2022年02月12日

虎穴に入らずんば虎子を得ずC

4話目まできました!あと半分、くらいです!
〈本文〉
此必有北虜使來、狐疑未知所從故也、明者覩未萌、況已著邪、乃召侍胡詐之曰、匈奴使來數日、今安在乎、侍胡惶恐、具服其狀、超乃閉侍胡、悉會其吏士三十六人與共飲、酒酣、因激怒之曰、卿曹與我倶在絶域、欲立大功以求富貴、今虜使到裁數日、而王廣禮敬卽廢、
〈書き下し文〉
此れ必ず北虜の使の来ること有って、狐疑(こぎ)して未だ従う所を知らざるが故なり。明者は未だ萌(きざ)さざるに睹(み)る。況(いわ)んや已に著(あき)らかなるを邪(や)」。乃ち侍胡を召して之を詐(たばか)って曰わく、「匈奴の使来って数日なり。今安(いず)こに在る乎(や)」。侍胡惶(お)じ恐れ、具(つぶ)さに其の状を服す。超乃ち侍胡を閉じこめ、悉(ことごと)く其の吏士三十六人を会(あつ)めて与(とも)に共に飲み、酒酣(たけなわ)にして、因って之を激怒せしめて曰わく、「卿(そち)の曹(やから)は我と倶(とも)に絶域に在って、大功を立てて以て富貴を求めんと欲す。今、虜の使到ること裁(わず)かに数日にして、而して王の広(こう)の礼節即ち廃る。
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〈juppo〉前回の後半で、西域に派遣された班超さんは、鄯善という国にやってきました。今話題の、新疆ウイグル自治区のあたりらしいです。そこの広という王様に、初めこそ好意を持って迎えられたものの、すぐに扱いが雑になったと。その続きからの今回、班超さんが感づいたことには、これから対戦しようという匈奴もここに来ていて、広はどっちにつくか決めかねているのではないかと。

 侍胡は侍者の胡人ということです。胡人には異民族という意味もあったり、元はあご髭の長い人を指していたり、だそうですがここでは広が班超に従うように遣わした人だそうです。

 その胡からまんまと実情を聞き出した班超さんの反撃が始まります、というところで続く、です。
次回はいよいよあの名言の予感がしてもいいかもしれません。


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2021年08月26日

鳥飼院B

また暑くなりました。いつまで暑いのでしょう。体が持ちません。最終回です。
〈本文〉
かづきあまりて、ふた間(ま)ばかり積みてぞおきたりける。かくて、かへりたまふとて、南院(なんゐん)の七郎君(しちらうぎみ)といふ人ありけり。それなむ、このうかれめのすむあたりに、家つくりてすむと聞(きこ)しめして、それになむ、のたまひあづけたる。「かれが申さむこと、院に奏(そう)せよ。院よりたまはせむ物も、かの七郎君につかはさむ。すべてかれにわびしきめな見せそ」とおほせたまうければ、つねになむとぶらひかへりみける。
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〈juppo〉夏バテで果ててしまう前に最終回を迎えられて何よりです。もうすっかりお忘れかもしれませんが、「かづく」という動詞の話を前回しました。回をまたいで、今回その「かづく」から始まっています。これについての説明は前回したのでもういいですね。

 とにかくご褒美に衣服をたんまりいただいたようです。いただいた衣服は左肩にかけるそうなんですが、かけきらないので積んであります。「ふた間」の「間」には今のように「部屋」という意味と「柱と柱の間」という意味があるそうです。積まれたものの量が、すごくたくさんなんだろう、と思っておけば良いと思います。

 帝はこの遊女を気に入ったのでしょうが、そこはやはり身分というものがあるので、しかるべき所に置いて、ちょっと離れて大事にしようと思ったようですね。「南院」は天皇の皇子の一人を指すようですが、「七郎君」が誰なのかは定かでないようです。それなりに確かな身の上の人なんでしょう、世話を頼むくらいですから。つい「しちろうくん」と読んでしまいますが、別にそれでもいいと思います。違ってますけど。

 最終回なのに、なんだか投げやりな説明になってますね。暑さのせいだと思ってください。
 次回に何を描くかも、ちょっと未定です。
posted by juppo at 21:25| Comment(0) | 大和物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月16日

鳥飼院A

ずーっと雨が降っています。皆さんの地域では被害はなかったでしょうか。続きです。
〈本文〉
うけたまはりて、すなはち、

 あさみどりかひある春にあひぬればかすみならねどたちのぼりけり

とよむ時に、帝、ののしりあはれがりたまひて、御しほたれたまふ。人々もよく酔(ゑ)ひたるほどにて、酔ひ泣きいとになくす。帝、御袿(うちぎ)ひとかさね、はかまたまふ。「ありとある上達部(かんだちめ)、みこたち、四位五位、これに物ぬぎてとらせざらむ者は、座より立ちね」とのたまひければ、かたはしより、上下(かみしも)みなかづけたれば、
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〈juppo〉前回お題が出た「鳥飼」の歌からの第2回です。だいたいこういう、歌の解釈とか修辞法とか、テストに出るんですよねーめんどくさいですねー。
 「あさみどり」はここでは「かすみ」にかかる枕詞ですが、「あさみ『どりかひ』ある」までに「とりかひ」=「鳥飼」が入っている!という、「隠題歌」てなものにもなっているのですね。芸が細かいです。

 「しほたる」は漢字で書くと「潮垂る」で、海や湖の水に濡れた様子を言った言葉らしいですが、袖が濡れるのは泣いてるってことだな、と「泣く」という意味にも使うのですね。まあロマンチックな、というか遠回りな言い方ですよね。

 ところで「酔ひ泣きいとになくす」は、3コマ目のように訳したために「なくす」が「泣く」を意味するように見えてしまいそうですが、これは「に(二)なく、す」なんです。「またとなく、する」ということです。何をするかというと「酔ひ泣き」を、です。

 歌が素晴らしかったので、思わずご褒美をあげてしまう帝です。他の人もあげるように強要さえしています。「かづけたれば」の「かづく」という動詞には、「衣服や布を与える」という意味と、もらった衣服や布を「左の肩にかける」という意味があります。与えるのともらうのと両方の意味が?と思いますが、与える方は下二段、もらう方は四段と、これまたテストに出そうな違いがあるようです。では「かづけたれば」はどっち?

 珍しく真面目な解説になってしまいました。お話の中では、歌に感動しているようで一堂酔っ払いの集団なのかな、という見方もできるわけですが。

 もう1回続きます。近日中に。
posted by juppo at 02:03| Comment(0) | 大和物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月06日

鳥飼院@

ご無沙汰してしまいました。暑いですね。リクエストにお応えします。『大和物語』第百四十六段です、
〈本文〉
 亭子(ていし)の帝、鳥飼院(とりかひのゐん)におはしましにけり。例のごと、御遊びあり。「このわたりのうかれめども、あまたまゐりてさぶらふなかに、声おもしろく、よしあるものは侍(はべ)りや」と問(と)はせ
たまふに、うかれめばらの申すやう、「大江(おほえ)の玉淵(たまぶち)がむすめと申す者、めづらしうまゐりて侍り」と申しければ、見せたまふに、さまかたちも清(きよ)げなりければ、あはれがりたまうて、うへに召(め)しあげたまふ。「そもそもまことか」など問はせたまふに、鳥飼といふ題を、みなみな人々によませたまひにけり。おほせたまふやう、「玉淵はいとらうありて、歌などよくよみき。この鳥飼といふ題をよくつかうまつりたらむにしたがひて、まことの子とはおもほさむ」とおほせたまひけり。
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〈juppo〉誰と会っても「暑いですね〜」抜きでは会話が始まらない、そんな季節がやってまいりました。必ず来るし、必ず終わる季節ですからね、しばしの我慢ですね。

 亭子の帝というのは、宇多天皇のことのようです。鳥飼院は、今の大阪あたりにあった離宮のことだそうです。「うかれめ」を遊女と訳しましたが、たいてい遊女と訳されるようですが、ここでの遊女は時代劇などに登場する春を売る遊女ではなく、歌ったり踊ったり、一緒に遊んでくれる女性たちのことで、まさに「遊ぶ女」なのですね。時代が下ると、売春もするようになったようですが。

 「大江の玉淵」という人の名が、当たり前のように語られていますが、代々平安時代の貴族で、有名な人だったんですね。このお話を読む限り、宇多天皇とも親交があったようで、懐かしさからその娘らしき遊女にも親しみを覚えて招き寄せています。「さまかたちも清げ」だったせいでもありそうですけどね。
 そういうわけで急遽、鳥飼院で鳥飼お題で歌を詠む会になりました。その歌は次回。全部で3回あります。

 しばらくは暑い毎日ですが、皆さん熱中症には気をつけてください。私はすでに軽く。毎年そんな感じです。
posted by juppo at 00:26| Comment(0) | 大和物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月31日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝C

恒例の月末更新の日がやってきました。今月もしっかり更新しますよ。続きです。
〈本文〉
 この皇子、「今さへ、なにかといふべからず」といふままに、縁(えん)に這(は)ひのぼりたまひぬ。翁理(ことわり)に思ふ。
 「この国に見えぬ玉の枝なり。このたびは、いかでか辞(いな)びまうさむ。人ざまもよき人におはす」などいひゐたり。
 かぐや姫のいふやう、「親ののたまふことをひたぶるに辞びまうさむことのいとほしさに」と、取りがたき物を、かくあさましく持て来ることを、ねたく思ふ。翁は、閨(ねや)のうち、しつらひなどす。
 翁、皇子に申すやう、「いかなる所にかこの木はさぶらひけむ。あやしくうるはしくめでたき物にも」と申す。
 皇子、答へてのたまはく、「一昨々年(さをととし)の二月(きさらぎ)の十日ごろに、難波より船に乗りて、海の中にいでて、行かむ方(かた)も知らずおぼえしかど、思ふこと成(な)らで世の中に生きて何かせむと思ひしかば、ただ、むなしき風にまかせて歩(あり)く。命死なばいかがはせむ、生きてあらむかぎりかく歩きて、蓬萊(ほうらい)といふらむ山にあふやと、
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〈juppo〉何やかやと忙しく過ごしております。家にいるとぼんやりしてしまうんですけどね。ですからこうして、するべきことを見つけて作業しています。

 さて、くらもちの皇子の冒険譚が今回から始まります。ウソなんですけどね。「一昨々年」は「さをととし」と読むようですが、一昨年の前年ということで、3年前になります。この前の石作皇子も3年ほど冒険してきた作り話をしてましたよね。要するにかぐや姫がギフトのリクエストをしてからそれが集まるまでに、3年かかっているということですね。どこにも出かけてないけど屋敷やら工房やら偽の玉の枝を作っていましたから、それに3年くらいはかかるでしょうね。

 かぐや姫にしてみれば、無理やりリクエストを並べたのも翁の願いをずっと断ってきたのが申し訳なくて仕方なく出した注文なのだと。これ以上断り続けるより向こうから断ってくるのに賭けた作戦ですね。双方あれこれ心を尽くしている親子関係が優しいです。

 後半の皇子のセリフに何度か「歩く」と出てきますが、ここでは足でテクテク歩くという意味ではなく、訳のように「進む」とか、行動全てに当てはまる語だそうです。フレキシブルですね。
posted by juppo at 22:14| Comment(0) | 大和物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月30日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝B

9月が終わってしまう前に、ギリギリで、続きです。
〈本文〉
 かかるほどに、門(かど)を叩(たた)きて、「くらもちの皇子おはしたり」と告(つ)ぐ。「旅の御姿ながらおはしたり」といへば、あひたてまつる。
 皇子ののたまはく、「命を捨ててかの玉の枝持ちて来たるとて、かぐや姫に見せたてまつりたまへ」といへば、翁(おきな)持ちて入(い)りたり。この玉の枝に、文(ふみ)ぞつけたりける。
 
 いたづらに身はなしつとも玉の枝(え)を手折(たを)らでさらに帰らざらまし

これをもあはれとも見でをるに、たけとりの翁、走り入りて、いはく、「この皇子に申したまひし蓬萊の玉の枝を、一つの所あやまたず持ておはしませり。何をもちて、とかく申すべき。旅の御姿ながら、わが御家(おほんいへ)へも寄りたまはずしておはしましたり。はや、この皇子にあひ仕(つか)うまつりたまへ」といふに、物もいはず、頬杖(つらづゑ)をつきて、いみじく嘆(なげ)かしげに思ひたり。
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〈juppo〉策士くらもちの皇子は「取る物も取りあえずきました!」というアピールのために旅装束を解かずにかぐや姫を訪ねています。その旅姿がどんな衣装かよくわからなくて結局いつもと同じ姿です。
 善人の翁はそんなアピールにまんまと乗せられて、そこまでしてくれる人なら早く結婚しなさいと勧めているんですね。いよいよ進退窮まった(?)格好のかぐや姫です。ここまで来ても気の進まなさ全開のご様子ですが。
 この相手をどう断るのか、断ることはみなさんもうご存知だと思いますが、気になりますね。でも断るまでにまだ少しお話があるんです。この続きはまだ描いていません。訳してあるのであとは描くだけなんですけど。お待ちください。

 9月半ばに母が発熱しまして、まさかコロナ?とかまさか私が無症状感染してたり?とか、実はそんなことは一瞬頭をよぎっただけでそう心配はしませんでした。それより老体の母が38度を超える熱を出しただけで消耗してしまい、1週間近く点滴を打ったりしました。
 我が家には8月から訪問医療、訪問看護が入るようになったので、すぐ対応していただき点滴も自宅で打っていました。毎日看護師さんがセットした点滴を、外すのは私がしました。
 いろいろと大変だったワケです。ただ大変なのはすることが増えて忙しいからではなく、これは終末医療なんだなと覚悟せざるを得ない現実に対してです。日々弱っていく母と寝起きを共にしながら、少しでも元気になれば嬉しいものの、また弱るとこちらの心もだいぶ折れます。
 そんな日々でもできるだけ、ブログは更新したいと思っています。思っているのに1ヶ月ぶりなんですけど。次回はできれば近いうちに!
 
posted by juppo at 23:55| Comment(0) | 大和物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月08日

姨捨(をばすて)A

後編です。台風は今どこですか!?
〈本文〉
寺に尊き業(わざ)する、見せたてまつらむ」といひければ、かぎりなくよろこびて負はれにけり。高き山の麓(ふもと)に住みければ、その山にはるばるといりて、たかきやまの峯の、下り来べくもあらぬに置きて逃げてきぬ。
「やや」といヘど、いらへもせでにげて、家にきておもひをるに、いひ腹立てけるおりは、腹立ちてかくしつれど、としごろおやの如(ごと)養ひつゝあひ添ひにければ、いとかなしくおぼえけり。この山の上より、月もいとかぎりなく明くていでたるをながめて、夜一夜ねられず、かなしくおぼえければかくよみたりける、

 わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山に照る月をみて

とよみて、又いきて迎へもて来にける、それより後なむ、姨捨山といひける。慰めがたしとはこれがよしになむありける。
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〈juppo〉ホントに捨てられなくてよかったですねぇ〜。一晩山の上に放置されたとは言え。
家に帰って男はかなり冷静に分析・反省していますが、山の上に行くまでとか、帰ってくる間にそういう余裕はなかったんですかねー。なかったんでしょうねー。
 
 自分ではよく考えて行動しているつもりでも、後から思うとやけに熱くなって冷静を欠いていたなー、と反省してしまうことってありますよね。
 熱くなってなくても、ぼんやりした頭で着て出た服を「何でこんな服着て来ちゃったんだろう・・」と後悔するようなことはしょっちゅうです。

 冷静になりすぎて出遅れるより勢いで突っ走った方が成功する場合もあるかもしれませんが、もし万が一取り返しのつかないことでもしてしまったらと思うと、何をするにももう一度落ち着いて考えるとか、人に相談して客観的な意見を伺うという態度はやはり必要なんでしょうね。
 特にこう毎日暑いと、冷静になるのも難儀なほど脳が働かないですからね。
 
 皆さんも、今しようとしていること、それ、もう一度よく考えてみてください。

 このお話によれば、あー、あんなことしなければよかった、という「慰めがたし」な気持ちを「姨捨山のことだね」と言うそうです。そんなことにならないで、楽しい夏をお過ごしくださいね。
posted by juppo at 01:13| Comment(6) | TrackBack(0) | 大和物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月01日

姨捨(をばすて)@

ご無沙汰です!8月になってしまいました。リクエストにお応えします。新カテゴリです。『大和物語』から「姨捨(をばすて)」です!
〈本文〉
 信濃の国に更級といふところに、男すみけり。わかき時に親死にければ、をばなむ親のごとくに、若くよりあひそひてあるに、この妻の心いと心憂きことおほくて、この姑の、老いかゞまりてゐたるをつねににくみつゝ、男にもこのをばのみ心さがなく悪しきことをいひきかせければ、昔のごとくにもあらず、疎(おろか)なること多く、このをばのためになりゆきけり。このをばいといたう老いて、二重にてゐたり。これをなをこの嫁ところせがりて、今まで死なぬこととおもひて、よからぬことをいひつゝ、「もていまして、深き山にすてたうびてよ」とのみせめければ、せめられわびて、さしてむとおもひなりぬ。月のいと明き夜「嫗(おうな)ども、いざたまへ。
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〈juppo〉7月は31日もあると思っていたのに、もう終わってしまったとは残念です。
 今年の夏は結構ヒマなので、せいぜいブログを更新していこう!と思ってたんですけど、その決意の前に立ちはだかったのがこの暑さです。まぁ言い訳はいいとして。

 タイトルの「姨捨」は「をばすて」と読むようですが、このお話は「うばすて山」と呼ぶのがスタンダードですよね。
 たまたま今日、日本人男性の平均寿命がついに80歳超え!というニュースを耳にしました。超高齢化の現代日本では、いらない年寄りを捨てにいこうと思ったら人口激減に直結しかねないので、いや、そもそも年寄りの方が元気だったりするのでいらない年寄りなんていないんですけど、老老介護とか孤独死とかお年寄り関連の問題はいつの時代にもあることで、だからこそ廃れないんですねー、このお話は。

 今回改めて調べてみたら、『大和物語』って平安時代前期の作品なんですよ。1000年以上前から、高齢者問題はあったのですね。

 古い物語だからか、分かりやすいお話にしては読みにくい文章ですよね。腰が曲がっている様子を「二重にてゐたり」なんて表現は面白いですけど。折りたたみ式携帯を想像してしまいました。

 男の妻がたいそう悪役です。妻は若かった頃のおばを知らないから余計嫌うんでしょうか。
 とにかく、おばあちゃんが可哀想で可哀想で、作画のスピードも落ちた事は否めません。・・なんて言い訳はいいとして。
 次回に続きます。男は本当におばを山に捨てて来るのか!?乞うご期待、です。
 皆さん、熱中症には気をつけてお過ごしくださいね。私は既になっています。軽く。
posted by juppo at 00:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 大和物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする