2022年04月21日

三顧の礼/水魚の交わりA

続きです。もうすぐゴールデンウィークなのに、寒いです。
〈本文〉
此誠不可與爭鋒。孫權據有江東、國險而民附。可與爲援、而不可圖。荊州用武之國、益州險塞、沃野千里。天府之土。若跨有荊益、保其巖阻、天下有變、荊州之軍向宛・洛、益州之衆出秦川、孰不簞食壺漿、以迎將軍乎。備曰、善。與亮情好日密。曰、孤之有孔明、猶魚之有水也。
〈書き下し文〉
此れ誠に与(とも)に鋒(ほこ)を争うべからず。孫権、江東に拠有(きよゆう)し、国険にして民附く。与に援(えん)と為すべくして、図るべからず。荊州は武を用うるの国、益州は険塞(けんそく)、沃野千里。天府(てんぷ)の土なり。若し荊・益を跨有(こゆう)し、その巌阻(がんそ)を保ち、天下変有らば、荊州の軍は宛(えん)・洛に向かい、益州の衆は秦川(しんせん)に出でば、孰(たれ)か簞食壺漿(たんしこしよう)して、以って将軍を迎えざらんや」と。備曰く、「善し」と。亮と情好(じようこう)日に密なり。曰く、「孤(こ)の孔明あるは、猶魚の水有るがごとし」と。
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〈juppo〉4月も下旬になろうとしているにしては寒い日が続いています。桜が咲いて散ったのももう過去のことだというのに。これがまた、暑くてたまらなくなる日がそのうち来るのだろうなと覚悟はしています。どうでもいいことを書いているのは生活のリズムが崩れて、夜明けにこれを書いているからです。

 諸葛孔明と劉備玄徳の出会いのお話は、ここまでです。参考にさせていただいたサイトには、もう一文あったのですが、そこからは龐士元についての文章のようだったので、劉備が孔明との関係を「水魚の交わり」だと、タイトル回収したところで完結とさせていただきました。最後に劉備が「孤」と言っているのはここでは「私」という意味です。

 孔明が劉備の今置かれている現状を冷静に判断して、戦いに際しての構えを唱えています。荊州と益州はその時代の地名です。宛も洛も、です。前回ご紹介した「諸葛孔明」の本に略図がいくつも載っているので、大いに助かったのですが、最後に「秦川ってどこよ?」という謎がなかなか解明できませんでした。新旧合わせて中国の地図を検索しまくり、結局「こちらの方」くらいにしか絵にできませんでした。他の地もだいたいの絵にしかなってませんけどね。
 
 「巌阻」は岩などがゴツゴツした険しい地のことで、「簞食壺漿」とは食べ物を竹の器に盛り、飲み物を壺に入れて饗することで、転じて軍隊を歓迎する意味なのだとか。漢和辞典に載ってました。
漢文で読む漢字は、旧字体などもあってやたら難しくて厄介ですけど、それぞれの字の意味や成り立ちまで知ると、なかなか面白いですね。
 なんてことを、夜が明けきった朝に、考えています。

 次回は草枕あたり、を考えています。


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2022年04月17日

三顧の礼/水魚の交わり@

大変長らくご無沙汰してしまいました。リクエストにお応えします。漢文、「十八史略」です。
〈本文〉
瑯琊諸葛亮、寓居襄陽隆中。毎自比管仲・樂毅。備訪士於司馬徽。徽曰、識時務者在俊傑。此間自有伏龍・鳳雛。諸葛孔明・龐士元也。徐庶亦謂備曰、諸葛孔明臥龍也。備三往乃得見亮、問策。亮曰、操擁百萬之衆。挟天子令諸侯。
〈書き下し文〉
瑯琊(ろうや)の諸葛亮(しよかつりよう)、襄陽(じようよう)の隆中(りゆうちゆう)に寓居(ぐうきよ)す。毎(つね)に自ら管仲(かんちゆう)・楽毅(がくき)に比す。備、士を司馬徽(しばき)に訪(と)う。徽曰く、「時務(じむ)を識る者は俊傑(しゆんけつ)に在(あ)り。此の間自ら伏龍(ふくりよう)・鳳雛(ほうすう)有り。諸葛孔明・龐士元(ほうしげん)なり」と。徐庶(じよしよ)もまた備に謂って曰く、「諸葛孔明は臥龍(がりよう)なり」と。備、三たび往いて乃ち亮を見るを得、策を問う。亮曰く、「操(そう)、百万の衆を擁し、天子を挟(さしはさ)んで諸侯に令す。
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〈juppo〉毎年3月はブログが滞りがちで花粉症のせいにしていましたが、今年気づいたことには、学年が一段落すると私もお休みモードに入ってしまうようです。「春休みにまで勉強しなくていいよね」とずっと思っている、もと学習塾講師です。などと言いつつ、4月になってもサボり続けてしまいました。満を辞して、諸葛孔明です。

 諸葛孔明は本名が諸葛亮で、孔明は字(あざな)だそうです。成人すると本名の他につける名前のことですって。ここでは最初のコマ以外は孔明で通しています。難しい漢字がたくさん出てくるのは漢文ではおなじみですが、それぞれ地名なのか人名なのか、さらにニックネームみたいなのも出てくるのでややこしいです。

 管仲、楽毅のふたりはこのお話には出て来ない・・どころかこの時点で何百年も前の人物らしいんですけど、そういう歴史上の偉人に憧れる孔明だったのですね。

 備とは劉備のことです、劉備玄徳とも言いますが玄徳が字です。孔明はこの時27歳、劉備47歳でかなり年下の孔明を訪ねた劉備が、へりくだって戦略を問うています。初めて会うまでにさんざん傑物らしい評判を聞いたからでしょうね。「臥龍」とは水中にいて、天から雲が下りてくるのを待っている竜のことだとか。

 曹操はこの時劉備が倒そうとしている相手です。今回は名前しか出てきません。

 孔明の話の途中で以下次号、です。2回で完結します。「三顧の礼」と「水魚の交わり」とタイトルも分けようかと思っていましたが、紛らわしいので一緒にして2話にしました。


 今回、この作品を漫画にするにあたっては、こちらのサイトを参考にし、白文・書き下し文もそのまま引かせていただきました↓

https://blog.goo.ne.jp/ta-dash-i/e/86b5af126d57a19b86c7bcc365cd9aac

また、こちらの本を図書館で借り、かなりの部分を助けられました。わかりやすいです。オススメです↓

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2022年02月26日

虎穴に入らずんば虎子を得ずG

最終回です!皆さん、お疲れ様でした!!
〈本文〉
今以超爲軍司馬、令遂前功、超復受使、固欲益其兵、超曰、願將本所從三十餘人足矣、如有不虞、多益爲累。
〈書き下し文〉
今、腸を以て軍司馬と為し、前の功を遂げしめよ」。超復(ま)た使を受く。固は其の兵を益さんと欲せしも、超曰わく、「願わくは本(も)と従えし所の三十余人を将(ひき)いれば足れり。如(も)し不虞(ふぐ)有らば、多く益すこと累(わずら)いと為らん」。
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〈juppo〉寒さもそろそろ一段落となりそうです。東京は、です。その代わりに花粉症が猛威を奮い始めており、鼻をかみながら更新しています。
 
 中途半端に4コマだけになってしまいましたが、班超さんの活躍も前回で一段落しており、今回はその後に続くある意味導入部分のようにも見えます。実際、お話はこの後もどんどん続くんですけど、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」のエピソードとしてはこの辺までなのでここで終わります。

 たった36人だかの兵を連れて成功を納めたからこそ、歴史に名を残して逸話が語られ続けているんですね。歴史上の人物で武将だった人というのは言ってみれば皆さん乱暴者で、成功の陰に犠牲者あり、と考えると少し複雑な気持ちになりますが、それは現代人からの視点だから、と納得するしかないのでしょうね。
 これからの時代は戦争を起こしたとか、隣の国を滅ぼしたとか、そういうことでは立派な人物として歴史に名を残すことは難しいと思いますよ、プーチンさん。歴史は勝者が作っていくという側面もありますが。

 誰にとっても良いことになった、そういう結果でできれば歴史に名を残したいですね。皆さんもそういうのを、目指してください。


 次回は「大鏡」あたりから、の予定です。
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2022年02月22日

虎穴に入らずんば虎子を得ずF

2022年2月22日、ネコの日です。そんなことは今回のお話には特段関係はありません。「ネコ歩き」を見ながら更新していますが。
〈本文〉
吏兵斬其使及從士三十餘級、餘衆百許人悉焼死、明日乃還告郭恂、恂大驚、既而色動、超知其意、擧手曰、椽雖不行、班超何心獨擅之乎、恂乃悦、超於是召鄯善王廣、以虜使首示之、一國震怖、超暁告撫慰、遂納子爲質、還奏於竇固、固大喜、具上超功效、幷求更選使使西域、帝壯超節、詔固曰、吏如班超、何故不遣而更選乎、
〈書き下し文〉
吏兵は其の使及び従士を斬ること三十余級、余衆百人許(ばか)りは悉(ことごと)く焼死す。明日
乃ち還りて郭恂に告ぐ。恂大いに驚き、既にして色動く。超、其の意を知り、手を挙げて曰わく、「椽は行かずと雖も、班超何の心あってか独り之を擅(もっぱ)らにせん乎(や)」。恂乃ち悦ぶ。超是(ここ)に於いて鄯善王の広を召し、虜の使の首を以て之に示したれば、一国震え怖る。超、暁(さと)し告げて撫慰し、遂に子を納(い)れて質と為す。帰って竇固(とうこ)に奏するや、固大いによろこび、具(つぶ)さに超の功效を上(たてまつ)り、幷(あわ)せて更(あらた)めて使を選んで西域に使いせしめんことを求む。帝は超の節を壮とし、固に詔して曰わく、「吏の班超の如き、何の故にか遣わさずして更めて選ばんとする乎(や)。
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〈juppo〉カレンダーにここまで2が並ぶネコの日が次に来るのは200年後でしょうか。2202年があるから180年後ですね。その頃にはネコさんたちももっと進化して、自治的に記念日を祝っていたりして。そうなったら人間は本当〜に、ネコのしもべになっていそうです。

 本題に戻ります。班超さんとその部下たちは計画通り匈奴を倒すことに成功しました。それを交渉の手段にも使って、凱旋帰国です。虎子は手に入れていませんが、鄯善王の子を人質に取りました。

 その功績でトントン拍子に今後も昇進していきそうな班超さんです。というところで、そろそろこのお話はおしまいなんです。もう少しだけ残っているので、最終回はその部分を。
 ほぼネコの日の話しかしていない感じですが、今回はこの辺で。
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2022年02月20日

虎穴に入らずんば虎子を得ずE

第6回です。オリンピックももう明日閉会なんですね。
〈本文〉
衆曰、當與從事議之、超怒曰、吉凶決於今日、從事文俗吏、聞此必恐而謀泄、死無所名、非壯士也、衆曰善、初夜遂將吏士徃奔虜謍、會天大風、超令十人持鼓藏舍後、約曰、見火然、皆當鳴鼓大呼、餘人悉持弓弩、夾門而伏、超乃順風從火、前後鼓噪、虜衆驚亂、超手格殺三人、
〈書き下し文〉
衆曰わく、「当(まさ)に従事と之を議すべし」。超怒りて曰わく、「吉凶は今日に決す。従事は文俗の吏なれば、此れを聞きて必ず恐れて謀(はかりごと)泄(も)れん。死して名とせらるる所無きは、壮士に非ざるなり」。衆曰わく、「善し」。初夜に遂に吏士を将(ひき)いて往きて虜の営に奔(はし)る。会(たまた)ま天大いに風ふく。超、十人をして鼓(つづみ)を持ちて虜舎の後に蔵(ひそ)ましめ、約して曰わく、「火の然(も)ゆるを見れば、皆な当(まさ)に鼓を鳴らして大いに呼(さけ)ぶべし」。余人悉(ことごと)く弓弩(きゆうど)を持ち、門を夾(さしはさ)みて伏す。超乃ち風に順(したが)いて火を縦(はな)ち、前後鼓噪(こそう)す。虜衆驚き乱れ、超手ずから三人を格殺し、
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〈juppo〉寒い寒いと言っている間に2月も終わりが見えてきました。本当に短いですね、2月。
 物語はいよいよ佳境です。前回班超さんが演説していた作戦を、実行に移す時が参りました。このブログではいつもそうですが、どの人物も私が描くと可愛いキャラになってしまうので、敵も味方も憎らしさも怖さも微塵もないのが遺憾です。何しろ目指す匈奴を一気呵成にやってしまえ、な班超さんたちなのです。

 1コマ目、部下の皆さんが「相談しないと」と言っている郭恂さん、皆さんお忘れかもしれませんが第3回で班超さんとともに西域に来ることになった秘書の方です。まだ出番が残っているので、覚えておいてくださいね。その郭恂さんは、班超さんが言うには「文俗の吏」だと。引用元の解説によれば「礼法風俗に拘泥する小役人」のことだそうです。そういうヤツに相談しても作戦決行の妨げになりかねないと言ってるんですね

 3コマ目の班超さんのセリフ、ほぼ訳してなくて書き下し文と大差ないですね。でも、こういう言葉遣いはよく見ますよね。「死んで名を残さない者は壮士じゃない!」て意味ですけど、一応。
 実はイマイチよくわからなかったのでそのままなのが「壮士」という言葉です。血気盛んな男子とか、男らしい男とか、そういう意味だと思うんですけど、ちょっとジェンダー的に訳しにくいというのもあって、そのままにしています。

 「初夜」は「初めての夜」という意味ではなく、ここでは「夕方から夜中までの時刻」だそうです。そんな時間ですが、まんまと火に包まれてしまったということは、匈奴の人たちは寝入っていたのでしょうね。 
 寝込みを襲った勢いで3人も素手で殺しちゃったりして、血生臭い展開になりそうなところで次回に続きます。殺伐としてきましたが終わりまでもう少しお付き合いください。
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2022年02月15日

虎穴に入らずんば虎子を得ずD

続きです。物語は後半に突入します。
〈本文〉
如令鄯善収吾屬送匈奴、骸骨長爲豺狼食矣、爲之奈何、官屬皆曰、今在危亡之地。死生從司馬、超
曰、不人虎穴、不得虎子、當今之計、獨有因夜以火攻虜、使彼不知我多少、必大震怖、可殄盡也、滅此虜、則鄯善破膽、功成事立矣、
〈書き下し文〉
如(も)し鄯善(ぜんぜん)をして吾が属(ともがら)を収(とら)えて匈奴(きようど)に送らしめなば、骸骨は長(とこし)えに豺狼(さいろう)の食(えじき)と為らん。之を為すこと奈何(いかん)せん」。官属皆な曰わく、「今、危亡の地に在り。死生、司馬に従わん」。超曰わく、「虎穴に入らずんば虎子を得ず。当今の計(はかりごと)、独り夜に因って火を以て虜を攻ムルこと有るのみ。彼をして我の多少を知らざらしむれば、必ず大いに震え怖れ、殄(ほろ)ぼし尽くす可きなり。此の虜を滅ぼさば、則ち鄯善は肝(きも)を破り、攻成り事立たん」。
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〈juppo〉5話目にしてやっとタイトル回収です。その「虎穴に入らずんば・・・」を2コマ使って描きましたが、1コマでいいんです。文語でも口語でもどっちでも意味は伝わるなーと思いました。それで結局両方描いてしまいました。このお話の重要シーンでもありますし。

 要するに危険を冒さなければ成功は収められないという強気な発言です。とは言え、班超さんにはそれなりの計略があり勝算も多少あったと見えますね。敵地に送られるよりこの場でやっつけてしまおうというのも手短でいいですね。
 その計略が成功するかどうかはまだ秘密です。秘密にするほどのことでもないですけど。あと3回ほど続きますので。

 そうです。次回は、闇討ち回です。
posted by juppo at 01:58| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月06日

虎穴に入らずんば虎子を得ずB

2月は短いことですし、サクサク更新します。まぁ偶然なんですけど。
〈本文〉
帝乃除超爲蘭臺令史、後坐事免官。
 十六年、奉車都尉竇固出撃匈奴、以超爲假司馬、將兵別撃伊吾、戰於蒲類海、多斬首虜而還、固
以爲能、遣與從事郭恂倶使西域。
 超到鄯善、鄯善王廣奉超、禮敬甚備、後忽更疏懈、超謂其官屬曰、寧覺廣禮意薄乎、
〈書き下し文〉
帝乃ち超を除して蘭台令史と成す。後に事に坐して官を免ぜらる。
 十六年、奉車都尉竇固(とうこ)の匈奴(きようど)に出撃するや、超を以て仮司馬とす。兵を将(ひき)いて別に伊吾(いご)を撃ち、蒲類(ほるい)海に戦い、多く斬首(ざんしゆ)慮(りよ)して還る。固は以て能(のう)と為し、遣わして従事の郭恂(かくじゆん)と倶(とも)に西域に使せしむ。
 超、鄯善(ぜんぜん)に到るや、鄯善王の広(こう)は超を奉じて礼敬甚だ備わりたるも、後に忽ち更(あらた)めて疏懈(そかい)なり。超、其の官属に謂いて曰わく、「寧(すなわ)ち広の礼意の薄きを覚(さと)れる乎(や)。
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〈juppo〉前回、もう春ですねなんて書いたらその翌日から半端なく寒いです。ガスヒーターの前から離れられない日々を送っていたら、ガス代が普段の4倍くらいに跳ね上がりました。

 訳している時は長い話だなぁと思っていたのに、こうして絵にしてしまうと展開が速いですね。前回、筆と硯を放り投げたと思ったら、お兄さんのコネで官職に就き、と思ったら割愛されていますが何か事件に巻き込まれて退職し、ネタバレしたように戦の場に赴くことになった班超さんです。
 
 竇固(とうこ)という人は、後漢の将軍だそうです。ややこしいことにこの先この人は「固」と呼ばれます。お兄さんと同じ名前じゃないですか。幸いお兄さんの方はもう出てこないんですけどね。都尉はこちらの固さんの階級です。司馬は役職を指しています。匈奴は西域の遊牧民のことですが、その人たちがいる地域のことも指すようです。

 臨時雇いで従軍させたら思いのほか戦績をあげてくれたので、その西域に派遣されることになりました。班超さんの活躍はまだまだこれからが真骨頂です。今回も虎穴は出てきませんでしたが、どうぞお忘れなく。
 続きは近日中に。
 
posted by juppo at 21:21| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月03日

虎穴に入らずんば虎子を得ずA

続きです。今回はトラが出てきますよ。
〈本文〉
安能久事筆研間乎、左右皆笑之、超曰、小子安知壯士志哉、其後行詣相者、曰、祭酒、布衣諸生耳、而當封侯萬里之外、超問其狀、相者指曰、生燕頷虎頸、飛而食肉、此萬里侯相也、久之顕宗問固卿弟安在、固對爲官冩書、受直以養老母、
〈書き下し文〉
安(いずく)んぞ能く久しく筆研(ひつけん)の間に事(つと)めん乎(や)」。左右皆な之を笑う。超曰わく、「小子安んぞ壮士の志を知らん哉(や)」。其の後、行きて相者に詣(いた)るに、曰わく、「祭酒は布衣の諸生なる耳(のみ)。而れども当(まさ)に侯に万里の外に封ぜられるべし」。超、其の状を問う。相者指さして曰わく、「生は燕の頷(あご)に虎の頸(くび)、飛びて肉を食らわん。此れ万里侯の相なり」。之を久しくして顕宗は固(こ)に問う、「卿(そち)の弟は安くにか在流」。固対(こた)うらく、「官の為に書を写し、直(あたい)を受けて以て老母を養う」。
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〈juppo〉本文と書き下し文を写すだけで1時間くらい漢字と格闘しています。お気づきのことと思いますが、いや別に気づかなくても良いのですが、本文の方には旧字体が多用されています。その字を探すのが大変であるのもさることながら、そもそもMacに入ってない字もあるので新字体でごまかしているところもあります。どの字がそうかということはいちいち言いませんけども。
一字ずつ探していると果てしないので、音読みでなく訓読みで入力して送り仮名を消したり、適当な熟語で変換していらない文字を消したりもしています。「顕宗」の「顕」は「顕微鏡」から一文字残したり。
 その顕宗というのは、後漢の皇帝とか。班超はつましく筆耕で糊口をしのいでいますが、お兄さんの固は帝と問答するほどの位にいるんですね。ここで班超の様子を聞いた皇帝が・・・、以下次号です。

「祭酒」は「先生」と訳しましたが、「祭酒」とは祭事などでは1番偉い人からお酒を飲むので、尊敬する人のことを指す語になってるんですって。

 班超を先生と呼ぶ易者から、人相にトラとツバメが見える、などと判じられています。トラが食べている肉、どう見てもステーキ肉300グラムくらいのものにしか見えないかもしれませんが、草食動物の屍肉です。そう思って見てくださいね!

 今日は節分でした。恵方巻きを作って食べました。もう春ですね。続きは近日中に。
posted by juppo at 23:50| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月31日

虎穴に入らずんば虎子を得ず@

皆さま、明けましておめでとうございます。って、もう1月も終わりじゃーないですか。リクエストにお応えします。漢文です。
〈本文〉
班超字仲升、扶風平陵人、徐令彪之少子也、爲人有志、不修細節、然内孝謹、居家常執勤苦、不恥勞辱、有口辯、而渉獵書傳、永平五年、兄固被召詣校書郎、超輿母隨至洛陽、家貧、常爲官傭書以供養、久勞苦、嘗輟業投筆歎曰、大丈夫無它志略、猶當效傅介子張騫立功異域、以取封侯、
〈書き下し文〉
 班超(はんちよう)、字(あざな)は仲升(ちゆうしよう)、扶風平陵の人、徐の令彪(ひよう)の少(すえ)の子なり。人と為(な)り志有って細節を修めず。然れども内は孝謹にして、家に居りて常に勤苦を執り、労辱を恥とせず。口弁有って而も書伝を渉猟(しようりよう)す。永平五年、兄の固(こ)召されて校書郎に詣亜(いた)るや、超は母と与(とも)に随いて洛陽に至る。家貧しく、常に官の為に傭書して以て供養し、久しく労苦す。嘗つて業を輟(や)め筆を投じて歎じて曰わく、「大丈夫他の志略無きも、猶お当(まさ)に傳介子(ふかいし)、張騫(ちようけん)に效(なら)いて功を異域に立て、以て封侯を 取るべし。
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〈juppo〉気づいたら1月も終わりのみならず、気づいたら前回の記事から丸2ヶ月経ってしまっていました。今回のリクエストをいついただいたのかも記憶の彼方なんですが、入手した原文が長くて訳がなくて、なんとか絵を描くまでにそれくらいの時間がかかりました。しかも8ページもあります。当分続きます。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」ですが、とりあえずまだ虎は出てきません。ああ、そうです、寅年にふさわしい作品ですね。

 この故事成語と班超という人は有名で、このお話も有名な逸話なんですね。今のところ班超さんは地道にデスクワークに勤しんでいますが、そのうち戦で手柄を立てるんです。ネタバレです。
いろいろ難しい漢字や言葉が出てきますが、漫画の内容でご理解いただければ幸いと、それ以上の説明は控えます。傳介子、張騫についても、それぞれ名将らしいと言うに留めます。班超さんが言ってるような人たちのようです。

 ところで、本日1月31日は当ブログの開設記念日です。2007年の1月31日に初投稿だったので、今日で15歳になりました。15年も続けられたというより、15年も経ってしまったのかぁ、との思いが強いです。何ごとも、やめない限り続けられるんですよ。
 漫画以外の記事も含めて、投稿数は400を超えています。それでもまだまだ、作品化していない古文漢文はいくらでもあるので、これからも続けられる限り漫画にしていきます。リクエストもお待ちします。16年目も引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
posted by juppo at 00:26| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月30日

桃花源記C

はい、最終回です。
〈本文〉
此中人語云、不足爲外人道也。既出得其船、便扶向路、處處誌之。及郡下、詣太守説如此。太守即遣人随其往、尋向所誌、遂迷不復得路。南陽劉子驥、高尚士也。聞之、欣然規往、未果尋病終。後遂無問津者。
〈書き下し文〉
この中の人、語(つ)げて云ふ、外人(ぐわいじん)の爲(ため)に道(い)ふに足らざるなりと。既(すで)に出(い)でその船を得て、便(すなは)ち向(さき)の路(みち)に扶(そ)ひ、處處(しよしよ)にこれを誌(しる)す。郡下(ぐんか)に及び、太守(たいしゆ)に詣(いた)りて説(と)くこと此(か)くの如(ごと)し。太守即(すなは)ち人を遣(や)りてその往(ゆ)くに随(したが)ひ、向(さき)に誌(しる)せし所を尋(たづ)ねしむるも、遂(つひ)に迷(まよ)ひて復(ま)た路(みち)を得ず。南陽(なんやう)の劉子驥(りうしき)は、高尚(かうしやう)の士(し)なり。之(これ)を聞き、欣然(きんぜん)として往(ゆ)かんと規(はか)るも、未(いま)だ果(は)たさざるに尋(つ)いで病みて終(を)はる。後(のち)遂(つひ)に津(しん)を問ふう者なし。
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〈juppo〉行く先々で歓待を受けたわりに、帰る際に引き止められることもなく、その代わりここのことを誰にも話すなとも言われずに、「話す必要はない」という言い方です。無理して話さなくても、という感じですが、その裏にはやっぱり「話さないでね」と暗に禁止を込めているのでしょうか。
「外人の爲に」の「爲」は、「〜に向かって」という意味だそうです。外の人に対して、ということですね。
「既に出でて」の「既に」は「〜したのち」だそうです。今も使う言葉が入っていると、却ってややこしいですよねー。

 そういうわけで、玉手箱をもらったりはしなかったようですが、二度とその村に行くことはできなかったと。
 最後に南陽の劉子驥という人が唐突に出てきますね。劉麟之(りゅうりんし)という実在の人がいたらしく、薬草を求めて歩くうちに神仙の境に迷い込んだとかいう話があるそうで、その人が訪ねたのもここじゃない?と、物語にちょっと信憑性を持たせる効果ではと言われているようです。もはや、何が現実で何が創作なのかわからなくなるオチです。
 何しろ昔のことなので、そんなことも本当にあったのかもしれません。・・・と、いうような最後のコマにしてみました。

 次回は徒然草の予定です。近いうちに。
posted by juppo at 23:37| Comment(2) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月26日

桃花源記B

続きです。今月中に、完結しますよ。
〈本文〉
具答之、便要還家、爲設酒殺雞作食。村中聞有此人、咸來問訊。自云、先世避秦時亂、率妻子邑人來此絶境、不復出焉、遂與外人間隔。問今是何世、乃不知有漢、無論魏晉。此人一一爲具言所聞、皆歎惋。餘人各復延至其家、皆出酒食。停數日、辭去。
〈書き下し文〉
具(つぶ)さにこれに答れば、便(すなは)ち要(むか)へて家(いへ)に還(かへ)り、爲(ため)に酒を設(まう)け雞(とり)を殺して食を作る。村中(そんちゅう)この人あるを聞き、咸(み)な來たりて問訊(もんじん)す。自(みづか)ら云(い)ふ、先世(せんせい)秦時(しんじ)の亂(らん)を避(さ)け、妻子邑人(いふじん)を率ゐてこの絶境(ぜつきやう)に來たり、復(ま)た焉(ここ)より出(い)でず、遂(つひ)に外人(ぐわいじん)と間隔(かんかく)すと。今は是(こ)れ何(いづ)れの世なるかと問ひ、乃(すなは)ち漢(かん)あるを知らず、魏晉(ぎしん)は論ずるなし。この人一一(いちいち)爲(ため)に具(つぶ)さに聞く所を言へば、皆歎惋’(たんわん)す。餘人(よじん)各(おの)おの復(ま)た延(まね)きてその家に至(いた)らしめ、皆(み)な酒食(しゆしよく)を出だす。停(とど)まること數日(すうじつ)にして、辭(じ)し去る。
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〈juppo〉↑の本文、書き下し文はタイプしていますが、読めないやら探せない字やらがあって難儀しています。旧字体なんだけどフォントになくて新字体になっているものもあります。「間隔」の「間」は門構えの中がホントは「月」なんですけど、そんな字はついに見つかりませんでした。探し方が甘いのかもしれませんけれども。
(その後、この文字を探すヒントを教えていただきました。↓コメント欄にあります。)

 前回、どうやら好意的だとわかったこの村の人たちに、漁師の人は歓待を受けています。おとぎ話にはありがちな展開です。
「先世」は「前世」みたいですけど、先祖のことなんですね。秦の国は紀元前221〜206年に成立していて、この漁師の人の晋の国は265〜420年にあったそうなので、だいたい500年前にここの人たちの先祖はここにやってきた、ということなんです。その間にあった漢の時代も知らないし、その後のことは言うまでもない、なんですね。「魏晋」は「魏」と「晋」の時代、てことです。
 例えば戦国時代の村の人たちが、戦の世に飽き飽きしてどこか穴の中の世界に隠れて住み続けていたとしたら、今もその頃の営みのまま暮らしている・・・というようなことでしょうか。500年もあったらそれなりに進化してるんじゃないかな〜とも思いますが、何かと進化には争いが不可欠だったりしますから、平和なまま生き続けたら案外それほど環境に変化はもたらされないのかもしれません。

こんな映画を思い出しました。


おとぎ話にありがちなように、訪問者はそのままそこに居つくことはせず、住み慣れた現世に帰ることにします。それから?な最終回は、今月中に。
posted by juppo at 00:18| Comment(2) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月20日

桃花源記A

2021年上半期も、残すところあと10日になりました。だから何だということでもありません。続きです。
〈本文〉
初極狭、纔通人。復行數十歩、豁然開朗。土地平曠、屋舎儼然、有良田美池、桑竹之屬。阡陌交通、雞犬相聞。其中往來種作、男女衣著、悉如外人。黄髪垂髫、竝怡然自樂。見漁人乃大驚、問所從來。
〈書き下し文〉
初めは極(気は)めて狭(せま)く、纔(わづ)かに人を通ずるのみ。復(ま)た行くこと數(すう)十歩、豁然(くわつぜん)として開朗(かいらう)なり。土地は平曠(へいくわう)、屋舎(をくしや)は儼然(げんぜん)として、良田美池(りやうでんびち)、桑竹(さうちく)の屬(ぞく)あり。阡陌(せんばく)交(まじ)はり通じ、雞犬(けいけん)相(あ)ひ聞こゆ。其(そ)の中(うち)に往來(わうらい)して種作(しゆさく)するに、男女(だんぢよ)の衣著(いちやく)は、悉(ことごと)く外人(ぐわいじん)の如(ごと)し。黄髪垂髫(くわうはつすいてう)、竝(なら)びに怡然(いぜん)として自(みづか)ら樂(たの)しむ。漁人(ぎよじん)を見て乃(すなは)ち大(おほ)いに驚(おどろ)き、從(よ)りて來(き)たる所を問ふ。
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〈juppo〉穴があったら入りたくなるのが人情かもしれませんが、私はこういうのは苦手です。車に乗っていて長いトンネルをくぐるのも、出口があると常識で分かっているから耐えられますが、一抹の不安を抱きながら走ります。アクアラインの10キロトンネルなんて最悪です。海の水が落ちてこないとどうして断言できるのか。映画の見過ぎなんですけど、実際某映画ではそんなシーンがあるらしいですね。

 さて自然の理に従って穴に入った漁師の人、ぽっかりと別世界?に出ました。ここでは桃の花があるという記述がないので、もうカラーじゃありません。
 そこがどういう土地だったか、書いてある通りに絵にしたつもりですが、実際どういうところかは誰にもわからないので、皆さん自由に想像してくださいね。幸い、桑とか竹とかニワトリとか犬とか、現実にあるものが揃っているので「竹取物語」の蓬莱山よりは想像しやすいかと。

 男女の着物が外人のようだと言っていますが、この人のもともといた晋の国の外というくらいの意味です。多分西洋人なんて知らないでしょうから。

 「黄髪垂髫」はそのまま四字熟語になっていて、「老人と子ども」という意味なんですって。老人ならただの白髪で良いかと思いますが、黄ばんだ白髪を言うようで、念の入った表現ですね。

 そこにいた人たちは好意的なようです。危ない目には逢いそうにないので、安心して次回をお待ちください。
posted by juppo at 21:07| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月15日

桃花源記@

関東地方も梅雨入りしました。蒸し暑いです。リクエストにお応えします。久しぶりの、漢文です。
〈本文〉
晉太元中、武陵人捕魚爲業。縁溪行、忘路之遠近。忽逢桃花林、夾岸數百歩、中無雜樹、芳華鮮美、落英繽紛。漁人甚異之、復前行欲窮其林。林盡水源、便得一山。山有小口、髣髴若有光、便捨船從口入。
〈書き下し文〉
晉(しん)の太元(たいげん)中(ちゅう)、武陵(ぶりょう)の人魚(うお)を捕(と)らふるを業(げふ)と爲(な)す。溪(たに)に縁(そ)ひて行(ゆ)き、路(みち)の遠近を忘る。忽(たちま)ち桃花(たうくわ)の林に逢ひ、岸を夾(はさ)婿と數(すう)百歩、中(うち)に雜樹(ざつじゆ)無く、芳華(はうくわ)鮮美(せんび)、落英(らくえい)繽紛(ひんぷん)たり。漁人(ぎよじん)、甚(はなは)だ之(これ)を異(い)とし、復(ま)た前(すす)み行(ゆ)きて其(そ)の林を窮(きは)めんと欲(ほつ)す。林水源に盡(つ)きて、便(すなは)ち一山(いちざん)を得たり。山に小口(せうこう)有り、髣髴(はうふつ)として光有るが若(ごと)く、便ち船を捨てて口從(よ)り入(い)る。
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〈juppo〉桃源郷という言葉がありますね。理想郷とかユートピアとか、そういうのと同義ですが、もともとはこのお話からのようですよ。
 陶淵明(とうえんめい)という中国の詩人が編纂した書物に、詩とともに収められたお話です。詩の方も、同じような内容です。

 「太元」は晉の時代の元号で、晉は4世紀ごろの中国の王朝です。漫画では「晋」にしています。漢文だから仕方ないんですけど、相変わらず難しい漢字ばっかりで、そこからすでにハードルが上がってますよね。訳を作るのには本やネットにあるものを参考にするんですけど、今回は漢和辞典も活用しました。漢字そのものの意味がわかれば訳しやすいと思ったからなのですが、なんと字によってはこの作品の一文が引用されているではないですか。それも参考にさせていただきました。漢文の学習に漢和辞典が有効、てなことにこの歳になって気づいた次第です。長生きはするものです。

 「武陵」は地名です。數百歩の「歩」は長さの単位で、一歩は約1.5メートルだそうなので、数百mにしときました。歩幅にしては長い単位です。髣髴は彷彿のことではなく、「ほのかに」とか「わずかに」という意味だそうです。

 桃の花の林が突然現れたことも不思議なことですが、それを調べるよりも目の前に穴があったら入ってしまうのが人の性なのですね。とりあえず入ってみる、中に何があるかは次回のお楽しみです。全部で4回続きます。あと3回です。
posted by juppo at 23:46| Comment(2) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月21日

五十歩百歩A

続きです。
〈本文〉
塡然鼓之、兵刄既接。
棄甲曳兵而走。
或百歩而後止、或五十歩而後止。
以五十歩笑百歩、
則何如。曰、不可。直不百歩耳、是亦走也。
曰、王如知此、則無望民此多於鄰國也。
〈書き下し文〉
塡然(てんぜん)として之(これ)に鼓(こ)し、兵刄(へいじん)既(すで)に接(せつ)す。
甲(かふ)を棄(す)て兵を曳(ひ)いて走る。
或(あるひ)は百歩にして後(のち)止(とど)まり、或は五十歩にして後止まる。
五十歩を以て百歩を笑はば、
則(すなは)ち何如(いかん)、と。曰(いは)く、不可(ふか)なり。直(ただ)に百歩ならざるのみ、是(こ)れ亦(また)走るなり、と。
曰く、王(わう)如(も)し此(これ)を知らば、則ち民の鄰國(りんごく)より多(おほ)きを望むことなかれ。
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〈juppo〉前回でも触れたように、よく知られているお話なんですけど、絵にするのに大分悩んだところがいくつか。兵隊は大勢いるのだと思うんですけど、とっさに逃げたのはその一部またはほんの一人二人なんじゃないかということと、五十歩百歩逃げた各々は敵同士なのか、味方同士なのか、ということです。あ、戦場で叩かれる太鼓の形もです。こんな盆踊りの太鼓みたいに叩いてるとは思えないんですけど、この方がわかりやすいかなと思って、これは敢えて。

 細かいところはいろいろ気になるのですけど、たとえ話ですからね。要するに「おまいう」、「お前が言うな」的な言動に対して使う言葉ですよね。「自分のことは棚に上げて」とか、「人のふり見て我がふり直せ」とか、「目〇〇鼻〇〇を笑う」とか、言い換えようはいくらでもありそうです。
 他人の行動を批判する時は、大小の違いはあっても似たようなことを自分もしていないかどうか、
考えてからした方がいいですね。批判だけするのは簡単なことですからね。

 ところで、ずいぶん前にテレビが壊れて新しいのを買った話をしましたが、壊れた方の古いテレビを、今日やっと処分しました。テレビを捨てるのもラクじゃない時代になっていたんですよ。購入した店に引き取ってもらうのでない限り、お金がかかるんですね。どこのお店で買ったのか保証書を探してどうしても見つからなかったので、郵便局で家電リサイクル券というものを入手して、今日取り扱い運送店に搬入してきました!今日までずっと、車の後部に同乗していたんです。車体が軽くなりました。

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こういうものが、郵便局にあります。
posted by juppo at 23:18| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月14日

五十歩百歩@

ご無沙汰してしまいました。リクエストにお応えします。引き続き、漢文です。
〈本文〉
梁惠王曰、寡人之於國也、盡心焉耳矣。
河内凶、則移其民於河東、移其粟於河内。
河東凶、亦然。
察鄰國之政、無如寡人之用心者。
鄰國之民不加少、寡人之民不加多、何也。
孟子對曰、王好戰。謂以戰喩。
〈書き下し文〉
梁(りやう)の惠王(けいわう)曰(いは)く、寡人(くわじん)の國に於(お)けるや、心を盡(つく)すのみ。河内(かだい)凶なれば、則(すなは)ちその民を河東(かとう)に移し、その粟(ぞく)を河内に移す。河東凶なるも、また然(しか)り。鄰國(りんごく)の政(まつりごと)を察するに、寡人の心を用(もち)ふるがごとき者なし。鄰國の民少きを加(くは)へず、寡人の民多きを加へざるは、何ぞや、と。
孟子對(こた)へて曰く、王(わう)戰(たたかひ)を好む。謂(こ)ふ戰(たたかひ)を以(もつ)て喩(たと)へん。
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〈juppo〉前回の『株を守る』と一緒にリクエストいただいたのが本作です。「五十歩百歩」は比較的現代でもよく使う故事成語のひとつだと思います。元になったこのお話もよく知られているので、漫画にするのもそんなに大変じゃないと思っていましたが、大変でした。よく考えたら戦の場面がたとえに使われるんですよね。その辺は次回に出てきますが、戦いのシーンを描かなければならない、実在の人物を歴史上の時代背景で描かなければならない、というのがもうプレッシャーです。絵だけ見ていただくと、そんなに真剣に描いているとは思われないかもしれませんが、私なりにいろいろと調べたり考えたりして描いてるんですよ。まあそんなワケで思いの外、描くのに時間がかかりました、と、ここまで言い訳です。

 出典は『孟子』です。孟子とは漫画にも出てきている人の名前ですが、その人の言行をまとめた書物が「孟子」というタイトルなんですって。なるほどです。わかりやすいです。

 惠王の「惠」の字は漫画では「恵」にしています。「恵王」で検索してあらかたのことが分かったからです。恵王は魏(ぎ)という国の王様だった人です。えー、じゃあ梁って何よ。と、こんな風に作業がストップするのですが、Wikipediaのおかげで、ある時から魏の首都が大梁というところになり、それから国の名前も梁と呼ばれるようになった、ということがわかりました。ある時というのが紀元前340年のことです。そんな昔のことですし、中国史を制するものが世界史を制すると言われるように広くて長い歴史の中のことですので、ここではそんなに詳しく触れないことにしますよ。触れないというのは調べないということですが。

 短い話ですけど2回に分けます。肝心の「五十歩百歩」の逸話は次回のお楽しみになってしまいました。

 ところで、このブログの漫画の下の解説文(これ)の最初にいつも〈juppo〉と入れていますが、これは私のニックネームです。小・中・高校時代からの友人は今でも私のことを「ジュッポ」と呼びます。年賀状の宛名に「柴田十歩様」と書いてくる中学校の同級生もいますが、漢字では書かないです。
 そもそも「十歩」は「じゅっぽ」と読みません。漢字の「十」は訓読みで「と」「とお」、音読みで「ジュウ」「ジッ」と読みますが、「ジュッ」とは読まないんです。
 ですから「五十歩百歩」も「ごじっぽひゃっぽ」と読むのが正しいです。ニュースでも、よく聞くとまともなアナウンサーなら「二十世帯」は「にじっせたい」というように読んでいます。
 だからというワケでは全くないですが、私のことを「じっちゃん」と呼んでいた友人もいました。
 
posted by juppo at 22:23| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月07日

株を守る

世の中が徐々に動き出しましたね。こちらは動くのをやめてしまう人の話です。漢文です。リクエストにお応えします。
〈原文〉
宋人有耕田者。田中有株。
兔走触株、折頸而死。
因釈其耒而守株、冀復得兔。
兔不可復得、而身為宋国笑。
〈書き下し文〉
宋人に田を耕す者有り。田中に株(くひぜ)有り。
兔走りて株に触れ、頸を折りて死す。
因(よ)りて其の耒(すき)を釈(す)てて株を守り、復(ま)た兔を得んことを冀(こひねが)ふ。
兔復た得(う)べからずして、身は宋国の笑ひと為る。
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〈juppo〉「株を守る」というタイトルを初めて目にしました。てっきりトレーダーの話かと思ったら、というのはウソですが、読み始めてみたらなんと、唱歌「待ちぼうけ」ではないですか。
 ♪待ちぼうけ〜♪待ちぼうけ〜♪ある日せっせと・・・のお話に元ネタがあったとは。

 出典は、韓非子の「五蠹(ごと)」の中にある説話で、古い習慣にこだわって融通がきかないとか、幸運が舞い込むことに期待しすぎることなどを戒める意味を含んだお話なのですね。
「守株待兔(しゅしゅたいと)」という四字熟語もございます。

 えーと、もう他に言うことはないですね。見た通りのお話ですからね。あ、一つだけ。冒頭は「田を耕す者有り」ですが「畑」にしちゃいました。スキを使ってるし。切り株のある畑が田んぼの隣にあるとかそういうシチュエーションにしても良かったのですけど、それほど大きな問題ではないかなと。どっちにしろ何も耕してないし、結局。
posted by juppo at 18:07| Comment(3) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月15日

四面楚歌A

ご無沙汰しました!毎年、この時期はついご無沙汰してしまう、暑さに弱い私です。続きです。
〈本文〉
駿馬、名騅。 常騎之。
於是項王乃悲歌忼慨、自為詩曰、
「力抜山兮気蓋世  時不利兮騅不逝
騅不逝兮可奈何  虞兮虞兮奈若何」
歌数闋、美人和之。
項王泣数行下。 左右皆泣、莫能仰視。
〈書き下し文〉
駿馬(しゆんめ)あり、名は騅(すい)。常に之に騎(の)る。
是(ここ)に於(お)いて、項王乃(すなは)ち悲歌忼慨(かうがい)し、自ら詩を為(つく)りて曰はく、
「力は山を抜き気は世を蓋(おほ)ふ 時利あらず騅逝かず
騅逝かざる奈何(いかん)すべき 虞や虞や若(なんぢ)を奈何せん」と。
歌ふこと数闋(すうけつ)、美人之に和(わ)す。項王泣(なみだ)数行(すうぎょう)下る。左右皆泣き、能(よ)く仰ぎ視(み)るもの莫(な)し。
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〈juppo〉四面を敵に囲まれた、項王の窮状は前回お届けしたので、後半は心置きなく項王のリサイタルをお楽しみください。
 ・・・なんてふざけたことを書いても、内容はしみじみ哀しいです。最後のコマ、自分で言うのもナンですが兵たちがうるうる泣いてるの、なんか哀しいですよね。
 項王が歌っている詩の、三句と四句の終わりは反語になっています。今回に限らず、フキダシの外に敢えて「できないっ」とか否定的な言葉を書いてる時は、大抵反語だと思ってください。

 このお話はここで終了です。この後、項王の軍はどのようにして戦ったり進んだりして『項王の最期』までたどり着くのか、気になるところではありますが、特に調べたり描こうと思ったりしてません。残念ながら。いつかそんな機会があれば、てことで。

 そんなで8月も後半になりましたが、今年の夏も「暑い!」と言っているうちに終わってしまいそうです。
 何しろ今年の夏は忘れられない暑さでしたね。まだまだ暑いんですけど、一番暑かった日々に比べるとちょっと涼しく感じるのが異常です。
 ここ数年、もれなく熱中症になる私は今年もなってました。救急搬送されるほどではありませんでしたが、今年は新型の熱中症で、風邪みたいな症状になったんですよ。ただ「暑い」と思っていたらくしゃみ・鼻水が出始めて、秋の花粉症がもう?と思ったら喉にきて終いにはお腹にきました。涼しいところでひたすら寝てたら治ったので、やっぱり熱中症だったのだと思います。
 皆さんも気をつけてくださいね、と言いたいところですが、気のつけようもないのが昨今の熱中症ですよね。こんなことでは絶滅するな、と思いましたよ。
 人類が暑さで絶滅した後、ゴキブリとかああいうたくましそうな虫なんかが繁栄するんだろうな〜、てな話でピラティスの時間に盛り上がってました。
「生き残りたくないな〜、そういう世界に〜。」とはピラティスの先生談。「実験されたり、人間ホイホイに入れられちゃったりするんですよ〜。」だそうで。『ゴキの惑星』ですね。
 そんなことにならないためには、暑さにもっと強くなるべきなのか、気温上昇を食い止める努力をするべきなのか、考える頭脳も暑さで働かない夏です。
posted by juppo at 23:21| Comment(2) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月21日

四面楚歌@

暑いですね〜。夏休みですね。漢文です。『史記』です。リクエストにお応えしています!
〈本文〉
項王軍壁垓下。 兵少食尽。
漢軍及諸侯兵、囲之数重。
夜聞漢軍四面皆楚歌、
項王乃大驚曰、
「漢皆已得楚乎。 是何楚人之多也。」
項王則夜起飲帳中。
有美人、名虞。 常幸従。
〈書き下し文〉
 項王(かうわう)の軍垓下(がいか)に壁(へき)す。兵少なく食尽く。
漢軍及び諸侯の兵これを囲むこと数重(すうちょう)なり。
夜漢軍の四面皆楚(そ)歌(か)するを聞き、
項王すなはち大いに驚きて曰はく、「漢皆すでに楚を得たるか。これ何ぞ楚人(そびと)の多きや」と。
項王すなはち夜起(た)ちて帳中(ちやうちゆう)に飲む。
美人あり、名は虞(ぐ)。常に幸(かう)せられて従ふ。
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〈juppo〉項王といえば、以前「項王の最期」を描きました。今回のお話を描くのに「四面楚歌」で画像検索すると、その時描いた自分の漫画も出てくるので、それも参考にしました。原画を探すより速くてラクです。いい時代になりましたねぇ。

 そういうわけで、項王は今回立てこもった垓下の城壁内で最期を迎えるのではないことが分かっているのですが、「四面楚歌」って「絶体絶命」のような意味で使う四字熟語ですよね。
 立てこもった城壁の四面から楚の歌が聞こえてきたのを聞いて、絶望的になった項王の心情を表した四字熟語が、「四面楚歌」ということなんですね。
 私はこれを描くまで、楚の歌イコール敵国の歌だと思っていました。ところがなんと、楚の国は項王の故郷だったのですね!!
 
 項王こと項羽は楚の人で、漢の劉邦と「漢楚の争い」をここまで5年ほど繰り広げてきたらしいです。詳しくは「三国志」などで!
 ここでは「項王は楚の人」ということだけ分かっていれば大丈夫です。

 自分の故郷の人々が敵の側について、今自分を包囲していることが分かった項王の衝撃・・からの宴会、な場面ですね。
 楚の歌の歌詞まで書き込んでありますが、もちろん適当です。ソ〜は青い空〜♩の節で作ったつもりでしたが、字余りになってしまいました。

 続きがあります。2回で完結します。


 それにしても、暑いですね。今年も熱中症との戦いの日々です。外出に保冷剤の携帯が欠かせません。
 
 こんなことでは2年後のオリンピックが思いやられますよね〜。8月に都心でフルマラソンなんて、正気の沙汰とは思えません。朝の4時ごろ奥多摩を出発するコースにしろとあれほど言ったのに、てなことにならないでしょうか。
 今からでも前回の東京五輪同様、10月開催に変更すればいいのに、と思うんですけど。観戦に来る外国人の皆さんも、どうせならついでに紅葉が見られた方がいいはずですよねぇ。次は桜を見に来よう!と、リピーターにもなってくれそうですし。

 皆さんも、熱中症にはくれぐれも気をつけて。快適に夏を過ごしてくださいねー。
posted by juppo at 20:54| Comment(2) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月07日

先従隗始A

お待たせしました!続きです。
〈白文〉
買死馬骨五百金而返。 君怒。
涓人曰、
『死馬且買之、況生者乎。 馬今至矣。』
不期年、千里馬至者三。
今王必欲致士、先従隗始。
況賢於隗者、豈遠千里哉。」
於是昭王為隗改築宮、師事之。 於是士争趨燕。
〈書き下し文〉
死馬(しば)の骨を五百金に買ひて返る。 君怒(いか)る。
涓人(けんじん)曰はく、
『死馬すら且(か)つ之(これ)を買ふ。 況(いは)んや生ける者をや。 馬今に至らん』と。
期年ならずして、千里の馬至る者三なり。
今、王必ず士(し)を致さんと欲せば、先(ま)づ隗より始めよ。
況んや隗より賢なる者、豈(あ)に千里を遠(とほ)しとせんや。」と。
是(ここ)に於いて、昭王隗の為に改めて宮(きゆう)を築き、之に指事す。是に於いて、士争ひて燕に趨(おもむ)く。
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〈juppo〉目の前に「先生」と呼ぶ人物がいるのに、なぜよそから他の先生を呼ぼうと考えているのかが不自然な前半でしたが、後半はやはりそういうことで、目の前にいる人からまず始めてみては?という結論でしたねー。

 とは言え、タダの骨に大金を払ったからこそいい馬が手に入ったように、身近な指導者の価値を見直し待遇を改めたからこそ、賢人が噂を聞きつけたということですから、闇雲に何でも手近なところから始めなさい、ということでもないんですよね。

 それにしても、そうは言ってもやっぱり馬の骨に五百金(が、いくらくらいか分からないですけど)も払うのはどうかと思いますよね。「せめて肉買って来いよ!」と、私が王様ならボヤくところかと。

 よく「勉強の仕方がわからない」というお悩みを耳にしますが、そう悩んでる時点でまだ何も勉強してない、てことなんじゃないかと思うので、とりあえずまず目の前にある教科書を開くことから始めてみては?とか、学校の授業で何をやってたか思い出すことから始めては?なんてアドバイスを・・実際にしたことはありません。「勉強法なんて始めてから分かることで、人それぞれと思うけど。」と心の中に抱きつつ、いろいろ考えてアドバイスしてたと思います。聞かれた時には。
posted by juppo at 03:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月18日

先従隗始(先づ隗より始めよ)@

せっかく本が出るというのに、作品の更新が滞ったままでは、と、ちょっとやる気出します。リクエストにお応えしています。漢文です。
〈白文〉
燕人立太子平為君。是為昭王。弔死問生、卑辞厚幣、以招賢者。問郭隗曰、
「斉因孤之国乱、而襲破燕。孤極知燕小不足以報。誠得賢士与共国以雪先王之恥、孤之願也。先生視可者。得身事之。」
隗曰、「古之君有以千金使涓人求千里馬者。

〈書き下し文〉
燕人(えんひと)、太子平(たいしへい)を立てて君(きみ)と為(な)す。是(こ)れを昭王(せうわう)と為す。
死を弔(とむら)ひ生(せい)を問ひ、辞を卑(ひく)くし幣(へい)を厚くして、以(もつ)て賢者(けんじゃ)を招く。郭隗(くわくくわい)に問ひて曰(い)はく、
「斉(せい)孤(こ)の乱るるに因(よ)りて、襲(おそ)ひて燕を破る。孤極(きは)めて燕の小(せう)にして以て報(ほう)ずるに足らざるを知る。
誠に賢士(けんし)を得て与(とも)に国を共にし、以て先王の恥(はぢ)を雪(すす)がんことは、孤の願ひなり。先生可(か)なる者を視(しめ)せ。身(み)之(これ)に事(つか)ふることを得ん」と。
隗曰はく、
「古(いにしへ)の君に、千金(せんきん)を以て涓人(けんじん)をして千里の馬を求めしむる者有り。
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〈juppo〉8コマで収まるかと思って描き始めましたが途中から字だらけになってしまったので2回に分けることにしました。後半を何コマで描くか、まだ検討中であります。
 
「まず隗より始めよ」の隗というのは人の名前だったんですね。燕は国の名前です。紀元前の中国にあった国です。昭王はそこの王様です。
 ところで昭王と言えば、前にもこのブログで描いたことがあった気がするな〜、と検索したら「鶏鳴狗盗」に出てきてました。しかしながら、その時描いた昭王は秦の王様です。どうやら昭王は何人もいるようです。秦の昭王のことは昭襄王(しょうじょうおう)と呼んだりするようです。

 国を強くするために賢者を呼んで政治を手伝ってもらおう、とお考えの昭王です。しかし相談する相手を「先生」と呼んでいますし、タイトルが「隗より始めよ」ですから、後半の内容は読めたも同然かと思いますが、そこまでのくだりを楽しんでいただければ幸いです。「なるほど」と思える故事を隗先生が紹介されますので続きをお待ちください。
 
 その隗先生が、昔の王様が家来に「千金で千里の馬を買って来い」と命令を下したと話し始めたところで今回は続く、です。
 千金は一体いくらくらいなのか不明ですが、かなりの大金、というほどの意味のようです。千里の馬も同じことで、実際に千里走るという意味ではないと思うんですけど、当時中国では1里=540mだったそうなので、千里=540kmで、そのくらいならあるかなぁ?という微妙な距離になっております。でも、あくまでもここでは「良い馬」という意味ですよね。

 いよいよ本の発売を3日後に控え、否が応にも気分は高揚しております。その気分を維持しつつ、今週末はちょこっと台北に行ってきまーす。
 後編は帰国後に!!
 

posted by juppo at 00:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする