2018年09月16日

市振A

続きです。そんなにお待たせしませんでしたよね?
〈本文〉
あした旅立つに、我々に向かひて、「行方知らぬ旅路の憂さ、余りおぼつかなう悲しくはべれば、見え隠れにも御跡を慕ひはべらん。衣の上の御情けに大慈(だいじ)の恵みを垂れて結縁(けちえん)せさせたまへ。」と涙を落とす。
「ふびんのことにははべれども、我々は所々にてとどまるかた多し。ただ人の行くにまかせて行くべし。神明の加護必ずつつがなかるべし。」と言ひ捨てていでつつ、哀れさしばらくやまざりけらし。

 一つ家(や)に遊女も寝たり萩(はぎ)と月

曽良(そら)に語れば書きとどめはべる。
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〈juppo〉昨夜、隣の部屋の遊女たちの話し声を聞きながら寝た、そのあくる朝です。
その遊女たちが「新潟という所の遊女だった」ということがわかっていたので、今回、遊女たちのセリフは現代語に訳してからさらに新潟弁に翻訳してみました。と言っても、私は新潟弁ネイティブでないので、調べ調べ訳したもので、違和感があったらご指摘ください。

 同行してきた男は新潟に返してしまったようで、女二人で知らない道を行くのが心細いと芭蕉さんたちに「付いて行っていいか」とお願いしてるんですけど、ここでは彼女らは芭蕉さんたちのことをお坊さんだと思っています。芭蕉さんたちが黒っぽい着物を着ていたからだそうです。
 そう言われても、俳句を詠みつつあちこち寄り道するので一緒には行けない、と芭蕉さんはつれなく断っています。じゃあ一緒に行きましょう、てなことになったら『奥の細道』の物語が後半だいぶ変わったものになっていたかもしれません。
 つれなく断っておきながら、哀れな遊女たちに同情を禁じ得ない芭蕉さんのようです。

 萩と月の句は、遊女と自分とを対比させて詠んだなんて説もあるようです。

 芭蕉さんが遊女と別れ際「無事に」という意味で「つつがなかるべし」と言っている、「つつがなし」という語ですが、漢字では「恙無し」と書きます。「恙」はもともと病気や災難など忌まわしいことを意味する言葉で、そんなことなく平穏に暮らす様が「恙無し」なのですね。
 ところで、ツツガムシという虫がいて、これに刺されると死にそうに苦しむそうで、それが「つつがなし」の語源だという説もあるようですが、それは違うんですって。
 虫にに刺されたとは分からないまま苦しんでいて、ツツガムシという妖怪のしわざだろうと呼んでいたのが、やがて原因がこの虫だ、ということがわかってからその虫(ダニの一種)を「ツツガムシ」と名付けたのだそうです。すでに「恙」という語があったからなんですね。
 私の友達が昨年末にツツガムシに刺されて、お正月を丸々病院で過ごしたとか悲惨な体験を聞いたのでこの話を特に書いておこうと思いました。症例自体あまりにも珍しいので、刺されたところを写真に撮られたとか、研究材料になっちゃったそうです。怖いですね〜。皆さんもツツガムシ含めダニには要注意、でつつがない毎日をお過ごしください。
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posted by juppo at 22:24| Comment(4) | 奥の細道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月08日

市振@

リクエストにお応えします。久しぶりの『奥の細道』です!
〈本文〉
 今日は親知らず・子知らず・犬もどり・駒(こま)返しなどいふ北国(ほくこく)一の難所を超えて疲れはべれば、枕引き寄せていねたるに、一間(ひとま)隔てて表の方に、若き女の声二人ばかりと聞こゆ。年老いたる男(おのこ)の声も交じりて物語するを聞けば、越後の国新潟といふ所の遊女なりし。伊勢参宮するとて、この関まで男の送りて、明日はふるさとに返す文したためて、はかなき言づてなどしやるなり。
「白波の寄するなぎさに身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて、定めなき契り、日々の業因いかにつたなし。」
と、もの言ふを聞く聞く寝入りて、
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〈hippo〉市振は「いちふり」ではなく「いちぶり」と読むのですね。新潟県の地名なんですね。
市振駅はえちごトキめき鉄道(トキてつ)日本海ひすいラインの親不知の隣の駅で、その間8.6qだそうですが、「奥の細道」の世界ではこの間は20qに渡る難所であると解説されています。便利な世の中になってよかったですが、芭蕉さんはもうクタクタな模様です。
 1コマ目に道の駅親不知ピアパークをついでに書きこんだのは純粋に私の興味を引いたからに他なりません。私は鉄旅よりドライブ派なので、道の駅情報を目にすると「いつか行きたい」思いに駆られます。
 何しろ、芭蕉さんの時代には当然鉄道もなく、ここを通過するのは難行苦行だったんですね。犬もどりとか駒返しという地名も、犬や馬にも越えられない険しさを表しているのでしょうか。

 「一間隔てて」は、一部屋あけてということではないようです。要するに、隣の部屋の話し声を聞いてるんですね。
 この時代、お伊勢参りはとてもポピュラーな行楽(?)で、誰でも一生に一度は行くというほどだったそうです。この遊女たちは、解説によると主人には無断で旅をしているとかで、そういうのを「抜け参り」と言ったそうですが、お伊勢さんに行くのは特別なことなので、無断で出かけても咎められることなく帰ってこられたんだそうですよ。そんなことなら一言断って出ても良さそうな気もしますけどね。
 この年、元禄2年(1689年)は伊勢神宮の式年遷宮に当たっていて、そういえば芭蕉さんもこの後大垣にたどり着いてから遷宮を見に行こうと、また船に乗ったなんてくだりがありましたね。

 遊女がしたためている手紙の「白波の・・・」という文章は、もともと『新古今集』に
 白波の寄するなぎさに世を尽くすあまの子なれば宿も定めず
という歌があり、これを詠んだのが遊女だったと伝わってるそうで、芭蕉さんがそれをパク、もとい、オマージュに作ったようです。そもそも遊女が隣の部屋に泊まっていたこと自体、芭蕉さんの創作だと見られているみたいです。でもそんな事実は気にしないで読んだ方が面白いですよね。

 そんなに長くないのですが、2回で描きます。続きは多分、わりとすぐに!
posted by juppo at 03:58| Comment(0) | 奥の細道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月15日

四面楚歌A

ご無沙汰しました!毎年、この時期はついご無沙汰してしまう、暑さに弱い私です。続きです。
〈本文〉
駿馬、名騅。 常騎之。
於是項王乃悲歌忼慨、自為詩曰、
「力抜山兮気蓋世  時不利兮騅不逝
騅不逝兮可奈何  虞兮虞兮奈若何」
歌数闋、美人和之。
項王泣数行下。 左右皆泣、莫能仰視。
〈書き下し文〉
駿馬(しゆんめ)あり、名は騅(すい)。常に之に騎(の)る。
是(ここ)に於(お)いて、項王乃(すなは)ち悲歌忼慨(かうがい)し、自ら詩を為(つく)りて曰はく、
「力は山を抜き気は世を蓋(おほ)ふ 時利あらず騅逝かず
騅逝かざる奈何(いかん)すべき 虞や虞や若(なんぢ)を奈何せん」と。
歌ふこと数闋(すうけつ)、美人之に和(わ)す。項王泣(なみだ)数行(すうぎょう)下る。左右皆泣き、能(よ)く仰ぎ視(み)るもの莫(な)し。
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〈juppo〉四面を敵に囲まれた、項王の窮状は前回お届けしたので、後半は心置きなく項王のリサイタルをお楽しみください。
 ・・・なんてふざけたことを書いても、内容はしみじみ哀しいです。最後のコマ、自分で言うのもナンですが兵たちがうるうる泣いてるの、なんか哀しいですよね。
 項王が歌っている詩の、三句と四句の終わりは反語になっています。今回に限らず、フキダシの外に敢えて「できないっ」とか否定的な言葉を書いてる時は、大抵反語だと思ってください。

 このお話はここで終了です。この後、項王の軍はどのようにして戦ったり進んだりして『項王の最期』までたどり着くのか、気になるところではありますが、特に調べたり描こうと思ったりしてません。残念ながら。いつかそんな機会があれば、てことで。

 そんなで8月も後半になりましたが、今年の夏も「暑い!」と言っているうちに終わってしまいそうです。
 何しろ今年の夏は忘れられない暑さでしたね。まだまだ暑いんですけど、一番暑かった日々に比べるとちょっと涼しく感じるのが異常です。
 ここ数年、もれなく熱中症になる私は今年もなってました。救急搬送されるほどではありませんでしたが、今年は新型の熱中症で、風邪みたいな症状になったんですよ。ただ「暑い」と思っていたらくしゃみ・鼻水が出始めて、秋の花粉症がもう?と思ったら喉にきて終いにはお腹にきました。涼しいところでひたすら寝てたら治ったので、やっぱり熱中症だったのだと思います。
 皆さんも気をつけてくださいね、と言いたいところですが、気のつけようもないのが昨今の熱中症ですよね。こんなことでは絶滅するな、と思いましたよ。
 人類が暑さで絶滅した後、ゴキブリとかああいうたくましそうな虫なんかが繁栄するんだろうな〜、てな話でピラティスの時間に盛り上がってました。
「生き残りたくないな〜、そういう世界に〜。」とはピラティスの先生談。「実験されたり、人間ホイホイに入れられちゃったりするんですよ〜。」だそうで。『ゴキの惑星』ですね。
 そんなことにならないためには、暑さにもっと強くなるべきなのか、気温上昇を食い止める努力をするべきなのか、考える頭脳も暑さで働かない夏です。
posted by juppo at 23:21| Comment(2) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月21日

四面楚歌@

暑いですね〜。夏休みですね。漢文です。『史記』です。リクエストにお応えしています!
〈本文〉
項王軍壁垓下。 兵少食尽。
漢軍及諸侯兵、囲之数重。
夜聞漢軍四面皆楚歌、
項王乃大驚曰、
「漢皆已得楚乎。 是何楚人之多也。」
項王則夜起飲帳中。
有美人、名虞。 常幸従。
〈書き下し文〉
 項王(かうわう)の軍垓下(がいか)に壁(へき)す。兵少なく食尽く。
漢軍及び諸侯の兵これを囲むこと数重(すうちょう)なり。
夜漢軍の四面皆楚(そ)歌(か)するを聞き、
項王すなはち大いに驚きて曰はく、「漢皆すでに楚を得たるか。これ何ぞ楚人(そびと)の多きや」と。
項王すなはち夜起(た)ちて帳中(ちやうちゆう)に飲む。
美人あり、名は虞(ぐ)。常に幸(かう)せられて従ふ。
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〈juppo〉項王といえば、以前「項王の最期」を描きました。今回のお話を描くのに「四面楚歌」で画像検索すると、その時描いた自分の漫画も出てくるので、それも参考にしました。原画を探すより速くてラクです。いい時代になりましたねぇ。

 そういうわけで、項王は今回立てこもった垓下の城壁内で最期を迎えるのではないことが分かっているのですが、「四面楚歌」って「絶体絶命」のような意味で使う四字熟語ですよね。
 立てこもった城壁の四面から楚の歌が聞こえてきたのを聞いて、絶望的になった項王の心情を表した四字熟語が、「四面楚歌」ということなんですね。
 私はこれを描くまで、楚の歌イコール敵国の歌だと思っていました。ところがなんと、楚の国は項王の故郷だったのですね!!
 
 項王こと項羽は楚の人で、漢の劉邦と「漢楚の争い」をここまで5年ほど繰り広げてきたらしいです。詳しくは「三国志」などで!
 ここでは「項王は楚の人」ということだけ分かっていれば大丈夫です。

 自分の故郷の人々が敵の側について、今自分を包囲していることが分かった項王の衝撃・・からの宴会、な場面ですね。
 楚の歌の歌詞まで書き込んでありますが、もちろん適当です。ソ〜は青い空〜♩の節で作ったつもりでしたが、字余りになってしまいました。

 続きがあります。2回で完結します。


 それにしても、暑いですね。今年も熱中症との戦いの日々です。外出に保冷剤の携帯が欠かせません。
 
 こんなことでは2年後のオリンピックが思いやられますよね〜。8月に都心でフルマラソンなんて、正気の沙汰とは思えません。朝の4時ごろ奥多摩を出発するコースにしろとあれほど言ったのに、てなことにならないでしょうか。
 今からでも前回の東京五輪同様、10月開催に変更すればいいのに、と思うんですけど。観戦に来る外国人の皆さんも、どうせならついでに紅葉が見られた方がいいはずですよねぇ。次は桜を見に来よう!と、リピーターにもなってくれそうですし。

 皆さんも、熱中症にはくれぐれも気をつけて。快適に夏を過ごしてくださいねー。
posted by juppo at 20:54| Comment(2) | 漢文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月03日

五月ばかりなどに

5月だから五月ネタでちょうどいいな!と思いながら描いているうちに6月になってしまいました。リクエストにお応えします。
〈本文〉
 五月ばかりなどに山里にありく、いとをかし。草葉も水もいとあをく見えわたりたるに、上(うへ)は釣れなくて草生ひ茂りたるを、ながながとただざまに行けば、下はえならざりける水の、ふかくはあらねど、人などのあゆむにはしりあがりたる、いとをかし。
 左右にある垣にある、ものの枝などの、車の屋形などに、さし入るを、いそぎてとらへて折らんとするほどに、ふと過ぎてはづれたるこそ、いとくちをしけれ。
 蓬(よもぎ)の車に押しひしがれたりけるが、輪の廻りたるに、近ううちかかりたるもをかし。
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〈juppo〉でも、ここでの五月(さつき)は旧暦ですから、今の暦ではこれからの季節なんですよね。春を過ぎて暖かくなり、野山も明るさを増してくる季節です。お出かけには最適です。梅雨にも入っているころですから、晴れ間を見て出かけたのでしょうね。

 景色が主な話題なので、久しぶりに塗り絵でお送りしています。

 「山里をありく」と始まっていますが、「ありく」は「歩く」ではないんですね。牛車に乗ってるんです。気ままにうろついている様を表す語のようです。「あゆむ」だったら「歩く」の意味なんですって。「散策」では結局歩くという意味になっちゃうんですけど、他に言葉が思いつかず、こうしました。

 「上はつれなくて」下に水がある状態てのがどういうのかよくわからなかったんですけど、自然の地形にある水場で池や川とはまた違うのかな、「えならざりける水」ということはそれでも相当情緒がある景色なのかな、うーん、やっぱりよくわからない・・な結論で描いたのがコレです。

 それとおそらく、清少納言さんは他の女官の方々とも連れ立ってお出かけしているような気もするんですけど、台詞的に他に女性の登場人物がいないのを良いことに、ひとり(プラス従者の方たち)でお出かけしたように描いちゃいました。ここには描いてないけど、前後に他の牛車もいるのかも〜、なんて想像で読んでいただいても良いかと思います。

 「蓬の車に押しひしがれたりけるが」てのはアレですね、おなじみの「同格の『の』」ですね。
漫画ではそういうふうに訳していませんが、「蓬で、車に押しつぶされたのが」というように訳します。でもそう訳すとちょっとしつこい感じですよね。
 道々車輪に踏まれて潰れたよもぎが、そのまま車輪にくっついて、車輪が回って上の方にくるたびに香りがしてくるということなんですね。のどかですね〜。

 今日、6月3日は日曜日で、すごくいいお天気ですが、暑くてとても野山に出かけようなどとは思えない日和です。平安時代にはそんなに暑くなかったんでしょうね。暑い時もあったんでしょうけど。牛車の中なら熱中症にはならないのかもしれませんが、現代人の感覚では水をこまめに飲んで!とアドバイスしたくなるお話です。
 千年前の気候に思いを馳せた誕生日でした。
posted by juppo at 15:48| Comment(2) | 枕草子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする