〈本文〉
大方(おおかた)のみな荒れにたれば、「あはれ。」とぞ人々言ふ。思ひ出(い)でぬことなく、思ひ恋しきがうちに、この家にて生まれし女児(おんなご)の、もろともに帰らねば、いかがは悲しき。船人(ふなびと)もみな子たかりてののしる。かかるうちに、なほ悲しきに堪(た)へずして、ひそかに心知れる人と言へりける歌、
生まれしも帰らぬものをわが宿に小松のあるを見るが悲しさ
とぞ言へる。なほ飽(あ)かずやあらむ、またかくなむ。
見し人の松の千年(ちとせ)に見ましかば遠く悲しき別れせましや
忘れがたく、口惜(くちお)しきこと多かれど、え尽くさず。とまれかうまれ、とく破(や)りてむ。

〈juppo〉前回の記事を書き終わって保存しようとした途端、システムエラーで記事が全部消え去る、という事件が発生しました。話にはよく聞いていましたが、我が身に起こるとは。前世紀の遺物のiMacを使っているので、今まで起きなかったのが逆に不思議なのかも知れませんが。
『土佐日記』の最終回です。最後の日記に記されたのは、亡くなった娘のことでした。
その娘は、この家で生まれていたのですね。赴任地の土佐で亡くしたのですが、そういう状況で家に帰って来るのは辛いでしょうね。懐かしい我が家に戻ってみても、何もかもが元通りにはならない、と思い知らされるのですから。
全体を通して『土佐日記』は土佐から京へ帰るまでの紀行文になっているのですが、紀貫之がこれを書くことで最も忘れないでいたかったことはやっぱり娘のことだったのかな、と思いながら描きました。
悲しい最終回ですが、最後の「とく破りてむ」というのは、「日記なんで、誰にも見せるつもりはないから」という体を取っていますが実はそれは演出で、読者を意識してのオチになっているようです。
感傷に過ぎた締めになりそうだったので、ちょっとライトに結びたかったのかも知れません。
この日記が書かれたのは935年頃だそうです。千年以上経ってもこうして読まれているとは、貫之さんも想像だにしていなかったでしょうね。
千年後の私たちから見れば、千年前でも子を亡くした親の気持ちは同じなのだなぁ、なんてことに素直に感動できますよね。そういう意図はなかったにしろ、千年も前にこんな日記を書いてくれた貫之さんに感謝、ですね。



凄く助かりました。
感謝です☆
恐縮です(^o^;
物足りないところがあったら追加リクエストもお寄せください〜。
以前リクエストしました、fukiyoです。
今回も、活用させていただきました。
ありがとうございます。
今回もコメントをありがとうございます。
どんどん活用してください。
他にもリクエストがあったら、お知らせくださいね〜(^^)/
「自分で調べろ」と一喝されてしまうかもしれませんが
ぜひ、漢文バージョン も作っていただきたいです.
ずっと御サイトのファン さくさく より
立て続けにコメントをありがとうございます!
ブログを気に入っていただいて、とっても嬉しいです。
漢文については、短い話でここに描こうかな、と思った作品はいくつかあるんです。
未だ実現してなくて恐縮です(;^_^A
いずれ、漢文のカテゴリーも増やしますのでお待ちください〜。
お体お大事に...
応援ありがとうございます!
漢文作品でリクエストがあればお寄せください。
気長にお待ちいただくことになると思いますが…。