2021年04月27日

阿倍(あべ)の右大臣と火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわぎぬ)F

お待たせしました。最終回です。緊急事態宣言下の東京の片隅からお届けします。
〈本文〉
かのよみたまひける歌の返し、箱に入れて、返す。

 名残りなく燃ゆと知りせば皮衣(かはごろも)思ひのほかにおきて見ましを

とぞありける。されば、帰りいましにけり。
 世の人々、「阿倍の大臣、火鼠の皮衣(かはぎぬ)持ていまして、かぐや姫にすみたまふとな。ここにやいます」など問ふ。ある人のいはく、「皮は、火にくべて焼きたりしかば、めらめらと焼けにしかば、かぐや姫あひたまはず」といひければ、これを聞きてぞ、とげなきものをば、「あへなし:といひける。
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〈juppo〉一応東京都なので、町田市も緊急事態宣言発令中です。ひと駅隣の相模大野に降り立つと、人出はそう変わらないのに事態が違っていて、ベルリンの壁を越えたかのようです。ベルリンの壁を越えたことはないですけど。

 火鼠の皮衣がめらめらと焼けてしまったので、阿倍御主人からの求婚は自動的にご破算になったのですが、かぐや姫はご丁寧に返歌をしています。偽物と知っていたら焼かずに見ていたのにという歌の内容には、焼いてしまって勿体なかったなーという気持ちも少しはあったのでしょうか。そんなことを思うのは凡人の考えでしょうか。
 その歌を、皮衣を入れてきた箱に入れて返す、これまたご丁寧な対応ですが、もう皮衣は入っていないので手紙だけが中でカサカサ言ってるかと思うと残念さもひとしおです。Amazonからの荷物みたいです。いえ、Amazonは残念ではないですよ。

 ワイドショーで特集を組んでいるわけでもないのに、一般の方々もこの恋の行方に興味津々ですね。物見高く駆けつけて「かぐや姫にすみたまふとな」などと聞いていますが、この「すみたまふ」は「住む」というより「通う」という意味だそうです。ただし当時は通い婚なので、「通う」イコール「結婚」なのですね。

 そして最後には阿倍御主人もある語源になったということです。「あへなし」は今だと「敢え無い」です。「一回戦であえなく敗退しました」などと言いますよね。頑張って〜〜したのにその甲斐もなく、なんて意味ですね。
 かくして阿倍御主人の挑戦も、敢え無く砕け散ったのでありました。


 次回はこれの前に描いていた「枕草子」の続きを多分描きます。多分。
 
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2021年04月20日

阿倍(あべ)の右大臣と火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわぎぬ)E

冬じゅう庭の草刈りをしても、この時期になると一斉にまた伸び盛りです。雑草の生命力が羨ましい限りです。続きです。
〈本文〉
 かぐや姫、翁にいはく、「この皮衣は、火に焼かむに、焼けずはこそ、まことならめと思ひて、人のいふことにも負けめ。『世になき物なれば、それをまことと疑ひなく思はむ』とのたまふ。なほ、これを焼きて試(こころ)みむ」といふ。
 翁、「それ、さもいはれたり」といひて、大臣に、「かくなむ申す」といふ。大臣答へていはく、「この皮は、唐土(もろこし)にもなかりけるを、からうじて求め尋(たづ)ね得たるなり。なにの疑ひあらむ」。「さは申すとも、はや焼きて見たまへ」といへば、火の中にうちくべて焼かせたまふに、めらめらと焼けぬ。「さればこそ、異物(こともの)の皮なりけり」といふ。大臣、これを見たまひて、顔は草の葉の色にてゐたまへり。かぐや姫は、「あな、嬉し」とよろこびてゐたり。
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〈juppo〉わりと荒唐無稽な物語でありながら、「竹取物語」には時々極めて常識的な場面が出てきます。「世にも珍しい」から「本物だ」とは限らないわけです。そりゃそうですね。
 翁は相変わらず物分かりが良いので、かぐや姫の言い分を素直に受け入れて燃焼実験へと進みました。

「なんで疑うんだ」と異を唱える安倍御主人の言い分も、わからないではありません。この人はこれまでの候補者とは違って、お手軽に手に入れたとはいえ偽物を用意しようとは考えてなかったのですから、本物の皮だと信じるのも無理はありません。お育ちがいいことですし(推定)。

 偽物であっても、なにしろ素晴らしい皮だったようですから、燃えてしまったのはもったいなかったですねぇ。
 それでもかぐや姫が「あな、嬉し」と喜んでいるのは、この証明によって安倍御主人と結婚しなくてよくなったからです。何事も証明が肝心ですね。仮説・証明・結論ですね。

 火鼠の皮衣も本物が手に入れられなかったことがわかりました。お話はもう1回あります。安倍御主人の残念な退場まで、見届けなければなりません。
posted by juppo at 21:13| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月13日

阿倍(あべ)の右大臣と火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわぎぬ)D

四月ももう半ばですね。もうすぐ何の予定もないゴールデンウィークですね。続きです。
〈本文〉
家(いへ)の門(かど)に持て到りて、立てり。たけとりいで来て、取り入れて、かぐや姫に見す。かぐや姫の、皮衣(かはぎぬ)を見て、いはく、「うるはしき皮なめり。わきてまことの皮ならむとも知らず」。たけとり、答へていはく、「とまれかくまれ、まづ請(しやう)じ入れたてまつらむ。世の中に見えぬ皮衣のさまなれば、これをと思ひたまひね。人ないたくわびさせたてまつらせたまひそ」といひて、呼び据(す)ゑたてまつれり。
 かく呼び据ゑて、このたびはかならずあはむと嫗(おうな)の心にも思ひをり。この翁(おきな)は、かぐや姫のやもめなるを嘆(なげ)かしければ、よき人にあはせむと思ひはかれど、せちに、「否(いな)」といふことなれば、えしひねば、理(ことわり)なり。
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〈juppo〉ようよう5回まできました。火鼠の皮衣もついにかぐや姫の手に渡ったところです。が、さすが一筋縄ではいかないかぐや姫、冷静にブツを観察しています。一方、竹取の翁は実際贈り物のクオリティはどうでも良いのですね。とにかく早く、かぐや姫が良い人と結ばれてほしい親心があるばかりです。親といえば、久しぶりに嫗も登場しています。かぐや姫はこの二人に育てられたというのに、嫗の存在感の無さといったら。セリフがない限り絵に描かない私の責任も重大なんですけど。すみません。

 「やもめ」は独り者の男性を表すイメージかもしれませんが、もともと女性に使っていた言葉だそうです。男性は「やもお」と言ったそうです。バツイチでなくても未婚の人にも使っていたようです。今では男女ともに、配偶者を失った人に使うのですね。「男やもめに蛆がわき、女やもめに花が咲く」なんてフレーズもあります。今、「男やもめ」まで打ったら変換候補に出てきたのですかさず引用しました。前半部分だけよく聞くので、男性のイメージが強いのかもしれません。

 手塩にかけて育てたかぐや姫の気性を理解している翁は、無理に結婚を勧められないからこそ、条件が揃いそうな今度こそ!ゴールインできるのでは、と期待するのも道理ですよね、ということなんですね。さて、そううまくいくのでしょうか。残すところ、あと2回です。
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2021年04月08日

阿倍(あべ)の右大臣と火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわぎぬ)C

新学期が始まりましたね。母校の中学校の制服が変わったことに今日気がつきました。いつからですか、町田第一中学校。続きです。
〈本文〉
火に焼けぬことよりも、けうらなることかぎりなし。「うべ、かぐや姫好(この)もしがりたまふにこそありけれ」とのたまひて、「あな、かしこ」とて、箱に入れたまひて、物の枝につけて、御身の化粧(けそう)いといたくして、やがて泊(とま)りなむものぞとおぼして、歌よみくはへて、持ちていましたり。その歌は、
 かぎりなき思ひに焼けぬ皮衣(かはごろも)袂(たもと)かわきて今日(けふ)こそは着め
といへり。
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〈juppo〉新学期が始まりましたが、皆さん適当に、肩の力を抜いてお過ごしください。

 今回、皮衣は「火に焼けない」という情報が藪から棒に出てまいりました。これだから新学期は気が抜けません。いえ、新学期は特に関係ないので気は抜いて大丈夫です。
 火鼠の皮衣が特別なものであることは何となくわかっていましたが、その特徴の一つとして「火に焼けない」性質があったらしいです。ここまで読んできた私たちは誰も知りません。この時代には当たり前のことだったとも思えません。とにかく、火に焼けないんです。皮衣は。

 そういう特別な皮衣の美しさを堪能した安倍御主人です。大事に箱に戻して、「物の枝」につけていますが、名前をはっきり言わずに曖昧にするときに「物」と言うのですね。だから何かの枝です。名前を特定すると季節も決まってしまうので、いつ読まれても良いようにしたのでしょうか。

 安倍御主人はこれをかぐや姫に届ければ、姫と結ばれることは疑う余地なし、と泊まってくる気満々です。大した思い込みですけれど、男ってのは大抵この程度は思い込みで行動していますから、女子の皆さんは気をつけてください。個人の感想ですけど。
 この方は大掛かりな冒険もせず、いるのかもしれませんが家来などその他の人も出てこないので、今回は完全に一人芝居な6コマでお送りしました。次回は当然、かぐや姫が出てきますのでお楽しみに。
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2021年04月04日

阿倍(あべ)の右大臣と火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわぎぬ)B

4月になりました。皆さんそろそろ「3密って何と何と何だっけ!?」なんて覚束なくなっていませんか。続きです。
〈本文〉
朝廷(おほやけ)に申して、からうじて買ひ取りて奉る。値(あたひ)の金少(すくな)しと、国司
(こくし)、使(つかひ)に申ししかば、王けいが物くはへて買ひたり。いま、金五十両賜(たま)はるべし。船の帰らむにつけて賜(た)び送れ。もし、金賜はぬものならば、かの衣(ころも)の質(しち)、返(かへ)したべ。
といへることを見て、「なに仰(おほ)す。いま、金すこしにこそあなれ。嬉しくしておこせたるかな」とて、唐土の方(かた)に向(むか)ひて、伏し拝みたまふ。
 この皮衣入れたる箱を見れば、金青(こんじやう)の色なり。毛の末(すゑ)には、金(こがね)の光(ひかり)し輝きたり。宝と見え、うるはしきこと、ならぶべき物なし。
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〈juppo〉密室・密会・密談・・・、違います。どうぞ正解を思い出してくださいね。

 ご注文の品が届いた安倍御主人です。Amazon並みにサクッと届いた感じもしますが、これまでの方達が3年くらいかけて宝を入手していたことから考えると、ここまでにも相当時間がかかっているかもしれません。隣の国と手紙のやり取りをするだけでも、今のようにはいかないでしょうからね。
 昔も今も、珍しいものはお寺にあるんですね。それを聞きつけ、お役人を通して、足りない代金を肩代わりしてまで手に入れてくれたこの王けいという人は、かなりできた人ですよね。差額を払ったら送ってやると言っても良さそうなところを、気前よく商品だけ先に送ってくれています。踏み倒す人もいるだろうな、と思ったらまさに安倍御主人は踏み倒しそうな雰囲気です。購入者としての評価が心配です。
 
 王けいの手紙の最後に「かの衣の質、返したべ」とありますが、この「質」は「しち」と読んで「人質」の「質」と同じ意味です。「質屋」の「質」とか。「物質」ですね。ものじち。
 また、皮衣を入れていた箱について、「金青の色」と言っていますが「紺青」のことだそうです。

 かくして、まんまと皮衣を手に入れた安倍御主人です。いよいよ次回はかぐや姫に・・・、御主人とともに、はやる気持ちでお待ちください。
posted by juppo at 17:08| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月31日

阿倍(あべ)の右大臣と火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわぎぬ)A

畳み掛けるように更新します。続きです。
〈本文〉
もし長者(ちやうじや)のあたりにとぶらひ求めむに。なきものならば、使(つかひ)にそへて金をば返したてまつらむ。
といへり。
 かの唐船(もろこしぶね)来けり。小野のふさもりまうで来て、まう上(のぼ)るといふことを聞きて、歩み疾(と)うする馬をもちて走らせ迎へさせたまふ時に、馬に乗りて、筑紫(つくし)より、ただ七日にまうで来たる。文を見るに、いはく、
 火鼠の皮衣、からうじて人をいだして求めて奉(たてまつ)る。今の世にも、この皮は、たやすくなき物なりけり。昔、かしこき天竺の聖(ひじり)、この国に持て渡りてはべりける、西の山寺にありと聞きおよびて、
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〈juppo〉桜が満開です。すっかり暖かいので季節を忘れそうですが、明日から4月なんですねえ。
 さて、今回は安倍御主人の友人(?)王けいからの、1通目と2通目の手紙とその間に帰って来た小野のふさもりについてです。

 ふさもりさんが帰ってくる前に、先の手紙が届いていたということですね。それによると皮衣を手に入れられるかどうかは未知数だったようです。その後ふさもりさんはすぐ帰ってくるので、時間の経過がよくわかりませんが、船が着いてから上京するまでは7日かかっていることが明かされています。唐土からの船は九州に着いて、大宰府から京まで陸路を帰ってくるんですって。当時はそれに14日かかっていたそうです。その半分で戻って来たので驚いていますが、馬に乗ってもそんなにかかるんですね〜。今だと、自転車に乗ってくる感じでしょうか。新幹線なら数時間ですけど。
 
 そして!どうやら!皮衣は見事手に入れられそうではないですか!おめでとう、安倍御主人!というところで以下次号です。まだまだ続きがあるので、すぐにハッピーエンドには、ならないです。
posted by juppo at 22:50| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月28日

阿倍(あべ)の右大臣と火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわぎぬ)@

大変ご無沙汰いたしました。「澪つくし」の再放送が終わってしまい、入兆ロスです。再びの「竹取物語」です。
〈本文〉
右大臣安倍御主人(あべのみうし)は、財(たから)豊かに家(いへ)広き人にておはしけり。その年来たりける唐船(もろこしぶね)の王(わう)けいといふ人のもとに文(ふみ)を書きて、「火鼠の皮(かは)といふなる物、買ひておこせよ」とて、仕(つか)うまつる人の中に心確かなるを選びて、小野のふさもりといふ人をつけてつかはす。持て到りて、かの唐土(もろこし)にをる王けいに金をとらす。王けい、文をひろげて見て、返(かへ)りごと書く。
火鼠の皮衣、この国になき物なり。音には聞けども、いまだ見ぬ物なり。世にある物ならば、この国にも持てまうで来(き)なまし。いと難(かた)き交易(あきなひ)なり。しかれども、もし、天竺に、たまさかに持て渡りなば、
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〈juppo〉「竹取物語」の続きを描こうということは早々に決めていたのですが、描くのに1ヶ月かかってしまいました。全部で7回分なんですけ
どね。毎年3月は花粉症のせいもあって行動が緩慢になりがちです。そうこうしつつ、仕事でバルチック艦隊を描いたり音楽会のチラシを作ったり、してたのですが。

 さて、ここからは安倍御主人のエピソードです。「竹取物語」は時々思い出したように描いていたので、安倍御主人という人をどう描いていたかとか、かぐや姫に何をリクエストされたんだっけとか、以前描いたものをめくりめくり描きました。
 皮衣は「かわごろも」と読むのだと思ってたんですが、「かわぎぬ」なんですね。本文では「かはぎぬ」になっています。
 これまでかぐや姫の求めに応じようとした人は、それなりに自分で苦労して取ってきたのだ、と大ウソを並べるのが常でしたが、安倍御主人は堂々と人に頼んで手に入れようとしています。潔いです。お育ちが良いからでしょうか。他の人も大抵育ちは良いのだと思いますけど、「家広き人」というのは広い家に住んでいるというより、繁栄した一家であるという意味で、ことさらそう言っているということは、相当な家柄なのでしょう。
 そういう家柄だからかどうか、唐土にも知り合いがいるわけです。顔が広いです。PCも携帯もないので手紙のやり取りをしていますが、何語で書いているんでしょうか。外国語の素養もあるのでしょうか。

 小野のふさもりという人は、手紙とブツの運び屋をしているだけでそれほど重要人物ではないようですがフルネームで紹介されています。かなり信用されているようですね。

 それからしつこいようですが、ピ●チュウは火鼠ではないと思います。最初にそう描いてしまったのでノリでまた描いていますけれども。どこかから苦情が来たら、描き直します。

 続きは近日中に。もう全部描いてあるので、畳み掛けるように更新します。毎日、ということはないです。
posted by juppo at 23:21| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月16日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝K

花粉症もじわじわ来ていますが、今年の冬は手荒れがヒドいです。続きです。このタイトルでの最終回です。
〈本文〉
血の流るるまで打(ちやう)ぜさせたまふ。禄(ろく)得(え)し甲斐(かひ)もなく、みな取り捨てさせたまひてければ、逃げうせにけり。
 かくて、この皇子は、「一生(いつしやう)の恥(はぢ)、これに過ぐるはあらじ。女(をんな)を得ずなりぬるのみにあらず、天下の人の、見思はむことのはづかしきこと」とのたまひて、ただ一所(ひとところ)、深き山へ入(い)りたまひぬ。宮司(みやづかさ)、さぶらふ人々、みな手を分(わか)ちて求めたてまつれども、御死(おほんし)にもやしたまひけむ、え見つけたてまつらずなりぬ。皇子の、御供(おほんとも)に隠したまはむとて、年(とし)ごろ見えたまはざりけるなりけり。これをなむ、「たまさかに」とはいひはじめける。
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〈juppo〉度重なる手指の消毒に加えて今年の冬は、台所のレンジ周りをちびちび掃除していたら指先がひび割れて痛いです。
 
 前回、くらもちの皇子が工匠らを待ち伏せしていたところで〈つづく〉にしてしまったため、今回は唐突に「血の流るるまで」打たれる工匠たちからスタートします。皇子のあまりにひどい仕打ちにページを分けずにいられなかったのです。鬼畜の所業ですよね。自分の失敗を部下に当たり散らすブラック企業の上司の先祖ですね。当たり散らすだけならまだしも、身体を痛めつけた上にせっかくもらったご褒美を取り上げるのみならず捨ててしまうとは。
 その後、急に自らを恥じていますが、別にこれは工匠らに対する態度のことは一切恥じてはいないんですよね。「天下の人」がどう思うか、ということの中にその要素が入っているかもしれませんが、入ってない感じですよね。ひたすら名誉が毀損されたことへの絶望ではないかと。

 「竹取物語」は一つ一つのエピソードに「慣用句はじめて物語」みたいな薀蓄(うんちく)が付いているのが面白いですね。今回は、ここから「たまさかに」と言うようになったんだよ、と。
 「たまさかに」は「たまたま」と言う意味で今でも使うというか、最近使わなくなったけど昔は使ってたなぁ、と思ったのでそのままにしました。「コンビニに行ったらたまさか知り合いに会ってさー」なんていうふうに今でも使っていただければ。

 これにてくらもちの皇子のお話はおしまいです。次に何を描くかは未定です。何も思いつかなければ「竹取物語」を続けます。かぐや姫を狙う男はまだ残っていますので。
 
posted by juppo at 23:58| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月10日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝J

皆さん、忘れているかもしれませんが、そろそろ花粉症の季節ですよ。ムズムズしてきましたよ。続きです。
〈本文〉
 かぐや姫の心ゆきはてて、ありつる歌の返し、
 まことかと聞きて見釣れば言(こと)の葉(は)をかざれる玉の枝にぞありける
といひて、玉の枝も返しつ。
 たけとりの翁、さばかり語らひつるが、さすがにおぼえて眠(ねぶ)りをり。皇子は、立つもはした、ゐるもはしたにて、ゐたまへり。日の暮れぬれば、すべりいでたまひぬ。
 かの愁訴(うれへ)せし工匠(たくみ)をば、かぐや姫呼びすゑて、「嬉しき人どもなり」といひて、禄(ろく)いと多く取らせたまふ。工匠らいみじくよろこびて、「思ひつるやうにもあるかな」といひて、帰る。
 道にて、くらもちの皇子、
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〈juppo〉年末に更新が間に合ったことに安心してしまい、年始はほぼ何もしないで過ごしてしまいました。駅伝見てました。年始は、と言ってももう10日ですね。
 その年末に、あと2回分のくらもちエピソードを描きかけてはいたのです。うっかり10日も過ごしてしまってからやっと思い出して仕上げました。そうです。あと2回でくらもちの皇子ともお別れです。

 玉の枝が偽物と分かった以上、こんな男と結ばれずに済んだかぐや姫はたちまち精気を取り戻します。そうだわ返歌もまだだったわ、とノリノリで詠んでいます。「心ゆきはてて」の「ゆき」が「晴れて」という意味です。
 一方の翁はあんなに会話が弾んだのに、いや弾んだばっかりに、今となってはどういう態度をとったら良いか分からず寝たふりです。「さすがに」が「そうは言っても」という意味です。「流石」ではないんですね。
 「愁訴」は今は「しゅうそ」という読みになりますが、古語では「うれへ」なんですね。工匠の皆さん、労働の対価をかぐや姫に払ってもらうつもりでしたが、望み通りご褒美をいただくことができました。このご褒美は玉の枝を作った褒賞ではなく、皇子の企みを暴いてくれたことへのお礼なんでしょうけどね。
 これで八方丸く収まったと思ったら、なんと執念深いことか皇子が待ち伏せです。一体どんな魂胆が?という引きのために文の途中で切ってしまいました。

 次回がやっと最終回です。皇子に立ちはだかられた工匠たちに何が起こったか!?つづく!!
posted by juppo at 23:48| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月31日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝I

今度こそ、閑話休題の続きです。「大鏡」は閑話じゃないですけどね。
〈本文〉
 皇子の君、千日、いやしき工匠らと、もろともに、同じ所に隠れゐたまひて、かしこき玉の枝を作らせたまひて、官(つかさ)も賜はむと仰(おほ)せたまひき。これをこのごろ案(あん)ずるに、御使(つかひ)とおはしますべきかぐや姫の要(えう)じたまふべきなりけりとうけたまはりて。この宮(みや)より賜はらむ。
と申して、「賜はるべきなり」といふを、聞きて、かぐや姫、暮るるままに思ひわびつる心地、笑ひさかえて、翁を呼びとりていふやう、「まこと蓬萊の木かとこそ思ひつれ。かくあさましきそらごとにてありければ、はや返(かへ)したまへ」といへば、翁答(こた)ふ、「さだかに作らせたる物と聞きつれば、返さむこと、いとやすし」と、うなづきをり。
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〈juppo〉年内を目指すと言った手前、花山天皇の行く末を見届ける寄り道をしましたが、こちらの続きも今年中に描いておかなければと、カウントダウンにさしかかかる時間になっての更新です。

 前半は工匠らが持ち込んだ訴状を読んでいます。この工匠らは「身分が低い」ので、皇子からの「官」をという申し出は魅力だったことでしょう。身分も収入も保証されるんですからね。
かぐや姫が「御使」だと言われているのは、皇子とかぐや姫はまだ結ばれていないんですけど、結ばれたとしても位としてはお妃ではなく、それより下のお仕えする女性、てことなんですね。
 それでいよいよ結ばれそうなふたりです。いきなり「暮るるままに思ひわびつる心地」になってますが、このままだと夜になったら皇子と結ばれるしかないことに、かぐや姫は相当ブルーになってたんです。そこへ持ってきて工匠らの大暴露です。これまた急に「笑ひさかえて」しまうのも無理はありません。起死回生です。
 翁はちょっと残念。かもしれません。

 まだ少し続きます。年またぎの連作になります。
 皆様、よいお年を。
posted by juppo at 23:53| Comment(3) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月15日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝H

スマホを新しくしました。続きです。
〈本文〉
かかるほどに、男(をのこ)ども六人、つらねて、庭にいで来たり。
 一人の男、文挟(ふんばさ)みに文をはさみて、申す、「内匠寮(たくみづかさ)の工匠(たくみ)、あやべの内麻呂(うちまろ)申(まう)さく、玉の木を作り仕(つか)うまつりしこと、五穀(ごこく)を断ちて、千余日に力をつくしたること、すくなからず。しかるに、禄(ろく)いまだ賜(たま)はらず。これを賜ひて、わろき家子(けこ)に賜はせむ」といひて、ささげたり。たけとりの翁、この工匠らが申すことは何事ぞとかたぶきをり。皇子は、我にもあらぬ気色(けしき)にて、肝(きも)消えゐたまへり。
 これを、かぐや姫聞きて、「この奉(たてまつ)る文を取れ」といひて、見れば、文に申しけるやう、
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〈juppo〉iPhone5を使い続けて8年、今後も使うつもりでいたのですが、OSが10.3.4からアップデート出来なくなり、アプリがいろいろ使えなくなりました。Appleに見捨てられた機種なのですね。何という仕打ちでしょうか。仕方がないのでiPhone SEに乗り換えました。小さいのが欲しかったんです。手が小さいので。OSはいきなり14.3です。指紋認証です。そういうわけで、あれこれデータを引き継いだりパスワードを設定したりしているところです。その余波でPCのメールアカウントも設定し直す必要が生じたりして、雑事が増えるばかりです。

 さて、今回は前回までと展開がガラッと変わりましたね。翁と歌のやり取りをして、感動的に締めたと思った矢先、あっさり悪事が露見しています。
 六人の男どもというのはもちろん、皇子が偽物の玉の枝を作るために召集した鍛治工のメンバーです。また登場すると思ってなかったので適当に描いたことを今、告白します。
 「五穀を断ちて」の五穀は米、麦、粟、黍(きび)、豆の、要するに「五穀米」の五穀です。それを経つというのが、食事にそれらを摂らずに我慢することで願をかけたという意味なのか、ただ食事の間も惜しんでという意味なのか、諸説あるようですが、ここでは後者を採用しました。

 3年もかけて緻密なストーリーを捏造した人のしでかすミスとは思えないほど杜撰です。秘密保持に必要なのは何よりも口止め料なのに!
 ケチなんでしょうね。
 …秘密を知る者には消えてもらう、という手もあると思いますけどね。昔はお城の堀に渡す橋を作った人は出来た途端に命を狙われた…なんて話もありますよね。「肥後の石工」で読みました。
 そんなことにならなくて良かったです。こんな企みのために命をかけさせられたらたまりません。

 持参した文の内容が明かされないまま以下次号、ですが、内容はもうほとんど話されてしまっているので、続きが気になって夜も眠れないほどではないと思います。その後このエピソードがどう決着するのかという方が気になりますね。
 その辺は、近日中に。

 
posted by juppo at 21:02| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月06日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝G

12月になりました。続きです。
〈本文〉
 山はかぎりなくおもしろし。世にたとふべきにあらざりしかど、この枝を折りてしかば、さらに心もとなくて、船に乗りて、追風(おひかぜ)吹きて、四百余日になむ、まうで来にし。大願力(だいぐわんりき)にや。難波(なには)より、昨日(きのふ)なむ都(みやこ)にまうで来つる。さらに、潮(しほ)に濡れたる衣(きぬ)だに脱ぎかへなでなむ、こちまうで来つる」とのたまへば、翁、聞きて、うち嘆(なげ)きてよめる。

  くれたけのよよのたけとり野山にもさやはわびしきふしをのみ見し

 これを、皇子聞きて、「ここらの日ごろ思ひわびはべりつる心は、今日(けふ)なむ落ちゐぬる」とのたまひて、返し、

  我が袂(たもと)今日かわければわびしさの千種(ちぐさ)の数も忘られぬべし

 とのたまふ。
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〈juppo〉すっかり寒くなりましたね。と思ったら12月なんですね。不思議と年末感がないのもコロナのせいなんでしょうか。そうなんでしょう。

 さて長らくお届けし続けたくらもちの皇子の冒険譚は今回で終了です。皇子の語る話が終わっただけで、このエピソードはまだ続くんですけど。
 蓬萊の山で枝を折ってしまったら、もうとっとと帰るだけですが、「心もとなく」感じてさっさと帰って来たというのがまた信憑性を持たせてますよね。なにやら不思議な山に登って不思議な枝を折った体験にありそうな感覚です。

 体験談の後は翁と皇子の歌のやり取りです。「よよ」は竹の節と節の間を表す「よ」を重ねて言ったもので、そういう竹を取っていたということと、「代々」にかけてるんですって。
返す皇子の歌の「ここら」は「この辺」という意味ではなく、長いとか多いという意味だそうです。

 「大願力」は仏教用語です。阿弥陀さまが衆生の成仏を願ってくれてる力だとか、神仏に祈る力のことだとか、解釈はいろいろあるようです。

 ここまで練りに練った作り話を聞かされ、金にモノを言わせた偽物の玉の枝を渡されて、さすがのかぐや姫も陥落しそうです。しないですけどね。その辺は次回以降で明らかに。 
 もう少し、続けます。
posted by juppo at 20:57| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月30日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝F

寒いです。明日から12月です。続きです。
〈本文〉
 その山、見るに、さらに登るべきやうなし。その山のそばひらをめぐれば、世の中になき花の木ども立てり。金(こがね)、銀(しろかね)、瑠璃色(るりいろ)の水、山より流れいでたり。それには、色々(いろいろ)の玉の橋わたせり。そのあたりに照り輝く木ども立てり。その中に、この取りて持ちてまうで来たりしはいとわろかりしかども、のたまひしに違(たが)はましかばと、この花を折(を)りてまうで来たるなり。
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〈juppo〉どっぷりシェイクスピアな週末を2週ほど過ごしておりました。チラシ作りのみお手伝いの予定でしたが、千秋楽には撮影担当にまで昇格していました。

 さて、今回もくらもちの皇子の武勇伝の続きです。話が長いヤツの話が面白かったためしはないんですが、延々続く物語はなかなか独創性があって飽きさせない構成なのはさすがです。意表を突かれたことには、前回思わせぶりに登場したるりちゃんは、もう出てこないんですね。
 大冒険の末にお望みのものを手に入れてやったぜ!な、自慢話なんですけど、謙遜するのも忘れていません。もっといい枝があったんだけど、言われた通りのクオリティを重視した結果、この枝を折ってきたのだと。

 「山のそばひら」の「そば」は近くという意味ではなく、険しい斜面のことだそうです。「そばだつ」の「そば」なんですね。

 何しろこの山の様子だとか橋の造りだとか、私には見たことがないどころのレベルではなく、しつこいようですが皇子の作り話なので、こんな風に絵にしましたけれども、どんな山でどんな様子なのかは皆さんそれぞれ、空想しながら読んでくださいね。そもそも「世の中になき」木や花なんて、想像の域を超えますよね。聞いてる翁やかぐや姫も「ぽかーん」だったのではないでしょうか。
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2020年11月15日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝E

今週もひとり寂しく過ごす週末の更新です。この一週間はそれでも、ちょっと忙しかったです。
〈本文〉
船の楫(かぢ)をなむ迫(せ)めて見る。海の上にただよへる山、いと大(おほ)きにてあり。その山のさま、高くうるはし。これや我が求むる山ならむと思ひて、さすがに恐ろしくおぼえて、山のめぐりをさしめぐらして、二三日ばかり、見歩(あり)くに、天人のよそほひしたる女、山の中よりいで来て、銀(しろかね)の金鋺(かなまる)を持ちて、水を汲(く)み歩く。これを見て、船より下りて、『この山の名を何とか申す』と問ふ。女、答へていはく、『これは、蓬萊の山なり』と答ふ。これを聞くに、嬉しきことかぎりなし。この女、『かくのたまふは誰(たれ)ぞ』と問ふ、『我が名はうかんるり』といひて、ふと、山の中に入りぬ。
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〈juppo〉その山は間違いなく目指す山だったようです。作り話ですけど。毎回、一応お断りしておきます。上の本文の中の会話は二重カッコに入っていますが、これはもともとくらもちの皇子が語っている文章なので、カッコの中のカッコなんですね。

 その山には女がいました。多分人間じゃないのでフワフワさせてみました。「うかんるり」という名前が「うかんむり」みたいですけど、「うかん/るり」で「姓/名」になってたらそれなりに可愛いですね。るりちゃんです。

 るりちゃんが持っている金鋺、「かなまる」とルビが振られていましたが、「かなまる」では変換できません。鋺の字を何と読んだら良いかわからず、漢和辞典を引きました。「えん」と読むんですね。天秤の皿だとか、金製の椀だとか。要するにお椀のことなので、漫画では「椀」の字にしちゃいました。描いてからよく見たらカネ偏だった、というのが真実ですけどね。

 終わりの方の「かくのたまふは誰ぞ」という問いですが、「この女」に続くセリフなので、女が皇子に尋ねて皇子が名乗ったセリフがカットされてる、など諸説あるようですが、漫画に描いたようなやりとりだと思っておいて良いようです。

 
 各種手続きのためのお役所巡りも一段落・・・はしてないんですけど、ちょっとサボっています。まぁ急ぐこともないか、と思い始めてしまいました。
 それ以外に何が忙しかったかというと、とあるお芝居のお手伝いをしています。チラシやチケットを作ったり、お客様のご案内など。家にいるとぼんやりしてしまうところに思いがけず部活動のお誘いがあった感じです。


 追記です。
 「鋺」の字について、ある高校の先生からメールで「かなまり」と読みます、と教えていただきました。確かに、「かなまり」で変換できます。漢和辞典にもその読みが載っていたのですが、訳に使っている「日本古典文学全集」の原文には「かなまる」とルビが振られていたので、深く考えず記事を書いてしまいました。
 その先生に教えていただいたことには、芥川龍之介の「鼻」や「枕草子」にも登場する字だそうです。勉強不足ですみません〜。
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2020年11月09日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝D

続きです。週末はボーッとしてしまうのでなるべく更新します。そう思っていても、ボーッとしてしまうんですけどね。
〈本文〉
海に漕(こ)ぎただよひ歩きて、我が国のうちを離れて歩きまかりしに、ある時は、波荒れつつ海の底にも入りぬべく、ある時には、風につけて知らぬ国に吹き寄せられて、鬼のやうなるものいで来て、殺さむとしき。ある時には、来(き)し方(かた)行(ゆ)く末(すゑ)も知らず、海にまぎれむとしき。ある時には、糧(かて)つきて、草の根を食物(くひもの)としき。ある時は、いはむ方(かた)なくむくつけげなる物来て、食ひかからむとしき。ある時には、海の貝を取りて命をつぐ。旅の空に、助けたまふべき人もなき所に、いろいろの病(やまひ)をして、行く方空もおぼえず。船の行くにまかせて、海に漂ひて、五百日といふ辰(たつ)の時ばかりに、海のなかに、はつかに山見ゆ。
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〈juppo〉くらもちの皇子の作り話は続きます。まあよく長々と、作り込んだ話をする人ですね。付き合わされるこちらの身にもなってほしいです。
 そういえば「竹取物語」だったよねコレ、と原典を忘れてしまいそうなスケールの大きな話になって来ました。平安時代のジュール・ヴェルヌと呼びたいくらいです。
 食べられそうになったり、食べるものがなくなったり、艱難辛苦を経てついに!山が見えて来たところで「つづく」です。その山があの山であることを祈るばかりです。

 「鬼のやうなるもの」とか「むくつけげなる物」は架空中の架空の存在ですから、全く私のイメージで描いています。皆さんもお好きなモンスターを思い浮かべてお読みください。


 週末はボーッとしていますが、平日は市役所やら年金センターやら法務省やらに通って各種手続きに追われています。全部地元の町田にあるのが不幸中の幸いです。市役所に比べて法務省のお役人というのは何だか高飛車で嫌だなぁ、なんて思いながら、ひとつずつ片付けてます。あ、税務署にも行って来なければ。
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2020年08月31日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝A

いろいろな面でいつもと違う8月も、今日で終わりです。続きです。
〈本文〉
竃(かまど)を三重(みへ)にしこめて、工匠らを入れたまひつつ、皇子も同じ所に籠(こも)りたまひて、領(し)らせたまひたるかぎり十六所(そ)をかみに、蔵をあげて、玉の枝を作りたまふ。
 かぐや姫ののたまふやうに違(たが)はず作りいでつ。いとかしこくたばかりて、難波にみそかに持(も)ていでぬ。「船に乗りて帰り来(き)にけり」と殿に告げやりて、いといたく苦しがりたるさましてゐたまへり。迎へに人多く参りたり。玉の枝をば長櫃(ながひつ)に入れて、物おほひて持ちて参る。いつか聞きけむ、「くらもちの皇子は優曇華(うどんぐゑ)の花持ちて上(のぼ)りたまへり」とののしりけり。
 これを、かぐや姫聞きて、我はこの皇子に負けぬべしと、胸つぶれて思ひけり。
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〈juppo〉昔は8月31日と言えば夏休み最終日というのが常識でしたが、今は、特に今年は夏休みの日程が相当イレギュラーになってるようですから、特段いつもの月末とそう変わるところはないかもしれませんね。としまえんの閉園の方が大問題ですよね。1回くらいしか行ったことのない都民の私が言うのも何ですが。

 前回は、くらもちの皇子が人の立ち寄らないような家を作ったところまででした。その家に、カマドを作って厳重に隠しているのはその中で玉の枝を「作って」いるからです。そうです。玉の枝を探しに行く気が全くないことはわかっていましたが、最初から作るつもりだったんですね。その手があったか、という感じですけど、作れるものなんでしょうか。話に聞いただけなのに。「かぐや姫だって話に聞いてるだけで見たことはないはず」との確信があったのでしょうね、多分。
 その偽物をあたかも遠いところまで取りに行ったテイで、行ったり来たり、疲れたフリをしてみたり、策士は策士なりに努力を惜しまないようです。

 見ていた人たちが「優曇華の花」だと騒いでいますが、どこから「うどんげ」?な唐突な噂です。
「優曇華の花」とは仏教で、三千年に一度花が咲く時に仏が現れるとかいう教えがある想像上の樹木なんだそうです。やたら皇子が仰々しく働いているので、見ている人たちにはそれくらい珍しく大事な物を持って来たのだ、と思えたのですね。
 かぐや姫もそんな噂に煽られて敗北宣言が出かかってますが、自分でリクエストしておいてそれに応えられたら負けなんですか。リクエストというより挑戦だったんですね。それで負けたら大人しく結婚するつもりがあったんですかねぇ。

 とりあえず、この2回分だけ描いたんですけど、まだこの対決に決着がついてないので続きを描きます。少々お待ちください。
posted by juppo at 23:15| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月28日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝@

大変です。8月がもう終わりそうです。「竹取物語」で続けることにしました!
〈本文〉
くらもちの皇子(みこ)は、心たばかりある人にて、朝廷(おほやけ)には、「筑紫の国に湯あみにまからむ」とて暇(いとま)申して、かぐや姫の家には、「玉の枝取りになむまかる」といはせて、下(くだ)りたまふに、仕(つか)うまつるべき人々、みな難波(なには)まで御送りしける。皇子、「いと忍びて」とのたまはせて、人もあまた率(ゐ)ておはしまさず。近う仕うまつるかぎりしていでたまひぬ。御送りの人々、見たてまつり送りて帰りぬ。
「おはしましぬ」と人には見えたまひて、三日ばかりありて、漕ぎ帰りたまひぬ。
 かねて、事(こと)みな仰(おほ)せたりければ、その時、一(いち)の宝なりける鍛治工匠(かぢたくみ)六人を召しとりて、たはやすく人寄り来(く)まじき家を作りて、
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〈juppo〉8月はただでさえ、暑いのをガマンしているうちに終わってしまうのですが、今年はその上にいろいろなことをガマンしなければならなかったので、余計に何もしないうちに終わった気がしませんか。まだ終わってないですけど。

 石作の皇子の冒険譚というか失敗談を前回お届けしました。一区切りして他の作品を描こうかなとも思ったのですが、続けて他の皇子たちの話を描きます。二人目はくらもちの皇子です。

 石作の皇子は一応お宝を探しに出た後で諦めていましたが、くらもちの皇子という人は最初から本物の宝を手に入れる気はサラサラないようです。かぐや姫からのリクエストを聞いた時点で、皆さん無理無理、な反応でしたからね。きっとその時から知略の限りを尽くして準備怠りなく、探しに出たと見せかけて実はどこにも出発せず、手配したらしく鍛治名人を集めたりしています。この人たちと何をしようとしてるのか、だいたいの察しはつくかと思いますが、次回のお楽しみです。

 最後のコマの「たはやすく人寄り来まじき家」の様子は、こんな立地だったかどうかは全くわからないまま、人が来ないようなロケーションを描きました。


 ところで少し前にテレビが壊れて買い換えた後、ブルーレイレコーダーの具合も悪い話をちょこっとしましたが、いよいよ新製品を購入しました。まだ古いレコーダーを使いつつ、新旧レコーダー同士でダビングが出来ないか試行錯誤ののち、ネットワークを使ってダビングできるようになりました!
LANです。今や世の中はこんなことになっているんですね。無線LANやらLANケーブルやらを使って、どこを飛んでいるのか不思議でたまりませんが、2台のレコーダー間を録画番組が移動してるんですよー。この夏の、良い思い出になりました。
posted by juppo at 01:08| Comment(2) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月09日

石作の皇子と、仏の御石の鉢A

続きです。暑いです。
〈本文〉
かぐや姫、光やあると見るに、蛍(ほたる)ばかりの光だになし。

 置く露の光をだにもやどさまし小倉(をぐら)の山にて何もとめけむ

とて、返(かへ)しいだす。
 鉢を門(かど)に捨てて、この歌の返しをす。

 白山(しらやま)にあへば光の失(う)するかとはちを捨てても頼まるるかな

とよみて、入れたり。
 かぐや姫、返しもせずなりぬ。耳にも聞き入れざりければ、いひかかづらひて帰りぬ。
 かの鉢を捨てて、またいひけるよりぞ、面(おも)なきことをば、「はぢをすつ」とはいひける。
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〈juppo〉前回お話ししたように、石作の皇子とかぐや姫はソーシャル・ディスタンスを保ちつつ、手紙のやり取りで会話しています。
 かぐや姫からの歌で、小倉の山と言っています。石作の皇子がその山に行ったということはここまでに出てこないんですけど、何でもお見通しなかぐや姫なのか、書かれていないだけで行動は筒抜けだったのか、どちらにせよ天竺にまでは行ってないことは公然の情報になってるみたいですね。

 日本人には「恥の文化」があるとか言われますが、恥ずかしいことを平気でしてしまうことを表す「恥を捨てる」という表現はこの皇子の行いから来ているのだ、というオチです。信じて良い豆知識なのでしょうか。

 石作の皇子の冒険譚かつ求婚エピソードはこれで終了です。あと4人にもそれぞれ活躍の場面がありますので、追々ご紹介します。続けて描くかどうかは、未定です。


 今日 8月9日は父の命日でした。亡くなってちょうど10年になりました。10年は長いようであっという間でした。あの日から母とふたりの生活が始まり、その母が今では要介護者になっていることをしみじみ考えると、あっという間とはいえやっぱりいろいろあった10年でした。そんなことを考えながら、汗をかきながら、母を車椅子に乗せてお墓参りをしました。何をしても、しなくても、時間は平等に流れていくのですね。
posted by juppo at 21:17| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月01日

石作の皇子と、仏の御石の鉢@

8月になりました。関東地方も梅雨が明けました。今日から毎日、洗濯します。久しぶりに、『竹取物語』です。
〈本文〉
 なほ、この女見では世にあるまじき心地のしければ、「天竺(てんじく)に在る物も持て来(こ)ぬものかは」と思ひめぐらして、石作りの皇子は、心のしたくある人にて、天竺に二つとなき鉢を、百千万里のほど行きたりとも、いかでか取るべきと思ひて、かぐや姫のもとには、「今日(けふ)なむ、天竺に石の鉢取りにまかる」と聞かせて、三年ばかり、大和(やまと)の国十市(といち)の郡(こほり)にある山寺に賓頭盧(びんづる)の前なる鉢の、ひた黒(ぐろ)に墨(すみ)つきたるを取りて、錦(にしき)の袋に入れて、作り花の枝につけて、かぐや姫の家に持て来て、見せければ、かぐや姫、あやしがりて見れば、鉢の中に文(ふみ)あり。ひろげて見れば、

 海山(うみやま)の道に心をつくしてはてないしのはちの涙ながれき
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〈juppo〉『竹取物語』は長いので、時々思い出した時に続きを描いています。前回は言いよる五人の男どもに、かぐや姫が難題を突きつけ、男たちは「出来るか!」とばかり諦めて解散したところまででした。
 ところが、本当に諦めた人はひとりもいないことは皆さんご存知の通りで、ここからは男たちの難題への挑戦の数々が描かれます。
 今回は石作りの皇子の大冒険です。いや、大冒険かどうかはすでに手短に語られてしまっていますが。

 ここまでに情報がありませんでしたが、「仏の御石の鉢」というのは天竺にあるんですね。天竺は『西遊記』で三蔵法師が目指していたあの、今のインドです。「仏の」というだけあって、仏教発祥の地にあるんですね。
 それで結局、石作りの皇子は天竺に行ってないワケですけど、それでも手に入れるまで三年もかかったようです。実際は手に入れてないですけどね、「仏の御石の鉢」は。
 大和の国十市の郡は、奈良県にあるようです。日帰りできそうな気もしますが、三年かかったと。
 「賓頭盧」は釈迦の弟子のひとりだそうで、日本のお寺でも「お賓頭盧様」などと呼んで、その像の前に食べ物を置いたりするんですね。それで鉢が置いてあったので、「取って」というのは要するに、失敬して来たということですよね。お寺にいる像の前にあるので、煤で黒くなってるんですね。「賓頭盧の前なる鉢の」の後ろの「の」はおなじみ「同格の『の』」ですね。

 鉢を届けた皇子とかぐや姫が同席しているように描いてしまいましたが、ここから先、ふたりの会話が手紙のやり取りで行われていることから、おそらく皇子はまだかぐや姫に会っていないのではないかと思われたので、ふたりの間に御簾を置いておきました。

 石作りの皇子のお話はもう1回続きます。
posted by juppo at 22:07| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月03日

かぐや姫の難題A

続きです。
〈本文〉
かぐや姫「石つくりの皇子には、仏の御石の鉢といふ物あり。それをとりて給へ」と言ふ。「くらもちの皇子には、東の海に蓬莱(ほうらい)といふ山あるなり。それに銀(しろがね)を根とし、金(こがね)を茎とし、白き玉を実として立てる木あり。それを一枝をりて給はらん」と言ふ。「今ひとりには、唐土(もろこし)にある火鼠(ひねずみ)のかはぎぬを給へ。大伴の大納言には、龍(たつ)の頸(くび)に五色に光る玉あり。それをとりて給へ。いそのかみの中納言には、燕(つばくらめ)のもたる子安のかひひとつとりて給へ」と言ふ。翁、「かたき事どもにこそあなれ。この国にある物にもあらず。かくかたき事をば、いかに申さむ」と言ふ。かぐや姫、「何かかたからん」と言へば、翁、「とまれかくまれ申さむ」とて、出でて、「かくなむ聞こゆるやうに見せ給へ」と言へば、御こたち、上達部(かんだちべ)聞きて、「おいらかに、あたりよりだにな歩きそとやはのたまはぬ」と言ひて、うんじて皆帰りぬ。
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〈juppo〉「かぐや姫の難題は何だい」とお待ちかねの皆様、お待たせいたしました。と言っても、この辺の展開を含めて『竹取物語』はとても有名なお話ですから、何か燃えてるものとか光ってるものとか、とにかく手に入れられっこないものをかぐや姫がリクエストするんだったかなぁ、なんて予想された方も多いことかと思います。
 
 そのリクエストが、今回の主題です。誰に何を頼むか、かぐや姫が厳選したとは思えないです。一人だけ名指しもされない人がいるからです。こういう時に、「もう一人いたよねー、誰だっけ、まぁその人にー」程度に指名されるのは哀しいものがあります。と、個人的に同情したので安倍御主人さんの名前も入れておきました。

 火鼠はネズミの一種だと思いますが、どんな姿か私も想像できないので、こんな絵になっています。ピ○チュウは火鼠ではないと思いますけどね。

 所望品の数々を聞いただけで皇子たちはうんざりして立ち去ってしまいます。それほど、手に入れられるとは思えないものなんですね。
 それでも何とか手に入れようとするヤツラなんですが、この先を描くのはまた少しお待ちいいただきます。今回の『竹取物語』はとりあえずここまでです。次に何を描くかはまだ決めていません。
posted by juppo at 23:55| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする