2014年11月07日

完璧帰趙B

ご無沙汰してしまいました。皆さん、お元気ですか。私は元気です。
〈本文〉
趙王悉召群臣議。
皆曰、
『秦貪負其彊、以空言求璧。償城恐不可得。』
議不欲予秦璧。
臣以為、布衣之交、尚不相欺。
況大国乎。且以一璧之故、逆彊秦之驩、不可。
於是、趙王乃斎戒五日、使臣奉璧、拝−送書於庭。
何者、厳大国之威、以修敬也。今臣至、大王見臣列観、礼節甚倨。
得璧伝之美人、以戯弄臣。臣観大王無意償趙王城邑。
〈書き下し文〉
趙王悉(ことごと)く群臣を召し議せしむ。
皆曰はく、
『秦は貪(たん)にして其の彊(つよ)きを負(たの)み、空言(むなごと)を以て璧を求む。
償城恐らくは得べからざらん。』と。
議秦に璧を予(あた)ふるを欲せず。
臣以為(おもへ)らく、布衣(ふい)の交りすら、尚ほ相(あ)ひ欺かず。
況(いは)んや大国をや。
且つ一璧の故を以て、彊(きやう)秦の驩(くわん)に逆らふは、不可なりと。
是に於ひて、趙王乃(すなは)ち斎戒(さいかい)すること五日、臣をして璧を奉ぜしめ、書を庭に拝送す。
何となれば、大国の威を厳れて、以て敬を修むればなり。
今臣至るに、大王臣を列観に見て、礼節甚だ倨(おご)る。
璧を得るや之を美人に伝へ、以て臣を戯弄(きろう)す。
臣大王の趙王に城邑(いふ)を償ふに意無きを観(み)る。
kanpeki3.jpeg
〈juppo〉それにしても、漢文はどこまで読んでも漢字ばっかりですね。授業で扱う際にはさらに、レ点を打ったり送り仮名を添えたりしなければならない訳ですから、これほど面倒なことはないですね。皆さん、ご苦労様です。

『完璧帰趙』は3回目になりますが、まだ終わりではありません。ほとんど終わりなんですけど、ほんのちょっとだけ残ってしまいました。あと1回だけ、ほんのちょっとだけ続きます。
 この3回目はずーーーっと相如のひとり語りです。懐かしの趙王やその家来の台詞も出てきていますが、全部相如の回想の中での台詞です。
 ひとりで語っている間じゅう、ずっと髪の毛が逆立っていたのかどうか定かではないんですけど、元に戻すタイミングを失った結果、このまま語ってもらいました。

 さて、この週末は母と名古屋までちょこっと行って来ます。この続きに着手するのはまた、その後になります。名古屋についての話も含めて、次回にご期待ください。

   
posted by juppo at 23:13| Comment(6) | TrackBack(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月22日

完璧帰趙A

『完璧帰趙』が帰ってまいりました。璧はまだ趙に帰って来ていませんが。
〈本文〉
趙王於是、遂遣相如奉璧西入秦。
秦王坐章台、見相如。
相如奉璧奏秦王。

秦王大喜、伝以示美人及左右。
左右皆呼万歳。

相如視秦王無意償趙城、乃前曰、

「璧有瑕。請指示王。」

王授璧。
相如因持璧、卻立倚柱、怒髪上衝冠。

謂秦王曰、

「大王欲得璧、使人発書至趙王。
〈書き下し文〉
趙王是に於いて、遂に相如をして璧を奉じて西して秦に入らしむ。
秦王章台に坐して、相如を見る。相如璧を奉じて秦王に奏す。
秦王大いに喜び、伝へて以て美人及び左右に示す。左右皆万歳と呼ぶ。

相如秦王の趙に城を償ふの意無きを視(み)て、乃ち前(すす)みて曰はく、
「璧に瑕(きず)有り。請ふ王に指示せん。」と。

王璧を授く。相如因りて璧を持ち、卻立(きやくりつ)して柱に倚(よ)り、怒髪上りて冠を衝く。
秦王に謂ひて曰はく、
「大王璧を得んと欲し、人をして書を発して趙王に至らしむ。
kanpeki2.jpeg

〈juppo〉
 朝晩寒くなりましたねー。皆さんお元気ですか。
『若紫』で中断した、『完璧帰趙』の続きです。中断している間に、1回目のお話を忘れてしまいましたね。私もです。

 秦の王が趙の王の持っている璧を欲しがって、くれたら城を15個あげると言って来た、というところまででした。
 という訳で、秦まで璧を持ってやって来た相如です。案の定、城はもらえなさそうですが、もらえなければ璧をそのまま持ち帰ると言って出て来た相如がこの後どうするのか、というところで続きます。
 タイトルからして、無事に持ち帰ることは想定の範囲内ですけどねー。
 
 璧にキズがついてるから、どこについてるか示させろ、と言ってとりあえず璧を手に戻すのはなかなかの策ですね。
 次回も相如の交渉術が続きます。お待ちください。


 ところで先日、葛西臨海水族園の帰りに壊れたカーナビがその後ついに回復しなかったので、新しいナビをつけました!
 10年乗ってる軽には似つかわしくないハイテクな機械が搭載されました。TVまで見られるんですね〜カーナビって。う、運転中は見ません。安全運転に努めます。
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2014年09月05日

完璧帰趙@

9月になりました。もう9月なんですね。リクエストにお応えします。漢文です。『史記』です。
〈本文〉
於是、王召見、問藺相如曰、
「秦王、以十五城請易寡人之璧。可予不。」
相如曰、
「秦彊而趙弱。不可不許。」
王曰、
「取吾璧、不予我城、奈何。」
相如曰、
「秦以城求璧、而趙不許、曲在趙。趙予璧、而秦不予趙城、曲在秦。均之二策、寧許以負秦曲。」
王曰、
「誰可使者。」
相如曰、
「王必無人、臣願奉璧往使。城入趙而璧留秦。城不入、臣請完璧帰趙。」
〈書き下し文〉
是(ここ)に於いて、王召見し、藺相如(りんしやうじよ)に問ひて曰はく、
「秦王、十五城を以て寡人の璧(へき)に易(か)へんことを請ふ。予(あた)ふべきや不(いな)や。」と。
相如曰はく、
「秦は彊(つよ)くして趙は弱し。許さざるべからず。」と。
王曰はく、
「吾が璧を取りて、我に城を不へずんば、奈何(いかん)せん。」と。
相如曰はく、
「秦城を以て璧を求むるに、趙許さずんば、曲は趙に在り。趙璧を予ふるに、秦趙に城を予へずんば、曲は秦に在り。之(こ)の二策を均(はか)るに、寧(むし)ろ許して以て秦に曲を負はしめん。」と。
王曰はく、
「誰(たれ)か使ひすべき者ぞ。」と。
相如曰はく、
「王必ず人無くんば、臣願はくは璧を奉じて往(ゆ)きて使ひせん。城趙に入らば璧は秦に留めん。城入らずんば、臣請ふ璧を完うして趙に帰らん。」と。
kanpeki1.jpeg
〈juppo〉「完璧」を「完壁」と間違えて書いているのをよく見ますね。かつて私も間違えた学生のひとりでした。「ぺき」は壁じゃなくて璧なんですね。下の部分が、土じゃなくて玉なんです。
「璧」を画像検索すると、丸くてキレイなものがいろいろ出て来ます。
 元になったお話も、カベの話じゃなくて何やら丸くて大事なものの話です。その丸い璧とかいうものが、どれほど貴重なものなのか分かりませんが、城15個と交換してもらえるほどの価値があるようですから破格です。

 このお話は、以前書いた『刎頸之交(ふんけいのまじわり)』の前の部分に当たるお話です。今回、藺相如が趙王のためにひと働きしますが、その働きによって相如の位が上がるところから『刎頸之交』は始まるんでした。
 さらにこの「完璧帰趙」のもっと前に、「和氏璧(くわしのへき)」というお話があって、趙の王はその時、楚で和氏の璧というのをもらったらしいのです。その話もいつか、機会があれば描くかもしれません。
 今回このお話を描くに当たって、藺相如その他の登場人物はどんな風に描いたっけ、と以前描いた「刎頸之交」の原稿を引っ張り出して見直し、ついでに他の作品の原稿も広げて読みふけってしまうという、自画自賛の夜を過ごしたりしていました。面白いですね。時間が経ってまとめて読むと自分で描いたものが。

 本文はこちらのサイトを参考にしました。
http://kanbunjuku.com/archives/405

 調べるうちに、『十八史略』に『完璧而帰』というタイトルがあり、もっと短くまとまった内容の同じ話を見つけましたが、リクエストいただいたのが『史記』の『完璧帰趙』でしたので、ごらんの内容でお届けすることにしました。長いので、3回くらいで描きます。

 相如の台詞で「曲は趙に在り」というのがありますが、この「曲」は中国語では「道理に反した、誤った」という意味があるんですね。

 漢文はもともとは中国語で書かれたものな訳ですから、これをそのまま読めるようになると、中国語もマスター出来る!ってことでしょうか。
ちなみに「完璧帰趙」を中国語読みすると「ワンビーグイチョウ」となるそうです。

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2014年04月30日

臥薪嘗胆B

予告通りゴールデンウィークに突入してしまいましたが、やっと最終回です。
〈本文〉
呉人憐之、立祠江上、命曰胥山。

越十年生聚、十年教訓。周元王四年、越伐呉。呉三戦三北。夫差上姑蘇、亦請成於越。范蠡不可。
夫差曰、

「吾無以見子胥。」

為幎冒乃死。
〈書き下し文〉
呉人之を憐れみ、祠(ほこら)を江上(かうじやう)に立て、命(な)づけて胥山(しょざん)と曰ふ。

越十年生聚(ゆう)し、十年教訓す。周の元王の四年、越呉を伐つ。呉三たび戦ひて三たび北(に)ぐ。夫差姑蘇(こそ)に上り、亦た成(ひらぎ)を越に請ふ。范蠡(はんれい)可(き)かず。
夫差曰はく、

「吾以つて子胥を見る無し。」と。

幎冒(べきぼう)を為(つく)りて乃ち死せり。
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〈juppo〉ゴールデンウィークは皆さんいかがお過ごしですか。私は毎日、『奥様は魔女』を見ています。

 周の元王の四年というのは、@で出て来た敬王の二十六年のように、時の周の王の在位で年数を表したもののようです。王が変わっているので、@で描いた時代から何年くらい経っているのかよくわかりません。気になる方は、調べてみてくださいね。投げやりですみません。

 薪の上に寝てまで自らを鼓舞していた夫差が自死、というところでお話は終わっていますね。国が破れてしまえば英雄も生き残る道なし、てことでしょうか。虚しいです。争いはやはり。

 ところで、今回このお話を漫画にするにあたって、こちらのサイトの訳を参考にさせていただきました。書き下し文も、ほぼそのまま使わせてただいています。

http://manapedia.jp/text/index?text_id=1959

IMG_0483.JPG←プリントアウトしてそのままネームを書き込んだ、作業工程がこちら。
posted by juppo at 03:44| Comment(4) | TrackBack(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月17日

臥薪嘗胆A

お待たせしました。続きです。
〈本文〉
太宰伯嚭受越賂、説夫差赦越。勾践反国、懸胆於坐、臥即仰胆、嘗之曰、

「女、忘会稽之恥邪。」

挙国政属大夫種、而与范蠡治兵、事謀呉。
太宰嚭、譖

「子胥恥謀不用怨望。」

夫差乃賜子胥属鏤之剣。子胥告其家人曰、

「必樹吾墓檟。檟可材也。抉吾目、懸東門。以観越兵之滅呉。」

乃自剄。夫差取其尸、盛以鴟夷、投之江。
〈書き下し文〉
太宰(たいさい)伯嚭(はくひ) 越の賂(まひな)ひを受け、夫差に説きて越を赦(ゆる)さしむ。勾践国に反(かえ)り、胆(きも)を坐臥(ざが)に懸け、即ち胆を仰ぎ之を嘗(な)めて曰(い)はく、

「女(なんじ)、会稽の恥を忘れたるか。」と。

国政を挙げて大夫(たいふ)種(しよう)に属(しよく)し、而(しか)して范蠡(はんれい)と与(とも)に兵を治め、呉を謀(はか)るを事とす。

太宰嚭、子胥謀(はかりごと)の用ゐられざるを恥ぢて怨望(えんぼう)すと譖(しん)す。夫差乃ち子胥に属鏤(しょくる)の剣を賜ふ。

子胥其の家人に告げて曰はく、

「必ず吾が墓に檟(ひさぎ)を樹ゑよ。檟は材とすべきなり。吾が目を抉(えぐ)りて、東門に懸けよ。以つて越兵の呉を滅ぼすを観んと。」

乃ち自剄(じけい)す。夫差其の尸(し)を取り、盛るに鴟夷(しい)を以つてし、之を江に投ず。
gashinshotan2.jpeg
〈juppo〉もう本当に難しい漢字だらけで、見ているだけで嫌になりますね。それも恐らく一生使うことはない漢字ばかりですから、私が高校生だったら「こんなものを勉強しても何の役にも立たない」と思ってたでしょうね。
 実際そんな高校生だったので、漢文なんてマジメに勉強した記憶がありません。今になって苦労するとは。やっぱり漢文も勉強しておけば良かったです。人生なんてそんなもんです。

 ところで、このお話を漫画にするのに私は教科書を見ていないので、『十八史略』からの抜粋をサイトから拾って来て描いているのですが、教科書の出典も同じなのでしょうか。『史記』にも同じ場面を扱った内容があることを今日知って、そちらは内容が多少異なるようなのです。Wikipediaによれば、日本では『十八史略』の方がお馴染みらしいので、このまま進めますが。はい、もう少し進みます。

 胆はここでは「きも」と読み、肝と同じです。辞書を引くと「内臓の主要部分。特に肝臓。」と出て来ます。動物の肝臓を生で嘗めている、ってことでしょうか。苦いかどうかというより、気持ち悪いですね。

 伯嚭という人はそもそも子胥をよく思っていなかったようで、その伯嚭の計略によって子胥は夫差の信頼を失ったばかりか、夫差から剣を賜ってしまう、ということは、この剣で死ね、ってことなんだそうです。何の釈明もせずに「はい、そうですか」みたいに死んでしまった子胥です。無念ですね。呉はそれまで子胥が仕えていた国なんですけど、滅びてしまえ、と思いつつ亡くなった訳です。

 檟(ひさぎ)は日本では楸と書くようですが、本文と同じ字を漫画にも使っています。何しろ木の名前のようです。その木で柩(ひつぎ)を作るようです。順番が逆なのでは、という気もします。

 もう1回だけ、続きます。ゴールデンウィークに突入しそうです。
posted by juppo at 01:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月06日

臥薪嘗胆@

 4月になりました。新学期ですね。私はちょっぴりタモロスです。ずいぶん前にいただいたリクエストにお応えします。漢文『十八史略』から、「臥薪嘗胆」です。
〈本文〉
呉王闔廬、挙伍員謀国事。員、字子胥、楚人伍奢之子。奢誅而奔呉、以呉兵入郢。
呉、伐越。闔廬傷而死。子不差立。子胥復事之。夫差志復讎。朝夕臥薪中、出入使人呼曰、
「夫差而忘越人之殺而父邪。」
周敬王二十六年、夫差敗越于夫椒。越王勾践以余兵棲会稽山、請為臣妻為妾。
子胥言、
「不可。」
〈書き下し文〉
呉王闔廬(ごおうこうりょ)、伍員(ごうん)を挙げて国事を謀(はか)らしむ。員、字(あざな)は子胥(ししょ)、楚人(そひと)伍奢(ごしゃ)の子なり。奢誅(ちゅう)せられて呉に奔(はし)り、呉の兵を以(もち)ゐて郢(えい)に入る。
呉 越(えつ)を伐(う)つ。闔廬傷つきて死す。子の夫差(ふさ)立つ。子胥復(ま)た之に事(つか)ふ。夫差讎(あだ)を復(ふく)せんと志す。朝夕(ちょうせき)薪中(しんちゅう)に臥(が)し、出入(しゅつにゅう)するに人をして呼ばしめて曰はく、
「夫差、而(なんぢ)越人(えつひと)の而の父を殺ししを忘れたるか。」と
周の敬王(けいおう)の二十六年、夫差越を夫椒(ふせう)に敗る。
越王勾践(こうせん)、 余兵を以(ひき)ゐて会稽山(かいけいざん)に棲(す)み、臣と為り妻は妾(せふ)と為らんと請(こ)ふ。子胥言ふ、
「不可なり。」と
gashinshotan1.jpeg
〈juppo〉臥薪嘗胆という四字熟語は耳にするものの、使ったこともどんな意味か深く考えたこともなく、何となく苦労するって意味だろうな〜、なんて思っていた皆さん、私もその程度でした。
 「薪に臥し、胆を嘗める」とは、薪の上に寝たり苦い胆をなめるということですから、わざわざ自分で自分を追い込んで、心に秘めた決意を忘れないようにする、ストイックな面々のお話です。

 出てくる人の名前がまず難しいですね。漢字が難しいです。
伍員さんは「伍子胥」という名前の方が有名なようなので、最初のコマ以外は「子胥」で統一しました。
 字(あざな)というのは中国で、成人男子が実名以外につけた名だそうですが、実名じゃない方が通り名になっているのは何故なんだ、と思いながら描きました。
 子胥さん以外の登場人物も、よくわからないまま描いていますが、どうやらどの人も有名人らしく、検索すると軒並み肖像が出て来ます。
 それら肖像を一応参考に描きましたが、似ているかどうかは自信がありません。多分本人に会ったことがある人はいないでしょうから、いつものようにイメージで読んでくださいね。

 「周の敬王の二十六年」というのは、日本でいえば元号みたいなものらしく、当時は周に力があったので、その国の王の在位何年度、てな数え方で時代を表したようです。

 夫差と夫椒が似ていて紛らわしいですが、前者は人の名で後者は地名です。
 ひとまず、薪の上に寝たのが夫差だったことがわかったところまでで、続きます。胆を嘗めるのは誰なんでしょう。


 ところで、「笑っていいとも!」が終わってしまいましたね。
 長年のいいともウォッチャーとして私は、ここ数年は番組内容とタモリさんに老いを感じていたこともあり「そろそろ終わっていいとも」と思っていた一人でしたが、本当に終わってしまった今、じわじわと喪失感に苛まれています。
 いつでもそこに当たり前にある日常のありがたみは、失って初めてわかるものですね。
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2013年10月29日

断腸

 『若紫』がまだ途中で、以下略。
 リクエストにお応えします!漢文です。ハンカチのご用意を!
〈本文〉
桓公入蜀、至三峽中。部伍中有得猿子有。其母縁岸哀號、行百餘里不去。
遂跳上船、至便即絶。破視其腹中、腸皆寸寸断。公聞之怒、命黜其人。
〈書き下し文〉
桓公(かんこう)、蜀(しょく)に入り、山峡(さんきょう)の中(うち)に至る。部伍(ぶご)の中に猿子(えんし)を得(う)る者あり。その母岸に縁(よ)りて哀號(あいごう)し、行くこと百余里にして去らず。
ついに跳(おど)りて船に上(のぼ)り、至れば便即(すなわ)ち絶(た)ゆ。破りてその腹の中を視(み)れば、腸(はらわた)みな寸寸(すんずん)に断(た)えたり。公、之を聞きて怒(いか)り、命じてその人を黜(しりぞ)けしむ。
dancho.jpeg
〈juppo〉描きながら涙が止まりませんでした。と、いうことはないですが、日頃何気なく目にしていた「断腸の思い」という言葉の裏に、こんな壮絶な物語が隠されていたとは!全米が泣いた!て感じで映画化決定ですよね。

 『断腸』というタイトルはこのエピソードの通称で、出典は『世説新語』という書物の、『黜免』というお話のようです。
 桓公は四世紀の中国の人です。武将です。桓温が本当の名前です。蜀は地名です。三峽は長江の上流にある三つの渓谷のことだそうです。

 猿のお母さんは内臓がずたずたになって死んだのですが、私が描いた4コマ目の絵だと、なんか甲板にお腹を打ち付けて死んだみたいになってしまいました。もちろんそうではありませんので。我が子を取り戻したい悲痛な思いで腸もねじ切れるほどだったということですね。

 最後のコマの「激怒」は「げきおこ」と読まないでくださいね。「げきど」ですよ。

 短いながらも胸を打つお話ですよねー。これからは「断腸の思い」という言葉を用いる時は、本当に腸がちぎれるほどの感情かどうか、冷静に判断して使いたいと思います。


 ところで、9月の初めに健康診断に行った私は尿タンパクの数値で再検査になってしまいました。体調によっても出る数値ということでしたが、再検査の結果が出るまではやはり気がかり。今日結果を聞きに行き、全く何の問題もないことが分かりました〜良かった〜。
 今年の夏はあんなに暑かったので、ほぼ毎日軽い熱中症のような健康状態でしたから、その影響が出ていたのだと思います。もう暑くないので、すっかり元気です。皆さんも体調にはくれぐれも気をつけてお過ごしください。
posted by juppo at 00:46| Comment(4) | TrackBack(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月19日

刎頸之交(ふんけいのまじわり)B

第3回です。今回で終了です!
<本文>
顧念、強秦不敢加兵於趙者、徒以吾両人在也。
今両虎共闘、其勢不倶生。
吾所以為此者、先国家之急、而後私讐也。
頗聞之、肉袒負荊、詣門謝罪、遂為刎頸之交。
<書き下し文>
顧念(おも)ふに、強秦(きょうしん)の敢(あ)へて兵を趙(ちょう)に加へざるは、徒(た)だ吾(わ)が両人の在(あ)るをもってなり。
今両虎(りょうこ)共に闘はば、その勢ひ倶(とも)には生きざらん。
吾(われ)此(こ)れを為す所以(ゆえん)は、国家の急を先にして、私讐(ししゅう)を後にすれば」と。
頗(は)これを聞き、肉袒(にくたん)して荊(けい)を負ひ、門に詣(いた)りて罪を謝(しゃ)し、遂に刎頸(ふんけい)の交はりを為す。
funkei3.jpg
まず、前回の記事について訂正があります!
前回、相如の過去について、「相如は以前、趙の隣国、秦の王に仕えていたことがあったらしいです。」と私は書いたんですけど、違っていました。

 メールで解説してくださった方があり、それによると、相如はこのお話の直前、
『趙王の使いとして「和氏(かし)の璧(へき)」を持って、秦王の元を訪れ、気力と弁舌だけで、無事その璧を奪われることなく持ち帰ったという「完璧」の語源となった人物』
なのだそうです。
 ですから、
『「秦王に仕えていて、王を叱りつけるほどの頑強さを示して、秦で出世した」というよりも、
「趙王の使いで秦王と会見し、宝物を無事趙に持ち帰って、趙で出世した」というのが正解です。』
ということだそうです。(『』の部分はメールからの引用です。)

 なるほどです。その、「完璧」のエピソードもいずれ機会があれば描きたいところですが、本文に関係ないとは言え、前後の関わりももっと勉強するべきですよね〜。そう思っていても、ついつい簡単に記事を作ってしまうこともあり、今後もあれこれミスを犯しそうです。見つけた方は是非、ご指摘くださいね。

 今回メールをくださった方、どうもありがとうございました!


 さて、そんな相如と廉頗のお話はとりあえず今回で終了です。ふたりはライバルだけど、国家のためには敵対しない方がいい、という相如の説ですね。私讐は後回し、ということは個人的な恨みがないことはない、ということですよね。
 それでもその話を聞いた廉頗は感動したらしく、自分の背中にいばらのムチ(!)をあてて相如に謝ったんですね。
 その後はふたりは刎頸の交わりを結んだというオチですから、これきっかけで仲良くなったということなのでしょうね。
 刎頸というのは、互いの首を切られても、という意味だそうです。「刎」は切るとかはねる、「頸」は首という意味です。
 〜〜なほど仲がいいという表現は他にもありそうですが、首をはねられてもへっちゃらなほどの仲のよさ、って何か極端ですよね。「君のためなら死ねる」というほどの意味でしょうね。

 それまでは2匹の虎に例えるくらいですから2人とも血の気が多そうですね。2コマ目の虎の絵、「がるるるるる」の文字は『ちびくろさんぼ』のトラのイメージです。このあと、このトラたちはバターになります。

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2013年07月09日

刎頸之交(ふんけいのまじわり)A

めちゃくちゃ暑くなってきましたが、皆さんお元気ですか。続きです。
<本文>
出望見、輒引車避匿。其舎人皆以為恥。
相如曰「夫以秦之威、相如廷叱之、辱其群臣。相如雖駑、独畏廉将軍哉。
<書き下し文>
出でて望見(ぼうけん)すれば、輒(すなわ)ち車を引きて避け匿(かく)る。其の舎人(しゃじん)皆以(も)って恥と為す。
相如曰はく、「夫(そ)れ秦の威(い)を以ってすら、相如之(これ)を廷叱(ていしつ)し、其の群臣(ぐんしん)を辱(はずか)しむ。
相如駑(ど)なりと雖(いえど)も、独(ひと)り廉将軍を畏(おそ)れんや。
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もう7月なのか!今年ももう半分終わったのか!と、思う間もなく梅雨が明け、途端に猛暑ですね。皆さん、熱中症には本気で注意してください。
 我が家では今年はエアコンのリモコンを紛失するようなこともなく、我慢できない時にはCO2を排出しつつも涼んでいます。我慢できるくらいの暑さなら、保冷剤とか氷嚢を活用しています。

 そういう訳で猛暑に耐えつつ、第2回をお届け出来た次第です。前回は相如に対する廉頗の嫉妬が炸裂していましたが、今回はその相如の言い分が炸裂しています。
 相如の過去がここで少し明らかになります。相如は以前、趙の隣国、秦の王に仕えていたことがあったらしいです。そこで王を叱りつけるほどの頑強さを誇示して業績を挙げ、名声を得たかなんかで、前回の昇進につながったそうなんです。ま、それはまた別の話、てことで今回は詳しいことは調べていないんですけど。

 そんな実績のある自分が廉頗なんかに遠慮したりしないぞ、ってとこまで描きました。最後は反語になっていますよ。
 じゃあ、どういう考えがあって廉頗を避けているのか、が次回からのお話になります。


 ところで、少し前にミシンの話をしました。ミシンの動きがよくないのでミシン油を買ったところまでしたんですが、その後どうなったかというと、

 油をさしたものの、今度はミシン車が空回りするようになってしまいました。要するに使い物になりません。
 そこまでやって私の手芸の日々は完全にストップしました。
 うちにもうひとつ古いミシンがあったんじゃないかな、と思い出したり、やっぱり最新のミシンを買ってしまおうかな、と心が動いたりはしてるんですけど、何も行動に移さないまま猛暑の日々に突入してしまいました。仮縫いの手提げは放置です。

 また気が向いたら何か動き出すかもしれません。その時はこちらでお知らせするかも、です。

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2013年06月30日

刎頸之交(ふんけいのまじわり)@

ご無沙汰です。リクエストにお応えします。漢文です。
<本文>
趙王帰、以相如為上卿。在廉頗右。
頗曰「我為趙将、有攻城野戦之功。相如素賎人。
徒以口舌居我上。吾羞為之下。我見相如、必辱之。」
相如聞之、毎朝常称病、不欲与争列。

<書き下し文>
趙王(ちょうおう)帰り、相如(しょうじょ)を以って上卿(じょうけい)と為す。廉頗(れんぱ)の右にあり。
頗(は)曰(いは)く、「我(われ)趙の将となり、攻城野戦(こうじょうやせん)の功(こう)あり。相如は素賎人(もとせんじん)なり。
徒(た)だ口舌(こうぜつ)を以って我が上に居(お)るのみ。吾(われ)これが下たるを羞(は)づ。我相如を見ば、必ず之を辱(はずかし)めん」と。
相如これを聞き、朝(ちょう)する毎(ごと)に常に病(やまい)と称して、与(とも)に列(れつ)を争ふを欲(ほっ)せず。
funkei1.jpg
前回の記事で、中居君の話し方についてちょっと言及したら、その翌週訪問者が千人超えした日がありました。恐るべし、中居ファンの嗅覚。反感を買うようなことを書かなくて本当に良かったです。

 その後一体何をしていたのかと思われそうですが、自分でも何をしていたか思い出せないほど何もせずに6月が終わってしまいました。あ、誕生日がありました。私の。

 今回は漢文です。史記です。いついただいたか分からないくらいずいぶん前にいただいたリクエストです。
 この本文をネットで探して、書き下し文と訳をメモっておいたのが去年のことかと思います。その時、書き写しながら何の話かさっぱり分からないまま、いつものようにそのメモがどこかに行ってしまい、最近になって出土したのでやっと漫画にしました。

 たった4コマですみません。実は、イラストの仕事でB6の紙をよく使うんですけど、その切れ端がたくさん余っていることに気づいたので、しばらくこの紙を使うことにします。

 唐突な始まりのようですが、恐らくこの話の前に何やかやあって、趙の王が突然相如を上卿に任命したところから始まります。上卿というのは宮廷に使える人たちの肩書きのひとつのようです。廉頗という人はそれより低い地位なんですね。
 ライバル同士であるかのようなこの二人、廉頗はあからさまに嫉妬の炎を燃やします。3コマ目は星飛雄馬のイメージで描きました。飛雄馬っていつもこんな風に、自分に憤って泣いてましたよね。

「攻城野戦の功績」というところは「百戦錬磨の働き」とでも訳すべきかと思いましたが、攻城野戦という四文字熟語があるようなのでそのままにしました。要するに、たくさん城を攻めていっぱい戦で闘った、というほどの意味でしょう。

 そういう訳で4コマずつちまちま描きますのでしばらく続きます。

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2013年01月14日

朝三暮四

順調に更新します。この調子でいけるといいのですが。漢文です。
<本文>
宋有狙公者。愛狙、養之成群。能解狙之、狙亦得公之心。損其家口、充狙之欲。俄而匱焉、將限其食。恐眾狙之不馴于己也、先誑之曰「與若芧、朝三而暮四、足乎」、眾狙皆起而怒。俄而曰「與若芧、朝四而暮三、足乎』眾狙皆伏而喜。

<書き下し分>
 宋(そう)に狙公(そこう)なる者有り。狙(そ)を愛し、之を養って羣(むれ)を成す。
能(よ)く狙の意を解し、狙も亦(また)公の心を得たり。
其の家口(かこう)を損(へら)して、狙の欲を充(みた)せり。
俄(にわか)にして匱(とぼ)し。将(まさ)に其の食を限らんとす。
衆狙(しゅうそ)の己に馴(な)れざるを恐るるや、先ず之(これ)を誑(たぶら)かして曰(い)はく、
「若(なんじ)に茅(しょ)を与えんに、朝に三にして暮に四にせん。足らんか」と。
衆狙皆起って怒る。俄にして曰はく、
「若に茅を与えんに、朝に四にして暮に三にせん。足らんか」と。
衆狙皆伏して喜ぶ。
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前回の、『助長』と一緒にいただいたリクエストですね。こんなに時間が経ってからリクエストにお応えしても何の意味もないですが、これから勉強する方のために空回りするリクエストもある・・・ということで、どうかご了承ください。

動物を描くのはわりと好きなんですけど、サルだけは苦手でした。でも今回のサルは自分でも描いていて「ふふふ。」と満足の鼻息が漏れる出来になったと思います。申年の年賀状はこれで行こう、と思いながら描きました。

宋は『助長』にも出てきましたが中国の国の名です。狙公という名前は、本名ではなく「猿飼い」というような職業名みたいです。
茅は「しょ」と読んで、「どんぐり」か「とちの実」と訳す様です。

この四文字熟語と、その成り立ちは有名ですけど、あまり例えとして使わない言葉ですよね。意味は別に、「猿はサル知恵でだましやすい」ということではないんです。

「言うことがころころ変わっていい加減だ」という意味なんです。
猿を相手にする様に言葉巧みにたぶらかされそうになって初めて、使える熟語ですね。「朝三暮四か!バカにするな!」と、いうように。


ところで先日、レンタルして『インセプション』を観ました!やっと、今ごろ。それで今ごろやっと分かったんですけど、クリストファー・ノーラン監督作だったんですねー、『メメント』の。『メメント』を映画館で観た時、観てる間中「こんなことをよく思いついたなぁ〜」と、ひたすらその発想に感心させられたことを思い出しました。夢とか記憶とか、曖昧なモチーフは表現が自由ですが、その分取り止めのないことにもなってしまいがちな危険もありそうです。そういう世界を映像にするのが上手い人ですよね。音はちょっとうるさいですけどね。


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2012年12月30日

助長

皆さんこんにちは。新しい年まであと1日です。滑り込みで1ヶ月振りに更新します。久しぶりに、漢文です。
<本文>
宋人有閔其苗之不長而揠之者。
芒芒然歸、謂其人曰、今日病矣。
予助苗長矣。
其子趨而往視之、苗則槁矣。
<書き下し分>
宋人(そうひと)に其(そ)の苗(なえ)の長(ちょう)ぜざるを閔(うれ)えて、之(これ)を揠(ぬ)く者(もの)有(あ)り。
芒芒然(ぼうぼうぜん)として帰(かえ)り、其の人(ひと)に謂(い)いて曰(いわ)く、今日(こんにち)病(つか)る。予(われ)苗を助(たす)けて長(ちょう)ぜしむ、と。
其の子趨(はし)りて往(ゆ)きて之を視(み)れば、苗則(すなわ)ち槁(か)れたり。
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<juppo>実は、今月は1ヶ月ほど前にリクエストいただいた、『枕草子』の「うれしきもの」を描くつもりでぼちぼち訳を作っていたんですけど、年末のごたごたでその訳がどこかに行ってしまい、最初から作り直しても良かったのですが、もはや年末にさしかかった今そんな気力がなく、ずーっと前に、もういつだったか分からないくらい前にいただいたリクエストの中から、「あ、これでいいや」と見繕って今回の「助長」を描くことにしたという次第です。

「助長」という言葉は、何かを助けて力を伸ばすことだと思いがちですが、もともとの意味は助けるつもりが却って害を及ぼしてしまった、ルー大柴風に言えば「サポートするつもりでスポイルしてしまった」という意味なんですね。
だから「犯罪を助長する」とか「悪い癖を助長する」というように使うわけですが、そのように使う場合でも、あくまでも本当は良い方向に持って行きたかったんだけどなぁ〜、てな含みを読み取らなければいけないのですね。

簡単に使っている言葉のようで、奥が深いですね。勉強になります。

宋は10世紀ごろの中国の国です。宋の人、特に農民の一家がどういう風体であったのか、詳しく調べずに描いていますので、いつもここの漫画はそうですが、どうか雰囲気で読んでくださいね。

それから、書き下し分で「ぬく」と訳されている部分の漢字が、□になってしまっています。ここに入る漢字がフォントにないようです。てへんに「堰」の右部分を組み合わせた漢字なんです。
読み難くてスミマセン。



ところで、前回の記事をiPhoneから投稿したのは草津温泉のホテルからでしたが、せっかく温泉旅行に行ったのに、帰ってきてから私は極度の肩こりに悩まされておりました。
肩は今までも長年凝っていました。マッサージに行くと必ず「凝ってますねー」と言われるんですけど、そんな自覚もないほど凝り固まっていたのです。
その凝った塊がどうも限界に達したようで、左肩が痛くなり、人差し指が痺れるようになって、さすがにこのまま放置は出来ないと思い、実際痛くて耐えられなかったので、鍼治療に通い始めました。

12月はとにかく鍼を刺されていた1ヶ月でした。まだ指は痺れていますが、治療の甲斐あって肩の痛みはほとんど癒えました。

そんなこんなで月イチ更新が定着してしまったブログですが、来年はもっと真面目にリクエストに取り組みたいと思います。いつも思ってるんですけどね・・・。

そのためには健康にも留意しなければ。
皆様も、お身体にはくれぐれも気をつけて。来年も長い目で、お付き合いください。

良いお歳を。

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2012年01月06日

項王の最期A

そんなにお待たせしませんでしたね。続きです。
<本文>
乃令騎皆下馬歩行、持短兵接戦。独籍所殺漢軍数百人。項王身亦被十余創。顧見漢騎司馬呂馬童。
曰、「若非吾故人乎。」
馬童面之、指王翳曰、「此項王也。」
項王乃曰、「吾聞漢購我頭千金・邑万戸。吾為若徳。」
乃自刎而死。
<書き下し文>
乃ち騎をして皆馬を下りて歩行(ほかう)せしめ、短兵(たいぺい)を持して接戦す。
独り籍の殺す所の漢軍、数百人なり。
項王の身も亦(また)十余創(じふよさう)を被(かうむ)る。
顧(かへり)みるに漢の騎司馬(きしば)呂馬童(りよばどう)を見たり。
曰はく、「若(なんぢ)は吾が故人に非(あら)ずや。」と。
馬童之に面し、王翳(わうえい)に指(しめ)して曰はく、「此れ項王なり。」と。
項王乃ち曰はく、「吾聞く、漢我が頭(かうべ)を千金・邑(いふ)万戸(ばんこ)に購(あがな)ふ、と。吾若の為に徳せしめん。」と。
乃ち自刎して死す。
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ひとりで数百人も殺してしまうほどの力を持った武将でも、友に裏切られてはおしまいだ、とも読める結末でした。
邑というのは昔の中国によくあった、城壁で囲まれた町のことだそうです。
また、故人はここでは死んだ人ではなく旧友の意味なんだそうです。

特別指名手配の逃亡犯が出頭してきたのに、警備の機動隊員が追い返したとかで問題になっていますが、手配写真よりやっぱり決め手は旧知の友、ってことですね。

無敗の英雄・項羽の最期は自殺だったということがわかりましたねー。
新しい年を迎えて早々、一つ知識が増えて嬉しい限りです。なるべくこのことは忘れずに、どうせなら次には項羽のこれまでの人生についても学んでみたいものだと思います。

読んでみようかな。


そういえばうちの母は、しばらくスポーツクラブのプールで歩いたのに、寒くなったら途端に水に入るのがイヤになってしまいました。これではいけない、と思ったのでなだめすかして今度はスタジオの方につれて行き、最近はピラティスをやっています。
母のリハビリにも良いのは確かだと思いますが、私のインナーマッスルも同時に鍛えられています。水泳より私には良かったかもしれません。


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2012年01月03日

項王の最期@

明けましておめでとうございます!
今年のスタートは漢文から。リクエストにお応えします。
<本文>
於是項王乃欲東渡烏江。烏江亭長、檥船待。
謂項王曰、「江東雖小、地方千里、衆数十万人、亦足王也。願大王急渡。今独臣有船。漢軍至、無以渡。」
項王笑曰、「天之亡我、我何渡為。且籍与江東子弟八千人、渡江而西。今無一人還。縦江東父兄憐而王我、我何面目見之。縦彼不言、籍独不愧於心乎。」
乃謂亭長曰、「吾知公長者。吾騎此馬五歳、所当無敵。嘗一日行千里。不忍殺之。以賜公。」
<書き下し文>
是(ここ)に於いて項王(かうわう)乃(すなは)ち東のかた烏江(うかう)を渡らんと欲す。烏江の亭長(ていちやう)、船を檥(ぎ)して待つ。
項王に謂(い)ひて曰はく、「江東(かうとう)小なりと雖(いへど)も、地は方(はう)千里、衆(しゆう)は数十万人、亦(ま)た王たるに足るなり。願はくは大王急ぎ渡れ。今独り臣(しん)のみ船有り。漢軍至るも、以て渡る無し。」と。
項王笑ひて曰はく、「天の我を亡(ほろ)ぼすに、我何ぞ渡ることを為(な)さん。且(か)つ籍(せき)江東の子弟八千人と、江を渡りて西す。今一人の還るもの無し。縦(たと)ひ江東の父兄憐(あは)れみて我を王とすとも、我何の面目ありて之に見(まみ)えん。縦ひ彼言はずとも、籍独り心に愧(は)ぢざらんや。」と。
乃(すなは)ち亭長に謂ひて曰はく、「吾(われ)公(こう)の長者たるを知る。吾此の馬に騎すること五歳、当たる所敵無し。嘗(かつ)て一日に行くこと千里なり。之を殺すに忍びず。以て公に賜(たま)はん。」と。
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更新をサボっているうちに年が明けてしまいました。ついにこんなていたらくになった当ブログですが、皆様どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

今回の作品は『項羽本紀』とかいう書物にあるお話のようです。リクエストは『項王自刎』というタイトルでいただきましたが、いろいろ検索しているうちに『項王の最期』になってきたのでそうしました。教科書には『自刎』のタイトルで載っているのでしょうか。

項王は項羽のことで、項羽の本名は項籍というらしい、というところまで分かりました。『三国志』とか『三国無双』などに通じている皆さんには、おなじみのヒーローなのだと思いますが、私はそちらの方に全く疎く、劉邦とかいう人と並んで登場するんじゃないかな、くらいの知識しかなかったのです。
あ、別名で覇王とかいうことも知っていました。『四面楚歌』のあの人か、程度ですが。それで今回絵を描くにあたって、知っている覇王の顔は京劇のあの顔くらいだったので、その線で行くべきなのか?なんてこともチラッと考えたりしました。

その程度の知識で描いてしまったので、今回もあちこち突っ込みたい方は是非突っ込んでください。

「最期」というからにはここが項王の最期になる訳なんですけど、項王はここまで負けなしで突き進んできた人だそうです。ロクに知らないのにいきなり最期から学ぶことになって恐縮です。

東に渡ってまた王になってくれと言う亭長に、項王はどうしてそんなことが出来るだろうか、とやんわり断っているそのセリフが、反語だらけなんですね。「何ぞ」とか「何の」とか言ってるところはみんな「どうして〜できるだろうか(いや、できない)。」とか何とか言ってるんです。
私は全然知らないことですが、ここまでの長い戦跡を振り返って、項王にも何か期するものがあるようです。多分。

もう少し、続きがあります。近日中に。


ところで皆さん、新年の抱負は何ですか。
私は今さらな上に月並みですが「捨てる」です。

実はこの春で、12年続けた学習塾を閉めることにしました。
ちょうど今来ている生徒さんたちが皆卒業するため春から生徒がゼロになってしまうのと、母と二人暮らしになった自宅で時間を費やすようにしたいな、と思っていたので。
日本語教師の仕事は外でやっているので、春からはフリーで教える仕事をしつつ、半分引きこもりのようになって家で出来ることをしたいと思っています。

自宅から教えに行ける生徒さんがいれば伺いますので、町田市・相模原市近郊のご家庭で家庭教師を探している方がいたらご一報ください。

そういう訳で、塾で借りている部屋を今ぼちぼち片付けている所なのです。運び出しては捨てています。これが終わったら自宅にある要らない物もどんどん捨てようかな、なんて思っているのです。
スッキリ身軽になれるのはいつの日か・・・ご期待ください。


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2011年10月17日

漁父之辞A

続きです。
<本文>
屈原曰、「吾聞之、『新沐者必弾冠、新浴者必振衣。』安能以身之察察、受物之汶汶者乎。寧赴湘流、葬於江魚之腹中、安能以皓皓之白、而蒙世俗之塵埃乎。」
漁父莞爾而笑、鼓竡ァ去。乃歌曰、
滄浪之水清兮、
可以濯吾纓。
滄浪之水濁兮、
可以濯吾足。
遂去、不復与言
<書き下し文>
屈原曰く、「吾之を聞けり。『新たに沐(もく)する者は必ず冠を弾き、新たに浴する者は必ず衣を振ふ』と。安んぞ能く身の察察たるを以て、物の汶汶(もんもん)たる者をうけんや。寧ろ湘流に赴いて江魚の腹中に葬らるとも、安んぞ能く皓皓(こうこう)の白きを以てして世俗の塵埃を蒙(こうむ)らんや」と。
漁父莞爾(くわんじ)として笑ひ、竅iえい)を鼓して去る。乃ち歌つて曰く、
滄浪の水清まば、
以て吾が纓を濯ふべし。
滄浪の水濁らば、
以て吾が足を濯ふべしと。
遂に去つて、復た与に言はず。
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後半はちょっと分かりずらいですね。自分だけが清いと思っている屈原さんは、周囲の汚れになじんでしまうことなど出来ない、と悩んでいるのですね。電車のつり革を掴まないタイプですね。
最後の漁師の歌は、そんな意固地な屈原さんのことを揶揄して歌ったものでしょうか。


先週の金曜日、母が無事に退院しました。心配してくださった皆さん、本当にありがとうございました。
長く暑い、でも終わってみるとあっという間の私の夏が終わった感じです。

気づいたら4ヵ月近く経っていました。その間、ひたすら家と病院を往復していた訳ではなく、仕事に行き、買い物をし、時には友と食事をし、あ、そうだ、『ハリー・ポッターと死の秘宝パート2』を観に行ったりもしました。字幕版を選んだら自動的に3D初体験になりました。3D映画は字幕も浮き出て見えるのが新鮮だったくらいで、さして3Dで観る必要を感じない映画ではありましたが。

今まであまりしていなかった家事にもずいぶん慣れました。食事はどうしてもいい加減になりがちでしたが、そこそこ料理もしてました。絡めるだけで食べられるパスタソースというものがこんなにたくさんの種類売られているのか、という現実に感動したりできたのもいい経験でした。

そうそう、よく育ったので庭に植えたあのサツマイモ、母が帰宅した折に「春でなければ実は出来ない」と言って抜いてしまいました。残念ながらもちょっといいエピソードになったという結末です。

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2011年10月12日

漁父之辞@

リクエストにお応えします!さんざんお待たせしてすみません!!
<本文>
屈原既放、游於江潭、行吟沢畔。顔色憔悴、形容枯槁。漁父見而問之曰、「子非三閭大夫与。何故至於斯。」屈原曰、「挙世皆濁、我独清。衆人皆酔、我独醒。是以見放。」
漁父曰、「聖人不三凝滞於物、而能与世推移。世人皆濁、何不淈其泥、而揚其波。衆人皆酔、何不餔其糟、而歠其釃。何故深思高挙、自令放為。」
<書き下し文>
屈原(くつげん)既に放たれて、江潭(こうたん)に游び、ゆくゆく沢畔(たくはん)に吟ず。顔色憔悴し、形容枯槁(ここう)せり漁父(ぎょほ)見て之に問うて曰く、「子は三閭大夫(さんりょたいふ)に非ずや。何の故に斯(ここ)に至れるか」と。屈原曰く、「世を挙げて皆濁り、我独り清めり。衆人皆酔ひ、我独り醒めたり。是を以て放たれたり」と。
漁父曰く、「聖人は物に凝滞(ぎょうたい)せずして、能く世と推移す。世人皆濁らば、何ぞ其の泥を淈(にご)して、其の波を揚げざる。衆人皆酔はば、何ぞ其の糟を餔(くら)ひて、其の釃(しる)を歠(すす)らざる。何の故に深く思ひ高く挙がり、自ら放たれしむるを為すや」と。
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漢文です。『漁父之辞』とは年寄りの漁師の言葉という意味なのですね。
屈原という人はかなり昔の中国の政治家で、正しいことをしようとして認められず、絶望して自殺したとか、だそうです。
「屈原」で検索するといろいろ出てきます。「ちまき」の話はもれなく。


さて、母の退院がやっと決まりました。今週中に退院します。結局、介護サービスなどは利用せず、まんま自宅に戻ってもとの生活をすることになりそうです。
その辺のことやら、屈原さんの話やらはまた今度。続きます。

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2011年08月31日

漁夫之利

新しいカテゴリ、何と漢文です!
〈本文〉
 趙 且 伐 燕 。 蘇 代 為 燕 謂 恵 王 曰 、
「今 者 臣 来 過 易 水 。 蚌 方 出 曝 而 鷸 勞 其 肉 。
蚌 合 而 箝 其 喙 。
鷸 曰 、『今 日 不 雨 、明 日 不 雨 、即 有 死 蚌 。』
蚌 亦 謂 鷸 曰 、『今 日 不 出 、明 日 不 出 、即 有 死 鷸 。」
両 者 不 肯 相 舎 。漁 者 得 而 媚 擒 之 。
今 趙 且 伐 燕 。燕 趙 久 相 支 、以 敝 大 衆 、臣 恐 強 秦 之爲 漁 父 也 。故 願 王 之 熟 計 之 也 。」
惠 王 曰 、「善 。」 乃 止。
〈書き下し文〉
ちょうまさにえんをうたんとす。そだいえんのためにけいおうにいひていはく、
「いましんきたりてえきすいをすぐ。ぼうまさにいでてさらす。しかうしていつそのにくをついばむ。ぼうがつしてそのくちはしをはさむ。
いついはく、『こんにちあめふらず、みゃうにちあめふらずんば、すなはちしぼうあらんと。』
ぼうもまたいつにいひていはく、『こんにちいでず、みゃうにちいでずんば、すなはちしいつあらんと。』りょうしゃあひすつるをがへんぜず。ぎょしゃえてこれをあはせとらふ。
いまちょうまさにえんをうたんとす。えん・ちょうひさしくあいささへて、もってたいしゅうをつかれしめば、しんきゃうしんのぎょふとならんことをおそるるなり。ゆえにおうのこれをじゅくけいせんことをねがふなりと。」
けいおういはく、「よしと。」すなはちやむ。
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〈juppo〉ギリギリすべり込みで「8月度更新なし」という事態を回避します。
皆様には何かとご心配をおかけしていますが、私はまずまず元気でやっております。

高校の古文の時間には漢文も習うので、「漢文のアレをまんがにしてくれ」というリクエストを今までにもいただいたことがありました。
それじゃー『高校漢文こういう話』という名でブログをもうひとつ立ち上げようかな、なんてチラと考えた日もありましたが、このブログでさえこんなに更新しない有様ですから、下手な考えは起こさずに手っ取り早くカテゴリを増やしました。
今後は漢文作品も描きます。描ける時に。リクエストはいつでも受け付けております。

このお話は結構有名ですよねー。今さらマンガにしなくても皆さんよくご存知だと思います。
「蚌」はここでは「カラスガイ」と訳してありますが、訳によっては「ハマグリ」としてるものもあるようです。ネットで探していたら「どぶがい」と訳している所もありました。
この際、二枚貝であればブランドは何でもいいかと思います。


朝晩涼しくなってもう秋の気配ですね。明日は台風もやってきます。そうなってくるとどうしても忘れがちなことですが、今年の夏も暑かったですね。
暑いと疲れが倍増します。涼しくても忙しければ疲れますけど、暑いと疲れる以前に何かしようという気にもなりません。

母はまだ入院しているので、8月も忙しかったです。

まず父の一周忌がありました。
母が、入院する前にそれなりに準備はしてくれていたのですが、結局全体的に諸々の準備から当日の仕切りまで私がやることになり、それだけでも充分重荷でしたが母に列席してもらうために病院から外出許可をもらうやら迎えに行ってお寺まで連れて行くやら前日にイラストの締め切りがあるやら仕事はいくらでもあり、それでも、私は結構やれば出来る子なので何とか無事に終了したのです。

ところが終了してしまうと途端に人生の目標を失ったような気分になってしまい、八月上旬気温が下がった日々があったころに、何と肋膜炎になってしまったんですよ。
今は肋膜炎とは言わないらしいですけどね。胸膜炎て言うんですって。とにかくそういうのになってしまって発熱し、近所の内科医にかかって抗生物質をもらいました。

熱で寝込んだのは2日くらいで、薬を飲んだらすぐ治りました。
その後はただただ暑さに耐える日々だったと。そう思ってください。

そんな日々でしたが、おかげ様で母はめきめき回復し、9月末には退院できることになりそうです。今週末には初めて外泊許可をもらって我が家で一泊します。私の次の人生の目標は、今これです。


母の世話をしているだけの8月だった気もしますが、外にも世話していたものがあります。
お盆のお供えに買ったサツマイモを水栽培してみたらこんなことに。imo1.jpg
そのうちこんなことに。imo2.jpg

秋の収穫を目当てに庭に植えようと思っているんですけど、夏の間に荒れ果てた庭の、まず草むしりをしないと、そんなんいつしよう、と途方に暮れています。庭のみならず、家の中も相当荒れ放題です。ひとりで出来ることには限りがあるのよ、と自分を慰めています。


posted by juppo at 01:26| Comment(18) | TrackBack(1) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする