〈本文〉
近く本朝をうかがふに、承平(しょうへい)の将門(まさかど)、天慶(てんぎやう)の純友(すみとも)、康和(かうわ)の義親(ぎしん)、平治(へいぢ)の信頼(しんらい)、これらはおごれる心もたけきことも、みなとりどりにこそありしかども、まぢかくは、六波羅(ろくはら)の入道(にふだう)前(さきの)太政大臣(だいじやうだいじん)平朝臣清盛(たひらのあつそんきよもり)公と申しし人のありさま、伝へ承るこそ、心もことばも及ばれね。

〈juppo〉後半はちょっぴりでした。前回の「遠く異朝を」と今回の「近く本朝を」は対句表現になっています。
対句表現は冒頭部分にこそ顕著なんですけどね。琵琶の音に乗せて語り伝えられて来ただけあって、リズム感満載の文章になっているんですね。
ここから、この話は平清盛の栄華についての物語なのかな、という気配がしますね。
その平清盛の名前がかなり長いですが、六波羅の入道というのは「六波羅という土地に住む仏門に入った人」という意味です。仏門に入っても出家してない人を入道というのだそうです。
他の4人は中国の例に出て来た人々と同様、滅んでしまった人なんですけど、皆それぞれ乱を起こして討ち死にしているようですね。
承平とか天慶とかいうのは年号です。昭和とか平成と同じです。信頼という人は本文では「しんらい」とルビがふられていますが、本名は「ふじわらののぶより」です。昔の人は呼び名的に名前の音読みをしたのですね。
平将門といえば首塚が有名で、祟りがあるとかないとか、そういうキャラクターになっていますけど、ここではただの過去の人です。
そういう人たちの中でも、極めて清盛の活躍ぶりはすさまじかったということらしいですが、伝え聞いているのに想像することも言い表すことも出来ないとはどういうことだ、という結びになっていますよね。
あまりにも信じられないほどのおごり高ぶりようだということなのでしょうか。


