2007年09月08日

法顕三蔵の、天竺に渡りて

徒然草、第八十四段です。
〈本文〉
 法顕三蔵(ほっけんさんざう)の、天竺(てんぢく)に渡りて、故郷(ふるさと)の扇(あふぎ)を見ては悲しび、病に臥しては漢の食(じき)を願ひたまひける事を聞きて、「さばかりの人の、むげにこそ心弱きけしきを、人の国にて見えたまひけれ。」と人の言ひしに、弘融僧都(こうゆうそうづ)、「優(いう)に情(なさけ)ありける三蔵かな。」と言ひたりしこそ、法師のやうにもあらず、心にくく覚えしか。

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〈juppo〉
修行を積んだ僧ならば、世俗のことなどに超越している筈なのに、故郷を思ってメソメソ・ウジウジする様子が意外だ、と言う人に「そんな人間くさいところがいいじゃないか」と言った弘融さんもまた、ニクイ人だ、という話です。弘融僧都は兼好さんの知り合いだった人のようです。


 某8チャンネルが夏じゅう「なまか、なまか」とキャンペーンしてたあの映画に、今ごろ便乗してみました。

 便乗しておいてこんなことを言うのもナンですが、実は、『西遊記』の三蔵法師と、ここに登場する法顕三蔵は、別人です。

 『西遊記』の三蔵法師のモデルとなった玄奘三蔵は、629年から16年かけて天竺(今のインド)にお経を取りに行った人ですが、法顕三蔵はそれに先んずること2世紀、399年から13年かけて天竺を旅しました。「三蔵」という言葉は3種類のお経を指し、それらに通じた偉いお坊さんの事を「三蔵法師」と呼んだのだそうです。まぁそんな訳で法顕三蔵は別にサルやブタやカッパと旅をした訳ではないんですけどね。それは玄奘三蔵も同じな訳ですから。イメージで読んでください。

 ところで、皆さんにとって三蔵法師といえば、やはり深津絵里なのでしょうか。
 私にとって、三蔵法師といえば、深津絵里でも夏目雅子でも、ましてやいかりや長介の人形でもなく、1967年に虫プロが製作したアニメ『悟空の大冒険』の、三蔵法師です。
 偉いお坊さんの筈なのに、ピンクの腰巻きをチラチラさせながら、野沢那智の声で「あーれぇ〜」とか「悟空やぁ〜」とか言っていた、思えば気弱さ全開のお師匠さんだった、あの三蔵法師のイメージは大です。
 ここで描いている古文の漫画でも、「僧」はもれなく「坊さん」と訳してしまうのには、あの悟空の影響があるのかも知れません。恐るべし、幼時体験。
posted by juppo at 23:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 徒然草 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
このサイトすごすぎ
覚えやすすぎ
これからつかわせてもらいます
Posted by 明日期末テスト at 2007年09月29日 14:26
明日期末テスト様
恐れ入ります。これからもいらしてください。テストも頑張ってくださいね。
Posted by 柴田 at 2007年09月29日 22:37
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