2014年05月12日

児(ちご)の飴食ひたることA

続きです。
〈本文〉
坊主帰りたりければ、この児さめほろと泣く。
「何事に泣くぞ。」
と問へば、
「大事の御水瓶を、誤(あやま)ちに打ち割りて候ふ時に、いかなるご勘当かあらんずらんと、口惜しくおぼえて、命生きてもよしなしと思ひて、人の食へば死ぬと仰せられ候ふ物を、一杯食へども死なず。二、三坏まで食べて候へども大方死なず。はては小袖に付け、髪に付けてはべれどもいまだ死に候はず。」
とぞ言いける。
飴は食はれて、水瓶は割られぬ。慳貪の坊主得るところなし。
児の知恵ゆゆしくこそ。学問の器量も、むげにはあらじかし。
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〈juppo〉まったく児の知恵恐るべし、ですね。完璧な言い逃れではないですか。坊さんはぐうの音も出ませんね。最初に「食べたら死ぬ」なんてウソをついた自分が悪いのだし、死ぬほど後悔しているという子どもを責める訳にいきません。一分の隙もない弁解と言えるでしょう。

ちょっと思ったんですけど、現代の日本の子供たちに、国が求めている学力って、こういうのですか?
たまに学力テストの問題を見ると、算数の問題でも文章で答えるような、答えが一つではないような問いがありますよね。
方程式にあてはめるだけでなく、自分で解決法を導きだす力というものが、今の子供たちには欠けている、という声を良く聞きます。

そんな子供たちに読んで欲しいのがこの作品だ!・・・てことはないですか?

日本の子供たちが、皆この児のように計略を巡らすようになってしまっても困りますけども。

最後に「学問の器量もむげにはあらじ」と言っているので、賢さの証しであることは間違いないようですけどね。

posted by juppo at 23:57| Comment(5) | TrackBack(0) | 沙石集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月08日

児(ちご)の飴食ひたること@

引き続き、リクエストにお応えします。『沙石集』巻八です。
〈本文〉
ある山寺の坊主、慳貪(けんどん)なりけるが、飴(あめ)を治(ぢ)してただ一人食ひけり。
よくしたためて、棚に置き置きしけるを、一人ありける小児に食はせずして、
「これは人の食ひつれば死ぬる物ぞ。」
と言ひけるを、この児、
「あはれ食はばや。食はばや。」と思ひけるに、坊主他行の隙に、棚より取り下ろしけるほどに、打ちこぼして、小袖にも髪にも付けたりけり。
日ごろ欲しと思ひければ、二、三坏よくよく食ひて、坊主が秘蔵の水瓶を、雨垂りの石に打ち当てて、打ち割りておきつ。
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〈juppo〉リクエストは「児の知恵」というタイトルでいただきましたが、調べているうちに『沙石集』の「児の飴食ひたること」という作品名が一般的なようなので、そちらで行くことにしました。

この話知ってるぞ、と思われた方もいらっしゃるかと思います。狂言の『附子(ぶす)』という演目で、小学校の国語の教科書にも載っていました。中学校の英語の教科書にも、これは別に狂言ではないですが、昔話として載っているのを見たことがあります。
『附子』では附子は砂糖のことで、それを太郎冠者と次郎冠者のふたりが食べてしまうという話でした。
英語の教科書に載っていたお話でも、小坊主が3人くらい出てきたと思います。

ここでは子供はひとりです。今まで、『宇治拾遺物語』で「児の・・・」というタイトルのお話では、児を小坊主として描いていました。その時に児はお稚児さんで小坊主ではないのでは?というご指摘があったり、私も悩みつつ、結局小坊主を描いていたんですが、今回は普通の子供にしました。もうお気づきのように、途中で飴が髪についたり小袖についたり、という記述があるからです。

飴とはどんな飴なのか、詳しい説明を見つけられませんでしたが、内容から水飴みたいなものかな、と思って描きました。
小袖は袖が筒状の着物のことです。小袖はともかく、髪がある以上小坊主姿に描くのも変かなぁ、と思い、絵のような子供になりました。

坏は「つき」と読むんですね。足付きのものなどもあるようですが、お皿より深い器、ということです。

ちょっと長いので、2回に分けます。飴を食べてしまった後、水瓶をたたき割るという児の意表をつく行動の裏に隠された秘策とは!?近日公開。
posted by juppo at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 沙石集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月11日

いみじき成敗A

後編です。
<本文>
国の守、眼(まなこ)賢(さかし)くして、此の主は不實のもの、此の男は正直の物と見ながら、猶不審なりければ、彼の妻を召して、別の所にして、事の仔細を尋ぬるに、夫が申状(まうしじゃう)にすこしもたがはず。此の妻は極(きはめ)たる正直の物と見て、彼の主不實の事たしかなりければ、国の守の判にいはく、「此の事たしかの証拠なければ判じがたし。但(ただ)しともに正直の者と見へたり。夫妻また詞(ことば)たがはず。主の詞も正直にきこゆれば、七あらむ軟挺を尋ねてとるべし。是は六あれば、別の人のにこそ」とて、六ながら夫妻にたびけり。宗朝の人、いみじき成敗とぞ、普くほめののしりける。こころ直(なほ)ければ、自(おのづか)ら天のあたへて寶(たから)をえたり。心まがれるは、冥(みゃう)とがめて財を失ふ。此の理(ことは)りすこしもたがふべからず。返々(かへすがへす)も心は清くすなほなるべき者なり。
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皆さん、皆既月食を見ましたか?私は見ました!ちょうどその時間にTSUTAYAにDVDの返却&レンタルに行くため外に出たので、ついでに写真なんか撮ってみましたが望遠レンズのある訳もなく、あとで写真を見たらほとんど真っ暗なだけの絵になっていました。

後編はまさに胸のすく判決が出たお話です。私事で恐縮ですが、「正直に勝る美徳はない」をモットーにしている私にはありがたいお話でした。やっぱり、正直でいればいつか良いことがあるのね、と自分に言い聞かせたくなる結末です。
本当のことなら何を言っても良いと思っている私はその正直ゆえにトラブルを招いた経験も多々、なんですけど、正直が一番と思うのは結局、自分が騙されやすいからです。そして「あー、ウソだったんだ〜」てことが分かると、必要以上に傷つくからです。ですからウソはつかないでくださいね。

ところで、『ステキな金縛り』を観ました。面白くて、そして感動しました。映画の中ではある特定の条件で幽霊が見えるのですが、実際に、誰にも見える幽霊が法廷に来て証言してくれたら、裁判の進行がとてもスムースになりそうですよね〜。迷宮入り事件なんて皆無になりそうだし、歴史上の未解決事件も真実が全て白日の下にさらされますよね〜。そういう日がホントに来ないかな、と考えてしまう映画でした。あ、ただし、幽霊が正直であることが前提ですね。

posted by juppo at 03:42| Comment(3) | TrackBack(0) | 沙石集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月06日

いみじき成敗@

リクエストにお応えします。『沙石集』です。
<本文>
近年の帰朝の僧の説とて、或る人の語りしは、唐(もろこ)しに賤(いやし)き夫婦あり。餅を売りて世を渡(わたり)けり。夫、道の頭(ほとり)にして餅を売りけるに、人の袋を落としたりけるを取りて見れば、銀(しろがね)の軟挺(なんてい)六つありけり。家にもちて帰りぬ。妻心すなをに欲なき者にて、「我等はあきなふてすぐれば事もかけず。此(こ)の主(ぬし)いかばかり歎(なげ)き求むらむ。いとをしき事なり。主を尋(たづ)ねて返し給へ」といひければ、「實(まこと)に」とて、普(あまね)くふれけるに、主といふ物出(いで)来て、是(これ)を得てあまりに嬉しくて、「三つをば奉らん」といひて、既に分かつべかりける時、思ひかへして、煩(わづらひ)を出(いだ)さん為に、「七つこそありしに、六つあるこそ不審なれ。一つをばかくされたるにや」といふ。「さる事なし。もとより六なり」と論ずる程に、はては国の守(かみ)の許(もと)にして、是をことわらしむ。
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例によって、リクエストにお応えするのが遅すぎて、何の役にも立ってないパターンかもしれません。
『沙石集』は鎌倉時代に成立した説話集です。仏教の教えを中心に、庶民の間に伝わった話などを集めたものだそうです。珍しく、テストに出そうな情報をお伝えしています。この情報は手元にあった高校の国語便覧からのものです。
『沙石集』自体は図書館で借りてきたのですが、本文を写して訳してネームを作ってもう返してしまったので、手元にありません。多分、『沙石集』にある作品だと思います、これ。本にあったタイトルは「正直にして寶を得たる事」というのでした。『沙石集』は新しいカテゴリですね、そういえば。

落し物を拾った貧しい夫婦の話です。
落し物と言えば、

先月、母の外来に病院へ行った帰り、スーパーで買物をして帰ってきたら病院の処方箋薬局から電話があり、「薬の袋、血圧計、血圧手帳が入った青い布の袋が落ちていたと、スーパーから連絡がありましたよ。」と。
その時(既に夕方)まで私も母も、その袋がないことに気づいていませんでした。夜、血圧を測る時になって初めて「ないじゃん!!」てことになっていたと思います。すぐにスーパーに戻って取り戻しました。拾ってくれた方が、そのままサービスカウンターに届けて薬局にも連絡してくれたのだということが分かりました。
どこのどなたか存じませんが、良い人に拾われて良かった〜。この場を借りて、堀の内のFOOD ONEの地下駐車場で青い布の袋を拾ってくださった方にお礼申し上げます。おそらくご覧になってないことでしょうが、ありがとうございました。

軟挺というのは、長い棒のような銀貨だそうです。どのくらいの価値のものか分かりませんが、とりあえず正直者に拾われて落とし主も救われましたよね。ところが、落とし主の方がどうやら正直者ではなかったようです。

後編があります。国司の判断に、期待しましょう。



posted by juppo at 02:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 沙石集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする