〈本文〉
男もすなる日記(にき)といふものを、女もしてみむとて、するなり。
それの年の十二月(しわす)の二十(はつか)余り一日(ひとひ)の日、戌(いぬ)の時に門出す。そのよし、いささかにものに書きつく。
ある人、県(あがた)の四年(よとせ)五年(いつとせ)果てて、例のことども皆し終へて、解由(げゆ)など取りて、住む館(たち)より出でて、船に乗るべき所へ渡る。かれこれ、知る知らぬ、送りす。年ごろよくくらべつる人々なむ、別れがたく思ひて、日しきりに、とかくしつつののしるうちに、夜ふけぬ。

〈juppo〉土佐日記の作者は紀貫之です。男なんですけど、女のふりをしてこの日記を書きました。ネカマです。いわゆる。
作中の「ある人」というのが貫之自身のことで、土佐の國の役職を解かれてから京へ帰るまでの道中の記録を日記にしたものです。
どうして女のふりをしたのかというと、当時日記というのは男性が仕事の記録などのために、漢字で書くのが当たり前だったのですが、敢えてかな文字で書きたかったかららしいです。かな文字は女性が使う文字だったのですね。かな文字で書く事で貫之さんは自分の思いや出来事を自然な感じで自由に書きたかった、とされています。この後、女性たちがこれに倣って日記を書くようになります。そして現代のブログにまで綿々と受け継がれる文化を築いた、日記のパイオニアなんですよね。貫之さん、ありがとう。ふりをしてるからって思いっきりカマキャラにしちゃってごめんなさい〜。



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