2010年06月06日

敦兼の北の方A

続きです。
〈本文〉女房どもも、みな御前のまびきにしたがひて、さしいづる人もなかりければ、せんかたなくて、車よせの妻戸をおしあけて、ひとりながめいたるに、更闌(たけ)、夜しづかにて、月の光風の音、物ごとに身にしみわたりて、人のうらめしさも、とりそへておぼえけるままに、心をすまして、篳篥(ひちりき)をとりいでて、時のねにとりすまして、

 ませのうちなるしら菊も  うつろふみるこそあはれなれ
 我らがかよひてみし人も  かくしつつこそ枯(かれ)にしか

と、くり返しうたひけるを、北の方ききて、こころはやなをりにけり。それよりことになからひめでたくなりにけるとかや。優(いう)なる北の方の心なるべし。

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〈juppo〉めでたく、元鞘におさまった敦兼夫妻であります。終わり良ければすべて良し、ってことですね。

 結末は北の方の心が風流だったとかなんとか、奥さんの懐の深さみたいなところを持ち上げていますが、立派だったのはやはり旦那の敦兼さんの方ですよねぇ。
 何しろ篳篥を吹きながら歌を歌うなんて一芸にも秀でている訳ですし。

 その篳篥(ひちりき)というのは雅楽で奏される縦笛のことです。笛ですから、歌うと同時には吹けないと思います。

 更闌なんて難しい言葉も出てきましたが、闌という漢字には「たけなわ」という意味と読みがあるのですね。夜もたけなわ、ってことで、「夜もふけて」の意味になるんです。


 男の魅力は顔じゃないんだあー!というのがこの章のテーマであるかと思います。

 古今東西、美醜をテーマにした物語は数ありますが、必ずついてくるのは「でも心の美しさにはかなわない」てな、道徳的な結末ですよね。

 顔がイイとか悪いとかなんて、極めて主観的な感想だし、自分が良いと思ったものを、自信を持って好きになったならそれ以上何の問題もないはずですよね。

 自分の容姿についても、そうだと思います。きれいになりたいとか、痩せたいというのは人類の永遠のテーマみたいになっていますが、「今の自分が大好き」キャンペーンが大々的に巻き起こったら美容業界が崩壊するので、無理に煽っているだけの話だと思います。

 皆さんも自信を持って、もっと自分を大好きになってください!


 ところで、実は漫画の中の「垣根」という漢字が間違っていたので、細かいツッコミが入る前にこっそり直しました。
 修正前に発見していた方、お恥ずかしいところをお見せして恐縮です。
 他に恥ずかしいミスを見つけた方は遠慮なさらず、どんどん突っ込んでくださいね〜。
posted by juppo at 23:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 古今著聞集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月31日

敦兼の北の方@

リクエストにお応えします。『古今著聞集』です。
〈本文〉
 刑部卿(ぎょうぶきょう)敦兼(あつかね)は、みめのよににくさげなる人なりけり。その北の方(かた)は、はなやかなる人なりけるが、五節(ごせち)を見侍(はべ)りけるに、とりどりに、はなやかなる人々のあるをみるにつけても、まづわがおとこのわろさ心うくおぼえけり。家に帰りて、すべて物をだにもいはず、目をも見あはせず、うちそばむきてあれば、しばしは、なに事のいできたるぞやと、心もえず思ひいたるに、しだひに厭(いと)ひまさりてかたはらいたきほどなり。さきざきの様に一所にもいず、方をかへて住み侍りけり。ある日刑部卿出仕(しゅっし)して、夜に入りて帰りたりけるに、出居(いでい)に火をだにもともさず、装束(しゃうぞく)はぬぎたれども、たたむ人もなかりけり。

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〈juppo〉カテゴリが増えました。初めての『古今著聞集』です。実は、『古今著聞集』が手元になく、資料を探しあぐねて図書館で『日本古典文学大系』という押し花を作るような本を借りてきました。

 その中の、「刑部卿敦兼の北の方夫の朗詠に感じ契を深うする事」という章を探すのに一日費やし、いつもは参考書の訳文などをもとに描いているんですけど、今回はなんと、古語辞典を引き引き私が全部訳しました!
 
 大きく違ってはいないと思います。細かいところでミスを見つけた方は、どしどしご指摘ください。


 そんなこんなでリクエストをいただいてからかなり時間が経ってしまったことを、いつものようにお詫びします。テストに利用出来なかった方、本当にスミマセンあせあせ(飛び散る汗)

 
 さて、「刑部卿」というのは「刑部省」の役人です。この間、安元の大火で「民部省」というところが焼けましたが、そういう省庁のひとつです。今でいう警察庁みたいなところのようです。

 その刑部卿の敦兼さんという人が相当なブサイクだったと。大きなお世話ですよねぇ。後々の世で、私のような一般人にまでブサイクと呼ばれるとは、敦兼さんも心外ですよね。

 一方奥さんが美人だった、というところに敦兼さんの真の悲劇があるんですね。いや美人でなかったとしても、妻が夫のブサイクに気づいてしまったところに。


 どんなに好きだった人でも、ちょっとでも欠点が目に入ったらその人の箸の上げ下ろしまで許せなくなってしまうのが女です。

 きっかけは何でもない仕草で充分なんですが、敦兼さんは充分すぎるほどにブサイクだった訳で(しつこくてすみません)。


 もう、近くにいるのもイヤッ!なくらいに嫌われてしまった敦兼さんが不憫です。続きを描くのが気の毒なほどです。が、続きは描きます。お待ちください。
posted by juppo at 21:19| Comment(8) | TrackBack(1) | 古今著聞集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする