2017年12月10日

顕雅の言ひ間違ひ

師走ですね。久しぶりに『十訓抄』から短いのをひとつ。
〈本文〉
 楊梅大納言顕雅(やまももだいなごんあきまさ)卿は、若くよりいみじき言失(げんしち)をぞし給ひける。神無月(かみなづき)のころ、ある宮ばらに参(まゐ)りて、御簾(みす)の外にて女房たちと物語りせられけるに、時雨(しぐれ)のさとしければ、供(とも)なる雑色(ざふしき)を呼びて、車の降るに、時雨さし入れよとのたまひけるを、車軸(しやじく)とかや、恐ろしやとて、御簾の内笑ひあはれけり。ある女房の、かやうなる御言ひ違(たが)への常にありと聞こゆれば、げにや、御祈りのあるぞやと言はれければ、そのために三尺の鼠(ねずみ)を作りて、供養(くやう)せむと思ひ侍ると言はれたりける、をりふし、鼠の、御簾の際(きは)を走り通りけるを見て、観音(くわんおん)に思ひまがへてのたまひけるなり。時雨さし入れよにはまさりてをかしかりけり。
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〈juppo〉「やまもも大納言」て何か可愛いなぁ、と思いませんか。これは呼び名で本名は源顕雅(みなもとのあきまさ)という方だそうです。1074年〜1136年に実在してるんですね。そういう方が、千年後の現在にまで語り継がれるのに言い間違いの多い人だった、という評判はどうかと思いますが、調べると「詩、管弦の才がなかった」と伝わってるとか、いいとこ無しの御仁だった模様です。残念です。
 
 伝わる短所が「言い間違い」というのも、ちょっと可愛いですけどね。あきる野市を「あひるの市」とかね。

 マンガの1コマ目に原文とは関係なく書いた言い間違いの例は、50代以上の人にしか分からないネタになっています。すみません。何のことやらどうしても気になる若い方は、検索してください。

 時雨と車を言い間違えたのに、宮様らは「車軸が」と受けていますが、昔は大雨のことを「車軸を流す」とか「車軸のごとし」とか言ったのだそうです。車の軸くらい太い雨が降っている様子を言い表したのですね。ただ言い間違えただけでなく、さっと降っているだけの雨なのに大雨かよ!と突っこんでいるようです。

 ネズミを見ながら話していたので、というような言い間違いも、よくありますよね。
 
 昔、居酒屋で飲んでいた時におつまみの注文を私がまとめてすることになって「焼き鳥と、揚げだし豆腐と、・・・」などと順に言っていた最後に、「・・・それと、えーと、ラスプーチン!」と自信たっぷりに言ってしまってから、店員さんのきょとんとした顔にハッとして「あ!じゃなくて!ランプータン!」と言い直したことがありました。ランプータンて珍しい果物があったので注文したんですけど、同席していた一人から「ラスプーチンて、ロシアの怪僧だろ」と指摘されたというオチでした。

 ことほど左様に、言い間違いはネタとして聞き手に面白がってもらえる幸せな欠点と言えますよね。

 今回の作品はリクエストに関係なく描きました。このところ「平家」「枕」「漢文」のループになっている気がして、ちょっと目先を変えようかと古い問題集から拾ってきました。
posted by juppo at 05:51| Comment(0) | 十訓抄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月13日

文字一つ返し

引き続きリクエストをいただいた作品。『十訓抄』です。
〈本文〉
 成範民部卿(しげのりのみんぶきゃう)、事ありて後、召し返されて、内裏(だいり)に参られたりけるに、昔は女房の入立(いりたち)にてありし人の、今はさしもなかりければ、女房の中より、昔を思い出(い)でて、

 雲の上はありし昔に変らねど見し玉垂(たまだれ)の内やゆかしき

と詠みて出だしたりけるを、返事(かへりごと)せむとて、燈炉(とうろ)の際(きは)に寄りけるほどに、小松のおとどの参り給ひければ、急ぎ立ちのくとて、燈炉の火のかきあげの木の端(はし)にて、や文字をけちて、そばにぞ文字ばかりを書きて、御簾(みす)の内へさし入れて出でられにけり。女房取り見るに、文字一つにて、返しをせられたりけるを、ありがたかりけり。
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〈juppo〉古文の内容というのは、語句の意味やら説明を参照しながら読み進め、意味がだんだん分かってきて「なるほどー!」となるんですけど、この話はその「なるほどー!」度がかなり高かったです。面白い話です。

 ただ、漫画に描いただけでは全てを説明するのはちょっと難しいです。

 民部卿というのは民部省のお役人です。民部省とは今の市役所みたいなところらしいです。

 その民部卿の成範さんの身の上に起こった「いろいろ」というのは、一言でいうと平治の乱のことだそうです。
 平治の乱については日本史の時間に勉強していただくとして、成範さんのお父さんがその平治の乱の原因となったクーデターのターゲットだったので、息子である成範さんたちも捕えられてしばらく追放されていたそうなんですよ。

 ほとぼりが冷めたので、久しぶりに宮中に上がることが許されたわけですが、以前は出入りしていたところに今は入れないとか、今は身分が下なので小松のおとどには顔を合わせにくい、など多少の制限があるんですね。

 小松のおとどこと平重盛は、清盛の長男で、平治の乱で功績を上げたとかで、成範さんには簡単に会うことができないほど偉い人になっているようです。
 そのへんの背景が分かれば、あとはそんなに難しくないでしょうか。
 会うわけにいかない小松のおとどがやって来たので「早く帰らなきゃ」と急いで歌を書き換えて返歌にしたら、そのとっさの対応ぶりと歌の出来が意外にすばらしかったということなんですね。


 「や」を消して「ぞ」と書き換えただけで、歌の結びが「見たいですか」から「見たいですよ」に変身する、ということだけでも分かっていればテストで15点くらい取れるかと思います。後は漢字の練習でもしておけば楽勝かと。
posted by juppo at 22:55| Comment(8) | TrackBack(0) | 十訓抄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月30日

九重の塔

今年最後の作品は、『十訓抄』第十からです。
〈本文〉
 白河院の御時、九重(くじゅう)の塔の金物を牛の皮にて作れりといふこと、世に聞こえて、修理(しゅり)したる人、定綱朝臣(さだつなのあそん)、事にあふべき由(よし)聞こえたり。
 仏師なにがしといふ者を召して、
「確かにまことそらごとを見て、ありのままに奏せよ。」
と仰せられければ、承りて昇りけるを、なからの程より帰り降りて、涙を流して、色を失ひて、
「身のあればこそ、君にも仕へたてまつれ。肝心(かんしん)失せて、黒白(こくびゃく)見え分くべき心地もはべらず。」
と、言ひもやらずわななきけり。
 君、聞こしめして、笑はせ給ひて、ことなる沙汰もあらで止みにけり。
 時の人、いみじきをこの例に言ひけるを、顕隆卿(あきたかきょう)聞きて、「こやつは、必ず冥加(みょうが)あるべきものなり。人の、罪かうぶるべきことの、罪を知りて、みづからをこの者となれる、やんごとなき思ひはかりなり。」
とぞ、ほめられける。
 まことに、久しく君に仕へたてまつりて、事なかりけり。

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〈juppo〉古い高校入試の問題集で見つけました。『十訓抄』の一話なのですが、通例サブタイトルを何とつけているのかわからないので、「九重の塔」としました。

 人がたくさん出てきて分かりにくいかも知れません。肝心の仏師には名前がないし。
 その仏師が「怖くて上まで昇れない」と言って、塔の飾りが本当に金なのか牛の皮なのか確かめるのを断念した訳ですが、そんなだらしのないことではどんなお咎めがあるか分からないですよね。
 それなのに泣き言を言ったのは、実は嫌疑をかけられている定綱をかばったからだ、というのが顕隆の見解です。

 人の罪を明らかにすれば、今度は自分が人を陥れた罪を犯すことになるという考えから、自分より他人の立場を守った仏師の行動に、今後神のご加護があるだろう、と言っているのです。


 こんな話を読むと、ますます裁判員になるのに気が進まなくなりますね。私自身は興味あるんですけど。

 常に正しい行いをすることも大事ですし、他人を思いやる気持ちも大事です。方程式のように簡単に答が出ないのが人と人とのつながりでもありますよね。


 今年最後の作品に、図らずも牛のネタを絡めることが出来ました。もう少しで、丑年です。

 この更新を終えたらまっすぐ帰宅する私ですが(PCは仕事場にあるので)、帰る家がある、今夜食べるご飯がある、そんな当たり前の事に感謝せずにはいられない世相になってしまった今年でしたね。

 私にとっては、昨年よりは頑張れた今年だったのですけど、皆さんにとってはどんな一年でしたか。
 

 世界中の誰にとっても素晴らしい年が、二日後にやってくるといいですよね! 
 そんなことをささやかながら願いつつ、新しい年を迎えたいと思います。


 今年ブログに来てくださった皆さん、リクエストをくださった方、本当にありがとうございました。

 来年も少しでもご期待に添えるよう、頑張ります。


 それでは皆さん、よいお年を。
posted by juppo at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 十訓抄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月27日

大江山

〈本文〉
 和泉式部(いづみしきぶ)、保昌(やすまさ)が妻(め)にて、丹後に下りけるほどに、京に歌合(うたあはせ)ありけるに、小式部内侍(こしきぶのないし)、歌よみにとられて、歌をよみけるを、定頼中納言(さだよりのちゅうなごん)、たはぶれて、小式部内侍、局(つぼね)にありけるに、「丹後へ遣はしける人は参りたりや。いかに心もとなくおぼすらん。」と言ひて、局の前を過ぎられけるを、御簾(みす)より半(なか)らばかり出でて、わづかに直衣(なほし)の袖をひかえて、

 大江山(おほえやま)いくのの道の遠ければまだふみもみず天の橋立(あまのはしだて)

とよみかけけり。思はずにあさましくて、「こはいかに、かかるやうやはある。」とばかり言ひて、返歌にも及ばず、袖を引き放ちて逃げられけり。小式部、これより、歌よみの世におぼえ出できにけり。これはうちまかせて、理運のことなれども、かの卿(きゃう)の心には、これほどの歌、ただいまよみ出だすべしとは。知られざりけるにや。

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〈juppo〉暑くてダラダラしている間に、あっという間にオリンピックも終わり、夏休みも終わったり終わりつつあったりしていますね。皆さん夏休みの宿題の進行状況はいかがでしょうか。
 毎年、夏休みの宿題に追われる子供たちを見る度に、大人になって良かったなぁあ、と心からの喜びに浸るすっかり大人な私です。皆さんもしばし我慢して、早く無責任な大人になってくださいね。

 さて今回は、また『十訓抄』の作品です。


 和泉式部は『和泉式部日記』を書いた人で、小式部内侍はその娘ですが、お父さんは保昌ではありません。和泉式部の人生はハリウッドのセレブ並みにいろいろあった模様です。

 お母さんが歌人で有名な和泉式部なので、その娘に対して定頼が「お母さんに歌のアドバイスを求めて手紙を書いたんじゃないの〜?その返事はもう来たの〜?」と、からかっているのです。

 ところがすぐさま小式部がそれに答える完璧な歌を詠んだので、歌を詠まれたら返歌をするのが礼儀であるにもかかわらず、定頼はそれも出来ずにすたこら逃げ去った、という話です。

 大江山・・の歌は、百人一首に入っている歌でもあります。「いくの」が「行く」と「生野」に、「ふみ」が「文」と「踏み」にかかる掛詞になっています。

 
 相手が小娘だからといって(小娘でなくても)侮ってはいけないよ、という教訓になっているのだそうです。なるほど。
posted by juppo at 22:26| Comment(16) | TrackBack(0) | 十訓抄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月24日

安養の尼の小袖

十訓抄からもうひとつ。
〈本文〉
 横川(よかは)の恵心僧都(えしんそうづ)の妹、安養の尼上(あまうへ)のもとに、強盗(がうだう)入りて、あるほどの物の具みな取りていでければ、尼上は紙ぶすまといふものばかりひき着ていられたりけるに、姉なる尼のもとに小尼上(こあまうへ)とてありけるが、走り参りて見れば、小袖(こそで)を一つ落としたりけるを、取りて、
「これ落としてはべるなり。奉(たてまつ)れ。」
とてもて来たりければ、尼上、
「それを取りてのちは、わが物とこそ思ひつらめ。主(しゆう)の心ゆかぬ物をばいかが着るべき。いまだ遠くはよも行かじ。とくとくもておはして取らせたまへ。」
とありければ、門戸のかたへ走りいでて、
「やや。」
と呼び返して、
「これ落とされにけり。たしかに奉らん。」
と言ひければ、盗人ども立ち止まりて、しばし案じたる気色(けしき)にて、
「あしく参りけり。」
とて、取りたる物どもさながら返し置きて帰りにけり。

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〈juppo〉暑いですね。ちょっと油断していたら熱中症みたいになってしまいました。皆さんも気をつけてください。いえ、もう大丈夫です。

 横川の恵心僧都というのはどうやら偉いお坊さんのようで、その妹であるこの尼さんも、出来た人物だったというお話です。

 盗まれたものは盗んだ人に所有権がある、と言い切っているのですから出来た人なのか変わった人なのか分かりませんが、その対応によって盗人たちも反省したようですから(おそらく他の家でまた盗むのだと思いますが)、やはり立派な行いなのであって、なかなか出来ることではありませんね。


 小袖は袖の短い着物で当時は下着として用いていたようです。

 小袖と聞くと、私は「小袖の手」という妖怪がいたな、ということを思い出します。水木しげる先生の本で読みました。昔。
posted by juppo at 23:01| Comment(12) | TrackBack(0) | 十訓抄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月10日

成方(なりかた)といふ笛吹きA

お待たせしました。後編です。
〈本文〉
間(あひだ)、成方言はく、「身のいとまを賜(たま)はりて、この笛を持て参るべし」と言ひければ、人を付けて遣(つか)はす。帰り来て、腰より笛を抜きいでて言ふやう、「これ故にこそかかる目は見れ。情けなき笛なり」とて、軒のもとにおりて、石を取りて、灰のごとくに打ち砕きつ。大夫(だいぶ)、笛を取らんと思ふ心の深さにこそ、さまざま構へけれ、今は言ふかひなければ、戒むるに及ばずして、追ひ放ちにけり。後に聞けば、あらぬ笛を大丸とて打ち砕きて、本(もと)の大丸は、ささいなく吹き行きければ、大夫のをこにてやみにけり。初めはゆゆしくはやりごちたりけれども、つひに出(い)だし抜かれにけり。

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〈juppo〉今回、お話を二つに切るにあたって、本文を文の途中で切り離してしまいました。前回の終わり「・・・乗せんとする」と今回の冒頭「間、・・・」は実は一続きの文です。

 絶体絶命の成方は見事な機転で窮地を逃れましたね。「灰のごとく」が文字どおり「まるで灰のように粉々に」という意味なんですけど、万が一、笛を砕いてしまった結果もっと酷い罰を受けていたら・・・という可能性は頭をよぎらなかったのでしょうか。それくらい、いちかばちかの賭けだったのでしょうか。


 さて、このお話から皆さんはどのような教訓を得るでしょう。「他人の物をやたらと欲しがるな」とか「人を騙してはいけない」といったことが標準的な教えなのだと思いますが、私が受けた印象は、何と言っても「アホは哀しい」ということです。
 
 「をこ」は他の古典作品にも出て来る語で、「ばか」という意味です。

 同じ人を騙すのでも、もっと頭を使えよ!・・・と、思いますよねぇ?

 成方の方が一枚上手だっただけなのですが、やり方がまずく、してやられてしまったばっかりに、こうして千年近く経っても「アホ」呼ばわりですからねー。哀し過ぎます。


 皆さんもくれぐれも気をつけて、アホになるのは3の倍数と3のつく数字の時だけにしておきましょう。
 
posted by juppo at 20:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 十訓抄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月06日

成方(なりかた)といふ笛吹き@

カテゴリを増やしました。十訓抄です。
〈本文〉
 成方といふ笛吹きありけり。御堂入道殿(みだうのにふだうどの)より、大丸といふ笛を賜(たま)はりて、吹きけり。めでたき物なれば、伏見修理大夫(ふしみのしゅりのだいぶ)俊綱朝臣(としつなのあそん)ほしがりて、「千石(せんごく)に買はん」とありけるに、売らざりければ、たばかりて使ひをやりて、「売るべき由(よし)言ひけり」とそらごとを言ひつけて、成方を召して、「笛得させんと言ひける、本意(ほい)なり」と喜びて、「価は請ふによるべし」とて、「ひらに買はん」と言ひければ、成方色を失ひて、「さること申さず」と言ふ。この使ひを召し迎へて、尋(たづ)ねらるるに、「まさしく申し候(さぶら)ふ」と言ふほふどに俊綱大いに怒りて、「人を欺きすかすは、そのとが軽からぬことなり」とて、雑色所(ざふしきどころ)へ下して、木馬に乗せんとする

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〈juppo〉ご無沙汰しました。
 今回ご紹介するのは、『十訓抄』です。「じっきんしょう」と読んでください。『十訓抄』は鎌倉時代に、青少年の道徳教育を目的にまとめられた説話集です。十編から成っているらしいので、それで『十訓抄』なのでしょうが、十話しかないということではありません。

 橘俊綱は藤原道長の孫に当たる人ですが、橘家の養子になったのでこういう名前です。
 
 伏見修理大夫とは、内裏の修繕とか修理を行う部署の長官とかいう役職名です。要するに偉い人です。

 そういう偉い人が、どうしても欲しいものを手に入れようと、策を講じて弱者をおとしめようとする話です。水戸黄門の1エピソードにありそうです。

 手下の使いにウソの証言をさせるというのは、杜撰な策ですよね〜。

 幼稚な手ではありますが、何しろ偉い人ですから、まんまと成方を窮地に追い込み、拷問にかけようという場面です。

 木馬はもちろん、おもちゃの木馬なんかではなく、座る所が尖っている拷問道具なんです。こんな時代からこんな道具があったんですね。人の残酷さにおけるクリエイティブは、どんな分野にも先んじているのですね。


 あわれ木馬に乗せられようとする成方の運命やいかにexclamation&question

 続きます。
posted by juppo at 23:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 十訓抄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする