2020年12月15日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝H

スマホを新しくしました。続きです。
〈本文〉
かかるほどに、男(をのこ)ども六人、つらねて、庭にいで来たり。
 一人の男、文挟(ふんばさ)みに文をはさみて、申す、「内匠寮(たくみづかさ)の工匠(たくみ)、あやべの内麻呂(うちまろ)申(まう)さく、玉の木を作り仕(つか)うまつりしこと、五穀(ごこく)を断ちて、千余日に力をつくしたること、すくなからず。しかるに、禄(ろく)いまだ賜(たま)はらず。これを賜ひて、わろき家子(けこ)に賜はせむ」といひて、ささげたり。たけとりの翁、この工匠らが申すことは何事ぞとかたぶきをり。皇子は、我にもあらぬ気色(けしき)にて、肝(きも)消えゐたまへり。
 これを、かぐや姫聞きて、「この奉(たてまつ)る文を取れ」といひて、見れば、文に申しけるやう、
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〈juppo〉iPhone5を使い続けて8年、今後も使うつもりでいたのですが、OSが10.3.4からアップデート出来なくなり、アプリがいろいろ使えなくなりました。Appleに見捨てられた機種なのですね。何という仕打ちでしょうか。仕方がないのでiPhone SEに乗り換えました。小さいのが欲しかったんです。手が小さいので。OSはいきなり14.3です。指紋認証です。そういうわけで、あれこれデータを引き継いだりパスワードを設定したりしているところです。その余波でPCのメールアカウントも設定し直す必要が生じたりして、雑事が増えるばかりです。

 さて、今回は前回までと展開がガラッと変わりましたね。翁と歌のやり取りをして、感動的に締めたと思った矢先、あっさり悪事が露見しています。
 六人の男どもというのはもちろん、皇子が偽物の玉の枝を作るために召集した鍛治工のメンバーです。また登場すると思ってなかったので適当に描いたことを今、告白します。
 「五穀を断ちて」の五穀は米、麦、粟、黍(きび)、豆の、要するに「五穀米」の五穀です。それを経つというのが、食事にそれらを摂らずに我慢することで願をかけたという意味なのか、ただ食事の間も惜しんでという意味なのか、諸説あるようですが、ここでは後者を採用しました。

 3年もかけて緻密なストーリーを捏造した人のしでかすミスとは思えないほど杜撰です。秘密保持に必要なのは何よりも口止め料なのに!
 ケチなんでしょうね。
 …秘密を知る者には消えてもらう、という手もあると思いますけどね。昔はお城の堀に渡す橋を作った人は出来た途端に命を狙われた…なんて話もありますよね。「肥後の石工」で読みました。
 そんなことにならなくて良かったです。こんな企みのために命をかけさせられたらたまりません。

 持参した文の内容が明かされないまま以下次号、ですが、内容はもうほとんど話されてしまっているので、続きが気になって夜も眠れないほどではないと思います。その後このエピソードがどう決着するのかという方が気になりますね。
 その辺は、近日中に。

 
posted by juppo at 21:02| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月06日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝G

12月になりました。続きです。
〈本文〉
 山はかぎりなくおもしろし。世にたとふべきにあらざりしかど、この枝を折りてしかば、さらに心もとなくて、船に乗りて、追風(おひかぜ)吹きて、四百余日になむ、まうで来にし。大願力(だいぐわんりき)にや。難波(なには)より、昨日(きのふ)なむ都(みやこ)にまうで来つる。さらに、潮(しほ)に濡れたる衣(きぬ)だに脱ぎかへなでなむ、こちまうで来つる」とのたまへば、翁、聞きて、うち嘆(なげ)きてよめる。

  くれたけのよよのたけとり野山にもさやはわびしきふしをのみ見し

 これを、皇子聞きて、「ここらの日ごろ思ひわびはべりつる心は、今日(けふ)なむ落ちゐぬる」とのたまひて、返し、

  我が袂(たもと)今日かわければわびしさの千種(ちぐさ)の数も忘られぬべし

 とのたまふ。
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〈juppo〉すっかり寒くなりましたね。と思ったら12月なんですね。不思議と年末感がないのもコロナのせいなんでしょうか。そうなんでしょう。

 さて長らくお届けし続けたくらもちの皇子の冒険譚は今回で終了です。皇子の語る話が終わっただけで、このエピソードはまだ続くんですけど。
 蓬萊の山で枝を折ってしまったら、もうとっとと帰るだけですが、「心もとなく」感じてさっさと帰って来たというのがまた信憑性を持たせてますよね。なにやら不思議な山に登って不思議な枝を折った体験にありそうな感覚です。

 体験談の後は翁と皇子の歌のやり取りです。「よよ」は竹の節と節の間を表す「よ」を重ねて言ったもので、そういう竹を取っていたということと、「代々」にかけてるんですって。
返す皇子の歌の「ここら」は「この辺」という意味ではなく、長いとか多いという意味だそうです。

 「大願力」は仏教用語です。阿弥陀さまが衆生の成仏を願ってくれてる力だとか、神仏に祈る力のことだとか、解釈はいろいろあるようです。

 ここまで練りに練った作り話を聞かされ、金にモノを言わせた偽物の玉の枝を渡されて、さすがのかぐや姫も陥落しそうです。しないですけどね。その辺は次回以降で明らかに。 
 もう少し、続けます。
posted by juppo at 20:57| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月30日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝F

寒いです。明日から12月です。続きです。
〈本文〉
 その山、見るに、さらに登るべきやうなし。その山のそばひらをめぐれば、世の中になき花の木ども立てり。金(こがね)、銀(しろかね)、瑠璃色(るりいろ)の水、山より流れいでたり。それには、色々(いろいろ)の玉の橋わたせり。そのあたりに照り輝く木ども立てり。その中に、この取りて持ちてまうで来たりしはいとわろかりしかども、のたまひしに違(たが)はましかばと、この花を折(を)りてまうで来たるなり。
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〈juppo〉どっぷりシェイクスピアな週末を2週ほど過ごしておりました。チラシ作りのみお手伝いの予定でしたが、千秋楽には撮影担当にまで昇格していました。

 さて、今回もくらもちの皇子の武勇伝の続きです。話が長いヤツの話が面白かったためしはないんですが、延々続く物語はなかなか独創性があって飽きさせない構成なのはさすがです。意表を突かれたことには、前回思わせぶりに登場したるりちゃんは、もう出てこないんですね。
 大冒険の末にお望みのものを手に入れてやったぜ!な、自慢話なんですけど、謙遜するのも忘れていません。もっといい枝があったんだけど、言われた通りのクオリティを重視した結果、この枝を折ってきたのだと。

 「山のそばひら」の「そば」は近くという意味ではなく、険しい斜面のことだそうです。「そばだつ」の「そば」なんですね。

 何しろこの山の様子だとか橋の造りだとか、私には見たことがないどころのレベルではなく、しつこいようですが皇子の作り話なので、こんな風に絵にしましたけれども、どんな山でどんな様子なのかは皆さんそれぞれ、空想しながら読んでくださいね。そもそも「世の中になき」木や花なんて、想像の域を超えますよね。聞いてる翁やかぐや姫も「ぽかーん」だったのではないでしょうか。
posted by juppo at 23:27| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月15日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝E

今週もひとり寂しく過ごす週末の更新です。この一週間はそれでも、ちょっと忙しかったです。
〈本文〉
船の楫(かぢ)をなむ迫(せ)めて見る。海の上にただよへる山、いと大(おほ)きにてあり。その山のさま、高くうるはし。これや我が求むる山ならむと思ひて、さすがに恐ろしくおぼえて、山のめぐりをさしめぐらして、二三日ばかり、見歩(あり)くに、天人のよそほひしたる女、山の中よりいで来て、銀(しろかね)の金鋺(かなまる)を持ちて、水を汲(く)み歩く。これを見て、船より下りて、『この山の名を何とか申す』と問ふ。女、答へていはく、『これは、蓬萊の山なり』と答ふ。これを聞くに、嬉しきことかぎりなし。この女、『かくのたまふは誰(たれ)ぞ』と問ふ、『我が名はうかんるり』といひて、ふと、山の中に入りぬ。
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〈juppo〉その山は間違いなく目指す山だったようです。作り話ですけど。毎回、一応お断りしておきます。上の本文の中の会話は二重カッコに入っていますが、これはもともとくらもちの皇子が語っている文章なので、カッコの中のカッコなんですね。

 その山には女がいました。多分人間じゃないのでフワフワさせてみました。「うかんるり」という名前が「うかんむり」みたいですけど、「うかん/るり」で「姓/名」になってたらそれなりに可愛いですね。るりちゃんです。

 るりちゃんが持っている金鋺、「かなまる」とルビが振られていましたが、「かなまる」では変換できません。鋺の字を何と読んだら良いかわからず、漢和辞典を引きました。「えん」と読むんですね。天秤の皿だとか、金製の椀だとか。要するにお椀のことなので、漫画では「椀」の字にしちゃいました。描いてからよく見たらカネ偏だった、というのが真実ですけどね。

 終わりの方の「かくのたまふは誰ぞ」という問いですが、「この女」に続くセリフなので、女が皇子に尋ねて皇子が名乗ったセリフがカットされてる、など諸説あるようですが、漫画に描いたようなやりとりだと思っておいて良いようです。

 
 各種手続きのためのお役所巡りも一段落・・・はしてないんですけど、ちょっとサボっています。まぁ急ぐこともないか、と思い始めてしまいました。
 それ以外に何が忙しかったかというと、とあるお芝居のお手伝いをしています。チラシやチケットを作ったり、お客様のご案内など。家にいるとぼんやりしてしまうところに思いがけず部活動のお誘いがあった感じです。


 追記です。
 「鋺」の字について、ある高校の先生からメールで「かなまり」と読みます、と教えていただきました。確かに、「かなまり」で変換できます。漢和辞典にもその読みが載っていたのですが、訳に使っている「日本古典文学全集」の原文には「かなまる」とルビが振られていたので、深く考えず記事を書いてしまいました。
 その先生に教えていただいたことには、芥川龍之介の「鼻」や「枕草子」にも登場する字だそうです。勉強不足ですみません〜。
posted by juppo at 22:57| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月09日

くらもちの皇子と蓬萊の玉の枝D

続きです。週末はボーッとしてしまうのでなるべく更新します。そう思っていても、ボーッとしてしまうんですけどね。
〈本文〉
海に漕(こ)ぎただよひ歩きて、我が国のうちを離れて歩きまかりしに、ある時は、波荒れつつ海の底にも入りぬべく、ある時には、風につけて知らぬ国に吹き寄せられて、鬼のやうなるものいで来て、殺さむとしき。ある時には、来(き)し方(かた)行(ゆ)く末(すゑ)も知らず、海にまぎれむとしき。ある時には、糧(かて)つきて、草の根を食物(くひもの)としき。ある時は、いはむ方(かた)なくむくつけげなる物来て、食ひかからむとしき。ある時には、海の貝を取りて命をつぐ。旅の空に、助けたまふべき人もなき所に、いろいろの病(やまひ)をして、行く方空もおぼえず。船の行くにまかせて、海に漂ひて、五百日といふ辰(たつ)の時ばかりに、海のなかに、はつかに山見ゆ。
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〈juppo〉くらもちの皇子の作り話は続きます。まあよく長々と、作り込んだ話をする人ですね。付き合わされるこちらの身にもなってほしいです。
 そういえば「竹取物語」だったよねコレ、と原典を忘れてしまいそうなスケールの大きな話になって来ました。平安時代のジュール・ヴェルヌと呼びたいくらいです。
 食べられそうになったり、食べるものがなくなったり、艱難辛苦を経てついに!山が見えて来たところで「つづく」です。その山があの山であることを祈るばかりです。

 「鬼のやうなるもの」とか「むくつけげなる物」は架空中の架空の存在ですから、全く私のイメージで描いています。皆さんもお好きなモンスターを思い浮かべてお読みください。


 週末はボーッとしていますが、平日は市役所やら年金センターやら法務省やらに通って各種手続きに追われています。全部地元の町田にあるのが不幸中の幸いです。市役所に比べて法務省のお役人というのは何だか高飛車で嫌だなぁ、なんて思いながら、ひとつずつ片付けてます。あ、税務署にも行って来なければ。
posted by juppo at 01:56| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする