいかにせよとて捨てては昇り給ふぞ。具して出でおはせね」と泣きて伏せれば、心惑ひぬ。「文を書きおきてまからん。恋しからむをりをり、とり出でて見給へ」とて、うち泣きて書く言葉は、
 「この国にうまれぬるとならば、なげかせたてまつらぬほどまで侍らで過ぎ別れぬる事、かへすがへす本意(ほい)なくこそおぼえ侍れ。脱ぎおく衣を形見と見給へ。月の出でたらむ夜は、見おこせ給へ。見捨てたてまつりてまかる空よりも、落ちぬべき心地する」
と書きおく。
shouten2.jpg
ぐだぐだですみません。忙しい訳ではないのに、作業が滞っていました。

前回、天人の姿をあのように描いた理由のひとつとして、簡単に描けるデザインで描こうという意図がありました。天からかぐや姫を迎えに来た一団までごてごて着飾った人達では描くのが大変だなぁ、と思って。
これで少し描くのが楽になったぞ、と思ったら今回は天人の登場が少ないのですね。
もっとも今回のような絵でも、絵自体は描くのにそんなに時間がかかってないんです。
何に時間がかかっているのでしょう。それは、やる気になるまでの時間です。何事もそうですよね!?

本文中の「立て籠めたるところ」を漫画の中では「塗籠」としてしまいました。この場面より前に、この名詞が出てくるんです。「ぬりごめ」と読みます。一室の壁を塗って倉のように使ったものだそうです。

かぐや姫は悲しみながらも月に帰る方に気持ちは固まっているようですね。着々と別れの時は近づいているようです。
ところで、この「かぐや姫の昇天」の章は物語のクライマックスですが、最終章ではないようです。かぐや姫が月に昇った後のエピソードがあるんですね。その辺まで、いつかこちらでご紹介出来たら、と思います。
とりあえず、この章の続きはもう少し描きます。


さて、退院後の母ですが、スポーツクラブの会員になりました。
リハビリを続ける必要を感じていたので、私が二十年ほど通ったり休んだりしているスポーツクラブに入会させて、週に一度かそこらプールで歩いています。
私も一緒に行っています。一緒に歩くのは退屈なので、十数年ぶりに泳いでいます。何年か前好きだったエアロビのクラスがなくなってからは専ら走っていました。ベルトの上を黙々と、3kmくらいずつ。
久しぶりに泳いだら、25m泳ぎ切れなかったりしましたが、だんだん慣れて来たのでこのまま続けて、この冬はせいぜい皮下脂肪でも増やそうかと思います。


posted by juppo at 22:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月21日

かぐや姫の昇天@

リクエストにお応えします。『竹取物語』突然のクライマックスです。
<本文>
立てる人どもは、装束(さうぞく)清らなること、物にも似ず。飛車(とぶくるま)具したり。羅蓋(らがい)さしたり。その中に王とおぼしき人、家に、「宮つこまろまうで来」と言ふに、猛(たけ)く思ひつる宮つこまろも、物に酔(ゑ)ひたる心地して、うつ伏しに伏せり。いはく、「汝、をさなき人、いささかなる功徳(くどく)を翁(おきな)つくりけるによりて、汝が助けにとて、かた時のほどとて下(くだ)ししを、そこらの年頃、そこらの金(こがね)給ひて、身をかへたるがごと成りにたり。かぐや姫は、罪をつくり給へりければ、かく賤(いや)しきおのれがもとに、しばしおはしつるなり。罪の限り果てぬればかく迎ふるを、翁は泣き嘆く。能(あた)はぬ事なり。はや出(いだ)したてまつれ」と言ふ。翁答へて申す、「かぐや姫を養ひたてまつること二十余年に成りぬ。かた時とのたまふにあやしく成り侍りぬ。また異所(ことどころ)に、かぐや姫と申す人ぞおはすらん」と言ふ。「ここにおはするかぐや姫は、重き病をし給へば、え出でおはしますまじ」と申せば、その返事(かへりごと)はなくて、
shouten1.jpg
リクエストをいただくのが怖くなりました。期限を指定していただくのはご期待を裏切らないためにはいい目安になる一方、「えー、それは無理。」という状況にいる時は非常なプレッシャーです。あっさり「無理です。」と言えればいいのですが、さんざん他のリクエストは先送りしておきながら、その一言を言うのがまたプレッシャーで結構無理をしてしまうことになっています。

「かぐや姫の昇天」の章は長いので、全てを期日までにお届けするのはやっぱり無理でした。なお、この章は実はここが冒頭ではありません。こんなに急いで描かなくても済むなら、この作品は「かぐや姫の昇天A」になるはずのお話です。@にあたる部分はいずれ描くと思います。

月からかぐや姫を迎えに来た人たちの姿が想像出来なくてイメージで描いたら、今まで誰も見たことがない『竹取物語』になった感じですね。
天人のリーダーがあまりにも「上から」な態度なのでこんなセリフを語らせてしまいましたが、かぐや姫に対しては敬語を使ってるんですよね。実は。

そのかぐや姫の驚くべき過去が明らかになりましたね!何と罪人だったとは!!どんな罪を犯したのかは明らかにされていませんが、罪人に対してもリーダーが敬語を使っているところをみると、止むに止まれぬ状況で犯した罪か何かなのでしょうか。

「みやつこまろ」っていったい誰!?と思ったら、竹取の翁のことでした。あー、そういえば翁の名は「さかきのみやつこ」となむいひける、でしたね。
また、ここでの「をさなき人」というのは、未熟者とか幼稚な者という意味もあり、翁を指して言っている説もあるそうですが、何となくつながりでかぐや姫の方を指す訳にしました。

続きも描きますが、どこまでご期待に沿えるか自信ありません。
他にも、リクエストしたのにテストもう終わっちゃったよーと思っている皆さんにも、この場を借りてお侘び申し上げます。
本当にいつも、どうもすみません。

posted by juppo at 01:42| Comment(9) | TrackBack(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

竹取物語H

続きです。
〈本文〉
この人々の年月をへて、かうのみいましつつのたまふことを、思ひ定めて、一人一人にあひたてまつり給ひね」と言へば、かぐや姫のいはく、「よくもあらぬかたちを、深き心も知らで、あだ心つきなば、後くやしき事もあるべきを、と思ふばかりなり。世のかしこき人なりとも、深き心ざしを知らでは、あひがたしと思ふ」と言ふ。翁いはく、「思ひのごとくも、のたまふものかな。そもそもいかやうなる心ざしあらん人にか、あはむと思(おぼ)す。かばかり心ざしおろかならぬ人々にこそあめれ。」かぐや姫のいはく、「なにばかりの深きをか見んと言はむ。いささかの事なり。人の心ざし等しかんなり。いかでか、中に劣り勝りは知らむ。五人の中に、ゆかしき物を見せ給へらんに、御心ざしまさりたりとて、仕うまつらんと、そのおはすらん人々に申し給へ」と言ふ。
「よき事なり」と承(う)けつ。
taketori9.1.jpeg
〈juppo〉近日中に、と言っておきながら随分お待たせしてしまいました。ブラジャーのワイヤーが右手親指の爪の間に突き刺さる、という説明しずらいアクシデントに見舞われ、まともにペンが持てなくなっていました。
 そうこうしているうちに中間テストも始まりましたね。連日テスト勉強に付き合いながら、やっと痛みの取れた右手で描きました。


 翁の説得は続きます。「一人一人にあひたてまつり」とありますが、ここでの「一人一人」とは、各候補者に、という意味ではなく、「誰かひとり」という意味だそうです。「一人一人」がお祈りしている顔文字にしか見えませんが、そういう意味でもありません。ナムナム。

 すったもんだの末、かぐや姫はついに求婚者たちに会う決心をしました。何もったいつけてんだ、とも思えますが。「よくもあらぬかたちを」なんて自分の容姿を悲観しているのも、「またまたー」と、言えない事もないですよね。


 ところで、こうして見ると翁は説得のプロですね。
 自分の考えを押し付けるのではなく、時には相手の言い分に同意し、どうしたいか希望を述べさせた上で実行に移すところまで促す・・・。見事です。完璧なコンサルティングです。


 日常会話で、「そうそうそう」とか「そうだよねー」なんて言うのは、時に全く心の籠ってないただの相槌だったりしますが、 そういう言葉も、会話を円滑に運ぶためには必要な潤滑油になっているのだと思います。

 時々、そういう相槌を全く打たず「でもさ」「ていうかさ」などとしか返さない人がいますが、個人的にそういう人と会話するのはあまり楽しいと思えない私です。
posted by juppo at 22:04| Comment(3) | TrackBack(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月03日

竹取物語G

竹取物語は8回目でよかったですか?多分そうです。
〈本文〉
 これを見つけて、翁かぐや姫に言ふやう「わが子の仏、変化(へげ)の人と申しながら、ここら大きさまで養ひたてまつる志おろかならず。翁の申さん事は聞き給ひてむや」と言へば、かぐや姫「なにごとをか、のたまはん事はうけたまはらざらむ。変化の物にて侍りけん身とも知らず、親とこそ思ひたてまつれ」と言ふ。翁「うれしくものたまふものかな」と言ふ。「翁、年七十に余りぬ。今日とも明日とも知らず。この世の人は、をとこは女にあふ事をす。女は男にあふ事をす。その後なむ門ひろくもなり侍る。いかでか、さることなくてはおはせん。」かぐや姫のいはく「なんでふさることかし侍らん」と言へば「変化の人といふとも、女の身持ち給へり。翁のあらむ限りはかうてもいますかりなむかし。
taketori8.1.jpeg
〈juppo〉久しぶりの『竹取物語』です。
 この場面は、教科書などにはあまり載っていないかも知れません。熱血求婚者たちに、今後かぐや姫の無理難題が突き付けられる訳ですが、求婚者たちはそもそもかぐや姫に会うことさえ出来ないでいたのですから、その会うきっかけを作ったのが、ここでの翁の説得だった訳ですね。

 冒頭の「見つけて」は、発見したという意味ではなく、見ることが度重なって、という意味です。

 「変化の人」とは妖怪変化などの意味と同じですが、この頃は仏教用語で、神や仏が人の姿で現れたのを指したそうです。


 親が生きているうちはひとり身でいてもいいが、その後の事を考えると・・という翁の訴えは説得力がありますね。
 人の世では結婚するのが当たり前だからお前もしろ、という説に「何で私が」と納得しないかぐや姫にも共感しますけれども。

 私も耳が痛い話なんですが、その話はまた。
 
 中途半端なところで切ってしまいましたので、続きは近日中にお届けします。



 この話を描いていて、映画『晩春』を思い出しました。
 いつまでも結婚しない原節子に縁談を勧める父・笠智衆との終盤のシーンです。
 ずっとお父さんと一緒に暮らしたい、お嫁になんか行かないと、ファザコン丸出しでごねる原節子に、「幸せに、なるんだよ。」と、ほぼ棒読みの笠智衆。泣けます。


posted by juppo at 22:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月02日

竹取物語F

興が乗ったので、続けます。
〈本文〉
この人々、ある時は竹取を呼び出でて、「娘をわれにたべ」と、ふし拝み、手をすりのたまへど「おのがなさぬ子なれば、心にも従はずなんある」と言ひて、月日すぐす。かかればこの人々、家に帰りて物を思ひ、祈りをし、願(ぐわん)を立つ。思ひやむべくもあらず。「さりともついに男あはせざらむやは」と思ひて、頼みをかけたり。あながちに心ざし見えありく。
taketori7.1.jpeg
〈juppo〉5人の飽くなき闘いは続いています。「娘さんをください」と申し込むのは、結構正攻法だと思うのですが、「実の子じゃないから」と断られるなんて、意表をつかれますね。

 「願を立つ」とは神様仏様に願(がん)をかけることで、ここでは願いを聞いてくれたら堂塔を寄進する、と祈っているのだとする説があるらしいので塔を描きました。

 「男あはせざらむやは」は反語です。「いや、絶対に結婚させるはずだ」という文がその後に隠れているのです。


 あーでもないこーでもないと、ひたすら悶々とする色男五人衆ですが、本当の試練はまだこれから、というところです。


 ところで最近、半額なので『24』を見ています。アメリカにはテロリストと頭の悪いヤツしかいないのか?と心配になったり、ジャック・バウワーってただの大量殺人鬼じゃないのか?と冷静に思ったり、娘のキムの足手まといぶりにほとほと嫌気がさしたり・・・しつつ、「後半からが面白い」と評判の、シーズン3のまん中まで来ました。後半を早く見たいんですけど、今週は映画を見ています。『魔法にかけられて』とか。
posted by juppo at 19:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月28日

竹取物語E

忘れてません。竹取物語です。
〈本文〉
 その中になほ言ひけるは、色好みといはるるかぎり五人、思ひやむ時なく夜昼来ける、その名ども、石つくりの皇子(みこ)・車持(くらもち)の皇子・左大臣阿部のみむらじ・大納言大伴の御行(みゆき)・中納言石上(いそのかみ)の麻呂たり、この人々なりけり。世の中に多かる人をだに、少しもかたちよしと聞きては、見まほしうする人どもなりければ、かぐや姫を見まほしうて、ものも食はず思ひつつ、かの家に行きて、たたずみありきけれど、かひあるべくもあらず。文を書きてやれど、返り事せず。わび歌など書きておこすれども、かひなしと思へど、十一月(しもつき)十二月(しわす)の降り凍り、六月(みなつき)の照りはたたくにも障らず来たり。

taketori6.jpg
〈juppo〉もうどこまで描いたのか、自分でも良く分からなくなってしまった『竹取物語』です。皆さんもすっかりお忘れの事と思います。これまでのお話はカテゴリ『竹取物語』から参照してください。


 そうでした。さんざん言い寄って来る男が後を絶たないのに、かぐや姫が何〜のリアクションも起こさないので、諦める男が続出した、というところまででしたね。

 その中で、この5人だけが残ったということなんです。
 せっかく5人なので「求婚ジャー5」と命名してみました。もちろん私が勝手に命名したので、間違ってもテストにそう書かないでくださいね。

 5人で戦うグループというと、私にとっては「熱血なヤツ・ニヒルなヤツ・太ったヤツ・紅一点・なぜか子供」という構成なんですけど、いわゆる5人の戦隊モノの構成はそうでもないような気がします。子供はいないよな、とか。『ガッチャマン』でいうところの甚平君は『ゴレンジャー』でいうとどういうキャラなんでしょうか。また、最近の作品ではどうなっているんでしょうか。『ダイバスター』なんか4人だし。

 それはさておき、今後はこの5人のかぐや姫争奪バトルが物語の主軸になっていきます。

 「色好み」とは訳本の解説によると、粋な人という程の意味で好色漢ではない、というようなことが書いてあるので「恋愛の達人」としましたが、どう考えてもその行動の原動力は「エロ」ですよね。

 雪の季節から夏まで、かなり長期間にわたって言い寄り続ける5人です。報われる日は来るのでしょうか。


 続きはまた、思い出した時に!!
posted by juppo at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月08日

竹取物語D

〈本文〉
 人のものともせぬ所に惑ひありけども、何の験(しるし)あるべくも見えず。家の人どもに、ものをだに言はむとて、言ひかかれども、ことともせず。あたりを離れぬ君達(きんだち)、夜を明かし日を暮らす、多かり。おろかなる人は、「ようなきありきは、よしなかりけり。」とて、来ずなりにけり。

taketori5.jpg
〈juppo〉前回の続きです。このまま竹取物語を続けて更新していくかどうかは、考え中です。と、いうより暑くて何も考えられなくなっています。日々、だらだらしています。いっそのこと、この夏の目標は「だらだらすること」にしようかな、そうすれば目標が全うできることは間違いないな、なんて下らないことを考える脳だけは働いています。

 物語の始まりはとてもファンタジーだったのに、この辺に来ると早くも艶っぽい展開になってきて、ほのぼのした雰囲気は一切ありませんね。

 翁は竹から出て来る黄金のおかげでリッチになったので、いつの間にかこの家には使用人なんかがいるんですね。「家の人ども」とはそういう人たちを指すのだと思います。

 それでも、お屋敷のまわりには「人のものともせぬ」所があるらしいです。

 いつの時代にも、諦め切れずに夜を徹して待つ男もいれば、諦めてさっさと退散する男もいる、というくだりです。
 

 そして、諦めないことが肝心、という訳でもない話が続いていくのですね。一筋縄では行きません。
posted by juppo at 18:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月28日

竹取物語C

〈本文〉
 世界の男(おのこ)、あてなるもいやしきも、いかでこのかぐや姫を得てしがな、見てしがなと、音に聞き、めでて惑ふ。そのあたりの垣にも、家の外(と)にも、をる人だにたはやすく見るまじきものを、夜は安(やす)きいも寝ず、闇の夜にいでて、穴をくじり、かいば見惑ひあへり。さる時よりなむ、「よばひ」とは言ひける。

taketori4.jpg
〈juppo〉実は、私の手元にあった『竹取物語』の訳本がかなりのダイジェスト版で、この先それを参考に描いていくとエピソードが飛び飛びになってしまうな、と思い、続きを描くのを躊躇していました。

 この度、新たにより詳しい内容の訳本を手に入れましたので、ず〜っとほったらかしていた『竹取物語』の続きを続々お届けしていきたい所存です。


 ・・・その割りに、たったの4コマですみません。

 「夜這い」というのはだいたい男が夜こっそりと、女のもとに通っていくことです。「呼ばふ」から「求婚する」という意味の「よばひ」という言葉が出来たようで、それに「夜出かけていく」男の様子をかけて、無理ヤリ笑いを取ろうとしているらしいんです。

 『竹取物語』に「夜這い」なんて言葉が登場することも意外ですが、この作品にそんなユーモアがあったとは、重ねてびっくりですね。

posted by juppo at 22:47| Comment(2) | TrackBack(1) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月28日

竹取物語B

半年ぶりの続きです。
〈本文〉
 翁(おきな)、竹を取ること久しくなりぬ。勢ひ猛(もう)の者になりにけり。この子いと大きになりぬれば、名を三室戸(みむろど)斎部(いんべ)のあきたを呼びてつけさす。あきた、なよ竹のかぐや姫とつけつ。このほど三日(みか)うちあげ遊ぶ。よろづの遊びをぞしける。男はうけきらはず呼び集(つど)へて、いとかしこく遊ぶ。
taketori3.1.jpeg
〈juppo〉去年の夏に描き始めた竹取物語ですが、やっと3回目でやっと「かぐや姫」という名前が初登場です。
 この名前を付けたのは「三室戸斎部のあきた」という人だったんですね。長い名前ですが、「三室戸」は地名から来ている氏の名、「斎部」は部族名だそうです。

 「うちあげ」は「宴(うたげ)」の語源で、「手を打ち、声を上げて宴を催す」という意味なのだそうです。でも今、「打ち上げ」ってそういう意味で使いますよね。いろいろあった末に言葉の意味の回帰が起こったような感じですね。

 「よろづの遊びをぞしける(←係り結び)」とか「いとかしこく遊ぶ」とかいう言い回しが、何だか面白くて私は好きなんですけど、「かしこく」と言っても「賢い」わけではなく、ここでは「はなはだしい」という意味なんです。「遊ぶ」も、ちゃらちゃら遊んでいる訳ではなく、歌舞音楽をすることに限った意味です。英語の「play」は「遊ぶ」「(楽器を)弾く」などと訳されますが、日本語の「遊ぶ」も昔は楽器を奏でることを言ったのですね。

 どうでもいいような細かいことですが、そういったことに「なんか、面白いよねー。」という興味が持てると、古文の授業も少し楽しくなるかも知れません。
posted by juppo at 20:03| Comment(4) | TrackBack(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月05日

竹取物語A

〈本文〉
 この児(ちご)、養ふほどに、すくすくと大きになりまさる。三月ばかりになるほどに、よきほどなる人になりぬれば、髪上げなどさうして、髪上げさせ、裳(も)着す。帳(ちょう)のうちよりもいださず、いつき養ふ。この児のかたちけらうなること世になく、屋の内は暗き所なく光り満ちたり。翁、心地あしく苦しき時も、この子を見れば、苦しきこともやみぬ。腹だたしきことも慰みけり。

taketori2.jpg
〈juppo〉竹取物語の続きです。かぐや姫(という名前はまだ出て来ませんね)はすくすく成長しています。3ヵ月で成人してしまいました。そのへんで、ちょっと尋常じゃないってことに気付けよ!と、突っ込んでみたくなりますが、そんなことはど〜でもいいくらいの、「この児」の可愛らしさということなんでしょうねぇ。
 「髪上げ」は『筒井筒』でも出て来ましたが、女の子の成人の儀式です。「裳」は成人女性が着けた衣装の一つで、腰から下を覆うように、後ろにつけるものだそうです。長いエプロンを後ろ前につけたようなモノでしょうか。何しろ十二枚も着物を重ねて着ていた時代ですから、いろいろ身につけるものも複雑ですね。面倒臭そうですが、面倒臭さが身分の高さを表していると言えるのかも知れません。
posted by juppo at 22:48| Comment(2) | TrackBack(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月22日

竹取物語@

〈本文〉
 いまは昔、竹取(たけとり)の翁(おきな)といふもの有りけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづの事に使ひけり。名をば、さかきの造(みやつこ)となむいひける。その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうていたり。翁いふやう、「我あさごと夕ごとに見る竹の中におはするにて、知りぬ。子となりたまふべき人なめり」とて、手にうち入れて家へ持ちて来ぬ。妻(め)の女にあづけて養はす。うつくしき事かぎりなし。いとおさなければ籠(こ)に入れて養ふ。
 竹取の翁、竹を取るに、この子を見つけて後に竹取るに、節を隔ててよごとに金(こがね)ある竹を見つくる事かさなりぬ。かくて翁やうやう豊かになり行く。

taketori1.jpg

〈juppo〉夏休みになりましたね。途端に暑くなってイヤでも夏を感じる日曜日でした。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
期末テスト以来、昨日までイラストの仕事がちょこちょこ入っていてブログの方はすっかりサボり癖がついてしまいました。
今日からちょっとヒマになったので、夏休みスペシャルという感じでなるべく続けてUPしていきたいと思います。
 
 今回は皆さんよくご存じの『竹取物語』の冒頭部分です。『かぐや姫』です。これを漫画にすると、まんま『まんが日本昔話』って感じですね。るんるん坊や〜よい子だ(以下略)
9��くらい、っていうのはちょっと半端な気がして「10��でいいか」と思ったんですけど、一寸が3.03��なので、やっぱり9��くらいなんですね。「くらい」だからいいじゃん、て気もしますけど。とにかくそんな小さい人が竹の中から出て来たら、やっぱり持ち帰りますよね。「毎日見ている竹の中にいたんだから私の子になるべき人だ」というのは断定し過ぎかもしれませんが。
 この話はどんどん続いていくので、いずれ思い出したように続きを描く予定です。お楽しみに黒ハート
posted by juppo at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする