2021年06月20日

桃花源記A

2021年上半期も、残すところあと10日になりました。だから何だということでもありません。続きです。
〈本文〉
初極狭、纔通人。復行數十歩、豁然開朗。土地平曠、屋舎儼然、有良田美池、桑竹之屬。阡陌交通、雞犬相聞。其中往來種作、男女衣著、悉如外人。黄髪垂髫、竝怡然自樂。見漁人乃大驚、問所從來。
〈書き下し文〉
初めは極(気は)めて狭(せま)く、纔(わづ)かに人を通ずるのみ。復(ま)た行くこと數(すう)十歩、豁然(くわつぜん)として開朗(かいらう)なり。土地は平曠(へいくわう)、屋舎(をくしや)は儼然(げんぜん)として、良田美池(りやうでんびち)、桑竹(さうちく)の屬(ぞく)あり。阡陌(せんばく)交(まじ)はり通じ、雞犬(けいけん)相(あ)ひ聞こゆ。其(そ)の中(うち)に往來(わうらい)して種作(しゆさく)するに、男女(だんぢよ)の衣著(いちやく)は、悉(ことごと)く外人(ぐわいじん)の如(ごと)し。黄髪垂髫(くわうはつすいてう)、竝(なら)びに怡然(いぜん)として自(みづか)ら樂(たの)しむ。漁人(ぎよじん)を見て乃(すなは)ち大(おほ)いに驚(おどろ)き、從(よ)りて來(き)たる所を問ふ。
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〈juppo〉穴があったら入りたくなるのが人情かもしれませんが、私はこういうのは苦手です。車に乗っていて長いトンネルをくぐるのも、出口があると常識で分かっているから耐えられますが、一抹の不安を抱きながら走ります。アクアラインの10キロトンネルなんて最悪です。海の水が落ちてこないとどうして断言できるのか。映画の見過ぎなんですけど、実際某映画ではそんなシーンがあるらしいですね。

 さて自然の理に従って穴に入った漁師の人、ぽっかりと別世界?に出ました。ここでは桃の花があるという記述がないので、もうカラーじゃありません。
 そこがどういう土地だったか、書いてある通りに絵にしたつもりですが、実際どういうところかは誰にもわからないので、皆さん自由に想像してくださいね。幸い、桑とか竹とかニワトリとか犬とか、現実にあるものが揃っているので「竹取物語」の蓬莱山よりは想像しやすいかと。

 男女の着物が外人のようだと言っていますが、この人のもともといた晋の国の外というくらいの意味です。多分西洋人なんて知らないでしょうから。

 「黄髪垂髫」はそのまま四字熟語になっていて、「老人と子ども」という意味なんですって。老人ならただの白髪で良いかと思いますが、黄ばんだ白髪を言うようで、念の入った表現ですね。

 そこにいた人たちは好意的なようです。危ない目には逢いそうにないので、安心して次回をお待ちください。
posted by juppo at 21:07| Comment(0) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月15日

桃花源記@

関東地方も梅雨入りしました。蒸し暑いです。リクエストにお応えします。久しぶりの、漢文です。
〈本文〉
晉太元中、武陵人捕魚爲業。縁溪行、忘路之遠近。忽逢桃花林、夾岸數百歩、中無雜樹、芳華鮮美、落英繽紛。漁人甚異之、復前行欲窮其林。林盡水源、便得一山。山有小口、髣髴若有光、便捨船從口入。
〈書き下し文〉
晉(しん)の太元(たいげん)中(ちゅう)、武陵(ぶりょう)の人魚(うお)を捕(と)らふるを業(げふ)と爲(な)す。溪(たに)に縁(そ)ひて行(ゆ)き、路(みち)の遠近を忘る。忽(たちま)ち桃花(たうくわ)の林に逢ひ、岸を夾(はさ)婿と數(すう)百歩、中(うち)に雜樹(ざつじゆ)無く、芳華(はうくわ)鮮美(せんび)、落英(らくえい)繽紛(ひんぷん)たり。漁人(ぎよじん)、甚(はなは)だ之(これ)を異(い)とし、復(ま)た前(すす)み行(ゆ)きて其(そ)の林を窮(きは)めんと欲(ほつ)す。林水源に盡(つ)きて、便(すなは)ち一山(いちざん)を得たり。山に小口(せうこう)有り、髣髴(はうふつ)として光有るが若(ごと)く、便ち船を捨てて口從(よ)り入(い)る。
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〈juppo〉桃源郷という言葉がありますね。理想郷とかユートピアとか、そういうのと同義ですが、もともとはこのお話からのようですよ。
 陶淵明(とうえんめい)という中国の詩人が編纂した書物に、詩とともに収められたお話です。詩の方も、同じような内容です。

 「太元」は晉の時代の元号で、晉は4世紀ごろの中国の王朝です。漫画では「晋」にしています。漢文だから仕方ないんですけど、相変わらず難しい漢字ばっかりで、そこからすでにハードルが上がってますよね。訳を作るのには本やネットにあるものを参考にするんですけど、今回は漢和辞典も活用しました。漢字そのものの意味がわかれば訳しやすいと思ったからなのですが、なんと字によってはこの作品の一文が引用されているではないですか。それも参考にさせていただきました。漢文の学習に漢和辞典が有効、てなことにこの歳になって気づいた次第です。長生きはするものです。

 「武陵」は地名です。數百歩の「歩」は長さの単位で、一歩は約1.5メートルだそうなので、数百mにしときました。歩幅にしては長い単位です。髣髴は彷彿のことではなく、「ほのかに」とか「わずかに」という意味だそうです。

 桃の花の林が突然現れたことも不思議なことですが、それを調べるよりも目の前に穴があったら入ってしまうのが人の性なのですね。とりあえず入ってみる、中に何があるかは次回のお楽しみです。全部で4回続きます。あと3回です。
posted by juppo at 23:46| Comment(2) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月07日

つれづれなるままに

プリンタが壊れたので新しいのを買いました。5年ももったのはいい方らしいです。リクエストにお応えします。「徒然草」の、序段です。
〈本文〉
 つれづれなるままに、日くらし硯(すずり)にむかひて、心にうつりゆくよしなし事(ごと)を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
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〈juppo〉今までなぜこれを描いていなかったのか不思議なほど有名な、「徒然草」の最初の段です。短いからかなー。
 あまりにも有名なので、1コマ目の吉田兼好さんも、有名なあのお姿に寄せずにいられませんでした。

 「つれづれなるままに」は、「することがなくて退屈なので」などと訳されていることも多いと思いますが、寂しい気持ちも入っているようです。「ぼんやりと」にしたのは私の心境がここ数ヶ月「ぼんやり」だったからなんですけどね。

 最後の「あやしうこそものぐるほしけれ」は、まず係り結びですね。そして訳としてはそのまま「もの狂おしい」でもいいですし、何しろ「正気を失った」状態のようですね。単にざわざわするとか、ワクワクした気持ちなのではとも思いましたがこうなってしまいました。そんなにおかしくなっちゃうの?と訝しい気もいたしますが、そういう意味のようなので。

 「徒然草」はおひとり様生活の指針となる書であるとか、最近注目されている噂を聞いて、そういうネタの段を探して描こうと思っていた矢先にこのリクエストをいただきました。描いてみるとこの序段から、ひとり寂しくあれこれ思い出しているところなんですね。歳をとって、ひとり思い巡らす思索の数々・・がここから綴られていくのですね。
posted by juppo at 00:05| Comment(2) | 徒然草 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月30日

三月三日はC

最終回です。
〈本文〉
あやしうをどりありく者どもの、装束(さうぞ)きしたてつれば、いみじく定着(ぢやうぎ)などいふ法師(ほふし)のやうに、練りさまよふ、いかに心もとなからむ。ほどほどにつけて、親、をばの女、姉などの、供しつくろひて率(ゐ)てありくもをかし。
 蔵人(くらうど)思ひしめたる人の、ふとしもえならぬが、その日青色着たるこそ、やがて脱がせでもあらばやとおぼゆれ。綾(あや)ならぬはわろき。
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〈juppo〉五月ももう終わりですねー。タイトルは「三月三日は」ですけど、ここでの賀茂祭は五月に行われているので、そう季節外れでもありません。

 お祭りの日が待ちきれない子どもも、いざ当日が来るとかしこまって参加しているようです。「定着」というのは、法会の際、香炉を持って歩くお坊さんのことだそうです。
 お祭りの様子より、それに出かける人たちの様子を、何よりその装束に関心を寄せているところは、清少納言さんならではだという以前に、絵にしやすくて助かりました。
 「蔵人」は天皇のお側にお仕えする役職で、この男性は昇進したいと思っているわけですが、清少納言さんにとってそんなことはどうでも良く、ただし青の袍が綾織物でないのは良くないと、こういう微妙な価値観が「枕草子」の人気の秘密なのかなー、と思ったところでおしまいです。

 最近リクエストが少なくなっていて、今回は季節ものをお届けしましたが、次回はリクエストをいただいた作品を描きます。何を描くかは言わないでおきます。
posted by juppo at 18:50| Comment(6) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月26日

三月三日はB

「三月三日は」の第三回。三づくしです。続きです。
〈本文〉
 祭近くなりて、青朽葉(あをくちば)、二藍(ふたあゐ)の物ども押し巻きて、紙などにけしきばかりおし包みて行きちがひ持(も)てありくこそをかしけれ。据濃(すそご)、むら濃(ご)なども、常よりはをかしく見ゆ。
童(わらは)べの、頭(かしら)ばかり洗ひつくろひて、なりはみなほころび絶え、乱れかかりたるもあるが、屐子(けいし)、沓(くつ)などに、「緒(を)すげさせ、裏をさせ」などもてさわぎて、いつしかその日にならなむといそぎおしありくもいとをかしや。
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〈juppo〉相変わらず葵祭がどんなお祭りなのかよくわからないまま描いている私ですが、今回は祭の準備の様子です。

 青朽葉は「青みがかった朽葉色。朽葉は赤みを帯びた黄色」と、説明にあります。一体何色になるのでしょうか。
 二藍は「藍と紅の中間の、青みのある赤」だそうで。あえてわかりにくく言ってないか?と疑わしい表現です。検索して現物を見た方が早そうです。

 まあ何しろ、いつもより品も色も良い布地を用意して、祭りに行く装いを凝らそうというわけです。小さな子さえ準備に怠りはありませんが、そこは子どものこととて、いろいろとちぐはぐな様子を暖かく見守る清少納言さんなのです。

 「屐子」は足駄のような履物だそうなんですけど、「屐」という字が難しくて漢和辞典で調べたら、読みは「ケキ/ゲキ」で、この文字だけで「はきもの」の意味を持っています。「歯のある木製の履物、下駄の意」だそうですよ。漢和辞典には靴のような絵がありましたが、「屐子」で画像検索すると下駄がいっぱい出てきます。

 葵祭には全く詳しくありませんが、お祭りに行く日を待ちながら、着て行くものを選んだり準備したりする楽しみは良くわかります。普段着でない装いに、またワクワクするものですね。


 早くも次回は最終回です。近いうちに必ず。
posted by juppo at 23:27| Comment(2) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする