2010年03月08日

木曾の最後(前のほう)B

引き続き、打出の浜のふたりです。
〈本文〉
木曾殿、「契りはいまだ朽ちせざりけり。義仲が勢はかたきに押し隔てられ、山林にはせ散って、この辺にもあるらんぞ。なんぢが巻かせて持たせたる旗、揚げさせよ。」とのたまへば、今井が旗をさし揚げたり。京より落つる勢(せい)ともなく、勢田より落つる者ともなく、今井が旗を見つけて三百余騎ぞはせ集まる。
 木曾大きに喜びて、「この勢あらば、などか最後のいくさせざるべき。ここにしぐらうで見ゆるはたが手やらん。」「甲斐(かい)の一条次郎殿とこそ承り候へ。」「勢はいくらほどあるやらん。」「六千余騎とこそ聞こへ候へ。」「さては、よいかたきごさんなれ。同じう死なば、よからうかたきに駆け会うて、大勢の中でこそ討死をもせめ。」とて、まつ先にこそ進みけれ。
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〈juppo〉『平家物語』は古文の中でも読みやすい作品ですね。
 ・・と、いうことをここ最近ずっと読んでいて感じました。今さらですけど。本文では「ざり」とか「けり」とかに惑わされますが、セリフを作ってみると、ほとんど言葉を置き換えなくても済むんですよー。


 「しぐらうで」とか「ごさんなれ」はまた耳なれない言葉ですけどね。
 「しぐらうで」は「時雨」の黒い雲が群がって見える様子から出来た言葉という説もあるようです。


 さて、再会した木曾殿と今井四郎ですが、出た、「前世の契り」。
 「男同士でも?」な展開ですね。まぁこの場合の契りは別に恋愛感情の契りではなく、主従とか同志とか兄弟とかの契りだったのでしょうね。


 前回巻いていた旗を今回は揚げることになったのですが、この旗は目印ですから、おそらく何かの図柄が描かれていたものと思います。
 今回、私にはそれが分からなかったので白旗にしてしまいました。皆さんでお好きな図案を描き入れてください。また、正解をご存知の方はお知らせください。

 その旗を差し上げた途端、周辺に隠れていた味方が三百余騎も集まって来た、というのはちょっと考えると凄いシーンですね。もの凄く大掛かりな「缶蹴り」を、私はイメージしているのですが。


 ところが、敵の軍勢は六千余騎ですよ。軽く20倍じゃないですか。木曾殿はさらっと「よいかたき」と言ってますが、そんなことで血湧き肉踊っちゃうんですから、ホントに武士という人たちは究極のMですよね。死にたくてたまらない雰囲気がもう漂っています。ここまでそれを我慢して来たのだから尚更ですね。



 続きます。
posted by juppo at 22:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月07日

木曾の最期(前のほう)A

順調に、続けます。
〈本文〉
 木曾は、長坂を経て丹波路(たんばじ)へおもむくとも聞こえけり。また竜花越(りゆうげごえ)にかかつて北国へとも聞こえけり。
かかりしかども、今井が行くへを聞かばやとて、勢田(せた)のかたへ落ち行くほどに、今井四郎兼平(かねひら)も、八百余騎で勢田を固めたりけるが、わづかに五十騎ばかりに討ちなされ、旗をば巻かせて、主のおぼつかなきに、都へとつて返すほどに、大津の打出(うちで)の浜にて、木曾殿に行き会ひたてまつる。互ひになか一町ばかりよりそれと見知つて、主従駒(こま)を早めて寄り合うたり。
 木曾殿、今井が手を取つてのたまひけるは、「義仲、六条河原(かわら)でいかにもなるべかりつれども、なんぢが行くへの恋しさに、多くのかたきの中を駆け割つて、これまではのがれたるなり。」今井四郎、「御諚(ごじよう)まことにかたじけなう候。兼平も勢田で討死(うちじに)つかまつるべう候ひつれども、御行くへのおぼつかなさに、これまで参つて候。」とぞ申しける。
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〈juppo〉前回あんなに活躍した巴さんはいきなり姿を消して、今回は木曾殿と今井四郎の主従愛の物語です。

 別れたりまた合流したりしている間にも、軍勢は確実に縮小して、このふたりの運命がひたひたと近づいている感じがしますね。私たちはもうこのふたりの運命を知っているからですが。

 「旗をば巻かせて」というのは、ここではこの軍隊は逃げているので、敵に見つからないように自軍の旗を巻いてはためかないようにしているのだそうです。


 ふたりが再開した大津の打出の浜は、琵琶湖の浜ですよね。漫画では海岸みたいになってしまいましたが湖です。でも琵琶湖ってこれくらい広いですよね?(実際に見たことがないんです・・・。)
 一町は約109メートルだそうです。見分けがつかないほど遠くはないですね。でも甲冑姿では誰でも似たような外見ですから、「それと見知っ」たふたりには、やはり何か感じあうものがあったのでしょうね。


 最後の方はセリフだらけで読みにくくなってしまいました。すみません。
 セリフだらけなのに、「義仲(自分のこと)は」と、いちいち(自分のこと)と書き入れているのは、古文では割といつもそうですが、大の男が自分のことをファーストネームで呼ぶのが面白いからです。
 私が面白がっているだけなんですけど、これからもこういうのはいちいち入れたいと思っています。

  
 そういう訳で、まだまだ続きます。
posted by juppo at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月04日

木曾の最期(前のほう)@

リクエストにお応えします。
以前描いた『木曾の最期』に至るまでのお話です。
〈本文〉
 木曾殿(きそどの)は信濃(しなの)より、巴(ともえ)・山吹(やまぶき)とて、ふたりの美女(びんじよ)を具せられたり。山吹は、いたはりあつて都にとどまりぬ。中にも巴は、色白く髪長く、容顔まことにすぐれたり。ありがたき強弓(つよゆみ)・精兵(せいびよう)、馬の上、かちだち、打ち物持つては鬼にも神にも合はうどいふ一人当千(いちにんとうぜん)のつはものなり。究竟(くつきよう)の荒馬乗り、悪所落とし、いくさといへば、さねよき鎧着せ、大太刀(おおだち)・強弓持たせて、まづ一方の大将には向けられけり。度々(どど)の高名(こうみよう)、方を並ぶる者なし。されば、このたびも多くの者ども落ち行き討たれける中に、七騎がうちまで巴は討たれざりけり。
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〈juppo〉このブログでは一度お亡くなりになった木曾殿ですが、物語が遡って見事に復活しました。

 英雄色を好むとか好まないとかで、木曾殿は冒頭から美女をふたり引き連れての登場です。

 ふたりのうち山吹は病気とかであっさり退場します。「いたはり」というのが病気のことなんですね。

 もうひとりの美女、巴はいわゆる「巴御前」のことです。その巴さんは実はこの後木曾殿と合流する腹心の部下・今井四郎の妹なんだそうです。結構近いところで愛人を調達していますね。木曾殿。


 その巴さんの強いの強くないのったら、今読むとすんなり信じられないほどですね。
 ところで、漫画では巴さんだけ兜をかぶっていませんが、これは漫画上の演出です。いくら女だからといって戦場で兜もかぶらなかった訳はないと思いますが、何しろ漫画なので。

 「さね」というのは木曾殿が手に持っているような、小さい薄い鉄の板で、これをつなげて鎧を作ったものだそうです。そう考えただけでも鎧って、重そうですよね〜。

 美しいだけでなく男の武将より強い巴さんの今後の活躍には要注目、かも知れません。


 最後のコマは「七騎」だそうなので、『荒野の七人』のイメージになっています。

 
 
 続きもなるべく早く描きたいです!
posted by juppo at 20:21| Comment(4) | TrackBack(0) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月01日

祇園精舎�

続きです。
〈本文〉
近く本朝をうかがふに、承平(しょうへい)の将門(まさかど)、天慶(てんぎやう)の純友(すみとも)、康和(かうわ)の義親(ぎしん)、平治(へいぢ)の信頼(しんらい)、これらはおごれる心もたけきことも、みなとりどりにこそありしかども、まぢかくは、六波羅(ろくはら)の入道(にふだう)前(さきの)太政大臣(だいじやうだいじん)平朝臣清盛(たひらのあつそんきよもり)公と申しし人のありさま、伝へ承るこそ、心もことばも及ばれね。

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〈juppo〉後半はちょっぴりでした。前回の「遠く異朝を」と今回の「近く本朝を」は対句表現になっています。

 対句表現は冒頭部分にこそ顕著なんですけどね。琵琶の音に乗せて語り伝えられて来ただけあって、リズム感満載の文章になっているんですね。

 ここから、この話は平清盛の栄華についての物語なのかな、という気配がしますね。
 その平清盛の名前がかなり長いですが、六波羅の入道というのは「六波羅という土地に住む仏門に入った人」という意味です。仏門に入っても出家してない人を入道というのだそうです。

 他の4人は中国の例に出て来た人々と同様、滅んでしまった人なんですけど、皆それぞれ乱を起こして討ち死にしているようですね。

 承平とか天慶とかいうのは年号です。昭和とか平成と同じです。信頼という人は本文では「しんらい」とルビがふられていますが、本名は「ふじわらののぶより」です。昔の人は呼び名的に名前の音読みをしたのですね。

 平将門といえば首塚が有名で、祟りがあるとかないとか、そういうキャラクターになっていますけど、ここではただの過去の人です。

 そういう人たちの中でも、極めて清盛の活躍ぶりはすさまじかったということらしいですが、伝え聞いているのに想像することも言い表すことも出来ないとはどういうことだ、という結びになっていますよね。
 あまりにも信じられないほどのおごり高ぶりようだということなのでしょうか。
posted by juppo at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月28日

祇園精舎�

リクエストにお応えします。平家物語です。
〈本文〉
 祇園精舎(ぎをんしやうじや)の鐘の声、諸行(しょぎやう)無常の響きあり。娑羅双樹(しやらさうじゆ)の花の色、盛者(じやうしや)必衰のことわりをあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵(ちり)に同じ。
 遠く異朝をとぶらへば、秦(しん)の趙高(てうかう)、漢の王莽(わうまう)、梁(りやう)の朱(しゅ)い、唐の禄山(ろくさん)、これらはみな旧主先皇(せんくわう)の政(まつりごと)にも従はず、楽しみをきはめ、いさめをも思い入れず、天下(てんが)の乱れんことを悟らずして、民間の憂(うれ)ふるところを知らざりしかば、久しからずして亡(ぼう)じにし者どもなり。

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〈juppo〉ありがたいことに、最近リクエストをたくさんいただきます。本当にありがたいのですが、順にお応えしているので中には期待に反してかなりお待たせしてしまうこともあります。

 テスト勉強に使おうと思ってたのに万が一間に合わなかったという方は平にご容赦ください。


 今回から2回で『平家物語』の冒頭、「祇園精舎」をお届けします。祇園の「祇」という漢字が教科書の字と違っているかも知れません。普通は「しめすへん」に旧字体の「示」を使っていますよね。
 それから、後半で出てくる歴代の中国の権力者の中で、「朱い」という人の「い」という漢字がありませんでした。私のPCには。漫画の中ではちゃんと描いているんですけど。


 冒頭部分は、有名過ぎて暗唱出来る人も大勢いらっしゃることと思います。「諸行無常」とか「盛者必衰」なんて言葉は今でも使いますしね。

 ところが、では「祇園精舎」とか「娑羅双樹」とは一体なんなのか、という問題になると、ちょっと難しい訳です。
 今回、私も漫画を描くために「祇園精舎ってどんな建物?」と資料を探し回りましたが、ありませんでした。

 祇園精舎とは、インドのお寺で、そこでお釈迦様が説法をしたところなのだそうです。そして今はもうありません。「祇園精舎跡」という遺跡が残るばかりのようです。

 そういう訳でありのままを描くことは出来なかったので、1コマ目はイメージです。すみません。


 一方、娑羅双樹の花というのはインド産の娑羅という木が2本生えている様子を言い、この木の下でお釈迦様が亡くなったのだそうです。
 日本では「夏椿」がこれにあたるそうなので、漫画では夏椿を描いていますが、それは違う、という説もあるそうです。

 調べれば調べるほど難しくなるんですよ、古文って。


 ですからあまり難しく考えないで、さらっと読んでくださいね〜!
 
 
 続きはなるべくすぐ!
posted by juppo at 23:07| Comment(5) | TrackBack(0) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月11日

木曾の最期D

最終回は『今井の最期』です。
〈本文〉
今井四郎いくさしけるが、これを聞き、「いまはたれをかばはんとてか、いくさをばすべき。これを見たまへ、東国の殿ばら、日本一の剛(がう)の者の自害する手本」とて、太刀のさきを口に含み、馬よりさかさまにとび落ち、つらぬかつてぞうせにける。さてこそ粟津のいくさは、なかりけれ。
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〈juppo〉合掌です。今井四郎は主人の死を知ると、あっさり自らの命を絶ってしまいました。その死に様も、思いきったやり方ですよねぇ。
 こういうのが、武士道というものなのでしょうね。武士に生まれなくて本当によかった、と胸をなでおろさずにいられません。

 前回、「こんな哀しいシーンばかり謡っていたら、平家の亡霊も現れ」るだろうなぁ、と耳なし芳一を思い出していましたが、そう書いたあとで「でもこの二人はそういえば平家じゃないんだったな。」ということをまた思い出していました。

 『平家物語』というと、平家が完膚なきまでに滅ぼされて、壇の浦の波の間に間には平家の人たちの霊がうじゃうじゃ漂っているのかな、というイメージですが、そういう人たちにとっては、木曾どのと今井四郎は同じ霊になっても「あんたたちとは一線を引いておきたいんじゃ」みたいな存在だったのでは?なんて想像を逞しくしてしまいました。

 木曾どのは平家の人たちを倒しまくっていたようですからね。
でもそんな風に、亡霊組合からもはじかれるようなことになっていたらと思うと、最期だけでなく死後の世界までも不憫でならないですね、木曾どの。 

 

 そういう訳で、この章はこれでおしまいです。
 木曾どのと今井四郎が死ぬシーンを描いていたら、私の携帯が死にました。

 去年の夏から様子がおかしかったんですけど、おかしくなる度に冷蔵庫で冷やすと元に戻るので、今朝までだましだまし使っていました。
 それがもうこれ以上だまし通すことは出来なくなったらしく、完全に沈黙してしまったので、今日docomoショップに持っていって修理に出しました。

 
 昨日から急に暑くなったのもいけなかったのかも知れません。携帯どころか、人間もどうかしそうな夏日の閑東地方です。

 皆さま、急な気温上昇による体調不良にはお気をつけください病院
posted by juppo at 19:55| Comment(4) | TrackBack(0) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月06日

木曾の最期C

そろそろ、佳境です。
〈本文〉
 木曾殿はただ一騎、粟津の松原へかけたまふが、正月二十一日、入相(いりあひ)ばかりのことなるに、薄氷(うすごほり)ははつたりけり、深田ありとも知らずして、馬をざつとうち入れたれば、馬のかしらも見えざりけり。あふれどもあふれども、打てども打てどもはたらかず。今井が行くへのおぼつかなさに、ふりあふぎたまへる内甲(うちかぶと)を、三浦の石田次郎為久(いしだのじらうのためひさ)、追つかかつてよつぴいてひやうふつと射る。痛手(いたで)なれば、真向(まつかう)を馬のかしらにあててうつぶしたまへるところに、石田が郎等二人落ち合うて、つひに木曾殿の首をばとつてんげり。太刀のさきにつらぬき、高くさしあげ、大音声をあげて、「この日ごろ日本国に聞こえさせたまひつる木曾殿を、三浦の石田次郎為久が討ちたてまつりたるぞや」と名のりければ、
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〈juppo〉ゴールデンウィークも終わりですね。実は、今日までゴールデンウィークだ、ということを最近まで知りませんでした。一週間くらい前まで、6日は平日だと思っていました。
 そんなゴールデンウィークは何もしなかったり、ちびちび仕事をしたり、『24』を見続けたり、の日々でした。夢の中まで銃を持ったジャック・バウアーが至近距離にいるので気が休まりません。


 さて、ついに木曽どのは討ち取られてしまいました。残酷なシーンなんですけど、それほどでもなく仕上げてあるでしょう?

 私が馬を描きたくないばかりに、馬を氷の張った田に沈めたのではありませんよ。原作どおりなんですよ。

 そもそも自害しようと思って入った松原ではありますが、田に馬の足を取られてにっちもさっちも行かなくなったところを討たれるとは、木曽どのの無念やいかばかり・・ですよね。

 こんな哀しいシーンばかり謡っていたら、平家の亡霊も現れますよそりゃ、耳なし芳一さん。

 その頃、今井四郎は・・?というシーンがあと少し残っています。もう1回、続きます。


 
 ところで、私は普段、2週間使い捨てのコンタクトレンズを使っています。最近、年のせいか手元の小さい字が読みずらくなってきたので、メガネ屋さんで検診の時に相談したら「度数をひとつ下げれば、遠くの物は見えにくくなりますが、近くは見やすくなりますよ」というお答えをいただき、しばし考えた結果アドバイスに従って度数を下げてみました。
 確かに、見やすいです。一番不都合を感じていた「絵を描く時の細かい作業」もしやすくなりました。

 今まで、細かいところのベタなんか「なんとなく」で塗っていましたからね。多少、改善が画質に現れているでしょうか?
posted by juppo at 23:25| Comment(2) | TrackBack(3) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月30日

木曾の最期B

続きです。
〈本文〉
 今井四郎ただ一騎、五十騎ばかりが中へかけ入り、鐙(あぶみ)ふんばり立ちあがり、大音声(だいおんじゃう)あげて名のりけるは、「日ごろは音にも聞きつらん、今は目にも見たまへ、木曾殿の御乳母子(めのとご)、今井四郎兼平、生年(しゃうねん)三十三にまかりなる。さる者ありとは、鎌倉殿(かまくらどの)までもしろしめされたるらんぞ。兼平討つて見参(げんざん)に入れよ」とて、射残したる八すぢの矢を、さしつめ引きつめさんざんに射る。死生(ししゃう)は知らず、やにはに、かたき八騎射おとす。そののち打ち物ぬいてあれにはせ合ひ、これにはせ合ひ、切つてまはるに、面(おもて)を合はする者ぞなき。ぶんどりあまたしたりけり。「ただ、射とれや」とて、中にとりこめ、雨のふるやうに射けれども、鎧(よろい)よければ裏かかず、あきまを射ねば手も負はず。
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〈juppo〉今回は、主役の木曾どのは出演せず、今井四郎ひとり大活躍の場面です。

 シリーズ3回目にして、すでに馬を描くのに辟易しています。馬には全く罪はないんですけどね。
 何しろ名乗りをあげるのからして馬の上なんです。
 「鎌倉殿」というのは鎌倉にいる源頼朝のことなんですね。そんな偉い人でも自分の事は知ってるだろう、と自己紹介しています。「乳母子」とは、四郎と木曾どのは同じ乳母に育てられた間柄だ、ということです。

 現代のヒーローの変身シーンのように、「名乗ってる間に攻撃してしまえば?」というのは、それは言わないお約束だったようですね。




 さて、SMAP・クサナギ君の逮捕のニュースには大変ショックを受けています。飲んで脱いで警察のお世話になったことは、私的に大してショックではないんですけど、当分の間活動自粛、というのはファンとしてとても残念です。

 毎週日曜日の夜、クサナギ君と香取慎吾君のふたりでやっているラジオ番組があって、私はこの番組を毎週聞くために日曜の夜には何の予定も入れないようにしています。

 毎週聞くだけでは飽き足らず、カセットテープに録音(今どき)して、繰り返し聞きながらイラストを描いています。

 もうそのテープを聞きながらでなければ、イラストを描くことが出来ないカラダになってしまいました。

 このブログに掲載している古文のマンガも、一点残らず、ふたりのほとんど内容のない雑談で構成されたラジオ番組を聞きながら描いたものです(おっとカミングアウト)。

 その番組はどうなるのかな、と思っていたら、今週はお休みでしたたらーっ(汗)

 録音したテープが山ほどあるので、今後イラストが描けなくなってしまう、ということはないんですけど(今は2年くらい前の録音を聞いています)、このまま番組が終了してしまったらこんなに哀しいことはありません。

 剛君、早く帰ってきてくださ〜い。
posted by juppo at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月13日

木曾の最期A

重いシーンなので、ちびちび進めます。
〈本文〉
今井四郎、馬よりとびおり、主(しゅ)の馬の口にとりついて申しけるは、「弓矢取りは年ごろ日ごろいかなる高名(こうみゃう)候へども、最期の時不覚しつれば、長ききずにて候ふなり。御身は疲れさせたまひて候ふ。つづく勢は候はず。かたきにおしへだてられ、言ふかひなき人の郎等(らうどう)に組みおとされさせたまひて、討たれさせたまひなば、『さばかり日本国(にっぽんごく)に聞こえさせたまひつる木曾殿をば、それがしが郎等の討ちたてまつたる』なんど申さんことこそ口惜(くちを)しう候へ。ただあの松原へ入らせたまへ」と申しければ、木曾「さらば」とて、粟津の松原へぞかけたまふ。
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〈juppo〉武士というのは大変な職業ですね。普段から生死をかけて闘うだけでも大変なのに、死ぬ時は死ぬ時でそれなりのドラマがなければ許されないのです。

 前回、部下の今井四郎と同じところで死のうと思って逃げのびて来たんだよ、と言った木曾殿に、今回今井四郎は「無名なヤツの手下にでも殺されたら恥だから」という理由で尚も自害を勧めています。
 おそらく自分も死んだあとのことなんですけど、大したことないやつが自分の主を殺した手柄を誇るだろうと思うと悔しいのだと。

 必死に主人を説得する今井四郎、いいシーンです。それなのに私が描くとただの4コマ漫画になってしまって関係各方面(?)の方々には申し訳ない思いでいっぱいです。
 大河ドラマだったら視聴率がドーンと跳ね上がるシーンだと思うんですけどね。


 もうしばらく、二人の最期を見届けるのにおつき合いください。


 ところで、サイドバーに『ブログ内検索』を追加してみました。「あの作品の、あれは描いてないのかな?」と不案内に思われる方はご活用ください。それでも満足いただけない場合は、「あれ描いて」とリクエストくださいね黒ハート


 映画『ハリー・ポッター』シリーズでクラッブ役を演じていた俳優が、大麻所持で逮捕!というニュースにショックを受けつつ、更新しています。
 何やってんのよクラッブ〜。残りの映画はどうなるの〜?

 
posted by juppo at 21:13| Comment(2) | TrackBack(21) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月06日

木曾の最期@

リクエストにお応えします。『平家物語』です!
〈本文〉
 今井四郎、木曾殿、ただ主従ニ騎になつてのたまひけるは、「日ごろは何ともおぼえぬ鎧(よろひ)が、けふは重うなつたるぞや」今井四郎申しけるは、「御身もいまだ疲れさせたまはず、御馬も弱り候はず。何によつてか一領の御着背長(きせなが)を重うはおぼしめし候ふべき。それは御方(みかた)に御勢(おんせい)が候はねば、臆病(おくびゃう)でこそさはおぼしめし候へ。兼平(かねひら)一人候ふとも、余の武者千騎(せんぎ)とおぼしめせ。矢七つ八つ候へば、しばらく防ぎ矢つかまつらん。あれに見え候ふ、粟津(あはづ)の松原と申す、あの松の中で御自害候へ」とて、うつて行くほどに、また新手(あらて)の武者五十騎ばかりいで来たり。「君はあの松原へ入らせたまへ。兼平はこのかたき防ぎ候はん」と申しければ、木曾殿のたまひけるは、「義仲、都にていかにもなるべかりつるが、これまでのがれ来るは、なんぢと一所(いつしよ)で死なんと思ふためなり。ところどころで討たれんよりも、ひとところでこそ討死(うちじに)をもせめ」とて、馬の鼻をならべてかけんとしたまへば、
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〈juppo〉皆さんお元気ですか。私は元気です!お花見に行って帰ってきたら鼻水が止まりません。

 1ヵ月近くも更新しなかったのは、好きなエアロビクスのクラスが無くなってしまうからと泣き暮らしていた訳ではありません。それに近いものはありましたが。
 それより、そのクラスも含めて、4月からなくなってしまうレッスンに出たり自分が通えなくなる時間を利用しておくべく、3月はスポーツクラブに通いまくっていました。疲れ果てました。


 さて今回は、リクエストをいただいておいて放ったらかしていた作品です。決して忘れていたのではありませんよスターゲイト様!

 私のこの絵柄に軍記モノってどうかな、という躊躇があったり、どこから描いても哀しい『平家物語』に食指が動かなかったり、描き始めてからも今後のむごたらしいシーンを思うとあまりノリノリで描けなかったり・・という過程を経るのに時間がかかってしまったんです。すみませんあせあせ(飛び散る汗)


 さて『平家物語』といえば「祇園精舎の鐘の声」、ですが平家が源氏に滅ぼされるお話ですよね。

 そうするとこの段で最期を迎えるらしい「木曾殿」ってのは平家のヒト?と思われるかも知れません。私もそう思いました。

 ところが!木曾義仲というヒトは本名を源義仲といって、源氏側の人間です。

 どうも、義仲は始めのうち平家軍をばったばったと打ち落とし、大活躍だったのですが、そのうち調子に乗って上から睨まれる身の上になっちゃったらしいんですね。

 結果、従兄弟にあたる源義経と闘う羽目になり、いよいよ追いつめられて・・というシーンなんです。

 今井四郎はさらっと「御自害候へ」とか言ってますが、「あの林に入って死ね。」と言ってるんですからね。殺伐としてますよねぇ。


 あとは義仲の死に様を見守るだけで、あんまり面白おかしい展開は期待できないこのお話ですが、しばらく、続きますパンチ
posted by juppo at 20:38| Comment(7) | TrackBack(0) | 平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする