2021年05月22日

三月三日はA

続きです。今回は四月になっています。
〈本文〉
 四月、祭のころ、いとをかし。上達部(かんだちめ)、殿上人(てんじやうびと)も、うへの衣(きぬ)の濃き薄きばかりのけぢめにて、白襲(しらがさね)とも同じさまに、涼しげにをかし。木々の木(こ)の葉まだいとしげうはあらで、わかやかに青みわたりたるに、霞(かすみ)も霧もへだてぬ空のけしきの、何(なに)となくすずろにをかしきに、すこし曇りたる夕つ方、夜など、しのびたる郭公(ほととぎす)の、遠く空音(そらね)かとおぼゆばかりたどたどしきを聞きつけたらむは、なに心地かせむ。
mikka2.jpeg
〈juppo〉訳本によっては、ここからの四月のお話まで、「正月一日は」で括っているものもあります。また、月ごとに分けて章立てしているものもあります。ここでは、三月四月でまとめました。
 それでここからは四月です。

 祭とは賀茂祭ですが、葵祭のことです。どちらにせよ、東京モンの私にはあまり馴染みがありません。賀茂祭が正式名称で、5月15日に行われるんですね。四月になっているのは、陰暦だからです。
 私が知らないだけで、平安時代には祭といえば賀茂祭のことだったそうです。それだけ楽しみでもあったようで、こぞって着飾って車に乗って見物に行ったんですね、貴族の皆さんは。
 「うへの衣」は袍(ほう)のことです。と言われても「ホウってなんだよ!」ですよね。偉い人が偉い式典で一番上に着る着物のことです。正装です。
「けぢめ」は今だと「けじめをつける」となりますが、区別とか違いという意味です。
 清少納言さんは自然のものへの観察同様、ヒトのおしゃれにも鋭い視線を向けています。

 「霞も霧もへだてぬ空」とは、霞や霧が空を「隔てない」ということで、「隠してない」ということですね。澄みきった空を表しているわけです。
 ウグイスが練習で鳴くような鳴き方は耳にすることがありますが、ほととぎすもそんな鳴き方をするんですね。

 あと2回続きますが、ネタバレするとここからお終いまで祭の話です。ことほど左様に、四月といえば「祭よ!」ということだったのでしょう。
posted by juppo at 22:57| Comment(0) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月18日

三月三日は@

五月も半ばを過ぎたところですが、以前描いた「正月一日は」の続きです。
〈本文〉
 三月三日は、うらうらとのどかに照りたる。桃の花の今咲きはじむる。柳などをかしきこそさらなれ。それもまだ、まゆにこもりたるはをかし。ひろごりたるはうたてぞ見ゆる。おもしろく咲きたる桜を、長く折りて、大きなる瓶(かめ)にさしたるこそをかしけれ。桜の直衣(なほし)に出袿(いだしうちき)して、まらうどにもあれ、御せうとの君達(きんだち)にても、そこ近くゐて物などうち言ひたる、いとをかし。
mikka1.jpeg
〈juppo〉ここからの4回は、三月四月についてのお話です。五月も半ばだというのに。
 三月三日といえば桃の節句ですね。この頃から、貴族の子女がお人形やらで遊ぶ日であったようですが、お話にはその様子は出てきません。「上巳(じょうし)の節句」と言って三月上旬の巳の日に祝ったそうです。水辺でお祓いをする「曲水宴(きょくすいえん)」とかいうイベントもあったようです。
 そんなことはどうでも良かったのかどうかわかりませんが、清少納言さんはあくまで外の世界に目を向けていますね。「木の花は」や「鳥は」など、「枕のペディア」と呼びたいような自然を羅列したシリーズが「枕草子」にはありますが、それを補うような内容ですね。

 「柳」が「まゆにこもりたる」というのは、柳の葉がまだ開ききってなくて丸くなっているのを表現しています。絵にしたように、人の眉と蚕の繭をかけて言ったりしてるそうです。
 4コマ目の桜は、この時代は山桜でソメイヨシノではありません。

 木や花だけでなく、今回は周りの人の装いにも細かい関心を寄せている清少納言さんです。
「桜の直衣」は表が白で裏が赤の直衣で、「出袿」はその直衣の下に着る袿を、見えるように出して着ることだそうです。1980年代にトレーナーの下のシャツの裾をはみ出させて着るのが流行りましたが、そんな感じですかね。そんなファッションもこうして解説する時代が来たと思うと、100年や200年はあっという間なんでしょうね。

 次回は近日中に。今月中にあと3回、更新します。
posted by juppo at 13:41| Comment(3) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月27日

阿倍(あべ)の右大臣と火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわぎぬ)F

お待たせしました。最終回です。緊急事態宣言下の東京の片隅からお届けします。
〈本文〉
かのよみたまひける歌の返し、箱に入れて、返す。

 名残りなく燃ゆと知りせば皮衣(かはごろも)思ひのほかにおきて見ましを

とぞありける。されば、帰りいましにけり。
 世の人々、「阿倍の大臣、火鼠の皮衣(かはぎぬ)持ていまして、かぐや姫にすみたまふとな。ここにやいます」など問ふ。ある人のいはく、「皮は、火にくべて焼きたりしかば、めらめらと焼けにしかば、かぐや姫あひたまはず」といひければ、これを聞きてぞ、とげなきものをば、「あへなし:といひける。
abeno7.jpeg
〈juppo〉一応東京都なので、町田市も緊急事態宣言発令中です。ひと駅隣の相模大野に降り立つと、人出はそう変わらないのに事態が違っていて、ベルリンの壁を越えたかのようです。ベルリンの壁を越えたことはないですけど。

 火鼠の皮衣がめらめらと焼けてしまったので、阿倍御主人からの求婚は自動的にご破算になったのですが、かぐや姫はご丁寧に返歌をしています。偽物と知っていたら焼かずに見ていたのにという歌の内容には、焼いてしまって勿体なかったなーという気持ちも少しはあったのでしょうか。そんなことを思うのは凡人の考えでしょうか。
 その歌を、皮衣を入れてきた箱に入れて返す、これまたご丁寧な対応ですが、もう皮衣は入っていないので手紙だけが中でカサカサ言ってるかと思うと残念さもひとしおです。Amazonからの荷物みたいです。いえ、Amazonは残念ではないですよ。

 ワイドショーで特集を組んでいるわけでもないのに、一般の方々もこの恋の行方に興味津々ですね。物見高く駆けつけて「かぐや姫にすみたまふとな」などと聞いていますが、この「すみたまふ」は「住む」というより「通う」という意味だそうです。ただし当時は通い婚なので、「通う」イコール「結婚」なのですね。

 そして最後には阿倍御主人もある語源になったということです。「あへなし」は今だと「敢え無い」です。「一回戦であえなく敗退しました」などと言いますよね。頑張って〜〜したのにその甲斐もなく、なんて意味ですね。
 かくして阿倍御主人の挑戦も、敢え無く砕け散ったのでありました。


 次回はこれの前に描いていた「枕草子」の続きを多分描きます。多分。
 
posted by juppo at 22:45| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月20日

阿倍(あべ)の右大臣と火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわぎぬ)E

冬じゅう庭の草刈りをしても、この時期になると一斉にまた伸び盛りです。雑草の生命力が羨ましい限りです。続きです。
〈本文〉
 かぐや姫、翁にいはく、「この皮衣は、火に焼かむに、焼けずはこそ、まことならめと思ひて、人のいふことにも負けめ。『世になき物なれば、それをまことと疑ひなく思はむ』とのたまふ。なほ、これを焼きて試(こころ)みむ」といふ。
 翁、「それ、さもいはれたり」といひて、大臣に、「かくなむ申す」といふ。大臣答へていはく、「この皮は、唐土(もろこし)にもなかりけるを、からうじて求め尋(たづ)ね得たるなり。なにの疑ひあらむ」。「さは申すとも、はや焼きて見たまへ」といへば、火の中にうちくべて焼かせたまふに、めらめらと焼けぬ。「さればこそ、異物(こともの)の皮なりけり」といふ。大臣、これを見たまひて、顔は草の葉の色にてゐたまへり。かぐや姫は、「あな、嬉し」とよろこびてゐたり。
abeno6.jpeg
〈juppo〉わりと荒唐無稽な物語でありながら、「竹取物語」には時々極めて常識的な場面が出てきます。「世にも珍しい」から「本物だ」とは限らないわけです。そりゃそうですね。
 翁は相変わらず物分かりが良いので、かぐや姫の言い分を素直に受け入れて燃焼実験へと進みました。

「なんで疑うんだ」と異を唱える安倍御主人の言い分も、わからないではありません。この人はこれまでの候補者とは違って、お手軽に手に入れたとはいえ偽物を用意しようとは考えてなかったのですから、本物の皮だと信じるのも無理はありません。お育ちがいいことですし(推定)。

 偽物であっても、なにしろ素晴らしい皮だったようですから、燃えてしまったのはもったいなかったですねぇ。
 それでもかぐや姫が「あな、嬉し」と喜んでいるのは、この証明によって安倍御主人と結婚しなくてよくなったからです。何事も証明が肝心ですね。仮説・証明・結論ですね。

 火鼠の皮衣も本物が手に入れられなかったことがわかりました。お話はもう1回あります。安倍御主人の残念な退場まで、見届けなければなりません。
posted by juppo at 21:13| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月13日

阿倍(あべ)の右大臣と火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわぎぬ)D

四月ももう半ばですね。もうすぐ何の予定もないゴールデンウィークですね。続きです。
〈本文〉
家(いへ)の門(かど)に持て到りて、立てり。たけとりいで来て、取り入れて、かぐや姫に見す。かぐや姫の、皮衣(かはぎぬ)を見て、いはく、「うるはしき皮なめり。わきてまことの皮ならむとも知らず」。たけとり、答へていはく、「とまれかくまれ、まづ請(しやう)じ入れたてまつらむ。世の中に見えぬ皮衣のさまなれば、これをと思ひたまひね。人ないたくわびさせたてまつらせたまひそ」といひて、呼び据(す)ゑたてまつれり。
 かく呼び据ゑて、このたびはかならずあはむと嫗(おうな)の心にも思ひをり。この翁(おきな)は、かぐや姫のやもめなるを嘆(なげ)かしければ、よき人にあはせむと思ひはかれど、せちに、「否(いな)」といふことなれば、えしひねば、理(ことわり)なり。
abeno5.jpeg
〈juppo〉ようよう5回まできました。火鼠の皮衣もついにかぐや姫の手に渡ったところです。が、さすが一筋縄ではいかないかぐや姫、冷静にブツを観察しています。一方、竹取の翁は実際贈り物のクオリティはどうでも良いのですね。とにかく早く、かぐや姫が良い人と結ばれてほしい親心があるばかりです。親といえば、久しぶりに嫗も登場しています。かぐや姫はこの二人に育てられたというのに、嫗の存在感の無さといったら。セリフがない限り絵に描かない私の責任も重大なんですけど。すみません。

 「やもめ」は独り者の男性を表すイメージかもしれませんが、もともと女性に使っていた言葉だそうです。男性は「やもお」と言ったそうです。バツイチでなくても未婚の人にも使っていたようです。今では男女ともに、配偶者を失った人に使うのですね。「男やもめに蛆がわき、女やもめに花が咲く」なんてフレーズもあります。今、「男やもめ」まで打ったら変換候補に出てきたのですかさず引用しました。前半部分だけよく聞くので、男性のイメージが強いのかもしれません。

 手塩にかけて育てたかぐや姫の気性を理解している翁は、無理に結婚を勧められないからこそ、条件が揃いそうな今度こそ!ゴールインできるのでは、と期待するのも道理ですよね、ということなんですね。さて、そううまくいくのでしょうか。残すところ、あと2回です。
posted by juppo at 23:06| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする