2019年04月30日

虫愛づる姫君@

平成最後の日、皆さんいかがお過ごしでしょうか。リクエストにお応えします。『堤中納言物語』です。
〈本文〉
 蝶 (てふ)めづる姫君の住み給ふかたはらに、按察使(あぜち)の大納言の御むすめ、心にくくなべてならぬさまに、親たちかしづき給ふ事かぎりなし。この姫君ののたまふ事、「人々の花蝶やとめづるこそ、はかなくあやしけれ。人はまことあり、本地(ほんち)たづねたるこそ、心ばへをかしけれ」とて、よろづの虫のおそろしげなるをとり集めて、これが成らむさまを見むとて、さまざまなる籠箱(こばこ)どもに入れさせ給ふ。中にも、「かはむしの心ふかきさましたるこそ心にくけれ」とて、明暮(あけくれ)は耳はさみをして、手のうらにそへふせてまボり給ふ。若き人々は、怖(お)ぢまどひければ、男(を)の童(わらは)の物怖ぢせず、いふかひなきを召しよせて、箱の虫どもを取らせ、名を問ひ聞き、いま新しきには、名をつけて興(きよう)じ給ふ。「人はすべてつくろふところあるはわろし」とて、眉(まゆ)さらに抜き給はず、歯ぐろめさらにうるさし、きたなし、とてつけ給はず、
mushimedu1.jpeg
〈juppo〉平成最後の作品は、平成・令和元号またぎの長編です。長いです。最後まで描ききれるか自信がありません。いや、描きますけど。
 『堤中納言物語』といえば以前「貝合せ」てのを描きましたが、あれも長かったです。可愛い女の子たちのお話でした。今回は、可愛いというよりちょっと変わったお姫様のお話です。

 蝶より気味の悪い虫が好き、要するに這いずり系の虫だと思うんですけど、女の子らしい「可愛い」「キレイな」ものを好きになるなんてつまらない!んですって。そういう趣味は変なのかもしれませんが、姫には主義主張があって、外見より本質を探求することに意義があるのだ、てことを言いたいようです。真っ当なご意見です。ご意見はごもっともですが、やっぱり毛虫なんかはキモチ悪いですよね〜。
 外で、自然の中で偶然毛虫を見かけるのは良いですけど、突然家の中でムカデが這っているのに遭遇したりするのは避けたいものです。これからの季節、梅雨時にでもなると出てくるんですよ。ヤですね〜。

 物語の始まりに「蝶めづる姫君」が出ていますが、この姫は特に登場人物の一人というわけではありません。近所に住んでる誰かではなく、一般の姫のことを言ってるだけみたいです。こっちが普通でしょ?それなのに・・・という形で主役の姫の性格を際立たせてるんですね。
 一方、「耳はさみ」「眉」「歯ぐろめ」などについては、姫の外見が普通じゃないことを言っています。当時の女性は耳が隠れる髪型が普通、13、4歳で眉を抜いて描くのが普通、お歯黒をするのが普通、だったそうです。全部「やなこった」な姫なんですね。
 お歯黒って、結婚した女性がしてたのでは、と疑問に思われるかもしれませんが、そうなったのはこの後の時代のようですね。このころは皆してたんですねー。男の子がしてた時代もあったそうです。

 ギリギリ平成最終日に更新できてよかったです。続きは令和の時代になってから、なるべく早めにお届けしたいです。
 
posted by juppo at 18:33| Comment(2) | 堤中納言物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月02日

LINEスタンプを作りました

ご無沙汰していてすみません。

何もしてないワケではなく、次の更新の準備もしてるんですけど、合間に地味な作業を重ね、この度「高校古文こういう話」のLINEスタンプを作りました。

LINEを利用している方へ限定のお知らせになってしまい恐縮です。
私も今まで利用してなかったんですけど、販売するために始めました。

ご興味のある方は、こちらからご覧ください。

https://line.me/S/sticker/7171192

IMG_3394.PNG
IMG_3396.PNG
posted by juppo at 11:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月03日

かぐや姫の難題A

続きです。
〈本文〉
かぐや姫「石つくりの皇子には、仏の御石の鉢といふ物あり。それをとりて給へ」と言ふ。「くらもちの皇子には、東の海に蓬莱(ほうらい)といふ山あるなり。それに銀(しろがね)を根とし、金(こがね)を茎とし、白き玉を実として立てる木あり。それを一枝をりて給はらん」と言ふ。「今ひとりには、唐土(もろこし)にある火鼠(ひねずみ)のかはぎぬを給へ。大伴の大納言には、龍(たつ)の頸(くび)に五色に光る玉あり。それをとりて給へ。いそのかみの中納言には、燕(つばくらめ)のもたる子安のかひひとつとりて給へ」と言ふ。翁、「かたき事どもにこそあなれ。この国にある物にもあらず。かくかたき事をば、いかに申さむ」と言ふ。かぐや姫、「何かかたからん」と言へば、翁、「とまれかくまれ申さむ」とて、出でて、「かくなむ聞こゆるやうに見せ給へ」と言へば、御こたち、上達部(かんだちべ)聞きて、「おいらかに、あたりよりだにな歩きそとやはのたまはぬ」と言ひて、うんじて皆帰りぬ。
nandai2.jpeg
〈juppo〉「かぐや姫の難題は何だい」とお待ちかねの皆様、お待たせいたしました。と言っても、この辺の展開を含めて『竹取物語』はとても有名なお話ですから、何か燃えてるものとか光ってるものとか、とにかく手に入れられっこないものをかぐや姫がリクエストするんだったかなぁ、なんて予想された方も多いことかと思います。
 
 そのリクエストが、今回の主題です。誰に何を頼むか、かぐや姫が厳選したとは思えないです。一人だけ名指しもされない人がいるからです。こういう時に、「もう一人いたよねー、誰だっけ、まぁその人にー」程度に指名されるのは哀しいものがあります。と、個人的に同情したので安倍御主人さんの名前も入れておきました。

 火鼠はネズミの一種だと思いますが、どんな姿か私も想像できないので、こんな絵になっています。ピ○チュウは火鼠ではないと思いますけどね。

 所望品の数々を聞いただけで皇子たちはうんざりして立ち去ってしまいます。それほど、手に入れられるとは思えないものなんですね。
 それでも何とか手に入れようとするヤツラなんですが、この先を描くのはまた少しお待ちいいただきます。今回の『竹取物語』はとりあえずここまでです。次に何を描くかはまだ決めていません。
posted by juppo at 23:55| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月20日

かぐや姫の難題@

 とっても久しぶりに『竹取物語』です。久しぶりなのでタイトルを変えました。リクエストはいただいていません。
〈本文〉
 日暮るるほど、例の集まりぬ。あるいは笛を吹き、あるいは歌をうたひ、あるいは唱歌(しやうが)をし、あるいはうそぶき、扇を鳴らしなどするに、翁出でていはく、「かたじけなく、きたなげなる所に、年月をへて物し給ふ事、極まりたるかしこまり」と申す。「『翁の命、今日明日とも知らぬを、かくのたまふ君達にも、よく思ひ定めて仕(つか)うまつれ』と申すもことわりなり。『いづれも劣り優りおはしまさねば、御心ざしの程は見ゆべし。仕うまつらん事は、それになむ定むべき』と言へば、これよき事なり。人の御恨みもあるまじ」と言ふ。五人の人々も「よき事なり」と言へば、翁入りて言ふ。
nandai1.jpeg
〈juppo〉飛蚊症を発症して早2週間。しばらくは眼の中にミジンコを飼っているような視界でしたが、だんだんそれも薄らいで、ミジンコの亡霊を見ているようになってきています。この亡霊ともお別れする日が早く来るといいな、と思いながらこれを書いています。

 さて、相当な年月を放置していた『竹取物語』の続きです。放置している間に、このお話の直前の部分まで昨年出版された『高校古文まだまだこういう話』に収録されてしまいました。そうなるとその続きもいつまでも放置しているわけにいかないな〜と昨年から考えていて、いくつかリクエスト作品に着手してから、やっと2回分だけご用意いたしましたのでお届けします。

 タイトルからも分かる通り、ここからはあの、かぐや姫からの無理難題ミッションのお話です。
前回、翁に説得されて五人の候補の中から結婚相手を選ぶ条件を出していたかぐや姫でしたが、その内容がこれから明かされるんですね。
 続きを放置していた私に都合の良いことに、今回は回想シーンが入っています。私の都合で入れたのではないんですよ。貴公子たちにかぐや姫からの伝言を伝える翁が、その伝言を承ったシーンをそのまま語っているわけです。本文の中のカギカッコが二重になってるのはそのためです。

 「唱歌」は今でいう子供のための歌のことではなく、笛や琴などの譜を吟ずることなんですね。「うそぶく」は「口笛」と訳してありますが、低い声で歌や詩を吟ずるという意味もあるようです。

 久しぶりに描く求婚ジャー5の面々など、思い出せずに自分の本をめくりながら描きました。出版されて本当にありがたいです。ところが、見直していたら間違いも見つけてしまい、とりあえずブログ上ではこっそり直しました。何が間違いだったかは、秘密です。

 次回はいよいよかぐや姫からのお題の数々です。
posted by juppo at 03:08| Comment(0) | 竹取物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月08日

鷹を放つA

後編です。昨日、眼科に行ってきました。
〈本文〉
なにせんにかは世(よ)にもまじろはん」とて、いみじくよよと泣けば、我もえせきあへねど、いみじさにたはぶれに言ひなさんとて、「さて鷹(たか)飼(か)はでは、いかが給はむずる」と言ひたれば、やをら立ちはしりて、し据(す)ゑたる鷹をにぎり放ちつ。見る人も涙せきあへず、まして日くらしかなし。心ちにおぼゆるやう、

 あらそへば思ひにわぶるあまぐもにまづそるたかぞかなしかりける

とぞ。
 日暮るるほどに、文(ふみ)みえたり。天下(てんげ)そらごとならんと思へば、「ただいま心地あしくて、え今は」とてやりつ。
taka2.jpeg
〈juppo〉書いているうちに金曜日になりそうですが書き始めたのは木曜の夜なので、昨日というのは水曜日のことです。
 午後から急に視界に黒い糸くずや細かい泡のようなものが飛び交って、汚れたガラス越しに世界を見ているようになったので、眼科に行ったんですよ。視力検査から眼底検査やら何やらフルコースで検査していただいた結果、眼球の奥の神経のあたりが出血しているということがわかりました。いわゆる飛蚊症です。先生の説明に何度も「年齢的な」という言葉が入っていたので、ひとまず深刻な病気ではないことがわかって安心しました。あらゆる症状の原因が「年のせい」になってしまう世代に突入したのは喜んでいいのか悪いのか微妙ですが。

 まだ黒いものは見えていますが、気にしなければ大丈夫です。とりあえず出血を抑えるらしい薬を服用しています。

 さて、今回の『蜻蛉日記』も結局何も解決しない安定の展開です。が、小さい子どもが絡むとひときわ感傷的になりますねー。けなげさが泣けますねー。
 この子(道綱)はまだ小さいらしいですが、鷹を飼っています。ぺットではなく鷹狩りに使う鷹なんですね。お坊さんは殺生をしないので、狩りなどもってのほかですから、母は息子に坊さんになるなら鷹は飼えないわよ〜と言っているのです。
 狩りの道具としての鷹であっても、子どもにとってはやっぱりペットのようなもので、それを手放してまで坊さんになりたいなどと思わないだろう、という思惑でちょっと冗談めかして言ったのに、子どもはあっさり鷹を放してしまったと。

 「やをら」は今でも使う言葉ですが、急いでいるイメージを持たれやすいですが実は急がない言葉なんですよね。「柔らかい」からできているとイメージすると、間違えずに済むかもしれません。

 今回は悩みのタネの旦那は出て来ずじまいでした。手紙だけ来たようですが、読まずに返す筆者です。開けて見るまでもなく「天下そらごと」だと決めつけられてしまうとは、日頃の行いが相当なのでしょう。
posted by juppo at 00:16| Comment(0) | 蜻蛉日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする