2023年09月04日

鴻門の会I

9月になりました。最終回です。
〈本文〉
居数日、項羽引兵西、屠咸陽、殺秦降王子嬰、焼秦宮室。火三月不滅。収其貨宝、婦女而東。
〈書き下し文〉
居(を)ること数日、項羽(かうう)兵を引きて西し、咸陽(かんやう)を屠(ほふ)り、秦の降王(かうわう)子嬰(しえい)を殺し、秦の宮室(きゆうしつ)を焼く。火三月(さんげつ)滅せず。其(そ)の貨宝(くわほう)、婦女を収めて東す。
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〈juppo〉最終回がたったの4コマですみません。しかもここだけ後日談です。鴻門でも会でもないし、この部分はネット上の学習サイトでも切られていたりして、白文を探してYahoo!知恵袋まで行ってしまいました。質問したわけではありません。

 項王は「鴻門の会」の前にも酷いことをしていたようですが、その後でも酷いことをし続けてますね。
 沛公さん(劉邦)は秦の王になった子嬰を殺さず、人民にもゆるいルールを約束していたのに、項王(項羽)はことごとくそれらを勝手に反故にして、やりたい放題です。手に入れるものを手に入れて、ほくほく顔で終わります。天下を取った心境でしょうね。
 この時、紀元前206年です。項羽は紀元前202年、劉邦は紀元前195年まで生きたようです。と、いうことは、項羽の命はあと4年ですね。わが世の春は短い運命のようです。ああ〜、そういえば「項王の最期」は以前描きました。ラス前の「四面楚歌」も描いてます。ついでに興味を覚えた方は参照してください。
 自分でも忘れているほど、いろいろ描いてきたものだなぁと思いますが、まだまだ古文、漢文の作品はいくらでもありますよね。汲めども尽きない古典の泉。その中でどれほどの作品を漫画にできるのでしょう。気が遠くなりますね。

 準備から時間をかけて、異例に暑すぎる夏の間もずっと、紀元前の中国を旅していたようなこの作品とも今日でお別れです。続きとか、その前とか、またリクエストいただいたら描きます。

 でも次回は多分、「大鏡」です。
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2023年08月27日

鴻門の会H

日中ツクツクボウシの声を聞き、夜にスズムシの声を聞くようになりました。夏も終わるようですね。暑いですけど。続きです。
〈本文〉
項王曰、「沛公安在。」良曰、「聞大王有意督過之、脱身独去、已至軍矣。」項王則受璧、置之坐上。亜父受玉斗、置之地、抜剣撞而破之、曰、「唉。豎子不足与謀。奪項王天下者、必沛公也。吾属今為之虜矣。」沛公至軍、立誅殺曹無傷。
〈書き下し文〉
項王曰はく、「沛公安(いづ)国か在(あ)る。」と。良曰はく、「大王之(これ)を督過(とくくわ)するに意有りと聞き、身を脱して独(ひと)り去れり、已(すで)に軍に至らん。」と。項王則(すなは)ち璧を受け、之を坐上(ざじやう)に置く。亜父(あほ)玉斗を受け、之を地に置き、剣を抜き撞(つ)きて之を破りて曰はく、「唉(ああ)。豎子(じゆし)与(とも)に謀(はか)るに足らず。項王の天下を奪ふ者は、必ず沛公ならん。吾(わ)が属(ぞく)今に之が虜(りよ)とならん。」と。沛公軍に至り立ちどころに曹無傷(さうむしやう)を誅殺(ちゆうさつ)す。
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〈juppo〉こんなに暑い毎日でも確実に秋は近づいているのですね。そしてまた寒くなるんですよね、どうせ。この前片付けたばっかりな気がするストーブをまた出して、ガス代が4倍に跳ね上がるんですね。
 
 さて物語は佳境です。沛公さんはとっくに鴻門を去り、残った張良さんが代わりに贈り物を捧げています。これを受け取るなり叩き壊した亜父とは項王軍の軍師です。「豎子」は青二才とか未熟者という意味で、贈り物なんかで懐柔されるな、と項王を戒めているのでしょうね。

 その頃、沛公さんは既に自軍に戻っており、そもそもこのお話の発端であった、項王に告げ口した曹無傷を殺しちゃうんですね。まぁ裏切り者ですからね。

 味方に裏切られたり、敵を操ったり、権謀術数渦巻く戦国時代です。項王を戒めた亜父もその後、項王と袂を分かってしまうようです。ここではそこまで描きませんよ。

 あとちょっとだけ、付け足しのような続きがあります。近日中に。
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2023年08月20日

鴻門の会G

早や立秋を過ぎ、日も短くなってきましたね。それにしては暑い。続きです。
〈本文〉
当是時、項王軍在鴻門下、沛公軍在覇上、相去四十里。沛公則置車騎、脱身独騎、与樊噲、夏侯嬰、靳疆、紀信等四人持剣盾歩走、従酈山下、道芷陽間行。沛公謂張良曰、「従此道至吾軍、不過二十里耳。度我至軍中、公乃入。」
 沛公已去、間至軍中、張良入謝、曰、「沛公不勝桮杓、不能辞。謹使臣良白一双、再拝献大王足下、玉斗一双、再拝奉大将軍足下。」
〈書き下し文〉
是(こ)の時に当たり、、項王の軍は鴻門の下(もと)に在(あ)り、沛公の軍は覇上(はじやう)に在り、相(あひ)去ること四十里(しじふり)なり。沛公則(すなは)ち車騎(しやき)を置き、身を脱して独(ひと)り騎(き)し、樊噲、夏侯嬰(かこうえい)、靳疆(きんきやう)、紀信(きしん)等四人の剣盾(けんじゆん)を持(ぢ)して歩走(ほそう)するものと、酈山(りざん)の下(もと)より、芷陽(しやう)に道して間行(かんかう)せんとす。沛公張良に謂(い)ひて曰はく、「此(こ)の道より吾(わ)が軍に至る、二十里(にじふり)に過ぎざるのみ。我(われ)の軍中に至るを度(はか)り、公(こう)乃(すなは)ち入(い)れ。」と。
 沛公已(すで)に去り、間(ひそ)かに軍中に至る。張良入理、謝(しや)して曰はく、「沛公桮杓(はいしやく)に勝(た)へず、辞(じ)する能(あた)はず。謹(つつし)みて臣(しん)良をして白壁一双(いつさう)を奉(ほう)じ、再拝(さいはい)して大王の足下(そつか)に献じ、玉斗一双をば、再拝して大将軍(だいしやうぐん)の足下に奉ぜしむ。」と。
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〈juppo〉今年の夏休みは、ただ暑かっただけで終わってしまわないですか皆さん。私は学生時代、新学期になると「制服が暑い」「ソックスが暑い」と薄着で過ごした夏休みの日々を懐かしんだものですが、こんな気候変動の行く末を思うと、いずれ夏の間はTシャツ短パンにビーサンで通う学校生活になったりしないでしょうか。いや、そうまでして通学しないですよね。リモートですよね。

 前回、鴻門を出た沛公さんはまだ去ってませんでした。今回いよいよ馬に乗って自軍に引き返します。樊噲以下四人の部下が随行します。3コマ目、「剣盾を持して歩走」とあるのでその四人の方には馬に乗らず走っていただきました。抜け道を通って約8qだったら駅伝1区の半分くらいですから、走れる距離ですね。馬についていくのは大変だと思いますが。そのメンバーの他に誰か一緒だったか不明ですが、あと二人ついでに走っています。そのくらいはいてもいいかな、と。
 4コマ目は話が前後しています。張良は鴻門に残っていますので。そう伝えてきたんです、という回想シーンですね。この後、張良が言われた通りの役割を演じるので、ここでその会話の内容が挟まれているんですね。

 覇上とは現在の陝西省(せんせいしょう)西安近郊の河川、覇水の周辺の地名、とかいうことです。何しろ地名です。
四十里、二十里の里はここでは1里=400メートルなんだそうですよ。驪山は陝西省にある秦嶺山脈の山だそうです。「しんれいさんみゃく」で変換できますが、心霊山脈になりがちかもしれません。芷陽は清の時代のこの辺の県の名前のようです。

 そんなわけでついに沛公さんが退場してしまいましたが、まだ出てきます。ちょっとだけ。残りあと2回です。なるべくお待たせせず更新したいです。

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2023年08月12日

鴻門の会F

毎回言うようですが、暑いです。お墓参りに行かれる方は熱中症にお気をつけください。虫さされにも。続きです。
〈本文〉
樊噲曰、「大行不顧細謹、大礼不辞小譲。如今人方為刀俎、我為魚肉、何辞為。」於是遂去。乃令張良留謝。良問曰、「大王来何操。」曰、「我持白璧一双、欲献項王、玉斗一双、欲与亜父。会其怒、不敢献。公為我献之。」張良曰、「謹諾。」
〈書き下し文〉
樊噲曰はく、「大行(たいかう)は細謹(さいきん)を顧(かへり)みず、大礼(たいれい)は小譲(せうじやう)を辞せず。如今(じよこん)、人は方(まさ)に刀俎(たうそ)たり、我は魚肉たり、何ぞ辞するを為(な)さん。」と。是(ここ)に於いて遂(つひ)に去る。乃(すなは)ち張良をして留(とど)まり謝(しや)せしむ。良問ひて曰はく、「大王来(きた)るとき何をか操(と)れる。」と。曰はく、「我白璧(はくへき)一双(いつさう)を持(ぢ)し、項王に献(けん)ぜんと欲し、玉斗(ぎよくと)一双をば、亜父(あほ)に与へんと欲せしも、其(そ)の怒りに会ひて、敢へて献ぜず。公(こう)我が為に之(これ)を献ぜよ。」と。張良曰はく、「謹(つつし)みて諾(だく)す。」と。
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〈juppo〉先日お墓参りに行った時に蚊取り線香を持参したところ、携帯用のケース(平たい丸い金属のあれ)が、帰る時に持てないほど熱くなっていました。蚊にはさされずに済みました。

 さて、だいぶ前になってしまいましたが前回は、沛公さんが項王に「失礼します」と言わずに辞してしまったことを気にしていたところで終わったんでした。以前、ドイツ人に日本語を教えていた時にそのドイツ人の方が「『お先に失礼します』という日本語の意味がわからない。先に帰ることの何が失礼なのか。」と首をひねっていたことを思い出します。日本人の、残業の多さの原因の一つがわかったような気がしました。

 ここでは樊噲さんがあっさり「挨拶なんて必要ない」と結論してくれています。ここ、反語になってます。
 納得したのか沛公さんは去っていきますが、「去る」と言いつつまだ去らないんです。いつのまにか張良も外に出ていていろいろ引き継ぎが行われてますね。
 「白璧」とは白い玉のことで、玉は宝石みたいな貴重な石のようです。「玉斗」は玉で作った酒のひしゃくだそうですが、画像検索するとこういう形のものがヒットするのでひしゃくの形にはしませんでした。それらを代わりに献上しといてね、よろしくと沛公さんはやっと去ります。どこへ?自分の軍へです。えーもう帰るの?と何か物足りない感じもしますけど、無傷で鴻門を去れたのは何よりです。ここに至るまでの沛公さんの活躍を詳しく知らないので、沛公さんは結局何もしていないと思わずにいられないのですが。

 とにかく「鴻門の会」たる鴻門での会合は終了していますが、お話はもう少し続きます。あと3回。熱中症と戦いながら、続けます。
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2023年07月19日

鴻門の会E

できればすぐに更新したかった今月もすでに半ばを過ぎてしまいました。とにかく暑いです。続きです。第6回。
〈本文〉
故遣将守関者、備他盗出入与非常也。労苦而功高如此。未有封候之賞。而聴細説、欲謀有功之人。此亡秦之続耳。窃為大王不取也。」項王未有以応。曰、「坐。」樊噲従良坐。坐須臾、沛公起如厠、因招樊噲出。
 沛公已出。項王使都尉陳平召沛公。沛公曰、「今者出、未辞也、為之柰何。」
〈書き下し文〉
故(ことさら)に将(しやう)をして関(くわん)を守らしめし者は、他盗(たたう)の出入(しゆつにふ)と非常(ひじやう)とに備へしなり。労(らう)苦(はなは)だしくして功(こう)高きこと此(か)くのごとし。未(いま)だ封候(ほうこう)の賞(しやう)有らず。而(しか)るに細説(さいせつ)を聴きて、有功(いうこう)の人を謀(ちゆう)せんと欲す。此(こ)れ亡秦(ぼうしん)の続(ぞく)のみ。窃(ひそ)かに大王(だいわう)の為に取らざるなり。」と。項王未だ以て応(こた)ふる有らず。曰はく、「坐(ざ)せよ。」と。樊噲良(りやう)に従ひて坐す。坐すること須臾(しゆゆ)にして、沛公起(た)ちて厠(かはや)に如(ゆ)き、因(よ)りて樊噲を招きて出(い)づ。
 沛公已(すで)に出づ。項王都尉(とゐ)陳平(ちんぺい)をして沛公を召さしむ。沛公曰はく、「今者(いま)、出づるに未だ辞せざるなり。之(これ)を為(な)すこと柰何(いかん)。」と。
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〈juppo〉暑くて脳が少しずつ溶けている気がします。ここまで本文を書いて見直しながら、どんな内容だったかトンと思い出せません。自分で描いていてナンですが、漫画が内容把握の一助になっているのは確かです。自分で描いた漫画を見て初めて思い出しました。

 そうそう、関とは函谷関のことだそうですが、函谷関といえば私は「箱根の山は天下の険♪」で始まる歌「箱根八里」の歌詞でしか知りませんでした。中国の地名だったんですね〜。地名というか、関所の名前です。この関所を挟んで何度も戦いが起きたのだそうです。函(はこ)の中みたいな狭い谷の中を進まないと通れない関だったとか、地形的にも難所の代名詞のような関所なんですね。箱根の山は、その函谷関も物の数ではないほどの難所だけどね!という歌だったわけです。そうだったのかぁ。

 さて一席ぶった樊噲さんに対して、返答できない項王の真意はどのようなものなのか。正直私にはさっぱりわかりません。とりあえず座らせたということは、もう少しこの男を見てみようとか、この男の話はなるほどな部分もあるなとか、もう少し考えてから反論してやろうとか、あるいは特に何も考えていないとか、そういったことなのでしょう。

 とか何とかののち、一斗の酒を飲み干した樊噲さんでなく沛公がトイレに行くのです。その後トイレに行った描写はないので、理由をつけて樊噲と外に出るのが目的です。描写がないだけで行間でトイレに行っていても構わないですけど。
 都尉は官職名で、軍の中でそれなりに偉い人のようなんですけど、ただのパシリみたいに描いてしまいました。ここでは沛公を呼びに行かされただけなんで。
 その沛公が、ここに来て気にしているのが退席の挨拶についてとは。大事なことですけどね。命がかかったような緊迫したシーンでも、挨拶をおろそかにしない礼儀正しい人、だったのですね、沛公さん。


 少しずつ思い出しながら、続きも更新します。何だかんだもう後半に突入していますからねー。
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2023年06月30日

鴻門の会D

暑いです。続きです。
〈本文〉
樊噲覆其盾於地、加彘肩上、抜剣切而啗之。項王曰、「壮士。能復飲乎。」樊噲曰、「臣死且不避、卮酒安足辞。夫秦王有虎狼之心。殺人如不能擧、刑人如恐不勝。天下皆叛之。懐王与諸将約曰、『先破秦入咸陽者王之。』今沛公先破秦入咸陽、毫毛不敢有所近。封閉宮室、還軍覇上、以待大王来。
〈書き下し文〉
樊噲(はんかい)其(そ)の盾(たて)を地に覆(ふ)せ、彘肩(ていけん)を上に加(くは)え、剣を抜き、切りて之(これ)を啗(くら)ふ。項王曰はく、「壮士なり。能(よ)く復(ま)た飲むか。」と。樊噲曰はく、「臣(しん)死すら且(か)つ避(さ)けず、卮酒(ししゆ)安(いづ)くんぞ辞(じ)するに足らんや。夫(そ)れ秦王(しんわう)虎狼(こらう)の心有り。人を殺すこと擧(あ)ぐる能(あた)はざるがごとく、人を刑(けい)すること勝(た)へざるを恐(おそ)るるがごとし。天下皆之(これ)に叛(そむ)く。懐王(くわいわう)諸将(しよしやう)と約して曰はく、『先(ま)づ秦を破りて咸陽(かんやう)に入る者は、之(これ)に王(わう)たらしめん。』と。今、沛公先づ秦を破りて咸陽に入り、毫毛(がうまう)も敢へて近くる所有らず。宮室(きゆうしつ)を封閉(ふうへい)し、還(かへ)りて覇上(はじやう)に軍し、以(もつ)て大王の来(きた)るを待てり。
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〈juppo〉今まで秘密にしていましたが、ということはないんですけどお伝えしていませんでした。
この「鴻門の会」は全部で10回分あります。実はまだ全部仕上がっていません。1枚描いては更新し・・というほどではないのですが、モタモタやっております。

 さて前回一斗の酒を一気飲みした樊噲さん、今回はブタの肩肉をガツガツ召し上がってます。焼肉なら美味しそうですが、生肉なんですよね。豚の生肉は危ないですよね。なぜ危ないかは、調べてくださいね。
 樊噲さんは壮士だそうですから、一気飲みもブタの生肉も平気なのでしょう。我が身を振り返ってみて「壮士だな」という自覚のある方でも、一気飲みやブタの生食はしないよう、ご注意ください。

 飲んで食べて、さらに気持ちよく演説を始めています。ほぼ「ここまでのあらすじ」的な内容で、大変助かる演説ですが、一人の人物がずーっと喋っている場面ほど、絵にするのに苦労するシチュエーションはありません。幸い、語りの中に他の人物も出てくるので、その人らも描き込んでおきました。
 要するに、沛公は悪くないということを項王に納得してもらいたい一心で、酒を飲み生肉を食べて見せた樊噲さんなのです。

 その演説はまだ続きます。多分来月。といってもすぐに。できれば。
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2023年06月19日

鴻門の会C

続きです。早くも第4回、というほど早くないですね。恐縮です。
〈本文〉
交戟之衛士欲止不内。樊噲側其盾以憧、衛士仆地。噲遂入、披帷西嚮立、瞋目視項王。頭髪上指、目眥尽裂。項王按剣而跽曰、「客何為者。」張良曰、「沛公之参乗樊噲者也。」項王曰、「壮士。賜之卮酒。」則与斗卮酒。噲拝謝、起、立而飲之。項王曰、「賜之彘肩。」則与一生彘肩。
〈書き下し文〉
交戟(かうげき)の衛士(ゑいし)止(とど)めて内(い)れざらんと欲す。樊噲其(そ)の盾を側(そばだ)てて、以て衛士を憧(つ)きて地に仆(たふ)す。噲遂に入り、帷(ゐ)を披(ひら)きて西嚮(せいきやう)して立ち、目を瞋(いか)らせて項王を視(み)る。頭髪上指(じやうし)し、目眥(もくし)尽(ことごと)く裂(さ)く。項王剣を按(あん)じて跽(き)して曰はく、「客(かく)何(なん)為(す)る者ぞ。」と。張良曰はく、「沛公の参乗樊噲といふ者なり。」と。項王曰はく、「壮士なり。之(これ)に卮酒(ししゆ)を賜(たま)へ。」と。則ち斗卮酒(とししゆ)を与ふ。噲拝謝(はいしや)して起(た)ち、立ちながらにして之を飲む。項王曰はく、「之に彘肩(ていけん)を賜へ。」と。則ち一(いつ)の生(せい)彘肩を与ふ。
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〈juppo〉暑いです。喉が乾く前に水分補給しましょう。
 前回ちょこっとお知らせしたように、今回から樊噲さんの活躍回です。画像検索したらこんな風な頭巾を被った肖像が出てきたのでこういうキャラにしましたが、そのため頭髪が逆立ってる様子になりませんでしたことをお断りしておきます。

 「壮士」とは勇ましく元気のよい男性のことで、訳によっては項王のセリフは「漢である」とか「豪傑だ」となっているようです。男の中の男であるな、というなかなかジェンダーな言葉ですね。
項王は樊噲の、急に入ってきた様子を見ただけで、そう判断して酒だの肉だの与えています。
 斗卮酒は一斗の酒のことで、一斗は約18リットルです。一斗缶の一斗です。一斗缶は昔のお笑いの人が誰かを攻撃するのに使った武器です。今でも使っているのでしょうか。

 「仆」「按」「跽」の字にはそれぞれ「倒れる、転ぶ」「手で押さえる」「上半身をまっすぐ伸ばしてひざまずく」の意味があります。「彘」の字はブタを表しているんですって。豚の肩肉は運動量が多く、筋肉が締まっている部位のことですね。

 ボスと生死を共にするのだ、と意気込んで介入してきたと思ったら、大酒に肉にとおもてなしの嵐を受けている樊噲さんですが、これはそのまま歓待なのか、試されているのか、あまり意味がないのか、多分樊噲さんの人となりを紹介するためのエピソードな気がします。

 次回も樊噲さんの活躍が続きます。
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2023年06月06日

鴻門の会B

6月になりました。引き続き、第3回です。先は長いです。
〈本文〉
寿畢、曰、「君王与沛公飲、軍中無以為楽、謂以剣舞。」項王曰、「諾。」項荘抜剣起舞。項伯亦抜剣起舞、常以身翼蔽沛公。荘不得撃。
於是張良至軍門見樊噲。樊噲曰、「今日之事何如。」良曰、「甚急。今者項荘抜剣舞、其意常在沛公成。」噲曰、「此迫矣。臣請入、与之同命。」噲即帯剣擁盾入軍門。
〈書き下し文〉
寿(じゆ)畢(を)はりて曰はく、「君王(くんわう)沛公と飲(いん)す、軍中以(もつ)て楽しみを為す無し、謂(こ)ふ剣を以て舞はん。」と。項王曰はく、「諾(だく)。」項荘(かうさう)剣を抜き起(た)ちて舞ふ。項伯も亦(また)剣を抜き起ちて舞ひ、常に身を以て沛公を翼(よく)蔽(へい)す。荘撃つを得ず。
是(ここ)に於(お)いて、張良軍門に至りて樊噲(はんくわい)を見る。樊噲曰はく、「今日(こんにち)の事何如(いかん)。」と。良曰はく、「甚(はなは)だ急なり。今者(いま)項荘剣を抜きて舞ふ、其(そ)の意常(つね)に沛公に在(あ)るなり。」と。噲曰はく、「此(こ)れ迫れり。臣(しん)請(こ)ふ、入りて之(これ)と命(めい)を同じくせん。」と。噲即(すなは)ち剣を帯び、盾を擁(よう)して軍門に入る。
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〈juppo〉場面は宴会の余興へと展開しています。余興を装った暗殺です。項伯は項王の叔父で暗殺する側の人物のはずですが、沛公を認めていて張良にも恩義があるそうなので、この場では沛公を殺させまいと華麗に舞っています。テクニックは項荘より高いレベルなんでしょうね。

 沛公の幼なじみ、樊噲が初登場です。この人の名前がこれから散々出てくるので、私は「樊噲」とたやすく書けるようになりましたが、読み方が時々怪しくなります。「はんかい」です。

 名前が散々出てくるということは、この樊噲さんが次回以降大活躍してくれます。沛公と生死を共にしたい!と申し出るほど沛公への忠義が厚いようですから、その熱い男っぷりをどうぞお楽しみに。
 その代わりというか、沛公の出番が思ったより少ないですね。命が狙われているのに平然と座ってるし。いや実際どういうリアクションをとっていたのか知る由もないんですけど、剣舞の間中セリフも動きもないので、平然と座っているようにしか描けませんでした。
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2023年05月30日

鴻門の会A

2話目です。5月ももう終わりですねー。
〈本文〉
項王、項伯東嚮坐、亜父南嚮坐ー亜父者、范増也、沛公北嚮坐、張良西嚮侍。范増数目項王、舉所佩玉玦以示之者三、項王黙然不応。范増起、出、召項荘、謂曰、「君王為人不忍、若入前為寿。寿畢、謂以剣舞、因撃沛公於坐、殺之。不者、若属皆且為所虜。」荘則入為寿。
〈書き下し文〉
項王、項伯東嚮(とうきやう)して坐(ざ)し、亜父(あほ)南嚮(なんきやう)して坐す。ー亜父とは范増なり、沛公北嚮(ほくきやう)して坐し、張良(ちやうりやう)西嚮(せいきやう)して侍(じ)す。范増数(しばしば)項王に目(もく)し、佩(お)ぶる所(ところ)の玉玦(ぎよくけつ)を舉(あ)げて、以(もつ)て示す者(こと)三たびす、項王黙然(もくぜん)として応ぜず。范増起(た)ち、出(い)でて項荘を召し、謂(い)ひて曰(い)はく、「君王(くんわう)人と為(な)り忍(しの)びず、若(なんぢ)入(い)り前(すす)みて寿(じゆ)を為せ。寿畢(を)はらば、剣を以て舞はんことを請(こ)ひ、因(よ)りて沛公を坐に撃(う)ちて、之(これ)を殺せ。不者(しからず)んば、若が属(ぞく)皆且(まさ)に虜(リヨ)とする所と為らんとす。」荘則(すなは)ち入りて寿を為す。
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〈juppo〉もうすぐ6月だなと思うと「えー今年も半分終わっちゃうの?」という人がいますが、まだですから。6月が終わって初めて半分ですよ。とはいえ、物事の後半というのはなぜか前半よりギアを上げて進んでいく印象がありますから、体感的には今年もあと半分くらいかもしれません。
 
 さて前回はなぜか宴会に突入したところで〈続く〉でした。座を囲んで飲めや歌えやになるのかと思いきや、陰謀渦巻く酒宴と化しています。范増は軍師だからか攻撃的です。沛公をなんとしても生かしては帰さない決意のようです。
 范増の合図をおそらく分かっていながら応じない項王の真意は図りかねますが、いや分かっているのかどうかも私は知りませんが、とにかく痺れを切らした范増が一手を打ったところまでで次回に続きます。
 果たして范増の一計は成功するのでしょうか。ご期待ください。
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2023年05月22日

鴻門の会@

お待たせしました。本編です。ぼちぼち更新します。漢文『史記』です。
〈本文〉
沛公旦日従百余騎来見項王、至鴻門、謝曰、「臣与将軍戮力而攻秦、将軍戦河北、臣戦河南、然不自意能先入関破秦、得復見将軍於此。今者有小人之言、令将軍与臣有郤。」項王曰、「此沛公左司馬曹無傷言之。不然、籍何以至此。」
項王即日因留沛公与飲。
〈書き下し文〉
沛公旦日(たんじつ)百余騎を従へ、来りて項王に見(まみ)えんとし、鴻門に至り、謝して曰はく、「臣(しん)将軍と力を戮(あは)せて秦を攻む。将軍は河北に戦ひ、臣は河南に戦ふ。然れども自(みづか)ら意(おも)はざりき、能(よ)く先(ま)づ関(くわん)に入りて秦を破り、復(ま)た将軍に此(ここ)に見(まみ)ゆるを得んとは。今者(いま)、小人(せうじん)の言(げん)有り、将軍をして臣と郤(げき)有らしむ。」と。項王曰はく、「此(こ)れ沛公の左司馬(さしば)曹無傷(さうむしやう)之(これ)を言ふ。然らずんば、籍(せき)何を以(もつ)て此(ここ)に至らん。」と。
項王即日(そくじつ)因(よ)りて沛公を留めて与(とも)に飲(いん)す。
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〈juppo〉いきなり「翌朝」で始まっています。一体いつの翌朝なのか。予告篇のイラストに描きましたが、沛公の部下の曹無傷が項王に告げ口をして、激怒した項王を叔父の項伯が仲介して面会のお膳立てをした、その翌日ということですね。旦という字は日が昇る様を表していて朝の意味があるんですよね。元旦は新年の朝のこと、というように。
 項伯は、沛公に忠義を尽くす張良に、かつて恩を受けているらしく、この度のお膳立てはその恩返しでもあったようです。
 ここに至るまでのお話を紹介できないので、何かと唐突に展開していきますが、なんとなく読んでください。なんとなく描いていますので。

 いろいろ調べて描いているんですが、調べているうちに時間が経って少しずつ忘れていたりします。調べたことはすぐに応用することが肝心です。
 
 激怒していた項王は、そのまま引き留めて沛公と飲んでますね。この場にいる面々の、様々な思惑が今後明らかに・・なっていくのだな、ととりあえずご期待ください。

 今回、参考のために横山光輝大先生のこれを入手しました。4巻「鴻門の会」だけ。確かに参考になりました。


続きます。当分続きます。なるべく時間をおかず、いろいろ忘れてしまわないうちにと思っています。
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2023年04月23日

鴻門の会 予告篇

結局、ずいぶん間があいてしまいました。すみません。リクエストにお応えしつつあります。漢文です。
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 次回から『鴻門の会』というお話をお届けします。その準備を少しずつしていました。その準備中に、登場人物が多くて誰が誰だかよくわからないし、この場面までのいきさつに触れないでは内容に入って行きにくいな、と思ったので、今回は本編に入る前の予告篇です。

 イラストに描いた人たちが出てきます。実際には登場していない人も話に出てくるので描いてあります。

 この頃、今の中国に秦という大きくて強い国がありました。治めていたのは始皇帝です。始皇帝は紀元前210年に50歳で亡くなります。その前後、秦の圧政に不満があった農民の反乱が起こります(陳勝・呉広の乱)。蜂起した陳勝、呉広は半年で破れ殺されますが、そんな情勢に呼応して「天下を取ってやる!」と立ち上がったのが項羽と劉邦です。

 項羽(BC232〜202)は楚という国の人で将軍の家系の出です。ここでは項王と呼ばれています。
 劉邦(BC247?256?〜195)は漢という国の農民の子です。警察官のような仕事をしていましたが、沛という土地の県令になったことから、以来沛公と呼ばれています。
 
 群雄割拠の様相の中、楚の懐王が指揮を取り、項羽らを将軍にした主力軍を東から、劉邦の別働隊を西から咸陽に向かわせ、「先に関中に入った人が王様になりなよ」と号令を出します。咸陽は秦の都です。その一帯を関中と呼んでいます。

 先に咸陽に入ったのは果たして劉邦の軍でした。そこで劉邦は、財宝を略奪しようとする兵士らを制し、それまで死ぬほど厳しかった秦の法律を「ルールは3つでいいよ」と緩和し、秦の民からも大歓迎を受けます。
 しかし、劉邦が関中に入れたのは、関中の東の関である函谷関を項羽が兵士に守らせていたおかげもあったため、項羽はただでさえ面白くないところに、戦国時代ならではの、劉邦の部下・曹無傷の裏切り&密告により、「劉邦許すまじ」と大激怒してしまいました。

 そのまま項羽軍vs.劉邦軍になりそうなところ、項羽の叔父である項伯が「まあまあ」と、話し合いの場を設けたのが、『鴻門の会』なのであります。紀元前206年の出来事です。ここに出てくる人たちは皆、紀元前の人なんですよねー。

 というわけで、次回から本編をお読みいただきますが、まだ描いていません。ゴールデンウィークにご期待ください。
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2022年04月21日

三顧の礼/水魚の交わりA

続きです。もうすぐゴールデンウィークなのに、寒いです。
〈本文〉
此誠不可與爭鋒。孫權據有江東、國險而民附。可與爲援、而不可圖。荊州用武之國、益州險塞、沃野千里。天府之土。若跨有荊益、保其巖阻、天下有變、荊州之軍向宛・洛、益州之衆出秦川、孰不簞食壺漿、以迎將軍乎。備曰、善。與亮情好日密。曰、孤之有孔明、猶魚之有水也。
〈書き下し文〉
此れ誠に与(とも)に鋒(ほこ)を争うべからず。孫権、江東に拠有(きよゆう)し、国険にして民附く。与に援(えん)と為すべくして、図るべからず。荊州は武を用うるの国、益州は険塞(けんそく)、沃野千里。天府(てんぷ)の土なり。若し荊・益を跨有(こゆう)し、その巌阻(がんそ)を保ち、天下変有らば、荊州の軍は宛(えん)・洛に向かい、益州の衆は秦川(しんせん)に出でば、孰(たれ)か簞食壺漿(たんしこしよう)して、以って将軍を迎えざらんや」と。備曰く、「善し」と。亮と情好(じようこう)日に密なり。曰く、「孤(こ)の孔明あるは、猶魚の水有るがごとし」と。
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〈juppo〉4月も下旬になろうとしているにしては寒い日が続いています。桜が咲いて散ったのももう過去のことだというのに。これがまた、暑くてたまらなくなる日がそのうち来るのだろうなと覚悟はしています。どうでもいいことを書いているのは生活のリズムが崩れて、夜明けにこれを書いているからです。

 諸葛孔明と劉備玄徳の出会いのお話は、ここまでです。参考にさせていただいたサイトには、もう一文あったのですが、そこからは龐士元についての文章のようだったので、劉備が孔明との関係を「水魚の交わり」だと、タイトル回収したところで完結とさせていただきました。最後に劉備が「孤」と言っているのはここでは「私」という意味です。

 孔明が劉備の今置かれている現状を冷静に判断して、戦いに際しての構えを唱えています。荊州と益州はその時代の地名です。宛も洛も、です。前回ご紹介した「諸葛孔明」の本に略図がいくつも載っているので、大いに助かったのですが、最後に「秦川ってどこよ?」という謎がなかなか解明できませんでした。新旧合わせて中国の地図を検索しまくり、結局「こちらの方」くらいにしか絵にできませんでした。他の地もだいたいの絵にしかなってませんけどね。
 
 「巌阻」は岩などがゴツゴツした険しい地のことで、「簞食壺漿」とは食べ物を竹の器に盛り、飲み物を壺に入れて饗することで、転じて軍隊を歓迎する意味なのだとか。漢和辞典に載ってました。
漢文で読む漢字は、旧字体などもあってやたら難しくて厄介ですけど、それぞれの字の意味や成り立ちまで知ると、なかなか面白いですね。
 なんてことを、夜が明けきった朝に、考えています。

 次回は草枕あたり、を考えています。
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2022年04月17日

三顧の礼/水魚の交わり@

大変長らくご無沙汰してしまいました。リクエストにお応えします。漢文、「十八史略」です。
〈本文〉
瑯琊諸葛亮、寓居襄陽隆中。毎自比管仲・樂毅。備訪士於司馬徽。徽曰、識時務者在俊傑。此間自有伏龍・鳳雛。諸葛孔明・龐士元也。徐庶亦謂備曰、諸葛孔明臥龍也。備三往乃得見亮、問策。亮曰、操擁百萬之衆。挟天子令諸侯。
〈書き下し文〉
瑯琊(ろうや)の諸葛亮(しよかつりよう)、襄陽(じようよう)の隆中(りゆうちゆう)に寓居(ぐうきよ)す。毎(つね)に自ら管仲(かんちゆう)・楽毅(がくき)に比す。備、士を司馬徽(しばき)に訪(と)う。徽曰く、「時務(じむ)を識る者は俊傑(しゆんけつ)に在(あ)り。此の間自ら伏龍(ふくりよう)・鳳雛(ほうすう)有り。諸葛孔明・龐士元(ほうしげん)なり」と。徐庶(じよしよ)もまた備に謂って曰く、「諸葛孔明は臥龍(がりよう)なり」と。備、三たび往いて乃ち亮を見るを得、策を問う。亮曰く、「操(そう)、百万の衆を擁し、天子を挟(さしはさ)んで諸侯に令す。
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〈juppo〉毎年3月はブログが滞りがちで花粉症のせいにしていましたが、今年気づいたことには、学年が一段落すると私もお休みモードに入ってしまうようです。「春休みにまで勉強しなくていいよね」とずっと思っている、もと学習塾講師です。などと言いつつ、4月になってもサボり続けてしまいました。満を辞して、諸葛孔明です。

 諸葛孔明は本名が諸葛亮で、孔明は字(あざな)だそうです。成人すると本名の他につける名前のことですって。ここでは最初のコマ以外は孔明で通しています。難しい漢字がたくさん出てくるのは漢文ではおなじみですが、それぞれ地名なのか人名なのか、さらにニックネームみたいなのも出てくるのでややこしいです。

 管仲、楽毅のふたりはこのお話には出て来ない・・どころかこの時点で何百年も前の人物らしいんですけど、そういう歴史上の偉人に憧れる孔明だったのですね。

 備とは劉備のことです、劉備玄徳とも言いますが玄徳が字です。孔明はこの時27歳、劉備47歳でかなり年下の孔明を訪ねた劉備が、へりくだって戦略を問うています。初めて会うまでにさんざん傑物らしい評判を聞いたからでしょうね。「臥龍」とは水中にいて、天から雲が下りてくるのを待っている竜のことだとか。

 曹操はこの時劉備が倒そうとしている相手です。今回は名前しか出てきません。

 孔明の話の途中で以下次号、です。2回で完結します。「三顧の礼」と「水魚の交わり」とタイトルも分けようかと思っていましたが、紛らわしいので一緒にして2話にしました。


 今回、この作品を漫画にするにあたっては、こちらのサイトを参考にし、白文・書き下し文もそのまま引かせていただきました↓

https://blog.goo.ne.jp/ta-dash-i/e/86b5af126d57a19b86c7bcc365cd9aac

また、こちらの本を図書館で借り、かなりの部分を助けられました。わかりやすいです。オススメです↓

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2022年02月26日

虎穴に入らずんば虎子を得ずG

最終回です!皆さん、お疲れ様でした!!
〈本文〉
今以超爲軍司馬、令遂前功、超復受使、固欲益其兵、超曰、願將本所從三十餘人足矣、如有不虞、多益爲累。
〈書き下し文〉
今、腸を以て軍司馬と為し、前の功を遂げしめよ」。超復(ま)た使を受く。固は其の兵を益さんと欲せしも、超曰わく、「願わくは本(も)と従えし所の三十余人を将(ひき)いれば足れり。如(も)し不虞(ふぐ)有らば、多く益すこと累(わずら)いと為らん」。
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〈juppo〉寒さもそろそろ一段落となりそうです。東京は、です。その代わりに花粉症が猛威を奮い始めており、鼻をかみながら更新しています。
 
 中途半端に4コマだけになってしまいましたが、班超さんの活躍も前回で一段落しており、今回はその後に続くある意味導入部分のようにも見えます。実際、お話はこの後もどんどん続くんですけど、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」のエピソードとしてはこの辺までなのでここで終わります。

 たった36人だかの兵を連れて成功を納めたからこそ、歴史に名を残して逸話が語られ続けているんですね。歴史上の人物で武将だった人というのは言ってみれば皆さん乱暴者で、成功の陰に犠牲者あり、と考えると少し複雑な気持ちになりますが、それは現代人からの視点だから、と納得するしかないのでしょうね。
 これからの時代は戦争を起こしたとか、隣の国を滅ぼしたとか、そういうことでは立派な人物として歴史に名を残すことは難しいと思いますよ、プーチンさん。歴史は勝者が作っていくという側面もありますが。

 誰にとっても良いことになった、そういう結果でできれば歴史に名を残したいですね。皆さんもそういうのを、目指してください。


 次回は「大鏡」あたりから、の予定です。
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2022年02月22日

虎穴に入らずんば虎子を得ずF

2022年2月22日、ネコの日です。そんなことは今回のお話には特段関係はありません。「ネコ歩き」を見ながら更新していますが。
〈本文〉
吏兵斬其使及從士三十餘級、餘衆百許人悉焼死、明日乃還告郭恂、恂大驚、既而色動、超知其意、擧手曰、椽雖不行、班超何心獨擅之乎、恂乃悦、超於是召鄯善王廣、以虜使首示之、一國震怖、超暁告撫慰、遂納子爲質、還奏於竇固、固大喜、具上超功效、幷求更選使使西域、帝壯超節、詔固曰、吏如班超、何故不遣而更選乎、
〈書き下し文〉
吏兵は其の使及び従士を斬ること三十余級、余衆百人許(ばか)りは悉(ことごと)く焼死す。明日
乃ち還りて郭恂に告ぐ。恂大いに驚き、既にして色動く。超、其の意を知り、手を挙げて曰わく、「椽は行かずと雖も、班超何の心あってか独り之を擅(もっぱ)らにせん乎(や)」。恂乃ち悦ぶ。超是(ここ)に於いて鄯善王の広を召し、虜の使の首を以て之に示したれば、一国震え怖る。超、暁(さと)し告げて撫慰し、遂に子を納(い)れて質と為す。帰って竇固(とうこ)に奏するや、固大いによろこび、具(つぶ)さに超の功效を上(たてまつ)り、幷(あわ)せて更(あらた)めて使を選んで西域に使いせしめんことを求む。帝は超の節を壮とし、固に詔して曰わく、「吏の班超の如き、何の故にか遣わさずして更めて選ばんとする乎(や)。
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〈juppo〉カレンダーにここまで2が並ぶネコの日が次に来るのは200年後でしょうか。2202年があるから180年後ですね。その頃にはネコさんたちももっと進化して、自治的に記念日を祝っていたりして。そうなったら人間は本当〜に、ネコのしもべになっていそうです。

 本題に戻ります。班超さんとその部下たちは計画通り匈奴を倒すことに成功しました。それを交渉の手段にも使って、凱旋帰国です。虎子は手に入れていませんが、鄯善王の子を人質に取りました。

 その功績でトントン拍子に今後も昇進していきそうな班超さんです。というところで、そろそろこのお話はおしまいなんです。もう少しだけ残っているので、最終回はその部分を。
 ほぼネコの日の話しかしていない感じですが、今回はこの辺で。
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2022年02月20日

虎穴に入らずんば虎子を得ずE

第6回です。オリンピックももう明日閉会なんですね。
〈本文〉
衆曰、當與從事議之、超怒曰、吉凶決於今日、從事文俗吏、聞此必恐而謀泄、死無所名、非壯士也、衆曰善、初夜遂將吏士徃奔虜謍、會天大風、超令十人持鼓藏舍後、約曰、見火然、皆當鳴鼓大呼、餘人悉持弓弩、夾門而伏、超乃順風從火、前後鼓噪、虜衆驚亂、超手格殺三人、
〈書き下し文〉
衆曰わく、「当(まさ)に従事と之を議すべし」。超怒りて曰わく、「吉凶は今日に決す。従事は文俗の吏なれば、此れを聞きて必ず恐れて謀(はかりごと)泄(も)れん。死して名とせらるる所無きは、壮士に非ざるなり」。衆曰わく、「善し」。初夜に遂に吏士を将(ひき)いて往きて虜の営に奔(はし)る。会(たまた)ま天大いに風ふく。超、十人をして鼓(つづみ)を持ちて虜舎の後に蔵(ひそ)ましめ、約して曰わく、「火の然(も)ゆるを見れば、皆な当(まさ)に鼓を鳴らして大いに呼(さけ)ぶべし」。余人悉(ことごと)く弓弩(きゆうど)を持ち、門を夾(さしはさ)みて伏す。超乃ち風に順(したが)いて火を縦(はな)ち、前後鼓噪(こそう)す。虜衆驚き乱れ、超手ずから三人を格殺し、
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〈juppo〉寒い寒いと言っている間に2月も終わりが見えてきました。本当に短いですね、2月。
 物語はいよいよ佳境です。前回班超さんが演説していた作戦を、実行に移す時が参りました。このブログではいつもそうですが、どの人物も私が描くと可愛いキャラになってしまうので、敵も味方も憎らしさも怖さも微塵もないのが遺憾です。何しろ目指す匈奴を一気呵成にやってしまえ、な班超さんたちなのです。

 1コマ目、部下の皆さんが「相談しないと」と言っている郭恂さん、皆さんお忘れかもしれませんが第3回で班超さんとともに西域に来ることになった秘書の方です。まだ出番が残っているので、覚えておいてくださいね。その郭恂さんは、班超さんが言うには「文俗の吏」だと。引用元の解説によれば「礼法風俗に拘泥する小役人」のことだそうです。そういうヤツに相談しても作戦決行の妨げになりかねないと言ってるんですね

 3コマ目の班超さんのセリフ、ほぼ訳してなくて書き下し文と大差ないですね。でも、こういう言葉遣いはよく見ますよね。「死んで名を残さない者は壮士じゃない!」て意味ですけど、一応。
 実はイマイチよくわからなかったのでそのままなのが「壮士」という言葉です。血気盛んな男子とか、男らしい男とか、そういう意味だと思うんですけど、ちょっとジェンダー的に訳しにくいというのもあって、そのままにしています。

 「初夜」は「初めての夜」という意味ではなく、ここでは「夕方から夜中までの時刻」だそうです。そんな時間ですが、まんまと火に包まれてしまったということは、匈奴の人たちは寝入っていたのでしょうね。 
 寝込みを襲った勢いで3人も素手で殺しちゃったりして、血生臭い展開になりそうなところで次回に続きます。殺伐としてきましたが終わりまでもう少しお付き合いください。
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2022年02月15日

虎穴に入らずんば虎子を得ずD

続きです。物語は後半に突入します。
〈本文〉
如令鄯善収吾屬送匈奴、骸骨長爲豺狼食矣、爲之奈何、官屬皆曰、今在危亡之地。死生從司馬、超
曰、不人虎穴、不得虎子、當今之計、獨有因夜以火攻虜、使彼不知我多少、必大震怖、可殄盡也、滅此虜、則鄯善破膽、功成事立矣、
〈書き下し文〉
如(も)し鄯善(ぜんぜん)をして吾が属(ともがら)を収(とら)えて匈奴(きようど)に送らしめなば、骸骨は長(とこし)えに豺狼(さいろう)の食(えじき)と為らん。之を為すこと奈何(いかん)せん」。官属皆な曰わく、「今、危亡の地に在り。死生、司馬に従わん」。超曰わく、「虎穴に入らずんば虎子を得ず。当今の計(はかりごと)、独り夜に因って火を以て虜を攻ムルこと有るのみ。彼をして我の多少を知らざらしむれば、必ず大いに震え怖れ、殄(ほろ)ぼし尽くす可きなり。此の虜を滅ぼさば、則ち鄯善は肝(きも)を破り、攻成り事立たん」。
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〈juppo〉5話目にしてやっとタイトル回収です。その「虎穴に入らずんば・・・」を2コマ使って描きましたが、1コマでいいんです。文語でも口語でもどっちでも意味は伝わるなーと思いました。それで結局両方描いてしまいました。このお話の重要シーンでもありますし。

 要するに危険を冒さなければ成功は収められないという強気な発言です。とは言え、班超さんにはそれなりの計略があり勝算も多少あったと見えますね。敵地に送られるよりこの場でやっつけてしまおうというのも手短でいいですね。
 その計略が成功するかどうかはまだ秘密です。秘密にするほどのことでもないですけど。あと3回ほど続きますので。

 そうです。次回は、闇討ち回です。
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2022年02月06日

虎穴に入らずんば虎子を得ずB

2月は短いことですし、サクサク更新します。まぁ偶然なんですけど。
〈本文〉
帝乃除超爲蘭臺令史、後坐事免官。
 十六年、奉車都尉竇固出撃匈奴、以超爲假司馬、將兵別撃伊吾、戰於蒲類海、多斬首虜而還、固
以爲能、遣與從事郭恂倶使西域。
 超到鄯善、鄯善王廣奉超、禮敬甚備、後忽更疏懈、超謂其官屬曰、寧覺廣禮意薄乎、
〈書き下し文〉
帝乃ち超を除して蘭台令史と成す。後に事に坐して官を免ぜらる。
 十六年、奉車都尉竇固(とうこ)の匈奴(きようど)に出撃するや、超を以て仮司馬とす。兵を将(ひき)いて別に伊吾(いご)を撃ち、蒲類(ほるい)海に戦い、多く斬首(ざんしゆ)慮(りよ)して還る。固は以て能(のう)と為し、遣わして従事の郭恂(かくじゆん)と倶(とも)に西域に使せしむ。
 超、鄯善(ぜんぜん)に到るや、鄯善王の広(こう)は超を奉じて礼敬甚だ備わりたるも、後に忽ち更(あらた)めて疏懈(そかい)なり。超、其の官属に謂いて曰わく、「寧(すなわ)ち広の礼意の薄きを覚(さと)れる乎(や)。
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〈juppo〉前回、もう春ですねなんて書いたらその翌日から半端なく寒いです。ガスヒーターの前から離れられない日々を送っていたら、ガス代が普段の4倍くらいに跳ね上がりました。

 訳している時は長い話だなぁと思っていたのに、こうして絵にしてしまうと展開が速いですね。前回、筆と硯を放り投げたと思ったら、お兄さんのコネで官職に就き、と思ったら割愛されていますが何か事件に巻き込まれて退職し、ネタバレしたように戦の場に赴くことになった班超さんです。
 
 竇固(とうこ)という人は、後漢の将軍だそうです。ややこしいことにこの先この人は「固」と呼ばれます。お兄さんと同じ名前じゃないですか。幸いお兄さんの方はもう出てこないんですけどね。都尉はこちらの固さんの階級です。司馬は役職を指しています。匈奴は西域の遊牧民のことですが、その人たちがいる地域のことも指すようです。

 臨時雇いで従軍させたら思いのほか戦績をあげてくれたので、その西域に派遣されることになりました。班超さんの活躍はまだまだこれからが真骨頂です。今回も虎穴は出てきませんでしたが、どうぞお忘れなく。
 続きは近日中に。
 
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2022年02月03日

虎穴に入らずんば虎子を得ずA

続きです。今回はトラが出てきますよ。
〈本文〉
安能久事筆研間乎、左右皆笑之、超曰、小子安知壯士志哉、其後行詣相者、曰、祭酒、布衣諸生耳、而當封侯萬里之外、超問其狀、相者指曰、生燕頷虎頸、飛而食肉、此萬里侯相也、久之顕宗問固卿弟安在、固對爲官冩書、受直以養老母、
〈書き下し文〉
安(いずく)んぞ能く久しく筆研(ひつけん)の間に事(つと)めん乎(や)」。左右皆な之を笑う。超曰わく、「小子安んぞ壮士の志を知らん哉(や)」。其の後、行きて相者に詣(いた)るに、曰わく、「祭酒は布衣の諸生なる耳(のみ)。而れども当(まさ)に侯に万里の外に封ぜられるべし」。超、其の状を問う。相者指さして曰わく、「生は燕の頷(あご)に虎の頸(くび)、飛びて肉を食らわん。此れ万里侯の相なり」。之を久しくして顕宗は固(こ)に問う、「卿(そち)の弟は安くにか在流」。固対(こた)うらく、「官の為に書を写し、直(あたい)を受けて以て老母を養う」。
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〈juppo〉本文と書き下し文を写すだけで1時間くらい漢字と格闘しています。お気づきのことと思いますが、いや別に気づかなくても良いのですが、本文の方には旧字体が多用されています。その字を探すのが大変であるのもさることながら、そもそもMacに入ってない字もあるので新字体でごまかしているところもあります。どの字がそうかということはいちいち言いませんけども。
一字ずつ探していると果てしないので、音読みでなく訓読みで入力して送り仮名を消したり、適当な熟語で変換していらない文字を消したりもしています。「顕宗」の「顕」は「顕微鏡」から一文字残したり。
 その顕宗というのは、後漢の皇帝とか。班超はつましく筆耕で糊口をしのいでいますが、お兄さんの固は帝と問答するほどの位にいるんですね。ここで班超の様子を聞いた皇帝が・・・、以下次号です。

「祭酒」は「先生」と訳しましたが、「祭酒」とは祭事などでは1番偉い人からお酒を飲むので、尊敬する人のことを指す語になってるんですって。

 班超を先生と呼ぶ易者から、人相にトラとツバメが見える、などと判じられています。トラが食べている肉、どう見てもステーキ肉300グラムくらいのものにしか見えないかもしれませんが、草食動物の屍肉です。そう思って見てくださいね!

 今日は節分でした。恵方巻きを作って食べました。もう春ですね。続きは近日中に。
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2022年01月31日

虎穴に入らずんば虎子を得ず@

皆さま、明けましておめでとうございます。って、もう1月も終わりじゃーないですか。リクエストにお応えします。漢文です。
〈本文〉
班超字仲升、扶風平陵人、徐令彪之少子也、爲人有志、不修細節、然内孝謹、居家常執勤苦、不恥勞辱、有口辯、而渉獵書傳、永平五年、兄固被召詣校書郎、超輿母隨至洛陽、家貧、常爲官傭書以供養、久勞苦、嘗輟業投筆歎曰、大丈夫無它志略、猶當效傅介子張騫立功異域、以取封侯、
〈書き下し文〉
 班超(はんちよう)、字(あざな)は仲升(ちゆうしよう)、扶風平陵の人、徐の令彪(ひよう)の少(すえ)の子なり。人と為(な)り志有って細節を修めず。然れども内は孝謹にして、家に居りて常に勤苦を執り、労辱を恥とせず。口弁有って而も書伝を渉猟(しようりよう)す。永平五年、兄の固(こ)召されて校書郎に詣亜(いた)るや、超は母と与(とも)に随いて洛陽に至る。家貧しく、常に官の為に傭書して以て供養し、久しく労苦す。嘗つて業を輟(や)め筆を投じて歎じて曰わく、「大丈夫他の志略無きも、猶お当(まさ)に傳介子(ふかいし)、張騫(ちようけん)に效(なら)いて功を異域に立て、以て封侯を 取るべし。
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〈juppo〉気づいたら1月も終わりのみならず、気づいたら前回の記事から丸2ヶ月経ってしまっていました。今回のリクエストをいついただいたのかも記憶の彼方なんですが、入手した原文が長くて訳がなくて、なんとか絵を描くまでにそれくらいの時間がかかりました。しかも8ページもあります。当分続きます。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」ですが、とりあえずまだ虎は出てきません。ああ、そうです、寅年にふさわしい作品ですね。

 この故事成語と班超という人は有名で、このお話も有名な逸話なんですね。今のところ班超さんは地道にデスクワークに勤しんでいますが、そのうち戦で手柄を立てるんです。ネタバレです。
いろいろ難しい漢字や言葉が出てきますが、漫画の内容でご理解いただければ幸いと、それ以上の説明は控えます。傳介子、張騫についても、それぞれ名将らしいと言うに留めます。班超さんが言ってるような人たちのようです。

 ところで、本日1月31日は当ブログの開設記念日です。2007年の1月31日に初投稿だったので、今日で15歳になりました。15年も続けられたというより、15年も経ってしまったのかぁ、との思いが強いです。何ごとも、やめない限り続けられるんですよ。
 漫画以外の記事も含めて、投稿数は400を超えています。それでもまだまだ、作品化していない古文漢文はいくらでもあるので、これからも続けられる限り漫画にしていきます。リクエストもお待ちします。16年目も引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。
posted by juppo at 00:26| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする