2020年03月29日

明石の姫君の入内E

コロナとともに回を重ねてきましたが、最終回です。
〈本文〉
 大臣(おとど)も、長からずのみ思さるる御世のこなたにと思しつる御参り、かひあるさまに見たてまつりなしたまひて、心からなれど、世に浮きたるやうにて見苦しかりつる宰相の君も、思ひなくめやすきさまに静まりたまひぬれば、御心落ちゐはてたまひて、今は本意(ほい)も遂げなんと思しなる。対の上の御ありさまの見棄(みす)てがたきにも、中宮おはしませば、おろかならぬ御心寄せなり。この御方にも、世に知られたる親ざまには、まづ思ひきこえたまふべければ、さりともと思しゆづりけり。夏の御方の、時々にはなやぎたまふまじきも、宰相のものしたまへばと、みなとりどりにうしろめたからず思しなりゆく。
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〈juppo〉最終回に来て急に、源氏は出家について考えに耽っています。この6回分だけ読むと急ですが、ここに来るまでにずっと考えていたことなんでしょう。なんでも父の帝が亡くなった頃から考えてたそうです。それがいつ頃のことか、この辺だけ読んでもわからないのが残念ではあります。

 出家の弊害になっているのは自分を取り巻く人々の行く末なんですね。その人たちがそれなりに良きところにおさまって心配ないことを見定めて、決心が固まったようです。
 その人たち、中宮とか夏の御方とか、これまた急に登場しますが気になる方はもう1度エピソード0の人物相関図でお確かめください。

 次回作はぼちぼち準備中です。しばしお待ちくださいね。


 ところで、自宅にいる時間が増えると、テレビ視聴時間も増えますよね。私はことさら増えてないですけど。今までも長時間見てたので。
 Eテレの「旅する〇〇語」を全部見ている私ですが、今期の「旅するイタリア語」がとても良かったのでオススメです。俳優の小関裕太くんがシチリアでイタリア語を学ぶ姿勢が何しろ素晴らしい。明るく、積極的に、習った語はどんどん使う。好奇心と、なんとか現地の人と会話しようという態度、間違えても前向き。語学学習のお手本のような番組です。3月で完結しましたが4月からすかさず再放送されるので見てください。イタリア語に興味がない人でも楽しめると思います。私自身、イタリア語を学ぶ気はさらさらなかったのですけど、半年見てるうちにいくつかフレーズを覚えてしまいました。そして小関裕太くんのファンになってしまいましたよ。
posted by juppo at 02:59| Comment(0) | 源氏物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月22日

明石の姫君の入内D

あれも中止、これも中止。ブログは続けますのでよろしくお願いします。
〈本文〉
おほかたの寄せおぼえよりはじめ、なべてならぬ御ありさま容貌(かたち)なるに、宮も、若き御心地に、いと心ことに思ひきこえたまへり。いどみたまへる御方々の人などは、この母君のかくてさぶらひたまふを、瑕(きず)に言ひなしなどすれど、それに消(け)たるべくもあらず。いかめしう、並びなきことは、さらにもいはず、心にくくよしある御けはひを、はかなきことにつけても、あらまほしうもてなしきこえたまへれば、殿上人なども、めづらしきいどみ所にて、とりどりに、さぶらふ人々も、心をかけたる女房の用意ありさまさへ、いみじくととのへなしたまへり。
 上もさるべきをりふしには参りたまふ。御仲らひあらまほしううちとけゆくに、さりとてさし過ぎもの馴れず、侮(あなづ)らはしかるべきもてなし、はた、つゆなく、あやしくあらまほしき人のありさま心ばへなり。
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〈juppo〉家にいてばかりで身体がなまってきますね。私はスマホのアプリを使ってストレッチしています。それと著しく曜日の感覚がなくなってきました。テレビ番組が頼りですが特番の多いこの時期は注意が必要です。金曜日なのにチコちゃんがなくて「ファミリーヒストリー」だったりすると、週末感が薄れまくりです。
家にいれば安心であっても、気を引き締めて生活しないといけませんね。

 さて「明石の姫君の入内」も5回まで来て残すはあと1回です。古文にはよくある「文に主語がない」問題がこの箇所では顕著です。特に「とりどりに、さぶらふ人々も〜なしたまへり」の部分、よくわからないまま描きましたが、「さぶらふ人々」は殿上人に仕える女官たちのことで、「心をかけたる女房」は「心をかけたる」が姫君のことで、「女房」は姫君に仕える女官のことですよね。そして「ととのへなしたまへり」は、明石の君がその女官たちを仕込んでいる、てことですね。あーややこしい。

 ところで3コマ目はちょっと遊びました。このブログの漫画はいつも「マル描いてちょん」な絵でお届けしていますが、楽に描けるからそういう絵でやっているだけで、描こうと思えばこんな絵も描けるんだからぁ、という気持ちが時々抑えられなくなって遊んでしまいます。念のために姫君です、これ。

 そういうわけで次回はいよいよ最終回です。土曜日深夜に「おしん」一週間分まとめ放送を見ながら最近は更新していましたが、今日で終了なんですよねぇ。来週は「はね駒」まとめ放送を見ながらになるのでしょうか。
posted by juppo at 00:32| Comment(0) | 源氏物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月15日

明石の姫君の入内C

自分が普通に生活していても、行動範囲が狭められてはいます。続きです。
〈本文〉
またいと気高(けだか)う盛りなる御けしきを、かたみにめでたしと見て、そこらの御中にもすぐれたる御心ざしにて、並びなきさまに定まりたまひけるも、いと道理(ことわり)と思ひ知らるるに、かうまで立ち並びきこゆる契りおろかなりやはと思ふものから、出でたまふ儀式のいとことによそほしく、御輦車(てぐるま)などゆるされたまひて、女御(にようご)の御ありさまに異(こと)ならぬを、思ひくらぶるに、さすがなる身のほどなり。
 いとうつくしげに雛(ひひな)のやうなる御ありさまを、夢の心地して見たてまつるにも、涙のみとどまらぬは、ひとつものとぞ見えざりける。年ごろよろづに嘆き沈み、さまざまうき身と
思ひ屈(く)しつる命も延べまほしう、はればれしきにつけて、まことに住吉の神もおろかならず思ひ知ら流。思ふさまにかしづききこえて、心及ばぬこと、はた、をさをさなき人のらうらうじさなれば、
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〈juppo〉ただでさえ行動範囲が制限されているところに、この土曜日東京はまさかの雪。不本意ながら引きこもる週末です。

 紫の上と明石の君は、隔たりなく相対している間にもお互いをじっくり観察して思いを巡らせているのですね。今回は特に、明石の君が紫の上と自分を比較して落ち込んだり安堵したりしています。一コマごとに揺れ動く乙女な心の明石の君は、「枕草子」で中宮様に相対している時の清少納言さんを思い起こしますね。私の描くキャラがほとんど同じだからそう見えるのかもしれませんけれども。

 唐突に「住吉の神」に感謝していますが、明石の君はこの神様に毎年参詣していたことがあったようです。神頼みは祈るだけでなく、成就した暁には感謝の念を忘れないことが肝心ですね。

 「をさをさ」は「めったに」とか「ほとんど」という意味で、「らうらうじ」は「才気がある」というような意味です。
 明石の姫君の可愛らしさも並大抵でないようですが、母である明石の君もタダモノではない、出来た女性なんですね。
posted by juppo at 00:48| Comment(0) | 源氏物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月08日

明石の姫君の入内B

実は私はあまり危機感を持たずに普通に生活しています。花粉症も今年は軽い方なので、マスクもしないでしのいでます。家にまだマスクはあるんですけどね。
〈本文〉
 御参りの儀式、人の目おどろくばかりのことはせじと思しつつめど、おのづから世の常のさまにぞあらぬや。限りもなくかしづきすゑたてまつりたまひて、上(うへ)はまことにあはれにうつくしと思ひきこえたまふにつけても、人に譲るまじう、まことにかかることもあらましかばと思す。大臣(おとど)も宰相の君も、ただこのこと一つをなん、飽かぬことかなと思しける。三日過ごしてぞ、上はまかでさせたまふ。
 たちかはりて参りたまふ夜(よ)、御対面あり。「かくおとなびたまふけぢめになん、年月のほども知られはべれば、うとうとしき隔ては残るまじくや」となつかしうのたまひて、物語などしたまふ。これもうちとけぬるはじめなめり。ものなどうち言ひたるけはひなど、むべこそはとめざましう見たまふ。
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〈juppo〉もっとも私の普通の生活には満員電車に乗ったり、人の多いオフィスにいる時間が長い、なんて場面がもともとないので、生活を大きく変える必要がないのですね。感染予防のためとはいえ、不自由を強いられている方には申し訳ないほどです。

 姫君の育ての親と産みの親である、紫の上と明石の君が今回初対面です。お互いに姫の「母」としてお互いを意識しつつ、やはりその裏には源氏に「愛される人」としてのお互いを見てますよね。

 「飽かぬ」は「飽く」で、口語では「飽きる」ですが、もとは「十分だ」とか「満足する」という意味の語だったんですね。今の「飽きる」の意味で使うようになったのは江戸時代からだそうです。
 こんな風に、もとの意味と反対になってしまった言葉って他にもありますよね。今思いつかないですけど。もし時間を持て余していて興味があったら是非、調べてみてください。
 公共の施設はどこも閉鎖中で、家にいるしかない春休みなのかと思いますが、今はこうしてネットでも情報が得られる時代ですからねえ。PCやスマホにばかり向き合っているのはあまり良くないと思いますけども。
posted by juppo at 00:56| Comment(0) | 源氏物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月29日

明石の姫君の入内A

突然降って湧いた長すぎる春休み、皆様いかがお過ごしでしょうか。続きです。
〈本文〉
人の装束(さうぞく)何かのことも、やむごとなき御ありさまに劣るまじくいそぎたつ。尼君なん、なほこの御生(お)ひ先(さき)見たてまつらんの心深かりける、いま一(ひと)たび見たてまつる世もやと、命をさへ執念(しふね)くなして念じけるを、いかにしてかはと思ふも悲し。その夜は、上(うへ)添ひて参りたまふに、御輦車(てぐるま)にも、立ちくだりうち歩みなど人わるかるべきを、わがためは思ひ憚(はばか)らず、ただかく磨きたてたてまつりたまふ玉の瑕(きず)にて、わがかくながらふるを、かつはいみじう心苦しう思ふ。
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〈juppo〉全6回のうち、今回のみ6コマでお届けします。

 紫の上は源氏の正妻ではないようですが、表向き入内する姫君の母なので、花嫁の付き添いとして最前列に立つのは当然なのだけれども、明石の君としては姫の産みの母として、自分も劣らず姫君のために何かしたい、しかしながらそれが入内の汚点になってしまったら、と悶々としていますね。
 「いそぎたつ」はここでは「準備を始める」という意味です。「輦車」は人の手で引く車です。「立ちくだり」はランクが一段落ちることで、紫の上は車で参内するのに自分は歩いてついていかなければならない立場なのを、自分はイイけど姫にとってはどうかな、とあれこれ悩んでいます。手放した我が子にまた会うために長生きすることを念じていたのに、こんなことになるとは生きながらえたことすら心苦しいと。ままならないものですね。

 学校が休みになっても、人の多く集まるところには行けない、そもそもテーマパーク等も閉鎖中。家にずっといろと言われても・・・と、皆さんも明石の君同様頭を抱えていることと思います。何より、卒業やクラス替えでお別れになる友たちとこんな形で解散になるなんて、なんでこんなことになっちゃったの?な事態ですよね。災難としか言いようがないですが、予想外に得た時間をどうぞ有効に使ってください。このブログを隅々まで読んでみる、とか。
 そして何か思い出に残る春にできたらいいですね。感染が収束して、皆が笑顔で迎える春が1日も早く訪れることを祈りつつ、次回に続きます。
posted by juppo at 21:25| Comment(0) | 源氏物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする