〈本文〉
楊梅大納言顕雅(やまももだいなごんあきまさ)卿は、若くよりいみじき言失(げんしち)をぞし給ひける。神無月(かみなづき)のころ、ある宮ばらに参(まゐ)りて、御簾(みす)の外にて女房たちと物語りせられけるに、時雨(しぐれ)のさとしければ、供(とも)なる雑色(ざふしき)を呼びて、車の降るに、時雨さし入れよとのたまひけるを、車軸(しやじく)とかや、恐ろしやとて、御簾の内笑ひあはれけり。ある女房の、かやうなる御言ひ違(たが)への常にありと聞こゆれば、げにや、御祈りのあるぞやと言はれければ、そのために三尺の鼠(ねずみ)を作りて、供養(くやう)せむと思ひ侍ると言はれたりける、をりふし、鼠の、御簾の際(きは)を走り通りけるを見て、観音(くわんおん)に思ひまがへてのたまひけるなり。時雨さし入れよにはまさりてをかしかりけり。

〈juppo〉「やまもも大納言」て何か可愛いなぁ、と思いませんか。これは呼び名で本名は源顕雅(みなもとのあきまさ)という方だそうです。1074年〜1136年に実在してるんですね。そういう方が、千年後の現在にまで語り継がれるのに言い間違いの多い人だった、という評判はどうかと思いますが、調べると「詩、管弦の才がなかった」と伝わってるとか、いいとこ無しの御仁だった模様です。残念です。
伝わる短所が「言い間違い」というのも、ちょっと可愛いですけどね。あきる野市を「あひるの市」とかね。
マンガの1コマ目に原文とは関係なく書いた言い間違いの例は、50代以上の人にしか分からないネタになっています。すみません。何のことやらどうしても気になる若い方は、検索してください。
時雨と車を言い間違えたのに、宮様らは「車軸が」と受けていますが、昔は大雨のことを「車軸を流す」とか「車軸のごとし」とか言ったのだそうです。車の軸くらい太い雨が降っている様子を言い表したのですね。ただ言い間違えただけでなく、さっと降っているだけの雨なのに大雨かよ!と突っこんでいるようです。
ネズミを見ながら話していたので、というような言い間違いも、よくありますよね。
昔、居酒屋で飲んでいた時におつまみの注文を私がまとめてすることになって「焼き鳥と、揚げだし豆腐と、・・・」などと順に言っていた最後に、「・・・それと、えーと、ラスプーチン!」と自信たっぷりに言ってしまってから、店員さんのきょとんとした顔にハッとして「あ!じゃなくて!ランプータン!」と言い直したことがありました。ランプータンて珍しい果物があったので注文したんですけど、同席していた一人から「ラスプーチンて、ロシアの怪僧だろ」と指摘されたというオチでした。
ことほど左様に、言い間違いはネタとして聞き手に面白がってもらえる幸せな欠点と言えますよね。
今回の作品はリクエストに関係なく描きました。このところ「平家」「枕」「漢文」のループになっている気がして、ちょっと目先を変えようかと古い問題集から拾ってきました。