2019年07月08日

虫愛づる姫君J

今月から忙しくなりました。姫君のお話はあと2回です。
〈本文〉
たけだちよきほどに。髪も袿ばかりにて、いと多(おほ)かり。裾(すそ)もそがねば、ふさやかならねど、ととのほりて、なかなかうつくしげなり。「かくまであらぬも、世の常、ひとざまけはひもてつけぬるは、口惜(くちを)しうやはある。まことにうとましかるべきさまなれど、いと清げに気高う、わづらはしきけぞ異なるべき。あな口惜し。などかいとむくつけき心なるらむ。かばかりなるさまを」と思す。
 むまのすけ、「ただ帰らむはいとさうざうし。見けりとだに知らせむ」とて、畳紙(たたうがみ)い草の汁して、
 かはむしの けぶかきさまを見つるより
  とりもちてのみ まもるべきかな
とて、扇(あふぎ)してうちたたき給へば、わらはべ出で来たり。「これ奉れ」とて取らすれば、たいふの君といふ人、「この、かしこに立ち給へる人の、御前に奉れとて」といへば、
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〈juppo〉このお話が始まったころは、ほとんど失業状態でヒマを持て余していた私ですが、今月から久しぶりに日本語を教えに出かけたりイラストを描いたりしています。朝の8時ごろにたまプラーザにいたりします。にわかに忙しくなりましたが、「虫愛づる姫君」はもう最後まで描いてあるので、順調に来週には完結します。

 今回は右馬の助のほぼ一人芝居です。姫をつくづく観察して、キレイだけど変わってるとか、変わってるけど美しいし他とは違うのだとか、結局そんな虫好きな趣味であるのが残念なようですよね。そのままの姫を受け入れたいけどやはり常識にとらわれる自分との葛藤、ですね。
 ともかく、手紙くらいは残して帰ろうというところで最終回に続く、です。確かにこのままただ帰るのは読者にとっても物足りませんね。

 畳紙は畳んで懐に入れておく紙で、鼻をかんだりメモったりに使うようです。平安人は唐突に歌を詠む人たちなので、こんな風に思わず一首詠んでしまった時に、懐から出して書いたんですね。墨は持っていなかったようで、草の汁で書きました。風流ですねぇ。

 そんなわけで、いよいよ来週は最終回をお届けしますよ〜。もう描いてあるけど一週間後までお見せしませんよ〜。
 
posted by juppo at 22:55| Comment(0) | 大和物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月08日

姨捨(をばすて)A

後編です。台風は今どこですか!?
〈本文〉
寺に尊き業(わざ)する、見せたてまつらむ」といひければ、かぎりなくよろこびて負はれにけり。高き山の麓(ふもと)に住みければ、その山にはるばるといりて、たかきやまの峯の、下り来べくもあらぬに置きて逃げてきぬ。
「やや」といヘど、いらへもせでにげて、家にきておもひをるに、いひ腹立てけるおりは、腹立ちてかくしつれど、としごろおやの如(ごと)養ひつゝあひ添ひにければ、いとかなしくおぼえけり。この山の上より、月もいとかぎりなく明くていでたるをながめて、夜一夜ねられず、かなしくおぼえければかくよみたりける、

 わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山に照る月をみて

とよみて、又いきて迎へもて来にける、それより後なむ、姨捨山といひける。慰めがたしとはこれがよしになむありける。
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〈juppo〉ホントに捨てられなくてよかったですねぇ〜。一晩山の上に放置されたとは言え。
家に帰って男はかなり冷静に分析・反省していますが、山の上に行くまでとか、帰ってくる間にそういう余裕はなかったんですかねー。なかったんでしょうねー。
 
 自分ではよく考えて行動しているつもりでも、後から思うとやけに熱くなって冷静を欠いていたなー、と反省してしまうことってありますよね。
 熱くなってなくても、ぼんやりした頭で着て出た服を「何でこんな服着て来ちゃったんだろう・・」と後悔するようなことはしょっちゅうです。

 冷静になりすぎて出遅れるより勢いで突っ走った方が成功する場合もあるかもしれませんが、もし万が一取り返しのつかないことでもしてしまったらと思うと、何をするにももう一度落ち着いて考えるとか、人に相談して客観的な意見を伺うという態度はやはり必要なんでしょうね。
 特にこう毎日暑いと、冷静になるのも難儀なほど脳が働かないですからね。
 
 皆さんも、今しようとしていること、それ、もう一度よく考えてみてください。

 このお話によれば、あー、あんなことしなければよかった、という「慰めがたし」な気持ちを「姨捨山のことだね」と言うそうです。そんなことにならないで、楽しい夏をお過ごしくださいね。
posted by juppo at 01:13| Comment(6) | TrackBack(0) | 大和物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月01日

姨捨(をばすて)@

ご無沙汰です!8月になってしまいました。リクエストにお応えします。新カテゴリです。『大和物語』から「姨捨(をばすて)」です!
〈本文〉
 信濃の国に更級といふところに、男すみけり。わかき時に親死にければ、をばなむ親のごとくに、若くよりあひそひてあるに、この妻の心いと心憂きことおほくて、この姑の、老いかゞまりてゐたるをつねににくみつゝ、男にもこのをばのみ心さがなく悪しきことをいひきかせければ、昔のごとくにもあらず、疎(おろか)なること多く、このをばのためになりゆきけり。このをばいといたう老いて、二重にてゐたり。これをなをこの嫁ところせがりて、今まで死なぬこととおもひて、よからぬことをいひつゝ、「もていまして、深き山にすてたうびてよ」とのみせめければ、せめられわびて、さしてむとおもひなりぬ。月のいと明き夜「嫗(おうな)ども、いざたまへ。
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〈juppo〉7月は31日もあると思っていたのに、もう終わってしまったとは残念です。
 今年の夏は結構ヒマなので、せいぜいブログを更新していこう!と思ってたんですけど、その決意の前に立ちはだかったのがこの暑さです。まぁ言い訳はいいとして。

 タイトルの「姨捨」は「をばすて」と読むようですが、このお話は「うばすて山」と呼ぶのがスタンダードですよね。
 たまたま今日、日本人男性の平均寿命がついに80歳超え!というニュースを耳にしました。超高齢化の現代日本では、いらない年寄りを捨てにいこうと思ったら人口激減に直結しかねないので、いや、そもそも年寄りの方が元気だったりするのでいらない年寄りなんていないんですけど、老老介護とか孤独死とかお年寄り関連の問題はいつの時代にもあることで、だからこそ廃れないんですねー、このお話は。

 今回改めて調べてみたら、『大和物語』って平安時代前期の作品なんですよ。1000年以上前から、高齢者問題はあったのですね。

 古い物語だからか、分かりやすいお話にしては読みにくい文章ですよね。腰が曲がっている様子を「二重にてゐたり」なんて表現は面白いですけど。折りたたみ式携帯を想像してしまいました。

 男の妻がたいそう悪役です。妻は若かった頃のおばを知らないから余計嫌うんでしょうか。
 とにかく、おばあちゃんが可哀想で可哀想で、作画のスピードも落ちた事は否めません。・・なんて言い訳はいいとして。
 次回に続きます。男は本当におばを山に捨てて来るのか!?乞うご期待、です。
 皆さん、熱中症には気をつけてお過ごしくださいね。私は既になっています。軽く。
posted by juppo at 00:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 大和物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする